【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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PHASE-26 血みどろの懺悔
part1


 

 

 眼前の出来事が、サイには、二重三重の意味で信じがたかった。

 死んだと思っていたかつての友人が、生きていた。さらに彼が今まさに、自分を殺そうとしている

 ──しかも、笑いながら。

 

 炎を巻き上げ崩壊していく街の片隅で、サイは黒の巨神を前にして、動くことが出来なかった。

 そんな彼に向かい、レイダー・ガンダムを駆る少年は悠々と語る。

 

「木を隠すなら森の中。殺人を隠すなら戦争の中、ってね。

 昔の人はよく言ったもんだよなぁ」

 

『トール・ケーニヒ』を名乗る少年は、ほぼ真上からサイを見下ろしていた。

 そのままの体勢で少年はゆっくりと、レイダーの右腕を水平まで上げる。

 その腕部には、2連装52mm超初速防盾砲──

 シールドと2連装機関砲が組み合わさった、複合武装が唸りを上げている。そのままその腕が武装ごと、サイへ向かって振り下ろされてきた。

 熱い風を切って、10トンを超えるかというほどの鋼鉄が頭上へ落ちてくる。真っ直ぐに、自分に向かって。

 

 ──思考をめぐらせている暇など、なかった。

 

 撃とうともしなかったのは、撃つエネルギーすら俺ごときを殺すにはもったいないということか。

 サイは侮辱にも似たものをその単純な攻撃に感じながら、必死で身体を動かそうとした。

 その瞬間──

 

「サイ! 

 逃げろおぉおおおおっ!!」

 

 矢のように飛んできた声に、サイは反射的に振り向いた。

 走ってくる。紅の髪の少女が炎と瓦礫の中、ひたすらに自分に向かって駆けてくる。

 フレイと同じ姿形の少女が、今までからは信じがたいほどに口元を歪ませ。

 大声で叫びながら、遠目でも分かるほど汗を肌から飛び散らせ、走ってくる。

 

「この空爆の目的は、()()だ!」

「えっ……!?」

 

 この少女の姿と声を認めた瞬間──

 レイダーの動きが、明らかに鈍った。

 トールを名乗った少年の目が、僅かに驚きで見開かれる。その表情の変化は地上のサイでも分かった。

 

 その数瞬のためらいの間に、サイは動いた。

 咄嗟に踵をかえし、崩れかけたドームの陰に飛び込む。ちょうど、レイダーからは死角だ。

 

 このトールは、冷静さと軽さを装っているように見えて、かなり実直な性格なのではないか。

 かつてのトールにも、そんな処があった──

 ぼんやりとそう考えた時、頭上で轟音が響いた。

 

 埃まみれになって空をふり仰ぐ。ガラスと一緒に、割れたパウンドケーキのような壁が降ってくる。

 再び、少女の絶叫。

 

「サイっ!」

 

 叫びと同時に

 暴動の街に似つかわしくない、柔らかく暖かな感触がサイを包み

 身体ごと宙に浮かび上がった。

 目の前に広がる、少女の紅の髪。

 

 上半身に力いっぱいおしつけられる、弾力のある胸。

 炎の中で僅かに鼻をつく、ジャスミンの香り。

 涼やかなフレアスカートの感触。

 

 ──彼女は、フレイではないけれど、フレイだ。

 

 サイが何故か、そんな確信を抱いた瞬間――

 少女の白い背中から、真っ赤な血が飛び散った。

 まるで、炎に舞い散る紅い花びらのように。

 

 

 

 

 PHASE-26 血みどろの懺悔

 

 

 

 

 暴徒と巨神が溢れかえり、街へなだれ込んだ頃──

 やや静かになった川のほとり。

 砲撃音がやや遠くなる場所が、そこにあった。半壊した木造家屋が乱雑に並んでいる、石と泥とゴミだらけの河岸。

 祭りのパレードで出す予定だった、紅白の電飾に彩られた巨大な魚がそこに鎮座している。

 人5人ほどが乗れるその魚のそばには、パレードスタッフが2名ほど、血を流して倒れていた。

 彼らは既に息をしていないが、ケーブルはまだ断線しておらず、魚を彩った電飾は狂ったように明滅を続けていた。

 

 そこより、少し離れた河原で──

 ナオトは今、草むらの上に無理矢理投げ出され、しりもちをついていた。

 

 巨神たちの暴走から必死で逃げている最中、ナオトの目の前を母子連れが走っていたが──

 その時突然現れた暴徒に母親が殴られ、わずか2秒で川に落とされた。

 母親はそのまま浮き上がってこず、子供が恐怖とショックのあまり泣き出した。

 思わずその子を庇うようにして、前に出た時──

 

 いきなり横腹を蹴り飛ばされ、あっけなく倒されてしまい。

 そこを腰から、幼子のように軽々と抱え上げられたのだ。

 子供がどうなったのか分からないまま、ナオトは足を虚しく空中でばたつかせる以外になす術もなく、ここまで連れてこられたというわけだ。

 

 全く、僕の体重はどれだけ軽いんだ──

 毒づきながら顔を上げてみると、既にナオトは5人ほどの屈強な男たちに囲まれていた。

 

「どういうことですか! 

 あんたたちはこんな時まで、何をしようとしてるんだよっ!?」

 

 砲撃音はまだ鳴り止まず、赤黒い空には子供と女の悲鳴がこだまする。

 男たちはナオトを見て何事か喚いていたが、そのうち一斉に彼を睨んだ──というより、舌なめずりをしていた。

 唇に光るピアス。

 少年の抗議に答える者は、誰もいない。

 

 川の音がすぐ右で聞こえる。川とは言ってもそこは、毒の泥をたっぷり含んだ下水と同じだ。

 生活排水と工業用の薬剤とゴミが大量に混ざってそのまま流れているようなもので、赤茶けた泥土が水を含んで流れているのと変わらない。

 ナオトから見て右斜め前にはくぼ地が出来ており、そこにはさらに汚れ、腐りきった緑茶色の泥が流れ込んで池となっていた。

 

「ここにだって、いつ砲撃が来るか分からないだろ! 

 一刻も早く……」

 

 ナオトの言葉に全く耳を貸さず、無言でじりじり近づいてくる男たち。既にどこにも逃げ道はない。

 熱風が激しくふきすさび、ナオトのネクタイが翻る。思わずナオトは襟をきゅっと締めなおし、胸元に隠したお守りを握った。

 激しくなる風が、フレアスカートのようにナオトの半袖をはためかせる。

 二の腕までまとわりついてくる生暖かい空気が、気持ち悪かった。無意識のうちに唾を飲み込む。

 と、男の一人がナオトのデイバックを突然取り上げると、中身を全て河原にぶちまけた。

 

「ちょっと、何するん……ぐっ!」

 

 思わず立ち上がって抗議の叫びを発しかけたと同時に、頭を拳で殴られた。

 光が目の前で飛び跳ね、ナオトは赤茶けた土の上に横ざまに倒される。

 

 左の頬に、妙に大量の汗が流れ始めた──

 と思って手を当てたら、それは自分の血だった。ワイシャツの襟に、真っ赤な血が滴っていく。

 次の瞬間、男がナオトの胸倉を引きちぎらんばかりに掴み上げ、口汚くナオトを罵った。

 言葉は地方なまりが酷く殆ど聞き取れない有様だったが、どうやら男たちはナオトがオーブ出身のレポーターということに気づいていたらしい。

 そして──ハーフコーディネイターである事実も。

 

 両足が地から離れてしまうほどに持ち上げられながら、ナオトは直感した。

 これから、自分に向かって吹き荒れる暴力を。

 だが同時に、彼なりに覚悟は出来ていた。ヤケになっていたが故の覚悟だったが。

 

 ──構うもんか。

 こんなの、今までいくらでもあったじゃないか。

 随分昔からそうだった。一人で遊んでいたら、こういう場所に連れてこられて……

 

 唇をなめて血の味を噛みしめながら、戦う決意を固めるナオト。

 

 ──大丈夫。僕はこれでもティーダに乗ってたんだ。

 そう簡単に、こんな奴らにやられるもんか。

 

 ぺっ。

 血混じりの唾を、目の前の男に吐きかける。

 その途端、足元から浮き上がっていた身体がさらに高く差し上げられ――

 次の瞬間、河原の土に叩きつけられた。

 今度はしたたかに腹をうち、動かなくなってしまう身体。

 近づいてくる、男の口笛と叫びと靴音。

 

「ぐ……うぅ」

 

 無理矢理首すじを掴まれて起き上がらされる。

 すると男たちは奇妙に大きめのカボチャを2個と、ビール瓶を持ってナオトを取り囲んでいた。

 カボチャは祭りの仮装用のもので、大人の頭ぐらいならすっぽり入ってしまうほどの大きさ。目と鼻と口に当たる部分が三角の形にくりぬかれている。

 カボチャの顔面は今、逆さになってナオトを笑っていた。

 電飾の紅白の光が、カボチャの表面のぬめりを照らし出す。

 

 砲撃音。また子供の悲鳴。地鳴り。

 

 ナオトの心拍が、一気に上昇する。

 自分でもわかるほど、心臓がどくんどくんと早鐘の如く鳴っていた。

 

 黒い目と鼻と口に詰め込まれているものは、人の髪の毛。

 2つのカボチャの中には、川で汲まれた油まみれの泥水と生ゴミがたっぷり詰め込まれ、ひどい異臭を放っていた。

 近づいてくる足音とカボチャ。中のビーフシチューのような泥水まで、はっきり見えた。

 

 反射的に逃げようとしたナオトだったが、いつのまにか背後から腕を締め上げられていて全く動けない。二人の男が少年の腕を丁寧に一本ずつ、折れそうなほどに引っ張り上げていた。

 足を踏ん張って立ち上がろうとしたが、男の革靴がナオトの膝を裏側から、無造作に押さえつけている。

 耳元にかかる男の口臭。脇の下から入れられた太い指が、ワイシャツの上から右胸の中心、かなり敏感な部分を無遠慮に撫でる。背筋に凄まじい震えが走った。

 父の顔が脳裏に浮かぶ。

 

 ──この世界で生き抜くには、お前のような、よりよい種を残すことが重要なんだよ。

 

「い……嫌だ。

 イヤだ、イヤだっ、やめろおおおおおぉおおおっ!!」

 

 こいつらは──僕を陵辱する気だ。

 それを悟った時、ナオトは全身で叫んでいた。

 

 

 

 

 

 

 サイが気を失っていたのは、ほんの10秒ほどだったらしい。

 すぐに硝煙と砂の臭いが鼻孔を刺激し、熱風で煽られる身体を感じる。

 地表に転がっている自分──そして、依然として悠々と空にそびえる黒い鋼鉄の塊。

 爆音と悲鳴が、容赦なく聴覚に復活した。

 

 だが、鋼鉄とサイの間に立ちはだかる者がいた──

 彼を守るように両手を広げ、レイダーに正面から立ち向かう紅の髪の少女が。

 

 炎の粉の中、女神の旗のように流れる長い髪。

 サイの真上で翻っているスカート。

 だがその布地は半分近く、血の赤で染まっていた。

 

「――フレイ!」

 

 サイは思わず、少女の偽りの名を呼んで立ち上がる。

 既に彼女の身体は背中から腰のあたりまで大きく切り裂かれ、懸命に身体を支える白い脚には細かなガラスが幾つも突き刺さっている。

 スカートは裾から大きく裂けて左太ももがむき出しになり、背中から流れる血は、水色のワンピースを紅いチャイナドレスに変貌させつつあった。

 

 それでも少女は、サイの前から離れようとはしない。

 そしてレイダーの上の少年の顔は、明らかに動揺で歪んでいた。先ほどの余裕はどこへ消えたか。

 

「姫ぇッ! 

 何故です、これは姉上の命です!」

 

 その言葉を一閃する如く、少女は声を張る。

 

「トール! トール・ケーニヒッ!! 

 貴様、第103号通達を忘れたか! 私のことは……」

 

 そこまで言いかけて、彼女は痛みで脚をふらつかせた。

 サイは思わずその肩を支える。

 

「しかし……!」少年は溢れる感情をぐっとこらえ、かなり歪んだ笑顔を作ってみせる。

 その笑顔にありったけの力を総動員している様子なのが、サイにも分かった。

 

「ねぇ、フレイ──頼むよ。

 残念だけど、サイは君に生じたイレギュラーと判断されたんだ。

 どういう意味かは、君には分かるよねぇ?」

 

 慌てて作ったらしい精一杯の猫なで声は、若干うわずっている。

 だが、彼の努力を目の前にしても、少女はその場から一歩も動こうとしなかった。

 

「駄目だ。この男は──

 私が見つけた、()()なんだ」

 

 

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