【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「な……どうして?
何故、ここで?」
狼狽のあまり、疑問をそのまま口に出してしまうイザーク。
勿論、ラクス・クラインが現在、地上で議長と共に戦地を巡っていることは知っている。
しかし今の声は、地上にいるはずの「現在のラクス」とは明らかに違う、厳かな雰囲気を持っていた。
現在のラクスが持たぬもの──2年前、イザークが敬愛していたラクスに近いものを、彼はその声に感じた。
イザークに言わせれば「現在のラクス」は、カリスマを失い戦意高揚に利用されているだけの、只の普通の少女である。
好きか嫌いかと問われれば、迷いなくイザークは「興味がない」と答えていただろう。彼の中で、現在ラクスと定義される存在は、そこまで堕ちていた。
その意味で、今しがたイザークが聞いた声の方が、彼がかつて尊敬したラクスに近いものであった。
輝きを失ってしまったはずのラクス・クラインが、今イザークの前で復活したというのか?
彼の動揺も知らず、声は続く。
『おやめなさい。
剣をおさめ、母艦に戻るのです』
だが、ラクスの声には人を癒す力があったはずだ──
今の、底冷えするような声は何だ? 声色は全く変わっていないはずなのに。
イザークはメットの中の冷や汗を感じ取る。
その瞬間、ザクウォーリアの機体が故意に左側から衝突してきた。もし通信が正常であれば、割れんばかりのディアッカの叫びが飛び込んできたはずだ。
──あれを見ろ、イザーク!
そのままザクウォーリアに左肩部を掴まれ、イザークは機体の方向を強引に逆にされる。
その瞬間、イザークは知った──
状況が想像の極限を超えると、自分の唇が笑いの形になることを。
「は……?
な、何だぁ、こりゃあ!!?」
いや、自分だけではあるまい。これを見れば大抵の人間はそうなるはずだ。ディアッカはもっと間抜けな顔をしているだろうが。
そこにあったものは──
宇宙いっぱいに広がる、巨大なラクス・クラインの笑顔。
薄桃色の柔らかな髪を星の海に拡げ、宇宙を抱くように優雅に両腕を開き微笑み続ける、プラントの女神。
《イザーク、落ち着け!
機体が動いてないぞっ!》
ようやく通信が回復し、ディアッカの声が何度も反響する。それでイザークは幾分か冷静さを取り戻した。
落ち着いて状況を把握すると──
コロニー・ウーチバラの外壁いっぱいに広がるラクス・クラインの映像が、イザークたちに迫っていた。
外壁を構成している何百万枚もの強化ガラスがモニター代わりとなり、粒子のようにラクスの姿を合成し、宇宙を彩る光となってラクスを浮かび上がらせていたのだ。
元より光の届かない宇宙空間ではあるが、MSに搭載されたカメラとモニターに、異常とも言えるレベルで鮮明に映し出されるよう、入念に調整された映像である。
通信は再び途切れ、声がまた響き出す──
女神の微笑みと共に。
『私は、ラクス・クラインです。
戦いをおやめなさい。
私は、ラクス・クラインです』
時間は再び、星祭り前日へ戻る。
そろそろ日が傾きかけた、ヤエセの川岸。対岸では祭りの準備がひと段落し、子供たちは親に手を引かれ、三々五々引き上げていく。
――それでもナオトは未だ、絶望を抱えたまま座り込んでいた。
薄くなっていく人の気配。ただ漠然と、赤茶けた川は流れていく。
膝の間に顔をうずめたナオトの耳に、ひときわ低く長い汽笛が聞こえる。川を通過するコンテナ船の汽笛だ。
無気力に顔を上げてみると、目の前を、戦艦二隻分ほどの巨大な船が、今にも沈みそうなほどの荷物を搭載して川を下りつつあった。
船の影はナオトを飲み込まんばかりに覆いつくしていき、彼の目からは対岸が全く見えなくなる。
だが、ナオトの目には船は見えていても、心で感じていなかった。
彼はただひたすら自己の内部に引きこもり、意識を閉じ込めていた。何が起きようとそこから動かぬつもりだった。
それでも、ティーダによって中途半端に鋭敏になってしまった少年の感覚は、無理矢理に彼を現実へ引っ張り上げていく。
生活排水と工業排水がたっぷり混じった泥の川を、悠々と横切る白い船──
その向こうに、ナオトは意志の存在を感じた。
こちらへ向かおうとする意志。こちらへ突進しようとする意志。
──攻撃の意志。
「え?
何だ……?」
この感覚は、どこかで感じたことがある。どこで?
ウーチバラで、ハーフムーンで、チュウザンでも何度も──
暮れていく太陽の熱気の下で、緊張に膨れ上がっていく空気。
ナオトは反射的に立ち上がる。
「――ヨダカ・ヤナセ?」
脳裏に浮かんだその名を思わず口走り、ナオトは必死で頭を振った。
「違う、これは奴じゃない。
あいつはもういないはずなんだ、だってフレイさんが……」
そうだったか?
フレイがヨダカを殺したと断定しかけて、ナオトは思い出す。
あの時、僕は状況が殆ど見えていなかった。
ヨダカがどうなったか、全く把握していなかった。ティーダを攻撃してきたディンは、確かにアフロディーテがやっつけたはず――しかし、後方にいたヨダカは?
ナオトは、頭を振りながら激しく否定した。
「違う。
確かに違うんだ。これは、奴なんかよりもっと……」
そんなナオトの前を、コンテナ船が白煙を吐きつつゆっくりと、1分ほどもかけて通り過ぎていく。
そして対岸がもう一度見えかけた、その時──
ナオトは見た。
川の向こうに、今までなかったはずの黒い城壁が築かれている光景を。
堂々と夕空高く、煙の中でそびえる壁──
ナオトの良い視力は、それ以上の現実を瞬時に、残酷に彼に伝える。
「な……何で?
どうして、ダガーが……?」
城壁ではなく、それは灰で汚れたモビルスーツ──ダガーLだった。
いや、ダガーLだけではない。ストライクダガーに腕のないウィンダム、そしてミストラルなどのモビルアーマーまで――
それが何機も何十機も、地獄の亡者の如くに折り重なるように整列し、川岸を埋めている。
ほぼ全ての機体に共通するのは、整備不良で腕やら首やらが損傷している上、元の色が何だったかよく分からぬほど装甲が泥まみれだということだ。
そして機体の肩に、手に、腕に。
1機につき5人ほどの割合で、人が乗っている
――巨神を先導する悪魔のように。
夕闇の中、ダガーLとストライクダガーたちが一斉にカメラアイを光らせた。
紅に光る巨神の、幾百もの眼球。唸りを上げる機動音。
瞬間、ナオトの気が遠くなる。
血が頭からひいていき、何も聞こえなくなる。身体が動かない。
対岸から轟く、ときの声。
チュウザン中を揺さぶる、人々の絶叫。
今のナオトの唯一の武器とも言える大声も、天空を揺るがすエンジン音と人々の咆哮で、脆くも踏み潰されていく。
地鳴り、いや地震と言ってもいい震動と共に、巨神たちは一息に走り出した。
後方で待機していたダガーLの砲が、一斉に炎を噴く。
「チュウザンを救え! 今こそ意識を革命する時!
ロゴスから国を取り戻せ! 文具団を潰せぇ!」
川を突っ切って、波を蹴立てて、悪魔となった人々は神を従え、攻撃を始めた。
全てを蹂躙し、全てを変革し、全てを壊す為に。
幻の夕陽はすっかり水平線の向こうへ消え、輝く月がドームに出現していた。
サイと、フレイ──
否、フレイを名乗っていた少女はプラネタリウムの中心で、ずっと疑似の星空を見上げていた。
薔薇は既に消え、周囲には臙脂の座席が扇形に並んでいる。全くの無人だ。
円形の劇場の中で、サイと少女は二人きりだった。
2年分の涙を流しつくしたサイは、疲れきって座席を倒して横になっていた。
その右手に、少女はそっと触れようとする。だがやんわりとサイはその手首を掴み、自分に触れさせようとしなかった。
「君が、俺のことを想ってくれることは、嬉しいよ。
本当に――心から嬉しいんだ」
泣きはらした眼としゃがれ声が、自分でも恥ずかしかった。おまけに先ほどは鼻水と涎まで、少女に指摘されて慌てて拭いていた。
「だけど、君のことをちゃんと知らないと……
俺は、君の望みを叶えることは出来ない」
サイはそれでも淡々と話し続けた。
「知りたいんだ。君は誰なのか。
俺なんかを好いてくれた君が、誰なのか」
その時、少女はつと身を起こした。
幻の月だけが輝く闇の中を、探るように眼を凝らしている。
「――今の私は、フレイ・アルスターだ」
「違う。君の本当の名前が、俺は知りたい」
「それは出来ない。
私に許された名は、それだけだから」
「意味が分からない……名前は人間を現すものだ、許されるも何もあるものか。
君は本来の名を奪われ、フレイを名乗らされている。そうじゃないのか?」
サイに横顔を見せたまま、少女は答えない。
「今の君の言い方だと、そう思えてならな……」
「静かにしろ」
見ると少女は、鷹のように目つきを変貌させていた。
その異常に、サイもようやく気づく。
「どうした?」
「砲撃が聞こえる。川の方向からだ」
言われてみて、サイは初めて気がついた。
ドーム全体を、妙な軋みが襲っている──機器の異常かと思っていたが、違ったのか。
それに、あれだけ暑かったはずなのに妙な底冷えがする。冷房の効きすぎではなく、身体が敏感に危険を察知したせいなのか。
「出るぞ! 状況を確かめる」
少女は紅い髪をかきあげて立ち上がり、サイの手を強引に引っ張って出口へと向かう。
──ほどなく、地鳴りの如き砲撃音が彼らを揺さぶった。
「!?」
幻影の星空が瞬時に消え、全ての電源が落ちる。
非常灯の赤い光だけを頼りに、二人は座席の間を走った。怒りをこめた少女の呟きが流れる。
「予定とは、40時間も違う!」
揺れの中、出口へ走る少女。サイも倒れこむようにしながら、何とか出口へたどりつく。
ガラス張りのエントランスは激しい震動を続け、天井から建材の粉が落ちていた。
足を滑らせないようにしながらエントランスを駆け抜け、サイたちは外へ飛び出した。
映画館から出た時と同じ、幻想から現実へ戻された時のような眩暈が襲ってくる。
そして、次に眼にしたものは──
「何だ……コレ」
あまりの状況に、サイにはそれ以外の言葉が出せない。
さっきまでそこにあったものは、祭りを祝うイルミネーションだったはずだ。
豊穣を願うため、オレンジにタマネギにパイナップルに魚、生きとし生けるものを模った様々な巨大な出し物が配置され、豪華な電飾を施されていたはずだ。
――それが今、外装を破られ、ケーブルだらけの内臓をぶちまけられ、劫火に包まれている。
夕陽がまだ沈んでいないと錯覚したのは、激しい炎の照り返しのためだった。
炎を上げる街。その中を蠢くもの──
それは、ダガーLの黒い影。悲鳴と怒号。砲撃。
空気を切り裂くような、子供の叫び声。
「――同じだ。
殆ど同じだ。君と初めて会った時と」
眼前の光景から目を離せないまま、サイは少女に呟く。
楽しげな雰囲気だった街は、一瞬にして地獄と化した。