【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
それが、サイがスティング・オークレーを見た最後となった。
この時から12時間も経たないうちに、スティングはアマミキョでの記憶を全て消去された。
ネネも、サイも、マユも──アマミキョで出会った人々を、アマミキョで起こった出来事の全てを、彼は忘れ去った。
思い出すことが出来た、かつての仲間たちのことすらも、呆気なく。
それから1ヶ月後に、彼は死亡した。
デストロイガンダムの生体CPUとして、連合軍最後の砦・ヘブンズベース守備の最前線に投入された彼は、シン・アスカの駆るデスティニーガンダムの犠牲となった。
待っていると信じていたネオ・ロアノークとステラ・ルーシェはどこにもおらず、仲間の記憶までも再び消された彼は。
自分が孤独だということすらも分からぬままひたすらに戦い、戦い、戦うだけの獣となり──
何も思い出すことのないまま、雪原に散った。
一方、この時アマミキョを離れたユウナ・ロマ・セイランもまた、オーブ帰還後に酷い運命に弄ばれることになる。
しかし同時期に、サイとアマミキョはユウナ以上に過酷かつ凄惨な状況に突入していた為、サイはユウナの件をろくに思い出すことはなかった。
また思い出したとしても、あのように堕ちたセイラン家をまだ利用できるかという、袋のネズミの如き追いつめられた思考の中以外はなかった。
従って――
アマミキョメンバーがユウナの運命を詳しく知るのは、だいぶ後のことになる。
「もう一度言う。
貴様を正式に、アマミキョ副隊長に任ずる。サイ・アーガイル」
医療ブロックで治療を続けていたリンドー副隊長は、サイを目の前にして改めて宣言した。
既に両脚を切断しているリンドーは、上半身をスズミとトニー隊長に持ち上げられるようにしながら、車椅子に乗せられる。
「やれやれ、とんだ要介護老人だな」などとボヤきつつも、皺だらけの顔の中から凛とした眼差しをサイに向けるリンドー。
「隊長、スズミ先生、そして……
フレイ・アルスター。あんたらが証人だ」
サイの後ろにはフレイが控え、じっと副隊長と相対している。
サイ自身もまた、何も反論せずにリンドーの言葉を受け入れていた。
リンドーはそんな彼の緊張を見て取り、眼鏡の奥でにやりと笑ってみせる。
「ナニ、ワシがやったことをそのままこなしてりゃいいだけの事よ。
講義の内容は完璧だろ? お前なら」
「リンドー副隊長……
貴方の求心力は、この船になくてはならないものです」
自分の責任が格段に重くなるのは覚悟しているが、それ以上にこの、いつでも余裕を崩さないマイペースなボヤキ熟年がいなくなることが、サイは恐怖だった。
「半身を失ったとしても、その事実は変わりません。
どうかもう一度、考え直してください。俺ではとても……」
「決定事項だ」リンドーは容赦ない。「セイランも、お前を認めている!」
「代表補佐が……ですか」
サイは戸惑う。
セイランに認められても逆効果ではないか……とは思ったが、そんな懸念もリンドーは見透かしていた。
「あの男はああ見えて、なかなかどうして人を見抜く力はそれなりにあるもんだ。例えそれが、ティーダの力に助けられたものだとしてもな。
ワシにすがって、必死でお前が欲しいと泣きついとったぞ」
「それで副隊長、何て言ったと思う?」
スズミが横で笑った。
ネネを失い、多忙に多忙が重なっている彼女の顔は、隈と疲労でどす黒くなりつつあったが――
それでも彼女は精一杯の笑顔を見せていた。
「オーブに帰って、成すべきことを成してから、サイ君を嫁にもらえって。
それまでサイ君はアマミキョで花嫁修業、ですってよ」
「花嫁って……」
随分命がけの花嫁修業もあったもんだ。サイは半分本気で身震いした──
漫画であれば、俺の額のあたりに5本ぐらい縦線が入っているはずだ。間違っても、頬に3本ほどの微妙な斜線、ではない。
「俺に、アスハ代表の代わりにウェディングドレスでも着ろっていうんですか」
場を和ませようと、サイはリンドーのジョークに付き合ってみせる。
するとこの熟年も調子に乗ってウィンクしてみせた。「そうしかねん勢いだったぞ」
「ワハハ!
それじゃあ代表と同じく、フリーダムにかっさらってもらうかね、サイ君!」
トニーが大笑いしつつ、サイの背中を叩く。
だが笑っているのはトニー一人だけで、全員が黙ってしまう。この場でフリーダムの撃墜を知らないのは、トニー隊長とスズミだけだった。
リンドーはそこで笑みを消し、サイに向き直った。
「どこぞのお船様のように、戦いを止めるとか、人間を救うとか、自由と平和を守るとか。
ワシはそんなことを考えたことは一度もない。ただ──
自分より年下の者を死なせない。
自分より年上の者より先に、自分が死なない。
この二つさえ守れば、どこもかしこも一応、平和になる。ワシはずっとそう信じて、ここまで来た」
サイは唇を噛みしめる。
自分はそれすら出来なかった──こんな単純なルールを守ることが、一番難しい。
その心情を見通してか、リンドーはサイの手を握りしめた。
「出来るか出来ないかは問題じゃない。ただ、この二つの言葉は常に念頭に置いておけ──最後の講義がわりにな。
それとサイ、お前には特に言っておく。
間違っても――自分が死ねば、人が助けられるなどと思うなよ」
その手は、幼い頃の父の手を思い出させるほど強く、あたたかだった。
ユウナ・ロマ・セイラン、スティング・オークレー、ハーフムーンの子供たち、そしてリンドー・エンジョウ。
一息に様々な別離を体験し──ようやくアマミキョは、チュウザン本国への帰還を果たした。
首都ヤエセへの到着前は、ブリッジもアマクサ組も暴動発生を警戒していたが、案外に港も街も静かなものだった。シュリ隊や山神隊のチュウザン残留組との合流も無事完了した。
不気味なほどの静けさの中、サイたちはすんなり帰ってきたのだ。
これから確実に嵐に巻きこまれる、この国に。
サイは山神隊への帰還報告を時澤軍曹と共に行ない、自分の見た事実の全てを山神艦長に報告した。
ザフト軍との遭遇、南チュウザン軍の海底要塞の存在。
戦略兵器デストロイの侵攻、風間少尉(曹長から特進)の死亡状況、ローエングリンの発射、地中のニュートロンジャマーを使用したザフト残党の作戦、ハーフムーンの壊滅。
そして最大の懸案事項である、アークエンジェルの動向も。
フリーダム撃墜の件は、山神隊にも既に伝わっていたが。
「──予定を大幅に狂わせてしまい、大変ご迷惑をおかけいたしました。
風間少尉の件、悔やんでも悔やみきれません。彼女がいなければ、自分は今、ここにいません」
サイは全てを話し終わると、山神、伊能、広瀬の前で深々と頭を下げた。
娘にも等しい部下を失った山神ではあったが、彼は殆ど表情を変えず、サイと時澤の肩にその両手を置く。
「アークエンジェルの追跡も可能になり、ザフトの新型の情報も山ほど入った。君たちは本当に、予想以上の働きをしてくれたよ。
アークエンジェルの処遇については、上層部で検討中だ。あとは上がどうにでもしてくれる──
アーガイル君。君にとってはつらい結果になるかも知れんがな」
「覚悟はしています。キラ・ヤマトらは自らの意志で戦闘行為を行なっています。
それ相応の罰は受けるべきでしょう」
「そして、彼らもとうに覚悟を決めている──そうだな」
サイは頷いた。
脳裏に、キラとカガリの言葉が蘇る。
──ラクスやカガリを守る為だったら、僕は誰に恨まれたって構わない。
──私たちは相手に理解してもらうまで、私たちのやり方で尽力する。
あそこまで言い切るのだ。死ぬ覚悟ぐらい、とっくに出来ているのだろう。
もしくは、絶対に逃げ切れるという自信からの発言だったのか。
どうも後者のような気はするが、キラやラクスならば逃げ切れてしまうだろうという、根拠不明の確信があるのも事実だ。
ましてや、今の連合はロゴスの騒ぎで内部からガタガタになっている。崩壊寸前の連合に、アークエンジェルを捕らえるほどの余裕があるとも思えなかった。
諦めにも似たサイの感情を悟ってか、山神はするりと話題を変える。
「それにしても、驚愕はザフトの手段だ。
月面で核を使用不能にしたあの新兵器が、逆にニュートロンジャマーを暴走させる効果があったとはな。
そして地中でこの二つを衝突させればその衝撃波はマントルまで及ぶ可能性があり、そうなれば確かにサイクロプスどころの騒ぎではすまんはずだ。
風間の読みは正しかった──
しかも、有人機にそいつを積んで特攻させるとは。哀れなものよ……
よほど、奴らも追い詰められていたのだろう」
ひとつ溜息をつくと、山神はサイにゆっくりと笑顔を向けた。
沈んだ声ではあったが、それでもこの初老の軍人の笑顔には励まされる。
「ゆっくり休んでくれ──風間や村人たちの弔いをせねばな」
それだけ言うと、山神は白髪頭をかきながら、大きな背中を揺らして部屋を出て行った。