【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「真実にお前が耐えられるかどうか、分からなかった。
だからアマミキョでは、何度もお前を試した。
すまなかったと思っている──サイ」
目の前の少女はサイの頬に手を当てたまま、まだ語っていた。
自分の頬に流れるもの。少女の手を濡らすもの。
それは血でも汗でもない。紛れもなく、サイ自身の涙だった。
『フレイの死』を認識し、フレイのために、初めて涙を流した──
その事実に、サイはまだ戸惑っていた。
思わず少女から両手を離し、眼鏡を外して自分の頬に触る。
俺が、泣いている?
ネネの時もスティングの時も、泣けなかった俺が?
ずっとずっと、泣きたいと願っても泣けなかったのに?
夕暮れの穏やかな光の中、少女がゆっくりとサイの肩を引き寄せた。
まともな声にならない呻きが、薔薇の中へ流れる。
彼女がフレイだという全ての希望は、彼女自身によって一掃され――
フレイ・アルスターの死という真実だけが、サイの前に残っていた。
「だったら、君は一体誰なんだ。
フレイじゃないっていうのなら、君は、一体……」
途切れる言葉。
悲しみという言葉のみでは到底表現不能な、津波の如き衝動がサイの心臓に襲いかかる。
怒りでもない、虚無感でもない、淋しさでもない何かが、サイを突き動かす。
それはやがて、幻の夕暮れのドームを崩壊させんばかりの叫びとなって、喉からほとばしった。
聞きようによってはかなり聞くに堪えない絶叫が、幻の空間に流れる──
それはかつて、ストライクを駆って戦場に出ようとして、ろくに機体を歩かせることすら出来ずに挫折した時の叫びにも似ていた。
ただ一つ違う点は、今のサイの心はどこか満ち足りていたということだ。
喉を裂くほどの醜い叫び──それは、生を取り戻した原初からの叫び。
かつて好きだった女は死んだ。そして、自分を愛する女が今、そばにいる。
ただそれだけのことを認識するまでに、俺はどれだけ時間をかけたのだろう?
俺のせいで、ナオトやカズイやミリアリアにキラ、アマミキョクルーまでが巻き込まれた。
ネネ、本当にすまない。君はフレイを好きになれないながらも、それでもフレイを信じていたのに!
謝罪も慟哭も怒りも全く言葉の形をなさず、ひたすらサイは叫び続け。
女は彼を、そっと抱きしめていた。
女を引きちぎらんばかりに掴んでサイは泣きじゃくり、彼女は何も言わずに彼の背中を撫ぜていた。まるで子供をあやすように。
それは、2年もの間そびえ立っていた空虚の砂の城が、サイの中で崩壊した瞬間だった。
「何、これ……?」
一人きりで街をふらふらしていたマユは、不意に出くわした得体の知れない感傷に戸惑っていた。
ゴミためのような街の広場の中、漫画のキャラやらリンゴやらに扮した大人の周りを、子供たちがはしゃぎまわっている。カボチャの被り物をしている住民が多いのはおそらくAD時代のハロウィンの影響だろうが、マユはそんな単語を知る由もなかった。
とっくに壊れて乾ききった噴水のそばで、少女は座り込んでいた──
私は、ナオトを、探していたはず。
お祭りなのに、ナオトが朝から出てったって聞いて……
お兄ちゃんにも黙って、街へ出てきた。
すごく暑い電車にまで乗ったのに、ナオトはいなかった。
ヘンな被り物をした人たちの中にいないかと思ってここにきたけど、やっぱりいない。
何人かつかまえて脱がしてみたけど、騒がれるか怒られるか逃げられるだけで、ナオトはいなかった。
――ティーダに乗っていれば、いつでもナオトを感じたのに。
マユは砂ぼこりの積みあがった噴水の端に腰かけ、両脚をぶらぶらさせながら考える。
数時間近く歩きどおしだったが、戦士として強化されたマユの足は全く疲れを知らなかった。
どうして、ナオトはいなくなっちゃったんだろう?
どうして、ナオトが分からないんだろう──
マユは一日中その答えを探し、街を彷徨い続けていた。
パレードの出し物である巨大な電飾ケーキを見て、数十分ほど子供と一緒にはしゃいだりもしていたが、マユは答えの分からないもどかしさに駆られ、歩みを進めるしかなかった。
──夕暮れ近くまで。
そんな時だ。彼女が不意に、強い感傷の渦に囚われたのは。
胸の奥から湧きあがった衝撃に、マユは思わず立ち上がる。
自分の中から生まれたものではない。近くで発生した、強烈な叫び。
人を揺さぶる、魂からの絶叫。
自らに施された強化と、ティーダの能力によって研ぎ澄まされたマユの知覚は鋭敏にその感情を捉え――
それは彼女に、これまで感じたことのない情熱を呼び起こす。
知ってる。
私、知ってる。すごく知ってる、この人を。
違う、ナオトじゃない。ナオトは近くにいるけど、ずっと遠くにいるから、私もナオトも何も分からない。
これは──サイの心だ。
よく分からないけど、私、サイの心を見てる。
サイをフレイが包んで──サイが、泣いてる。
……泣いてる?
泣いてるって、どういうこと?
気がつくとマユは、砂の舞う道の上に腰を落としてしまっていた。感情の奔流に耐え切れずに。
むき出しになった幼い太ももの上に、暖かな水滴が落ちた。
何だろう、この水?
私の目からこぼれる水。身体が痛い時だけ出るもの。
お前は流す必要のないものだって、お兄ちゃんが言ってた──
私、今どこも痛くないのに。
悲しいから? 淋しいから? 嬉しいから?
私、そんなことないのに。
「違う……
これは、その全部だ」
時間は星祭りより、数日遡る。
ラグランジュポイント──太陽と月と地球の重力が均衡する場所。
L1からL5まで5つあるこの中和点のうち、L3は地球から見て月の反対側に位置するポイントだ。
そこに、工業用コロニー・ウーチバラは佇んでいた。
つい数ヶ月前に大規模テロのあったコロニー周辺では、ザフトによる監視が一層強められている。
だがウーチバラ内部では、あれだけの破壊があったにも関わらず、異常とも思える速度で復興が進んでいた。
あの一件以来、殆どの内部情報が閉ざされているウーチバラ。
テロ当時、連合とザフト双方から攻撃を受けた理由も謎のままだ。にも関わらず、民間企業ゆえという理由で、ザフトは必要以上の手出しは避け、監視のみにとどめていた。
「だが、現在は状況が違う。
オーブもチュウザンもザフトの敵国となった。それに……」
スカイブルーのザクファントムの中で呟きながら、イザーク・ジュールはひたすら機体を一直線にガラスの巨大円筒・ウーチバラへ進めていた。
淡く輝く月が、かすかに右のモニターを流れる。
「ロゴスの存在が暴露され、文具団が繋がっていることも明らかにされた。
そのはずなのに……」
《ウーチバラは現状を継続、呑気なモンだよねぇ~。
よっぽど上はチュウザンとタロミ・チャチャがお好きなようで》
草色のザクウォーリアが左モニターに現れると同時に、ディアッカ・エルスマンの陽気な声がコンソールから響いた。
能天気を装いながらも、真相に近いことをズバリ衝いてくる言葉はいつも通りだ。
「消されても知らんぞ」
イザークはそれだけ応答し、既に限界近くまで上がりつつあった機体の推進力をさらに上げていく。
ひゅう、とディアッカの口笛がコンソールから漏れた。
《で、見つかった?
その
コロニーの周囲では、作業用モビルアーマーが幾十台も、光に群がる虫のようにせわしなく飛び交っている。
「まだだ」
短いイザークの答えに、ディアッカの声に多少焦りが混じった。
《早くしないと、帰還予定時刻を過ぎちまう。
これが越権行為ってことぐらい、分かってんだろ? いくらお前でも》
イザークは答えない。ディアッカの愚痴はさらに続いた。
《たは~、だからシホを連れてくりゃ良かったのに。
俺ら二人だけで、たった一機の捜索って》
「彼女は母艦で、ウーチバラ駐屯部隊との通信任務がある。
連れていくのは得策ではない」
《んなこと言っちゃって~、巻き込みたくないだけだろ。
ミントンの件もあるしね》
「今すぐ消されたいか、ディアッカ」
《へいへい》
現在イザークたちが追っているのは、8分前にウーチバラから突如飛び出した、所属不明のモビルスーツだった。
沈黙を保っていたはずのウーチバラから、モビルスーツが射出された事実自体は特に不思議はない。ウーチバラは工業用コロニーであるし、これまでもコロニー間での作業艇の移動は何度となくあった。勿論、作業用モビルスーツの往来も。
イザークが母艦で探知した該当モビルスーツが作業用でないという保証は何もない。
だが彼は殆ど動物的な勘で、その機体の異常性を感じていた。
そいつが単なる作業用と明確に違う点は──
真っ直ぐに、地球へ向かっているということだ。しかも、尋常ならざる速度で。
《無理だ。
あの速度じゃどっちみち、このザクじゃ追いつけないぜ》
だがディアッカの言葉を打ち消すように、イザークは声を上げる。「ミントンとウーチバラでの屈辱を忘れたか!」
《イザーク!
感情だけで先走ったら、2年前の……》
陽気な口調を一変させて諌めにかかったディアッカに対して、イザークは冷静に続けた。
「勘違いするな、斬り合いも撃ち合いもするつもりはない。
自分のこの双眼で、あそこで何が起きているのか、確かめるだけだ!」
それが、屈辱を晴らす唯一の方法──イザークはそう信じていた。
ティーダの件でヨダカから受けた屈辱は相当なものであったが、2年前ストライクに負わされた傷を考えれば毛ほどのものだ。
自分は、あの傷すらも乗り越えた──その自分が、たかだか顎をいじられた程度で激してどうする。
幸い、イザークたちの居場所はウーチバラからそれほど離れておらず、彼らはすぐにウーチバラの黒い外壁に到達出来た。
宇宙に溶け込むように、黒く閉ざされたガラスの円筒。
その向こうに、イザークは蒼く輝く地球を見た。
さらに向こう側に、わずかに幻のような白い光が確認できる──月だ。
地球はともかく、月の方はモニターによる解析を伴わなければ判別出来ないほど、微かな光であったが。
しかしほぼ同時に、イザークはより一層はっきりと煌めく紅の光点を目撃した。
それは地球の光に群がる蛾のように、紅の炎の粉を撒き散らし黒い翼を広げて飛んでいく、鋼鉄の人型──
ディアッカの叫びがこだまする。
《あれだ!》
黒い威容を無重力空間に静止させたままのウーチバラを背に、ザクファントムとザクウォーリアの2機は星の海を突進していく。何とか紅の光に追いつこうとして──
間もなく、機体情報がコンソールに表示された。
それを見て、二人は仲良く声を上げる。
《何だこりゃ? レイダーだと!?》
「何故、連合のワンオフ機がウーチバラに?」
一瞬コロニー内テロの可能性を考えたイザークだが、すぐに否定した。
もし何かあれば母艦に連絡がある。そして何より──
あいつは、ウーチバラの意思そのものだ。
奇妙な確信があった。だからこそ追跡もした。
そいつがウーチバラの真実を握る鍵になる――その確信はすぐそばの戦友も共有しているはずだ。
2年前のヤキン・ドゥーエで激闘を繰り広げた、連合の忌まわしき機体。そいつが今イザークとディアッカの眼前で、まんまと逃げおおせようとしている。
ディアッカの呆れ声。
《あいつ、単機で地球直行する気か!?》
「捕らえろ!
何としても捕まえるんだっ!」
二機の必死の推進力が功を奏したか、もはや肉眼でもはっきりとレイダーの姿が見える。
ディアッカのザクウォーリアのオルトロス──高エネルギー長射程ビーム砲が、牽制とばかりに火を噴いた。
イザークのモニターの下部を通過していく、幾本もの紅の光条。しかしレイダーは蝙蝠を思わせる動きで、ひらりひらりと光を避けていく。
《イザーク、無理だって! お前まで地球に行く気なの?》
もうお手上げ、と言いたげなディアッカのザクウォーリアを尻目に、イザークのザクファントムはビームアックスを振りかぶり、さらに進もうとする。
「諦めるな!
あいつは、チュウザンに行く気だっ」
《チュウザンだと? 根拠は?》
「勘だ!」
ディアッカが呆れて止めようとしたその時、ちょっとした雑音が通信に紛れた。
その0.5秒ほど後だった──
予想だにしなかった人物の言葉が、イザークのコクピットに響いたのは。
『――おやめなさい』
「なっ……!?」
その、あまりにも懐かしい声に、イザークの機体は衝撃のあまり急停止してしまう。
もしこれがMSでなくイザーク本人だったら、確実に武器を手から落としていただろう。
それは並行して飛んでいたディアッカもほぼ同様の状況だったが、彼の方が若干冷静だったと言える。発声出来た分だけ。
《何だ? 通信異常か?
これは……おい、イザ――》
その美しい声は、一方的に彼らのコクピットに侵入していた。
全ての通信を強制遮断しながら。勿論、ディアッカの声も聞こえなくなってしまう。
『おやめなさい。
無益な戦いは、もう、おやめなさい』
目の前のレイダーは既に、モニター画面の端から消えかかっている。
あれだけ眼前にしながら、何も出来ないだと?
そんな感情をものともせず、声はまだ響く。イザークが尊敬してやまない声──
それは紛れもない、ラクス・クラインの声だった。