【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
風間少尉やネネ・サワグチ、そしてハーフムーンの村人たちの葬式が終わった夜──
サイは、久々に自室へ戻った。
四畳半ほどの狭い部屋の中、カズイが共用の机で何やら本をめくっている。
しかしナオトはといえば、二段ベッドの下段、その毛布に突っ伏したまま、動こうとしなかった。
これは今に始まったことではない。チュウザンに着く少し前から、ナオトはサイともマユとも、他の誰ともまともに顔を合わせようとしていなかった。
サイは壁に取り付けられた通信機で、しばらくブリッジとの連絡を続ける。
「……はい。アークエンジェルとの通信は、先ほど回復しました。
アスハ代表やクルーの無事も確認済みです。
KI9によるL18区域の修復状況はどうですか? 強制遮断による送信漏れが2件……では、その件も含めて明日1600からミーティングですね」
てきぱきと通信を終え、ふっとカズイの方に振り向くサイ。
「アークエンジェルは無事だ。
直接ミリィの声が聞けたよ、ほんの3、4秒だったけど。やっぱりティーダの通信機能さまさまだな!」
明るく言ってみせるサイだが、カズイは「……ふぅん」などと生返事をしたきり、じっと本に熱中している。
見るとそれは、どうやら女性向けの菓子の本らしい。「Hot&Sweets!!」などと、それらしい文字がピンクの表紙に大きくポップ調で書かれていた。
サイは気を取り直し、腰に手を当てつつ改めて報告する。
「キラも、何とか生きのびたらしい。
フリーダムは大破したようだけど。やっぱりさすがキラだよな」
本心からそう思っていたサイだが、カズイの反応はやはり薄く、かつ皮肉なものだった。
「まだ、キラをそんなに大事に思えるんだな……
サイは」
この言葉は、サイの胸のどこかを針のように衝いた。
カズイの、突き放したような言動には慣れたつもりだったのだが。
「いけないことか?」
「いいことだと思うよ。だからサイは人に好かれる」
カズイはそこで初めて本から視線を上げ、にこりともせずサイを見た。
「素晴らしいことだよ。だけど、俺には出来ないな。
俺は今でも、キラを友達とは思えない。サイとフレイの件を知ってたら、無理だよ。
少なくとも俺が同じことされたら、キラを許すなんて無理だ」
「許すも何も……
あの時は俺も、キラの気持ちも知らずにつっかかっていったから。
どれだけあいつが追い詰められていたか、全然知らずに」
「むしろ、自分の方が悪かったとでも言いたいのか? サイは」
チクリチクリと、心の奥底を刺してくるカズイの言葉。
「自分たちを守ってくれるから、キラは何をやっても良かったとか言いたい?」
「そうじゃない。確かにあの直後は、俺だってキラを許せなかった──
だけど、随分長い時間がかかったけど、気づいたんだ。
キラが、あの時どれだけ自分をすり減らしながら、俺たちを守っていたかって」
「ふぅん……」
カズイは興味を失ったかのようにそっぽを向く。
お前だって、キラに守られた結果ここにいるじゃないか――
そう言いたいのを、サイはこらえた。
「俺はとてもサイみたく、好意的に人の気持ちを推し量れない。
そんな俺だからかな」
カズイはふいと本を放り投げた。「こういうことでもしなきゃ、誰も振り向いちゃくれない」
よく見るとそれは、クッキーのレシピ集だった。
今ある食糧で何とか作ることの出来るクッキーは相当限られていたが、カズイはその中から必死でいくつかを選び出し、印をつけていた。オレンジピールの入ったクッキーのレシピには花丸がつけられている。
サイは思わず顔を綻ばせてしまった。
「分かった。
祭りのプレゼントだな」
敢えて、誰へのプレゼントなのかは聞かないサイだった。
個人的にあまり賛成は出来ないが、止める理由もない。
カズイが誰かの為に行動を始めるのは、彼にとってはとても良い傾向だ。
それに
──この時のサイは、あまりに楽観的なことにそう考えた。
そうであってくれと願っていただけかも知れないと、後になってサイ自身猛省することになるのだが。
「いいな、クッキーか。
俺も協力するよ」
「え……?
あ、ありがと」
サイの申し出に、カズイは赤くなりながらも素直な笑顔を見せる。
さっきの皮肉めいた口調が嘘のように、彼はやたら早口で語り出した。
「オレンジは結構在庫があるみたいだから、これしかないかと思うんだ。
それにしてもクッキーって凄いもんだな、こんなにバターと砂糖を使うなんて俺、全然知らなかったよ。
一人にだけ渡すのも悪いから一応みんなにも作るつもりだけど、これじゃとても行き渡らないな……」
「材料足りないんだったら、オレンジの砂糖漬けだけでもいいんじゃないか?
マヨネーズかけると意外にいけると思う」
皮肉でもなんでもなく、真顔で言ってのけるサイ。
カズイはその言葉に今度は青くなる。
「いや、あの、サイ?
砂糖漬けまではアリとしても……つか、お前一体、いつからそんな味覚に……
頼むから、手は出さないでくれよ。助言だけ、聞くだけは聞いとく」
「何で?」
「いや、何でってそりゃ……
ナオトにも聞けよ。覚えてるか、あのイチゴバナナタマネギサンド」
カズイはベッドの方に頭だけ向けて、ナオトに呼びかける。
だが彼はベッドに突っ伏した体勢のまま、ギロリとサイたちを睨み──
恐ろしくかすれた声で呟く。
「よく、この状況下でそんなことばかり言ってられますね……祭りなんて。
たくさん人が死んだのに」
ナオトは一日中ベッドにいたにも関わらずろくに眠っていないようで、目の下に隈を作っている。
サイは一目でその異様さに気づいた──マユとナオトの間にあった事件を、サイは未だ知らされていなかったが。
「ナオト。ずっと留守にしていたのは悪かった、謝るよ。
だが、葬式はもう終わった。メルーだってネネだって風間さんだって、俺たちがいつまでも悲しんでいることを望んじゃいない」
サイは毅然としてナオトの枕元に歩み寄り、慎重に諭す。
だが、ナオトは枕をひっかぶった。何もかもから逃げるように。
それでも枕を押しのけて、サイは説得に挑んだ。
「もうすぐ星祭りだ。
みんなでこの星に生を受けたことを祝うと同時に死者を悼む、そういう願いをこめた祭りでもあるんだ。
街の人たちも復興作業と同時に、祭りの準備も忘れてない。
ちゃんと起きて作業に参加して、レポートを再開してみたら気分も晴れるよ」
サイはナオトの肩に手を差し伸べる。
だが少年は、敢然とその手を叩き払った。
「祭りなんて、何の意味もありませんよ!
祭りや祈りって、神様を崇めるもんなんでしょ!?
なのに、メルーは一生懸命祈っていたのに、結局神様は助けてくれなかった!
アークエンジェルもキラさんも、代表も来てくれなかった。僕はマユに見捨てられた!」
「ナオト! キラは神様じゃない。
あの時はキラもフリーダムもアークエンジェルも、来られる状況じゃなかった。
散々話しただろうが」
「知ってますよ!
だけど、それでも僕は、キラさんと代表に助けて欲しかった。
キラさんたちは、僕の英雄なんだから!」
ナオトは全てを拒みながら立ち上がり、部屋から出て行こうとする。
慌ててその左腕を掴むサイ。
「ナオト、いい加減に!」
「しつこいよ、離してくださいよっ」
ナオトは凄まじい力で、その手を強引に振りほどいた。
「真田さんだって祈っていたのに、死んでしまった。
結局神様なんて、どこにもいないんです!」
「ナオト、待てってば! 一体何が……」
サイはそれでも、ナオトをつかまえようとする。こんな状態の弟分を、放っていくわけにはいかない──
だが、その思いが裏目に出た。
一気に頭に血が昇ったナオトは、次の瞬間サイの顎に拳を入れていた。
パイロットとして幾分か成長した少年の拳は、実に強烈だった。思わぬ攻撃に、サイは壁に打ち付けられて倒れてしまう。眼鏡までが吹っ飛んだ。
「ぐ……あぁっ!?」
「――!」
一瞬茫然として自らの拳を見つめたナオトだったが、罵声のほうが先に出てしまった。
「サイさんは、僕がティーダのパイロットだからここにいてほしいんでしょ!
サイさんはもう責任者なんですから、ティーダパイロットがいなくなったら困るんでしょ!
それだったら心配いりませんよ。僕はティーダにはもう、乗れませんからっ!!」
続いて追いかけてきたカズイの制止も聞かず、ナオトは脱兎の如く部屋を飛び出し──
それきり一晩、戻らなかった。
アマミキョからは遠く遠く離れた場所──
真っ青に晴れ上がった空の下、爽やかな風が舞い込み、鳥のさえずりが響き渡る、桜の森。
かつ、酸素と二酸化炭素と窒素の割合が常に的確に調整され、湿度も温度も適正に保たれた森。
花びらは雪のように舞っているが、花粉は飛んでいない。人間の鼻孔を過剰に刺激する恐れのある花粉は、この森には必要のないものだった。
見渡す限りの桜。戦乱に満ちたこの世界では、もうお目にかかれないような風景だった。
その中心──
巨大な桜の樹の根元で、桜と同系統の色の髪を持つ少女が微笑みをたたえながら、目を閉じていた。
その長い髪は桜の色と似てはいたが、決して桜に同化してはいず、静かに自己主張をしている。
そして少女は決して、無垢に眠っているわけではなかった。
気配を感じて、彼女は軽く欠伸をしながら目を開ける。
満月を象った髪飾りが、風に微かに揺れた。
彼女から10メートルほど離れた桜の樹の陰から、ゆっくりと少年が姿を現す。
黒髪の縮れ毛に、そこそこ白い肌。ガリガリというわけでもないがやや細めな印象。歳は15ぐらいだろうか。
「御方様──フレイ・アルスターから定時連絡が入りました。
ロゴスの騒動は予想通りの展開を見せていますが、ヤエセには今のところ、主だった動きはないようです」
メモ帳を片手に、事務的に告げる少年。
連合軍の青い少年用軍服が、この場には実に似つかわしくない。
少女は安眠を妨げられ気分を害したかのように、軽く膨れっ面を作ってみせた。
「もう。貴方はまだ慣れておりませんのね」
少年は冷静さを若干崩され、明白に戸惑いの表情を見せる。
「はぁ……
しかし、御方様に対して失礼な口ききは」
「それとも、記憶が戻っていない……と言った方がよろしいかしら。
ニコルたちはとうに『記憶』を『取り戻して』いますのに、貴方はどうしたことでしょうね」
少女は実に軽い足取りで立ち上がり、草を払いながら少年にふわりと近づいた。
決して重力がないわけではないという程度に重力が調整された空間の中で、少女は飛ぶようにステップを踏んでみせる。
「貴方はキラのお友達でしょう? でしたら、私ともお友達ですわ。
まだ、『思い出せ』ませんの?」
無邪気に笑ってはいるが、その口調は妙な圧力を少年にかけていく。
二人の間で、見えないバリアが膨らむ。
足元で桜の花びらが舞い、一瞬張り詰めた空気の中で小さな竜巻を起こす。
「では……」
コホン、と一つ咳払いをして、少年は根負けしたかのように一息に口調と表情を変化させた。
地味な無表情が、一転して陽気なお調子者の顔に変わる。
「ラクスさんさぁ……
そろそろ動いてもいいころじゃないの? ターゲットの回収には成功したんだし、フレイを呼び戻そうよ」
少女はそれを聞いた途端、くすくす笑い出した。
「うふっ、やっぱり『さん』づけなんですのね」
少年は気にせずに続ける。
「何なら、俺が出るよ。そろそろミリィにも会いたいけどさ……
まずはアマミキョとティーダ、そしてフレイに生じた『イレギュラー』の排除だ。
早いに越したことはない」
『イレギュラー』──そう口にした時、少年の深緑の瞳がわずかだが、妖しげに輝いた。
「老中たちよりは、役に立つと思うけど?」
少女は直接は答えず、優雅に草むらに腰を降ろしながら膝をかかえ、上目遣いに少年を見上げ、小首をかしげてみせる。
だがその心中は、既に決まっているようだ。白いフリルのドレスの裾が、眩しく光の中で揺れた。
少年は両手をひらひらと楽天的に振ってみせた。
「友人が友人を殺す。結構エキセントリックなドラマだと思うよ。嫌いじゃないだろラクスさん、そういう演出」
「調子に乗りすぎですわよ」
にっこり満面の笑みを見せる少女。少年は肩を竦める。
「俺だってそろそろ働きたいんだよ。フレイもラクスさんもザフト組ばっかり重宝してさ
……あいつら、妙に情け深いところあるから心配なんだよなぁ」
「情けは大切ですわ。ただそれは、甘さとは別物……
彼らには、その点を理解していただく必要がありますね」
少年からメモ帳を受け取り、少女の笑みはふっとかき消える。
「アークエンジェルも、いよいよ活発な動きをしてきたようです……
忙しくなってまいりますわね。
ねぇ、ラクス? 聞こえて、ラクス・クライン?」
少女は遥か彼方の青空を見上げ、両手を大きく上げてみせた。
その視線の先の青空が、彼女の視線が通過したあたりを中心に、円で切り取ったようなぼうっとした闇が現れる。
その闇の向こうには、青空よりも遥かに広大な星海があった──
少女はその星々に向かって呼びかけるように、言葉を投げる。
「フレイはキラのもの、ラクスはキラのもの、キラはラクスのもの。
そしてラクスは、全て世界のもの。
世界は全て──私のもの」
桜の花びらの中を踊るように回りながら、歌うように声を響かせる少女。
少年は、また始まったとでもいいたげに、苦笑しながらその光景を眺めていた。