【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
part1
アマクサ組専用医務室にしばらく閉じこもり寝ていたサイは、2日もするとすっかり生気を取り戻した。
ただしそれは、通常のブリッジ勤務や作業に耐えうるだけの体力を回復させたというだけの話であり、決して精神まで元気溌剌というわけにはいかない。
それでも彼は3日目の朝にはベッドから起き上がり、着替えを始めていた。
アマミキョはこの時、旧ロシアのサハリン南の港に停泊し、連合軍と連携しつつハーフムーンからの避難民を降ろしていた。
ここは極寒の地でありながら、施設も通信網もそれなりに整っており、避難民からの不満も特に出ていない。
――何とか自分も作業に参加し、人々の誘導を完遂しなければ。
サイはまだ重い身体を無理矢理起こし、新調されたブリッジ制服に袖を通す。
オーブ軍もここで補給を進めてから、国に戻るという話だった。
つまり、オーブ軍や避難民と自分たちとは、この地で離別することになる。
ネクタイを締めかけた時に頭をよぎったのは、フレイの言葉。
──真実を話すわ。
フレイ・アルスター復活の真実を。
自分の何が、フレイにそこまで言わせたのか。
そんな彼女の決心が単純に嬉しいサイではあったが、その先に待つものは決して喜べるものではない気もしていた。
サイが思いをめぐらせていたその時──
突如、エアロックが開いた。
一瞬フレイかと思い、慌てて前を隠したが。
そこにいたのは、全く予想外の人物──ユウナ・ロマ・セイランだった。
「代表補佐!?
オーブ艦に戻られたのでは……どうしたんです、こんな処へ」
ユウナはサイに無言で、しかも無遠慮に近づいてくる。
ズボンを履いた後で良かったなどと安心している暇などなく、サイはユウナに両肩をわしづかまれる。
荒ぶる鼻息。あまりの力に、サイは思わず呻いてしまった。
左腕はまだ完治したわけではないのに。
「え、ちょっ……
待ってください、補佐!?」
よく見るとユウナときたら、唇も顔面も蒼白もいいところで、眼には涙がいっぱいにたたえられ、髪はたった今起きたばかりという有様だった。
いつもは豪勢に着飾られているオーブ軍服も全くきちんとしておらず、胸元までがはだけて絹の下着が覗いている。
これが美女だったら、世の男子は大喜びであろうに──
サイはちらと考えたが、あいにく相手はサイより図体が一回りは大きい、今やオーブが世界に誇るもみあげピエロと言ってもいいユウナだ。
「補佐! 何なんです一体、落ち着い
……うわっ!」
サイが舌打ちする間も与えず、ユウナはそのまま彼をベッドに押し倒す。
オーブ軍服の、ほどけたままの肩紐が頬をうつ。
それにも構わず開口一番ユウナが叫んだのは、およそ国の代表とは思えぬ哀願だった。
「アーガイル君、僕を助けて!」
「は?
お、お願いです、どいて下さい!」
両肩を押さえられ、さらに両膝までがユウナの太股で動きを封じられる。
必死で抗うサイだが、病み上がりの体力ではとてもユウナの腕力には及ばない。
「アーガイル君、頼む!
僕と共に、オーブへ来てくれっ!」
ユウナはサイの意志を全く無視して、彼の上で叫ぶ。
興奮しきったユウナは、サイの襟元を引きちぎる勢いで胸倉を掴む。
「僕にはもう、君しかいないんだ!
お願いだよ、君が欲しいんだ!!」
ユウナの汗と涙と鼻水が、一斉に頬に降りかかった。
PHASE-24 前夜祭
瞑想室から戻されたナオトは、ずっと自室でベッドに伏せたきりだった。
サイは何故かアマクサ組のところから戻らず、カズイはカズイでオサキやヒスイたちとの作業に忙しい。
何もすることがない少年はただ、暗闇の中で枕に顔を埋めていた。
オーブに帰還するセイランへのインタビューなどなど、ナオトが出来るはずの報道業務は山ほどあったのだが、彼は何一つしなかった。気力が全くなかったのだ。
そんな時だった──
ナオトが閉じこもる部屋のエアロックが、突如開かれたのは。
「ナオトぉ。
エイミーたち、行っちゃうよ?」
無機質な白色灯の光が部屋に差し込む。
いつもと変わらぬ明るい声を響かせていたのは、マユ・アスカだった。
笑顔なのかどうかは、顔を伏せたままのナオトには分からない。
「エイミーたち、ナオトに会いたがってた。行かないの?」
「……うん」
その声を聴覚で認識しながらも、ナオトは動こうとしなかった。
数時間前カズイが届けてくれた食事には殆ど手をつけず、ただ少年は暗闇に籠もっていた。
「会いたく、ないんだ」
「どうして?」
ナオトの気分を意に介さず、マユはずんずんと部屋に入り込み、ベッドに飛び乗った。
彼の足元あたりでぼすっ、とベッドが跳ねる。
それがとても楽しいらしく、マユは座り込んだままベッドの上で跳ねてみせた。
「うわ、おもしろーい!」
強引に揺さぶられるナオトの身体。
上下に揺れるベッドで、マユは彼の両足首をつかまえた。
「ねぇ、起きようよぉ! いつまでも寝てちゃ良くないって、サイが言ってたよ。
ねぇ、ねぇったら、ナオト!」
震動と共に、しつこく自分を呼ぶマユの声。
彼女から逃げるように枕を抱えるナオト。その胸に苛立ちが募る。
──君のせいで。
アマクサ組のせいで、僕はティーダでこんなに酷い目に遭ったのに。
メルーを死なせてしまったのに!
「思い出したくないんだよ!」
震動が不意に止まり、マユのごく些細な疑問が発せられる。
「思い出す
……って、なーに?」
だがその言葉は、ナオトの感情を軽く嘲笑うかのように聞こえた。
「君はこの期に及んでも、何も知らない赤ん坊でいるつもりか!」
塞ぎこんでいた感情の暴発は、自分自身でも止められない。
ナオトは枕を振り捨てて起き上がり、いきなりガバっとマユに掴みかかった。
「思い出すことの意味も分からない癖に、僕に寄るなよ!」
そのままナオトはマユの襟元に喰らいつき。
彼女は何も分からず、ベッドの上に押し倒される恰好となった。
マユの柔らかな黒髪が、白いシーツの上に落ちる。
紅いミニスカートから、幼く白い太ももが露になった。
何も理解出来ず、ただ驚愕して自分を大きな眼で見つめる純な瞳。
喪失感と欲求と怒りがないまぜになり、ナオトの中の本能が、猛り狂う。
「僕を慰めろよ」
ナオトはこの時悟った。この体勢なら、女の身体に恐怖は感じないことを。
相手にのしかかり、ねじ伏せた状態なら、あの時の恐怖──
父さんの工場での恐怖は、感じなくてすむことを。
刹那の安堵と同時に、狂いだす少年の感情。
呆けたようにナオトを見つめる、ただ黒い眼球。
「なぐさめる……って、こう?」
何をされようとしているかも分からぬまま、マユはナオトの頬に手を伸ばす。
マユにとっての「なぐさめる」は、模擬戦闘で敗北した時などに兄・カイキに優しく頭を撫でてもらうことであり、それ以外の意味はない。
結果として──
「君が悪いんだ!
こんな処まで僕を連れてきて、僕を弄んで!
僕で遊ぶつもりなら、僕だって君を!」
さらに暴れ出す、少年の感傷。
まとわりついてくるマユの手を振り払い、ナオトは彼女の胸のリボンをひっ掴んだ。
僅かな悲鳴と共に、引きちぎられる襟元。
だが、その時露になったものは、マユの僅かに膨らみかけた胸
──では、なかった。
彼女の小さな心臓を守るようにブラウスの中に入っていた、白い包み。
そこから覗いているものは──
ほとんど真っ黒に焦げている、ボロ布の切れ端。
しかしナオトには、何故かその元の色が分かった。分かっていた。
忘れることなど出来ない。忘れようとしても、こうして欠片はナオトについてくる。
不織布の上に広がっている、赤黒い布切れ。失われた命の欠片。
ナオトの手は、それ以上動くことが出来なかった。
「──マユ。
どうして、これを……」
それ以上、言葉を継げない。息さえも出来ない。
「ナオトのお守りにしようと思ったの、メルーのマフラー……
ナオト、なかなか瞑想室から出てこなかったでしょ? ずっと渡したかったのに」
暗い部屋の中で、ぽつぽつと呟くマユ。
大事そうに包みを直し、彼の前に差し出した。
何も出来ないナオトの全身が、猛烈な後悔と自責の念に覆われていく。
「皮肉のつもりかよ!
こんなことしたって……こんな嫌味なことしたって!
僕はもう、ここにはいたくない! 君の前にもいたくない、サイさんたちにも誰にも会いたくない!
アークエンジェルだって助けてくれなかった、誰も僕を助けてくれなかった!」
マユの上から離れられないまま、ナオトはただ涙をこぼすしかなかった。
勿論、マユが皮肉で彼に包みを届けに来たわけでは決してない。そんなことは分かっていた。
しかし、少年の幼い精神は認めようとしなかった──
悪いのは、全面的ではないながらも、ほぼ自分であることを。
ただもうひたすらにナオトは、この状況から逃れたかった。
守りたい人。守ってくれた人。大切な人。そんな人たちを──
次々と目の前で失った。
メルーだけではない。ハーフムーンの人々、フーアさんとアイムさん。
真田さんに風間さんに、ネネさん
──父さん。
ティーダに乗っても、結局誰も守れない。
アスハ代表に認められたと思ったのに、それも裏切られた。
挙句の果てに僕は──
マユに、暴力をふるった。
ひたすらに、無念がナオトの心に堆積していく。
マユは、なおも無邪気に包みを差し出していた。
「これ、入れてくれる?
ナオトのお守りの中に」
謝罪の言葉のひとつも出せないまま、ナオトは俯くしかなかった。
もうマユの目をまともに見られない。自分に、そんな資格はない。
何も出来ず、誰も助けられず、人を傷つける。
僕は、最低な子供だ──
ナオトが自らを、そう断じた瞬間。
「どけぇ、汚れ小僧が!」
突然、腰に痛烈な打撃が入った。
真横に吹っ飛ばされ、何が起きたか分からぬまま、ナオトは壁に叩きつけられる。
開いたままの扉から乱入してきたマユの兄・カイキの蹴りによって。
「ぐ……うぅっ!?」
激しい痛みに気絶寸前になりながら、それでも身体を起こすと。
マユを小脇に抱きかかえて自分を見下しているカイキの、細くはあるが極限まで鍛え上げられた両脚が見えた。
後ろで結ばれた草色の長髪はやや乱れ、まだ包帯が巻かれているが――
その視線は今までで最も鋭利で、冷たい。
白目の面積がやけに大きい瞳は今、生ゴミにたかる蝿でも見ているようだ。
情けも何もなく、ただ相手を屠る以外に目的のない、野良猫の瞳そのものだった。
「今までは見逃してやったが、今後は二度とマユには近寄らせねぇ。フレイの命令であっても……
もっとも、今の映像を見りゃ、お優しいフレイ様だって二度とてめぇをティーダに乗せないだろうがな!」
カイキはそのままマユを強引に引きずり出すようにして、立ち去っていく。
後には──
ただうなだれるばかりのナオトと、マユの胸からこぼれたメルーの形見だけが、残っていた。