【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part3 フレイ・アルスターの真実

 

 挑発するようなフレイの台詞。

 髪を靡かせゆっくり振り返りながら、真っすぐ心の奥底を見据えてくる灰色の瞳。

 

 サイの脳裏で、何かがカチリと鳴った。

 それは、銃の安全装置を外す音にも似て──

 

 なんだそれ。

 俺が死んだのに、俺の偽物が俺を名乗る? 

 

「冗談じゃない」考えるより先に、口走っていた。

「俺は、そいつを俺だなんて認められないよ。

 たとえそいつに悪意がなかったとしても、そいつは俺の全てを奪って、俺が死んだという事実さえ奪う奴だ。

 俺が死んでるなら、呪い殺してやってもいい。そいつには悪いけどね……

 勿論、そいつを生んだ奴らが一番許せないけど、死んでるんだろ。君の仮説だと」

 

 自分でも驚くほど、スラスラと激しい言葉が飛び出した。

 同時に彼女の髪が風で煽られ、薔薇の花びらと共に夕空に拡がる。

 濃くなる夕闇の中でも、目の前の少女の瞼がやや下を向くのが、はっきり分かった。

 ──呻きにも似た呟きが、響く。

 

「そうか。

 ……それが、お前の定義か」

 

 彼女はそのまま、柵に背を預ける。

 そのまま柵の向こうの崖に落ちかねないほど、彼女は身体を傾ける。

 ただ、視線は再びしっかりとサイを捉えていた。

 

 

「サイ、一度しか言わない。よく聞くがいい。

 お前のヒトの定義から導くと──

 私は、フレイ・アルスターではない」

 

 

 

 

 

 

 その頃――

 ナオト・シライシは、川岸にじっと座っていた。

 電車がごうごうと通過する橋の下に隠れるようにしながら、草むらの中に腰かけて、ぼうっと対岸を見ていた。

 オーブに戻る意志も、アマミキョに戻る意志もなく、ただ少年は失意に身を任せていた。

 目の前に流れる、赤茶けて腐った牛乳にも似た河を眺めながら、彼は何も考えず、ぼうっとしていた。

 

 対岸は、ナチュラルの集まるスラム街──その跡地のゴミ山が広がっている。

 その山のふもとで、子供たちや老人たちが露店の準備で大忙しだった。ダンボール箱の中から、ピンクや青や緑、色とりどりのキャンディーのような小さなライトが見える。

 破壊され、虫や悪臭のわく街の中で、そこは妙に輝いていた。

 子供たちは無邪気な笑顔を見せて、老人たちが台車をひくのを手伝っている。

 

「何だってこんな時に、祭りなんだ」

 

 ナオトは吐き捨てたが、無意識のうちに胸元のお守りを握っている自分に気がついた。

 メルーもハーフムーンの人たちも、危機的状況と分かっていながら、最後まで神様を信じていた。真田さんも──

 サイの言葉が、脳裏でこだまする。

 

 ──みんなでこの星に生を受けたことを祝うと同時に死者を悼む、そういう願いをこめた祭りでもあるんだ。

 

「神様なんて、いないのに。

 祭ったって、無駄なのに」

 

 膝を抱え込むナオト。子供たちの歓声が、嫌でも耳に入ってくる。

 小さな女の子に、踊りを教えている老婆が見えた。

 

「いや……

 危ない状況だからこそ、信じて、祭るのか?」

 

 自分で口にしたその可能性を、ナオトは嘲笑した。

 まさか──危機に瀕していると分かってるのに、みんなで神を祭るだなんて。

 そんなことをしているうちに、メルーは死んでしまったじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 サイには、目の前の女の言葉の意味が掴めていなかった。

 霧の向こうへ、ずいっと押し出されていくような感覚。暖かな霧の中から、無理矢理自分が追い立てられていく。

 

 嫌だ、行きたくない。俺は何も知りたくない。

 この先には行けない。行かさないでくれ。

 頼むから、俺の時間を進めないでくれ! 

 

 サイの中で、何かが血を吐いて叫び出す。

 俺はずっとここにいたい。何も知らないままでいい。

 真実なんか、見たくない――!! 

 

 同じ音を繰り返す壊れたレコードのように、サイの心は同じ叫びを吐き続ける。

 それでも頭のどこかでは、冷静に彼女の言葉を分析している自分がいた。

 霧は次第に晴れていく。ずっと自分を閉じ込めていた霧が。

 

「俺は……分からない」

 

 眼前の、得体の知れない紅の髪の女を凝視しながら、サイは両手で頭をかかえ、後ずさった。

 逃げ出したい衝動。

 だが、その頭の中では全ての事象がパズルのように組み合わさっていく。

 ずっと散らばったまま放置されていたピースが、次々と動き出していく。

 私は、フレイ・アルスターではない――そんな彼女の言葉一つで。

 

 

 ああ──自分を失っていたのは、フレイじゃない。俺だったんだ。

 その可能性に、最もありうる可能性に、何故俺は気づかなかった? 

 キラはとうに見破っていたじゃないか、その真実を。だからこの女に執着することもなかったんだ。

 キラが俺に、このことを話さなかった理由は──

 

 

 ――だから僕は、分かっていても言わないよ。

 ――()()()()()()、答えを見つけないといけない。

 

 

 まさしく、あの時の言葉どおり。

『俺自身で』答えに辿りつかなければ意味がないことを、キラは分かっていたから。

 

 

 フレイ・アルスターは、2年前に死んだんだ。

 キラの目の前で、一瞬で炎に巻かれ、消し飛んだ。

 キラから聞かされたその真実を、俺は2年経っても、理解していなかった。

 

 

 今、フレイを名乗っていた「まがいもの」が俺の目の前に立っている。

 誘うように、その唇から言葉が漏れた。

 

「私は、お前に殺されても仕方のない存在だ」

 

 フレイが死んだという証明。それは、フレイの偽者。

 この女の存在そのものが、フレイの死を意味している。まさしく、現状のフレイ・アルスターを示すものだ。

 

 だがサイの中で、もう一つ激しい叫びがこだまする。

 

 

 ――違う。

 これはフレイだ。彼女はフレイなんだ。

 俺との記憶だって、ちゃんと持ってた。

 何故って、彼女はずっと俺を──

 

 

「さぁ、私を殺せ」彼女の形の良い胸が、紅い空に向く。

 

「私はフレイ・アルスターの記録をもとに、その姿を模して作られた人形だ。

 キラ・ヤマトのSEEDの調査の為、キラの覚醒時の鍵となった人物──

 フレイ・アルスターはその足跡を入念に、綿密に調べられた。それこそ自宅のアルバムから個人的な日々の記録、ヘリオポリスの残骸、ドミニオンや救助艇の残したボイスレコーダーに至るまで。

 相当な手間はかかったが、フレイの人物像を探り当てることまでは成功した。

 そして私は……っ」

 

 そこで、彼女の言葉は途切れた。

 無我夢中になったサイが、薔薇の茂みの中に彼女を押し倒したから──

 それ以上、声を聞きたくなかった。

 フレイを名乗る女の、フレイと同じ声を。

 

「フレイはナチュラルだったはずなのに君がコーディネイターだったのは、強化されたわけでもなんでもない。

 元々、君がコーディネイターだったからだな」

 

 揺れる薔薇の中で、サイは女の襟ぐりを掴む。

 それでも彼女は、苦しげな素振り一つ見せなかった。

 

「そうだ」

「俺に近づいたのも、キラの情報とフレイの記憶の補充が目的か」

「そうだ」

 

 訥々と呟くフレイ。サイは白い首を押さえる手に、思わず力をこめそうになる。

 だが、出来なかった。

 彼と空をじっと見上げながら、呟く女。

 

「2年前、私は本来の自分を捨て、ジョージ・アルスターの娘、フレイ・アルスターの身体を持つに至った。容姿・血液型・指紋・虹彩・網膜・歯型・声に至るまで、殆ど同じ身体に

 ……究極の整形手術だ。

 ただ、記憶を丸ごと植えつける技術は当時はまだ未発達で、私はフレイの記録を覚えることは勿論、フレイを知り、深く理解する必要があった。

 だから……」

「俺に近づいたか。そんな技術が許されるのか……

 マユやカイキ、ニコルやラスティやミゲルたちも、同じような連中なのかよ!」

 

 アマミキョを幽霊船だと形容した、エルスマンの言葉が蘇ってくる。

 ニコルたちの姿を見て、激しい動揺を見せたアスランの姿も。

 

「彼らは、私とはまた違う出自の者だ。

 彼らにまで殺意を抱くのは勘弁してもらいたいな」

 

 サイの怒りと混乱は頂点に達した。

 違う、違う、違う――!! 

 

 胸の奥で、誰かがまだ叫んでいる。

 その叫びを放置したまま、サイは女の上に完全に馬乗りになった。飛び散る薔薇。

 

「消えてくれ! 

 お前はフレイを陵辱した。

 フレイだけじゃない、キラもミリィもカズイもアークエンジェルのみんなも、フレイを知るみんなを辱めたんだ! 

 それだけじゃない……

 フレイのことを何も知らなかったナオトの心まで、お前は……

 君は、踏みにじったんだぞ! 

 ナオトは俺に、君の記憶が戻るまで頑張ろうって……

 ネネだって、フレイの為に一生懸命だった……みんなも君を、ずっと信じてた。

 嘘だと言ってくれ! でなければ、消えろ!」

 

 いつしか嗚咽しながら、サイは女を揺さぶる。

 あまりの衝撃で、二人称まで混乱していた。

 

 違う、違う、違う――

 激しい否定の言葉と共に、身体中に怒りが溢れる。

 

 白い首を絞めそうになるサイの手──

 だがその手は、どうしてもそれ以上動かない。

 

「違う……」

 

 サイは女の上で呻く。

 幻の夕陽はいつしか最後の光を放ち、今まさに落ちようとしていた。

 海の向こう、最後の炎のしずくが水平線から零れる。

 

「何が違う?」彼女は首をかしげ、少々意外な風にサイを見つめた。

「証明は終わったはずだぞ」

「違う……違うんだよ。

 君はフレイだ。だって、君は……」

 

 

 そうだ、これこそ最後の可能性。

 彼女がフレイだという、最後の可能性。

 直視できない現実からサイを遠ざけていた、彼女の行動。

 サイは半分しゃがれた声を絞り出し、消滅寸前の希望にすがる。

 

 

「君は──ずっと、俺のそばにいてくれた。

 いつでも、俺を助けてくれた。どんな危険を冒しても、君は俺を助けてくれた。

 君のことは何度も嫌だと思ったし、俺は何度も突っかかっていったけど……

 結局最後にはいつも君は、俺を助けてくれた。

 君と再びここで会った時から、君はずっと、俺を助けてくれたじゃないか」

 

 

 彼女の表情は殆ど変わらない。

 ただ、いつも通りの嘲笑が唇に浮かんだだけだ。

 

「自分のことを想うフレイだから、自分を好きなままでいるフレイだから、自分を助けている……か? 

 なんと夢見がちな」

「そうだよ。俺は傲慢だよ!」

 

 なりふり構わず、サイは心情を吐露していた。

 

「だけど、それ以外に理由がないだろ。

 大体、キラの調査の為に君がフレイになったのなら、アークエンジェルから離れてアマミキョに執着する理由が分からない」

 

 今度は声をわずかに漏らして、女が笑う。

 

「そこまで、自分を好きでいたフレイにこだわるか。

 キラに心を移したフレイではなく? 

 キラではなく自分を選んだから、本物のフレイだと? 

 本当に傲慢な男だ」

「殴るぞ……」

 

 サイの心で何かが、乾いた泥のように剥がれていく。

 駄目だ、剥がれるな。俺は何も見たくない。

 

「だったらどうして、アークエンジェルじゃなくアマミキョに戻る? 

 どうして、俺を助ける? こんな身勝手な俺を!」

 

 少女は笑みを消し、音が出るかというほど目を見開いた。

 フレイと全く同じ形の、青みを帯びた灰色の瞳が――

 薔薇の中から真っ直ぐに、サイの心の真中を射抜く。

 

 

 

「お前だからだ、サイ・アーガイル!」

 

 

 

 何だそれ。意味が分からない。

 そう心で呟きながらも――

 その強烈な言葉だけで、サイの両手は少女の首から離れた。

 

 心を包んでいた、母乳の如く濃い霧が、突然晴れていく。

 血の通っていなかった心臓に、熱を持つ血液が間欠泉のように溢れ出す感覚。

 嫌だ、嫌だ、嫌だ。サイは子供のように叫ぶ自分に気づく。

 俺の中で、フレイが死んでいく。俺の中のフレイが、死んでいく! 

 

 

「サイ、目を開け。

 お前の定義によれば、フレイ・アルスターは死んだのだから」

 

 

 身体の中から、溢れ出す激情。

 サイの中で、フレイが炎に巻かれ、服も髪も瞳も全てが一瞬で焼け焦げて灰より細かい塵となって吹き飛び、髪留めだけが残っていく。

 その手に落ちようとする髪留め──だが手に触れた瞬間に、僅かなフレイのかけらすらも吹き飛んでいく。

 

 

 手のひらで分解され、散り散りになる髪留め。

 その最期のひとかけらが消えた時

 

 

 ――サイは、全ての現象を理解した。

 

 

 彼女が俺を助けてくれたのは──フレイが彼女の中にいたから、ではなく。

 そもそもフレイは、既にこの世のどこにも存在せず。

 フレイではなく、「彼女」自身が俺を──

 俺を「望んだ」から、俺を助けた。

 

 

 

「卑劣だよ、そんなやり方……

 これじゃ君を殺すどころか、殴ることも出来ないじゃないか。

 そんなこと言われたら……俺は君を、憎むことすら出来ないじゃないか!」

 

 脳裏で次々と組み合わさっていく、パズルのピース。

 その最後の1ピースが埋まった瞬間、炎の中へ消滅していくフレイの姿。

 そして、残されたものは――

 

 フレイと同じ顔の、彼女の白い頬。

 そこにいつの間にか、2、3滴の水の粒が流れていた。

 目の前がやたらとぼんやりしている。

 サイはふと考えた──スプリンクラーの誤作動だろうか? 

 女の頬に落ちていく水滴は、さらに増えていく。

 触れてみると、何故かその水滴は暖かかった。

 

 

 彼女の右手が、薔薇の中から持ち上がり。

 夕闇の中、そっとサイの耳たぶと頬を撫ぜた。

 

「――やっと、泣いたな」

 

 

 

 

 

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