【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「し……
失礼しますっ!」
咄嗟の判断だった。
気づいた時にはサイは、右のサイドテーブルにあったコップを掴み、中の水をユウナに力まかせにぶちまけていた。
「へぷっ!?」
冷水をまともに頭から被ったユウナは、世にも妙ちきりんな悲鳴を上げて慌てて頭を振る。その隙に、サイはベッドから飛び降りた。
そのまま数歩離れてタオルを手に取りつつ、じっとユウナが落ち着くのを待つ。
「冷静になって下さい、代表補佐ともあろう方が!
何があったんです?」
だがユウナは、なおもサイに掴みかかろうとする。
逃れようとした彼の右腕をむんずと捕らえ、ずぶ濡れの紫頭を振り乱し、涙ながらに叫ぶユウナ。
「アーガイル君、君まで僕を捨てるのかい? 君なら僕を分かってくれると思ったのに」
「いや、ですから!」
サイは必死でユウナを押し留める。また馬乗りになられてはたまらない。
「申し訳ありません、代表補佐。
どうか落ち着いて、何があったのか、教えてください。
貴方がここまで取り乱すとは──尋常ならざる事件がまた、オーブで起こったのですか?
自分にも知る権利があります。その権利を下さったのは貴方だ」
「じ、尋常どころじゃないよ」
サイの言葉によって、幾分かユウナはクールダウンに成功した。
彼から受け取ったタオルで、思い切り音をたてて鼻をかむユウナ。
「ロゴスが……ロゴスが!」
鼻水のついたままのタオルで顔半分を覆いながら、ユウナはベッドにへなへな座り込み、やっとそれだけを切り出した。
ロゴスといえば、噂レベルであるがサイも知っている。
世界中のありとあらゆる企業に深い関わりを持つ、軍需産業複合体──
そして、アマミキョを擁する文具団社長・ムジカノーヴォもまた、ロゴスの一員だと言われている。
表立ってその名が知れ渡っているわけではないものの、クレーン車やトラックなどの大型作業車に始まり、ハンバーガーやら掃除機やらパソコンやら、業務で使う付箋やクリップに至るまで、日常生活はロゴス関連企業の製品で溢れている。
軍事のみならず、医療・食品・金融・科学、ありとあらゆる分野の企業に深く関わる組織──
それはオーブでもアマミキョでも、そしてチュウザンでも同じだった。
「申し訳ありません。
代表補佐に対して、大変な失礼をしました」
サイはもう一度コップに水をつぎ、新しいタオルと一緒にユウナに手渡した。
「しかし、ロゴスがどうしたのです?」
水に僅かながら口をつけたユウナは、何とか呂律を取り戻す。
「そう……
モルゲンレーテやセイラン家、ひいてはオーブ全体に少なからぬ繋がりがある、あのロゴスだ。
君たちアマミキョの資金も、元をたどれば約7割がたロゴスが出資していることは知っているね」
「社長とロゴスの関わりを考えれば、仕方のないことだと割り切っています。
軍需産業が、返す刀で人助けを行なう……
出発前には、よく叩かれたものです」
「比較にならんぐらい、これから叩かれるよ」
ユウナはコップをサイドテーブルに叩きつけるように置いた。
まるで呑んだくれの如く、大仰な身振り手振りで喚く。
「プラントのデュランダル議長が、声明を発表した──
ブルーコスモスの支持母体であるロゴスが、血のバレンタインから、いや、再構築戦争のはるか昔から、戦争を操っていたと。全ての争いはロゴスによって仕組まれていたと!
全ては、ロゴスの巨大利益の為に……だと!
戦争を故意に起こすことで、世界経済を操りロゴスは地上をのさばってきた! というわけだよ」
「……はぁ?」
何の冗談か。
サイは思わず、口の端を笑いの形にしてしまっていた。
「まさか……
コーディネイターとナチュラルの争いも、全てはロゴスが私利私欲の為にやっていたとかいうんですか?
そんなもの、広瀬少尉でもしない陰謀論ですよ」
「だが、声明が発表されたのは事実だ。
そして戦争犯罪人として、ロゴスの上位メンバーのリストまでが暴露されている。見たまえ」
ユウナはプリントアウトされた報道記事を胸ポケットから取り出し、サイに突きつけた。
顔写真つきで、経済界のトップの面々がズラリと並んでおり──
その中には悪名高きブルーコスモス盟主、ロード・ジブリールの名もあった。
また、写真こそなかったものの、関連する膨大な企業リストの中に、サイは文具団とその社長、トレンチ・ムジカノーヴォの名を発見した。
「まさか……こんな笑い話。
確かにロゴスが、軍需産業に深く関わり利益を出していることは事実です。
しかしその為だけに、戦争を引き起こしたというのは……」
「そう、常識で考えれば笑い話だ。言いがかりも甚だしいよ。
だが、デュランダルの言葉を真っ正直に肯定してしまう民衆が、ちょっとばかり多くてね」
ユウナは手近にあったリモコンを操作し、テレビモニターのスイッチを入れる。
──と、豪邸らしき場所が襲撃され、煙に包まれている映像が映し出された。
そして暴徒と化し、屋敷になだれ込み、略奪を重ね。
正義を振りかざし雄叫びをあげる、民衆の姿。
一方的に断罪され、連行され、暴行される老人たち。
「……代表補佐。
自分にこのようなCGを見せても、何も利益はありませんよ」
違う、これはニュースだ。実際に進行しつつある現実だ。
心のどこかでそう思いながらも、サイはそう皮肉らずにはいられなかった。信じたくない映像だった。
ユウナは首を振りながら答える。
「だったら、僕もこんなに取り乱さずにすんだんだがね。
残念ながら、これは事実だ。
恥ずかしながら僕は、何故こんな情報だけでこれほどまでに民衆が猛り狂うのか、いまいち分からない。
皆が君のような常識人だったら、世界は平和だというのに」
サイはそれには答えず、もう一度映像と記事を見比べる。
自分を含め、これまで人々は、どれだけ長い間戦争で苦しめられてきたことだろう。
サイ自身は、まだ幸せな方だ──少なくとも、自分自身はまだマシな方だと感じている。
ヤハラの現状やハーフムーンの壊滅、オーブ本国ですら絶えることがない諍いを見れば。
そんな戦いに満ちた世界の中で、耐え切れずに壊れていく人々を、大勢見てきた。
大切なものを壊され、財産や生活の糧を奪われ、命より大事な人を奪われ。
国まで焼かれ、手足を奪われ、全てを失った人々を何百人、何千人となく見てきた。
──そんな時に、「この者たちが全ての元凶だ」と設定された絶対悪が明示されたら、どうなるか。
今まで、振り上げた拳をどこに下ろすべきか分からず、苦しめられる一方だった人々に対し、はっきり「敵」と分かる存在が提示されたら。
サイは冷静に呟いた。
「暴露された事実が真実であろうとなかろうと、人々の怒りはロゴスに降りそそぐ。
理解は出来ます」
――自分だって、身をもって体験したじゃないか。
フレイの統制とプラント崩落、開戦でアマミキョが分裂寸前だった頃。
自分は図らずもアマミキョの中で全員の「敵」となり「悪魔」となり、「裏切り者」となった。
そのことで、アマミキョは何故か結束していった――自分を「敵」とみなし、一斉攻撃することで。
「そう、だから終わりなんだ」ユウナは頭を抱え込んだ。
「セイラン家の世評は地に落ち、オーブは内乱の危機に瀕する。
モルゲンレーテだって、ロゴスと無関係ではない。ロゴスが壊滅すれば、世界経済は恐慌状態に陥る。
だが今、一番危ないのは……アマミキョとチュウザンだろうね」
俯いた体勢のまま、じろりとサイを見上げるユウナ。
その眼には、さすがに政治家と思える冷たい光が宿っていた。
サイは口ごもる。その先は言わずもがなだ。
ムジカノーヴォ社長がロゴスの一員であると暴露された今、ヤハラに帰ったアマミキョがどうなるか。
暴動の中へ飛び込んでいくことになるのか――それとも。
ユウナはつと立ち上がり、そんなサイにゆっくり顔を近づける。
「このままだとチュウザンは、炎に包まれる。確実にね。
だから──」
サイの両肩に、男にしては白くひ弱な手が回された。
「アーガイル君。君だけでも、僕のもとに来て欲しい。
オーブならまだ安全だ。君ほど有能な青年を、このままむざむざ戦場へ放り出すわけにはいかない!」
「無理です」
何を言い出すんだこのモミアゲは。
サイは慌ててユウナを押しのけ、きっぱり言い放った。
「自分には、この船を守る義務があります。
そしてチュウザンの人々を守り、危機に瀕しているなら救助する──それがこの船の使命です。
自分だけ逃げるわけにはいきません」
しかしユウナは、避けようとするサイの両手首を執拗に掴んできた。
先ほどの泣き言はどこへやら、熱く説得にかかる。
「アーガイル君、僕は君に惚れたんだ。
ローエングリンを撃った瞬間の君は、素晴らしく美しかった!
深く傷つきうちのめされても、そこから這い上がろうとする純な魂を見たんだ、君の中に。
僕はそんな魂が大好きなんだよ……
君がここで時間を止めているなんて、あまりにも勿体無い!」
その言葉に、サイは不意をつかれた。
心を見透かされたようで──
実際、ユウナにはハーフムーン脱出時、僅かながら精神を覗かれている。
その時のことを言っているのか。
「時間を止めている?
……自分が、ですか」
「そうとも、僕には分かった。
君の美しい魂は、生きながらに死んでいた。
血を噴きだしながら、生きたい、逝きたい、二つの矛盾した叫びを上げていたんだよ……
僕はそんな、矛盾した魂に惚れた。
君を守りたい。君が好きだ、サイ君!」
感極まって、遂にユウナはサイをぎゅっと抱きしめた。
このまま放置してしまえば接吻、そして淫らな行為に至っても、何らおかしくない勢いで。
軍服に飾り立てられた勲章が、胸やら肋骨やらを圧迫してくる。
決していい気分ではないが、その熱情は十分すぎるほどよく分かった。
──だが俺は、セイランの願いをきくわけにはいかない。
サイはゆっくりユウナの胸板を押しのけ、呟く。
「申し訳ありません、代表補佐。
自分はこの船から、離れるわけにはいきません」
「何故だい!」ユウナはすかさず、眼を丸くして叫んだ。「ここで君は、随分と酷い目にあったそうじゃないか、暴力も散々ふるわれて……
この胸の傷、特に酷いね」
ユウナはサイの腕や顔、そして少し乱された胸元までを撫で回す。
結びかけていたネクタイは無造作に解かれ、開いた襟からほんの少しだけ、傷痕が見えた。
反射的にサイは身震いしてしまった。毛穴が縮まるとはこのことか。
そんなサイの気分も知らず、ユウナの説得は続く。
「僕はこれ以上、君をこの船に閉じ込めておきたくはないんだよ。
僕には君が必要なんだ、今のオーブにも!」
──アスハ代表も、このようなプロポーズを受けたのだろうか。
そして彼女はこれほど熱い想いを、あれほど酷い形で裏切ったのだろうか。
ユウナのことだ。これが演技である可能性も十分あるが、演技であろうとこの熱さには、どういうわけか心を圧してくる力がある。
そんなことに想いを馳せながらも、サイはゆっくりユウナの手を離させ、首を横に振った。
「今のオーブに必要なのは、自分ではありません――
貴方と、アスハ代表です。
今貴方がやるべきことは、アスハ代表と手を取り合い、和解し、国難に立ち向かうことです」
「分かっているよ……とはいっても、カガリはまだ行方が」
現実に戻ったユウナは一気に消沈し、肩を落とす。
サイはそんな彼に、あくまで優しく言った。
「自分を降ろすくらいなら、まずナオトやマユ、カズイや他のメンバー全員を降ろして下さい。
たとえそうなっても、自分は降りませんが」
「何故? 君がそこまでこの船に執着する理由は何なんだ?
やはりフレイ・アルスターなのかい?
しかし彼女は、君との約束を一方的に……」
「それでも、です」サイはユウナを真っ直ぐ見据え、宣言する。
「自分は信じているんです。フレイを追っていけば……
彼女が真実の己を取り戻せば、同時に、自分の時間も動くと」