【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part3 スティングとの別れ

 

「そんな……!」

 

 ユウナの表情が、みるみる落胆していく。

 そのいかにも大げさな落胆っぷりが演技なのか本気なのか、分からなかった。

 

 だがこの時――サイはふと思いついた。

 この男に頼めば、ナオトとマユをティーダから降ろすことも可能ではないか? 

 フレイの正体に関する情報も、この男が握っている可能性は高い。

 幸運は思わぬところから降ってきた。そんな打算的な思考になる自分にやや失望しつつも、サイはユウナに切り出そうとする。

 

「しかし、代表補佐。

 自分がチュウザンから戻ったら、貴方の元へ赴くことも考えてみます。ただ……」

 

 

 だがその時──サイの言葉は、無情にも中断されてしまった。

 不意にエアロックが開くと同時に飛び込んできた、冷徹な女の言葉によって。

 

 

「条件があります。フレイ・アルスターの正体を教えろ……

 とでも言うつもりか?」

 

 

 突然の女の声に、慌ててサイが振り向くと。

 全てを見透かしたような顔のフレイが、腕組みしながらドア横にもたれかかっていた。

 

「お邪魔だったかな」

 

 皮肉めいた笑いを唇に乗せながら言うフレイ。

 恐らく、会話の殆どを聞かれていたに違いない。サイは慌てて服を直し、ユウナを守るようにフレイの前に立った。

 

「お……俺ならもう大丈夫、回復したよ。

 ありがとう」

「オホーツク方面から連合軍が合流した。ハンガーへ行くぞ」

 

 どういたしまして、それは良かった、無理をするな――

 などという余計な台詞は一切挟まず、フレイは用件だけを手短に述べる。

 

「これからオーブ軍と避難民は旧エトロフからオーブへ向かい、我らは別方面からチュウザンへ戻ることになる。

 北京が壊滅したとはいえ、大陸ならまだ避難民の受け入れ先もあろう」

 

 さらにフレイは、つとユウナに顎を向ける。

 

「代表補佐、ここまで大変ご苦労でした。

 オーブの将兵たちが、貴方を待ち焦がれているようですよ」

 

 明らかに皮肉と分かるその言葉に、ユウナはぶんぶん首を振る。

 

「待ちたまえ。僕は、サイ君とまだ話が……」

「酷い規律違反を起こしていない限り、本人の意思を無視して下船させることは出来ません」

 

 執拗にサイに拘るユウナを、フレイは一声で制した。「そして彼は、今のアマミキョの要となる存在です。

 そうしたのは他でもない、貴方だ」

 

 フレイの言葉に、さしものユウナも口ごもり、それ以上何も言うことが出来なかった。

 そのまま小さくなりながら、すごすごと立ち去るユウナ。

 サイは彼女について部屋を出ながら、ふと考えた。

 

 ――アスハ代表どころか、ユウナまで軽く押さえ込む、彼女の威圧感。

 その正体は、一体何だ? 

 

 

 

 

 

 

 連合軍港湾施設内に係留中のアマミキョから、ローエングリンが解体・搬出されていく。

 既にこの陽電子砲は、発射の衝撃で焼け焦げて砲身に巨大な亀裂が入っており、最早使い物にならないのは素人目でも明らかだった。

 また、スティングの乗っていたムラサメもアマミキョから降ろされ、オーブ艦へ戻されていた。

 

 山神隊の生き残り・時澤軍曹が、連合軍へデータディスクを渡している。

 その中には恐らくアークエンジェルや、風間の戦闘記録もあるのだろう。

 

 ティーダとカラミティの修復作業は何とか進んでおり、ハマーがいつも通りの怒鳴り声を上げていた。

 ティーダの足元ではカイキとラスティ、そしてマユが何かしら会話をしている。

 ナオトの姿は――ない。

 

 開放されたハンガー、その3階部分のキャットウォークの上から、忙しく行きかう人々を眺めるサイとフレイ。

 サイの首にかけられた8個の通信機からは、ひっきりなしに彼を呼ぶ声が飛び交う。

 それを聞きながら、彼はため息をついた。

 

「ナオトは、結局来ないか」

 

 視線の先には、連合軍の用意した移送用バスに乗せられる避難民たちがいた。ハーフムーンの子供たちの姿も見える。

 何人かはこちらに気づき、名残惜しげに懸命に手を振っている。

 フレイと共にステップを降りながら、サイは子供たちに分かる程度には大きく手を振りかえしていた。

 そんな彼に、フレイはふと声をかける。

 

「セイランも、既にオーブ艦に乗った。

 それに……リンドー・エンジョウ副隊長も、ここで降りることが決まった」

「えっ?」

 

 それはサイにとって、思わぬ一言だった。

 

「そこまで、あの怪我の影響が?」

「老いぼれの怠け者の上、両脚のない副隊長が役に立つか? 

 ……との伝言だ」

 

 結局リンドー副隊長の怪我は治ることなく、そのまま両脚の切断に至った件は、サイも知っていた。しかしそれで彼が自ら、降りることになるとは。

 車椅子だろうと義足だろうと、何だかんだでのそりのそりとついてくるのではないか。

 どこか呑気にサイはそう考えていたが――甘すぎた。

 

 ということはこれで、アマミキョの全責任は俺とトニー隊長が被ることになるのか。

 何だかんだいってもトニー隊長はこまごま走り回り現場を取り仕切ってくれるが、正直言って頭が回るほうではない。いつでもブリッジにどっしり居座っていたリンドーの存在感を、サイは改めて実感する。

 リンドーの役目全てを自分が担いきれるとは思えず、またもため息をついた。

 

 子供や老人を詰め込んだバスが、目の前から一台、また一台と走り去っていく。

 海からの風は非常に冷たく、新調した長袖の制服のジャケットでも、寒風は肌にしみていく。

 

 ──その時ハンガーの奥から、ものものしい連合軍の兵士たちが銃を手に、わらわらと現れた。

 ベージュの軍服集団のかもし出す異様な雰囲気に、整備士たちも一旦手を止めてそちらを見てしまう。

 その中心にいる存在にいち早く気づいたのは――

 カイキと共にティーダのそばに控えていた、マユ・アスカだった。

 

「行っちゃうの、スティング?」

 

 サイの位置からもはっきり見えた──

 後ろ手に手錠をかけられ、拘束服を着せられ、口に猿ぐつわを嵌められ連行されていく緑髪の少年が、そのど真ん中にいた。

 

「スティング!?」

 

 弾かれたようにサイは叫び、思わずステップを駆け降りていた。

 

「ちょっと、待ってくれ! 

 一言ぐらい……」

 

 だがその瞬間、連合兵たちの複数の銃口がサイに向けられる。

 スティングは彼を振り返ったが、その目には何の感情もない。

 あの時──

 ネネの死に遭遇した時に彼が見せた熱情と激昂は、もう欠片も残っていなかった。

 

 そのまま静かに前だけを向いて、スティングは歩いていく。

 一言も残さずに。

 

「やめろ、サイ」

 

 フレイはゆっくり、後ろからサイを押しとどめる。

 

「コーディネイターとの戦いの為だけに使われる彼らの存在は本来、極秘事項だ。

 一般人にすぎないお前が、易々と触れられるものではない」

「だけど、スティングは俺たちを助けてくれた! 

 俺が戦わせてしまったんだ、彼を! 

 せめて謝るくらい……スティングっ!!」

 

 なおも身を乗り出して駆け寄ろうとするサイを、フレイが羽交い絞めにする。

 柔らかな胸が、その背中を撫でた。

 

「落ち着け」

 

 しかし、叫びは止まらない。

 フレイを振りほどく勢いでサイは暴れ出す。

 

「スティング、行っちゃ駄目だ! 

 君は俺たちと同じ、ただの子供じゃないか! 

 軍に戻ればまた、君は兵器として……っ!!」

「冷静になれ。まだうなされてるか」

「俺は、俺たちには、君が必要なんだっ!」

「落ち着け! 

 ここにいても、奴にはつらい記憶しかない!」

 

 

 その言葉で、サイははっと冷静さを取り戻す。

 そうだ──

 これ以上アマミキョにいたところで、彼はネネとの思い出に苛まれるだけだ。

 そして、俺は恐らく再び彼を戦わせてしまうだろう。ナオトやフレイを戦わせようとしたように──

 連合と俺と、一体何が違うというのか。

 

 

 サイはがくりと膝を落とす。両の拳が床に叩きつけられた。

 彼を完全に無視したまま、どんどん歩き続けるスティング。

 その姿はやがて、兵士たちの背中に隠れ――

 その兵士たちもすぐに車列に隠れ、見えなくなってしまった。

 

「ことづけだ。奴から預かった」

 

 俯いたままのサイに、フレイから紙切れが差し出される。

 

「心配はいらない。

 これで奴はもう、アマミキョでの記憶に苦しむこともないだろう」

 

 手のひらほどに畳まれた紙片を受け取りながら、サイは訝む。

 

「……どういう意味だよ」

「戦う為だけに作られたモビルスーツの生体パーツに、余分な記憶はいらないということだ。

 それ以上は、自分で考えろ」

 

 それだけを言い残すと、フレイはさっさとその場から離れ、ティーダとアフロディーテ、カラミティの方向へと去ってしまった。

 

「余分な記憶……って?」

 

 意味は掴めないながらも、その単語の孕む冷酷さに軽く衝撃を覚えるサイ。

 それ以上フレイを責めることも出来ず、立ち尽くすしかない。

 と──その背後から、不意に明るい声がかかる。

 

「サイー、いつまでモタモタしてんだよ! 

 すっかりフレイと仲良くなりやがって、隊長がカンカンだぜっ」

 

 フレイが離れた瞬間を狙っていたかのように、オサキとヒスイが揃ってサイを呼びに来たのだ。

 この二人と直接顔を合わせるのは久しぶりだ──ハーフムーン脱出以来、ろくに話もしていなかった。

 ネネを失い、二人とも酷く傷ついているに違いないのに、俺はやっぱり何も出来ていない。

 そう思いながらも、サイはスティングのことづけの方に気を取られていた。

 

「すまない。

 もう少し、待っててくれるかい」

 

 手すりに寄りかかりつつ、サイは渡された紙片に目を通す。

 破ったメモ帳の切れ端に、乱暴に書き殴られた文字。

 

「なになに、今度はラブレターかぁ? モテる男は忙しいねぇ」

「オサキさんってば!」

 

 からかい半分に後ろから覗き込むオサキと、止めるヒスイ。

 だが手紙の内容に気づき、二人とも押し黙った。

 

 

 

《──サイ、もう大丈夫だ。

 アマミキョはチュウザンに帰る。だから俺も、連合に戻る。

 ネオとステラが待ってるからな。アウルのことを思い出させてくれたのは、感謝してるぜ。

 この手紙を読んでる時のあんたのツラは、軽く想像出来る。

 この船には君が必要だって――きっと、あんたはそう言うだろう。

 だけど、この船を守ったのは俺じゃない。あんただよ、サイ。

 あんたが俺に命令を下したから、俺は動いただけだ。命令を下せるあんたこそ、この船には必要なんだ。

 だから、サイ──命だけは、大事にしろよ。

 アイツが愛したてめぇの命、てめぇで絶ったら俺は許さねぇ。何があっても許さねぇから、覚えとけ。

 俺だけじゃない。きっとフレイ・アルスターだって、そう思ってるさ。

 んじゃ、マユによろしくな。あんまり変なこと覚えさすんじゃねーぞ》

 

 

 

 手紙の内容は、ここで乱暴に終わっていた。

 

「変なことって……

 君が言うかよ」

 

 サイは笑おうと努力したが、引き攣った表情にしかならない。

 手の中で握りつぶされる紙切れ。

 気が付くと、ヒスイが嗚咽していた。オサキもぷいと横を向いたが、その肩は僅かに震えだしていた。

 連合の制服たちが去った後を眺めながら、オサキもヒスイも涙を流していた──

 いなくなった、ネネを想って。

 凍てつく空気の下、その涙はサイの目に、ガラス細工のイヤリングのように美しく映った。

 

 ──何故、こういう時、俺は泣けない? 

 

 それはサイにとって、狂おしいほどに悔しかった。

 自分の中を、悲しさはからっ風になって通り抜けていき、何も染み通らない。

 悲しみも苦痛も幸福感も、心に満ち溢れることはなく、胸の奥底の砂漠に吸収されてしまう。

 

 ──それは、2年前のあの時から、ずっと。

 

 気がつくと、マユとカイキがハンガーの向こう側から、じっとこちらの様子を見ていた。

 スティングと同じ、「生体パーツ」として生み出された彼ら──

 フレイの言った、「余分な記憶はいらない」とは、どういう意味だ。

 

 マユの無垢な視線を見返しながら、サイは思う。

 おぼろげながら意味は掴めてしまっているが、頭が理解を拒否していた──これからスティングを待つ運命を。

 

 どのような手段でかは分からないが、恐らく彼は、記憶を消される。

 あるいは現時点で既に、消されているのかも知れない。

 

 確かにその方が、彼にとってはもしかしたら幸せなのかもしれない。

 つらい記憶などなくしてしまえば──俺だって、何度思ったか分からない。

 

 しかしサイの中で、何かが全力でスティングの運命を拒絶する。破れんばかりに握りしめられる紙片。

 痛みの記憶というのは、自分の大切な何かを傷つけられたり失ったりした時の記憶であり。

 それそのものを失うということは、自分を失うと同義だ。

 例えば、今の俺からフレイの記憶を消去したら、俺は俺でなくなるじゃないか! 

 

 オーブにいた時には噂でしか聞いていなかった「生体CPU」の現実が、目の前にあった。

 やはり取り戻すべきだった、スティングを。

 彼自身が選んだ道だと言い聞かせてみても、サイの中で激しい悔悟は渦巻く。

 

「畜生! 

 文字通りの畜生だろ、それじゃ!」

 

 何が何でも、軍の手から解放するべきだった──

 涙を流すことも出来ないまま、サイは紙片を握った手で壁を殴る。

 フレイになされていたのは、記憶の消去と人格の操作。

 スティングになされていたのは、ネネたちの証言から想定するに、おそらく過去の記憶の消去。

 ならば──マユやカイキになされている操作は、何だ? 

 サイが虚しい思いをめぐらせているうちに、マユはカイキに連れられ、その場を去っていた。

 

 

 

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