【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「そんな……!」
ユウナの表情が、みるみる落胆していく。
そのいかにも大げさな落胆っぷりが演技なのか本気なのか、分からなかった。
だがこの時――サイはふと思いついた。
この男に頼めば、ナオトとマユをティーダから降ろすことも可能ではないか?
フレイの正体に関する情報も、この男が握っている可能性は高い。
幸運は思わぬところから降ってきた。そんな打算的な思考になる自分にやや失望しつつも、サイはユウナに切り出そうとする。
「しかし、代表補佐。
自分がチュウザンから戻ったら、貴方の元へ赴くことも考えてみます。ただ……」
だがその時──サイの言葉は、無情にも中断されてしまった。
不意にエアロックが開くと同時に飛び込んできた、冷徹な女の言葉によって。
「条件があります。フレイ・アルスターの正体を教えろ……
とでも言うつもりか?」
突然の女の声に、慌ててサイが振り向くと。
全てを見透かしたような顔のフレイが、腕組みしながらドア横にもたれかかっていた。
「お邪魔だったかな」
皮肉めいた笑いを唇に乗せながら言うフレイ。
恐らく、会話の殆どを聞かれていたに違いない。サイは慌てて服を直し、ユウナを守るようにフレイの前に立った。
「お……俺ならもう大丈夫、回復したよ。
ありがとう」
「オホーツク方面から連合軍が合流した。ハンガーへ行くぞ」
どういたしまして、それは良かった、無理をするな――
などという余計な台詞は一切挟まず、フレイは用件だけを手短に述べる。
「これからオーブ軍と避難民は旧エトロフからオーブへ向かい、我らは別方面からチュウザンへ戻ることになる。
北京が壊滅したとはいえ、大陸ならまだ避難民の受け入れ先もあろう」
さらにフレイは、つとユウナに顎を向ける。
「代表補佐、ここまで大変ご苦労でした。
オーブの将兵たちが、貴方を待ち焦がれているようですよ」
明らかに皮肉と分かるその言葉に、ユウナはぶんぶん首を振る。
「待ちたまえ。僕は、サイ君とまだ話が……」
「酷い規律違反を起こしていない限り、本人の意思を無視して下船させることは出来ません」
執拗にサイに拘るユウナを、フレイは一声で制した。「そして彼は、今のアマミキョの要となる存在です。
そうしたのは他でもない、貴方だ」
フレイの言葉に、さしものユウナも口ごもり、それ以上何も言うことが出来なかった。
そのまま小さくなりながら、すごすごと立ち去るユウナ。
サイは彼女について部屋を出ながら、ふと考えた。
――アスハ代表どころか、ユウナまで軽く押さえ込む、彼女の威圧感。
その正体は、一体何だ?
連合軍港湾施設内に係留中のアマミキョから、ローエングリンが解体・搬出されていく。
既にこの陽電子砲は、発射の衝撃で焼け焦げて砲身に巨大な亀裂が入っており、最早使い物にならないのは素人目でも明らかだった。
また、スティングの乗っていたムラサメもアマミキョから降ろされ、オーブ艦へ戻されていた。
山神隊の生き残り・時澤軍曹が、連合軍へデータディスクを渡している。
その中には恐らくアークエンジェルや、風間の戦闘記録もあるのだろう。
ティーダとカラミティの修復作業は何とか進んでおり、ハマーがいつも通りの怒鳴り声を上げていた。
ティーダの足元ではカイキとラスティ、そしてマユが何かしら会話をしている。
ナオトの姿は――ない。
開放されたハンガー、その3階部分のキャットウォークの上から、忙しく行きかう人々を眺めるサイとフレイ。
サイの首にかけられた8個の通信機からは、ひっきりなしに彼を呼ぶ声が飛び交う。
それを聞きながら、彼はため息をついた。
「ナオトは、結局来ないか」
視線の先には、連合軍の用意した移送用バスに乗せられる避難民たちがいた。ハーフムーンの子供たちの姿も見える。
何人かはこちらに気づき、名残惜しげに懸命に手を振っている。
フレイと共にステップを降りながら、サイは子供たちに分かる程度には大きく手を振りかえしていた。
そんな彼に、フレイはふと声をかける。
「セイランも、既にオーブ艦に乗った。
それに……リンドー・エンジョウ副隊長も、ここで降りることが決まった」
「えっ?」
それはサイにとって、思わぬ一言だった。
「そこまで、あの怪我の影響が?」
「老いぼれの怠け者の上、両脚のない副隊長が役に立つか?
……との伝言だ」
結局リンドー副隊長の怪我は治ることなく、そのまま両脚の切断に至った件は、サイも知っていた。しかしそれで彼が自ら、降りることになるとは。
車椅子だろうと義足だろうと、何だかんだでのそりのそりとついてくるのではないか。
どこか呑気にサイはそう考えていたが――甘すぎた。
ということはこれで、アマミキョの全責任は俺とトニー隊長が被ることになるのか。
何だかんだいってもトニー隊長はこまごま走り回り現場を取り仕切ってくれるが、正直言って頭が回るほうではない。いつでもブリッジにどっしり居座っていたリンドーの存在感を、サイは改めて実感する。
リンドーの役目全てを自分が担いきれるとは思えず、またもため息をついた。
子供や老人を詰め込んだバスが、目の前から一台、また一台と走り去っていく。
海からの風は非常に冷たく、新調した長袖の制服のジャケットでも、寒風は肌にしみていく。
──その時ハンガーの奥から、ものものしい連合軍の兵士たちが銃を手に、わらわらと現れた。
ベージュの軍服集団のかもし出す異様な雰囲気に、整備士たちも一旦手を止めてそちらを見てしまう。
その中心にいる存在にいち早く気づいたのは――
カイキと共にティーダのそばに控えていた、マユ・アスカだった。
「行っちゃうの、スティング?」
サイの位置からもはっきり見えた──
後ろ手に手錠をかけられ、拘束服を着せられ、口に猿ぐつわを嵌められ連行されていく緑髪の少年が、そのど真ん中にいた。
「スティング!?」
弾かれたようにサイは叫び、思わずステップを駆け降りていた。
「ちょっと、待ってくれ!
一言ぐらい……」
だがその瞬間、連合兵たちの複数の銃口がサイに向けられる。
スティングは彼を振り返ったが、その目には何の感情もない。
あの時──
ネネの死に遭遇した時に彼が見せた熱情と激昂は、もう欠片も残っていなかった。
そのまま静かに前だけを向いて、スティングは歩いていく。
一言も残さずに。
「やめろ、サイ」
フレイはゆっくり、後ろからサイを押しとどめる。
「コーディネイターとの戦いの為だけに使われる彼らの存在は本来、極秘事項だ。
一般人にすぎないお前が、易々と触れられるものではない」
「だけど、スティングは俺たちを助けてくれた!
俺が戦わせてしまったんだ、彼を!
せめて謝るくらい……スティングっ!!」
なおも身を乗り出して駆け寄ろうとするサイを、フレイが羽交い絞めにする。
柔らかな胸が、その背中を撫でた。
「落ち着け」
しかし、叫びは止まらない。
フレイを振りほどく勢いでサイは暴れ出す。
「スティング、行っちゃ駄目だ!
君は俺たちと同じ、ただの子供じゃないか!
軍に戻ればまた、君は兵器として……っ!!」
「冷静になれ。まだうなされてるか」
「俺は、俺たちには、君が必要なんだっ!」
「落ち着け!
ここにいても、奴にはつらい記憶しかない!」
その言葉で、サイははっと冷静さを取り戻す。
そうだ──
これ以上アマミキョにいたところで、彼はネネとの思い出に苛まれるだけだ。
そして、俺は恐らく再び彼を戦わせてしまうだろう。ナオトやフレイを戦わせようとしたように──
連合と俺と、一体何が違うというのか。
サイはがくりと膝を落とす。両の拳が床に叩きつけられた。
彼を完全に無視したまま、どんどん歩き続けるスティング。
その姿はやがて、兵士たちの背中に隠れ――
その兵士たちもすぐに車列に隠れ、見えなくなってしまった。
「ことづけだ。奴から預かった」
俯いたままのサイに、フレイから紙切れが差し出される。
「心配はいらない。
これで奴はもう、アマミキョでの記憶に苦しむこともないだろう」
手のひらほどに畳まれた紙片を受け取りながら、サイは訝む。
「……どういう意味だよ」
「戦う為だけに作られたモビルスーツの生体パーツに、余分な記憶はいらないということだ。
それ以上は、自分で考えろ」
それだけを言い残すと、フレイはさっさとその場から離れ、ティーダとアフロディーテ、カラミティの方向へと去ってしまった。
「余分な記憶……って?」
意味は掴めないながらも、その単語の孕む冷酷さに軽く衝撃を覚えるサイ。
それ以上フレイを責めることも出来ず、立ち尽くすしかない。
と──その背後から、不意に明るい声がかかる。
「サイー、いつまでモタモタしてんだよ!
すっかりフレイと仲良くなりやがって、隊長がカンカンだぜっ」
フレイが離れた瞬間を狙っていたかのように、オサキとヒスイが揃ってサイを呼びに来たのだ。
この二人と直接顔を合わせるのは久しぶりだ──ハーフムーン脱出以来、ろくに話もしていなかった。
ネネを失い、二人とも酷く傷ついているに違いないのに、俺はやっぱり何も出来ていない。
そう思いながらも、サイはスティングのことづけの方に気を取られていた。
「すまない。
もう少し、待っててくれるかい」
手すりに寄りかかりつつ、サイは渡された紙片に目を通す。
破ったメモ帳の切れ端に、乱暴に書き殴られた文字。
「なになに、今度はラブレターかぁ? モテる男は忙しいねぇ」
「オサキさんってば!」
からかい半分に後ろから覗き込むオサキと、止めるヒスイ。
だが手紙の内容に気づき、二人とも押し黙った。
《──サイ、もう大丈夫だ。
アマミキョはチュウザンに帰る。だから俺も、連合に戻る。
ネオとステラが待ってるからな。アウルのことを思い出させてくれたのは、感謝してるぜ。
この手紙を読んでる時のあんたのツラは、軽く想像出来る。
この船には君が必要だって――きっと、あんたはそう言うだろう。
だけど、この船を守ったのは俺じゃない。あんただよ、サイ。
あんたが俺に命令を下したから、俺は動いただけだ。命令を下せるあんたこそ、この船には必要なんだ。
だから、サイ──命だけは、大事にしろよ。
アイツが愛したてめぇの命、てめぇで絶ったら俺は許さねぇ。何があっても許さねぇから、覚えとけ。
俺だけじゃない。きっとフレイ・アルスターだって、そう思ってるさ。
んじゃ、マユによろしくな。あんまり変なこと覚えさすんじゃねーぞ》
手紙の内容は、ここで乱暴に終わっていた。
「変なことって……
君が言うかよ」
サイは笑おうと努力したが、引き攣った表情にしかならない。
手の中で握りつぶされる紙切れ。
気が付くと、ヒスイが嗚咽していた。オサキもぷいと横を向いたが、その肩は僅かに震えだしていた。
連合の制服たちが去った後を眺めながら、オサキもヒスイも涙を流していた──
いなくなった、ネネを想って。
凍てつく空気の下、その涙はサイの目に、ガラス細工のイヤリングのように美しく映った。
──何故、こういう時、俺は泣けない?
それはサイにとって、狂おしいほどに悔しかった。
自分の中を、悲しさはからっ風になって通り抜けていき、何も染み通らない。
悲しみも苦痛も幸福感も、心に満ち溢れることはなく、胸の奥底の砂漠に吸収されてしまう。
──それは、2年前のあの時から、ずっと。
気がつくと、マユとカイキがハンガーの向こう側から、じっとこちらの様子を見ていた。
スティングと同じ、「生体パーツ」として生み出された彼ら──
フレイの言った、「余分な記憶はいらない」とは、どういう意味だ。
マユの無垢な視線を見返しながら、サイは思う。
おぼろげながら意味は掴めてしまっているが、頭が理解を拒否していた──これからスティングを待つ運命を。
どのような手段でかは分からないが、恐らく彼は、記憶を消される。
あるいは現時点で既に、消されているのかも知れない。
確かにその方が、彼にとってはもしかしたら幸せなのかもしれない。
つらい記憶などなくしてしまえば──俺だって、何度思ったか分からない。
しかしサイの中で、何かが全力でスティングの運命を拒絶する。破れんばかりに握りしめられる紙片。
痛みの記憶というのは、自分の大切な何かを傷つけられたり失ったりした時の記憶であり。
それそのものを失うということは、自分を失うと同義だ。
例えば、今の俺からフレイの記憶を消去したら、俺は俺でなくなるじゃないか!
オーブにいた時には噂でしか聞いていなかった「生体CPU」の現実が、目の前にあった。
やはり取り戻すべきだった、スティングを。
彼自身が選んだ道だと言い聞かせてみても、サイの中で激しい悔悟は渦巻く。
「畜生!
文字通りの畜生だろ、それじゃ!」
何が何でも、軍の手から解放するべきだった──
涙を流すことも出来ないまま、サイは紙片を握った手で壁を殴る。
フレイになされていたのは、記憶の消去と人格の操作。
スティングになされていたのは、ネネたちの証言から想定するに、おそらく過去の記憶の消去。
ならば──マユやカイキになされている操作は、何だ?
サイが虚しい思いをめぐらせているうちに、マユはカイキに連れられ、その場を去っていた。