【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「この男は──
私が見つけた、奇跡なんだ」
サイは俄かにはその意味が掴めず、少女を見つめるしかない。
この少女と出会ってから訳の分からないことばかり続き、さっきようやく全貌が見えかけてきたと思ったら、この事態だ。
この女にとって、俺が、奇跡だと?
俺なんかが?
レイダーの2連装52mm超初速防盾砲の砲口が、ゆっくりと少女とサイの眼前に突きつけられる。
「僕は、貴方がたご姉妹二人とも、結構好きなんだよ。
やめてほしいな……そういうこと。
これだから、ニコルたちには任せたくなかったんだよ!」
黒髪の少年は髪を片手でかきむしりながら、少女を怒鳴りつける。
少女はゆっくりと頭を横に振り、それに答えた。
「分かっている。お前が姉上の命には逆らえないことも──
なら、遠慮なく私を殺すがいい」
「出来るわけないだろ!
そいつは卑怯だフレイ、どいてくれよっ!」
「どかぬ!
この男を殺すというなら、私を一緒に殺せぇっ!」
少女は頑なに、サイをかばったまま石のように動こうとしなかった。
二人のかわす会話の意味は、まるで分からなかったが――
それでもサイは彼女の耳元に、そっと声をかける。
「無理、するな」
少女はレイダーを見据えたまま呟いた。「心配無用だ、この程度……
私はコーディネイターだぞ、フレイの忌み嫌った」
「そんなこと言ってんじゃないよ」
みなまで言わさず、サイは少女の背中を抱き、自分の肩に腕を回させた。
ほんの少しだけ、戸惑いの表情を見せる少女。
「……さ、サイ?」
「これだけ血が出たら、誰だって危ない」
レイダーの少年は、ふぅとわざとらしいため息を漏らして両手を振っていた。
振る演技をしているようにも見える。
「そうかい……
そこまで、思いつめているのかよ」
余裕さを装いながらも、自分の中の若い感情をどうしても隠せないでいる──
トールではないと思いたいサイだったが、何故かトールと符合するものを感じずにはいられない。
「トール!」サイは敢えてその名を叫び、レイダーに正面から立ち向かった。
「ひとつだけ、聞きたい」
少年は訝しげにサイを見下げる。お前が俺に話しかける権利などない、と言いたげに。
そんな彼に、この問いを発して良いものか? 自分たちをさらなる危機に追いやるのではないか。
サイの中で一瞬逡巡が生まれたが、それでも声を張り上げた。
「お前──
いや、君がトール・ケーニヒを名乗る理由は何だ?
顔と姿を変えてまで、俺たちの前に現れた理由は何なんだ!」
「へぇ……?」
少年は呆れると同時に。
少し感心した、という感情を露にしてサイと少女を交互に見やる。
「もうそこまでバラしちゃったのか、フレイ。
カイキやマユ、それにザフト組が可哀相だと思ったこと、ないの?」
少女は黙って唇を噛む。その口元からは僅かに出血していた──
少年はさらに続ける。
「俺も、『再会』してみて分かった。
サイは勇敢だし、冷静だ。頭もいいし、肝も据わってる。俺がかつて友人とした理由も分かった。
だけど残念ながら、姉君にとってはイレギュラーなんだよ。
言ってみれば、ゴミなんだ。君とキラ・ヤマトにとりつくゴミだ」
「何だと……!」
皮肉でなく真顔で言ってのける少年に、今度は少女が怒りを露にした。
少年は彼女から一瞬眼を逸らし、スピーカから漏れるか漏れないかぐらいの小声で呟く。
「怒るなよ、フレイ……
俺だって似たようなもんだからさ」
「俺の質問に答えろ」サイは割り込んで怒鳴る。
今の発言は、さすがにプライドが軽く傷ついた。「フレイは怪我をしている。分からないのか!」
レイダーの砲口の角度が僅かに少女から逸れ、今度は真っ直ぐにサイに突きつけられる。
直径1mを超えるかとすら思えるほど巨大な、黒い砲口。少年の指先一つで、サイの魂も身体も粉みじんに吹き飛んでしまうであろう位置だ。
少女が懸命に前に出ようとしたが、サイはそれを制止して背中で少女をかばった。
彼の襟からほんの10センチちょっとのところで、熱せられた2連装52mm超初速防盾砲が唸りを上げている。
――この奥にほんの僅かでも閃光が見えたら、それが俺の最期だ。
武装の熱で、サイの皮膚から一気に汗が噴き出した。その中には幾分か、冷や汗も混じっていただろう。
「ふぅん。なぁるほど……
やっぱ、強い奴だね」
そんなサイを見て、少年は諦めたようなため息と共に、笑いを漏らした。
「分かった、教えるよ。
勇敢なる友である、サイに免じて」
少年はひとつ熱風を吸い込むと、さらに言葉を継いだ。
「トール・ケーニヒを名乗る理由はごく簡単だ。
俺が、トール以外の何者でもないからだよ。
姿も顔も、変えた覚えはないね」
「何だって?」
サイは一瞬、愕然とする自分を感じた。
完全な偽者だと思いたかった──俺を平気で殺そうとしたこの男が、トールであるはずがないと。
キラを助け、俺たちを守るために飛び出していったきり、帰ってこなかった優しい友人。
その彼と、今の皮肉屋の殺人者が同一人物だなどと――
信じたくなかったのだ。
思わず少女を振り返る。
彼女はただ、じっと目を伏せたまま動かない。否定も肯定もしない。
そこへさらに、トールの声が被った。
「ただ、記憶は戻っていない。
サイやミリィたちと友人だったっていう記憶は、残念ながら、後から与えられた情報でしかないんだ」
「だったら!」
サイは砲口に触れる寸前になるのも構わず、レイダーに近づく。
もし、お前が本当にトールだというのなら、何よりやるべきことがあるじゃないか!
──サイの感情は、あまりの現実の連続からか、昂ぶりすぎていた。
「俺より、ミリアリアに会いに行けよ。
お前がいなくなって、彼女がどれだけ苦しんだと思ってる!」
だがその昂ぶりに水を浴びせるが如く、少年はひらひら片手を振る。
「たった今言っただろ? 記憶がないって。
そんな状態で彼女に会っても、苦しめるだけだ。サイなら分かるはずだけどな」
その言葉で、サイは我に帰った。
全くその通りだ──こんな男をトールだと言い張ってミリアリアに会わせたところで、彼女は混乱するだけだ。
フレイと再会した(と思っていた)俺が、そうだったように。
「サイ。色々報告は聞いてたけど……
お前、優しいんだか残酷なんだか分からないよ」
レイダーの砲口が、徐々に上がっていく。
サイの前から、熱と光による0.01秒の焼死の恐怖が消えていく。
「まぁ、いいさ。
フレイとサイの勇気に敬意を表して、今日は退散する」
少年はコクピット内のディスプレイをちらりと確認しながら、にっこり笑って見せた。
「――もう一つの目的は果たせそうだし」
その言葉に、少女が雷に打たれたように顔を上げる。
「待て! 今なんと……
まさか。まだ、早すぎる!」
だが、少年は冷たくその言葉を退けた。
「フレイ──これ以上、君のわがままは聞けないんだよ。
もう『実』は十分熟してる。あとは、弾けるのを待つだけだ。
それとも、そんなにサイに嫌われるのがイヤかい?」
少女は傷ついた背中もそのままに、黙り込むだけだ。
こんな彼女は初めて見た──いや、言い負かされて悔しげに唇を噛む表情は、かつてのフレイ以外の何者でもないようにも見えるが。
彼女は、本当に、フレイではないのだろうか?
横顔を見れば見るほど、フレイそのものに見える。
紅の髪も、白い肌も、冬の海とよく似た色の瞳も、細い首筋も。
さらに追い打ちをかけるように、少年は告げた。
「あと、サイ。これだけは忠告しておくよ。
今俺がやらなくとも、いつか必ずサイを消しに来る奴は現れる。それも、かなり近い未来に」
俄かには意味が分からない。
俺に、それほどまでして消したい何かがあるというのか?
平凡な民間人にすぎない、この俺に?
──サイがもう一度レイダーを見上げかけた、その瞬間。
《逃げろ、アーガイル! アルスター嬢っ!!》
時澤軍曹の絶叫が、その場に轟いた。
同時に、少年は身を翻してコクピットに飛び込む。
ほどなく、炎に染まった空中から、ジェットストライカーの巨大な翼を閃かせた歴戦の機体・ウィンダムが舞い降りた。サイたちの守護神のように。
そのまま、自然の重力に任せてレイダーを殴りつけるウィンダム。肩部に刻まれた「天海」のエンブレムが、炎の中輝いた。
レイダーは咄嗟に、破砕球ミョルニルでウィンダムの拳から機体を守る──
《無粋だよ! 友との再会を邪魔するなんてさっ》
青と白のカラーリングの輝きは、レイダーの黒とは対照的に、ひどく清浄なものにサイには思えた。
時澤の声が、サイに向かって響く。
《B31ブロックに広瀬少尉がいる、すぐ合流しろ! そこなら安全だっ》
レイダーの後方の幹線道路を、津波の如くダガーLの集団が流れていく。その先で、通り道で、そこかしこで爆発が起こる。
ろくな武器も持っていないのか、モビルスーツの集合体はただ子供のように歓声を上げ暴れ回り、街を踏み荒らしているだけにも見えたが――
それでもこの街は、加速度的に破壊されつつあった。
サイはもう一度しっかり少女を支えながら、レイダーとウィンダムの戦いに背を向けた。
血まみれの少女の細い身体は、何とか必死で自ら立ちあがろうとしている──だが、限界があった。
立っていられるのが不思議なほど、少女の背中は酷く切り裂かれていた。常人であれば、死んでいてもおかしくはない。
血の気の失せた頬に映える、うっすら塗られた紅。
「フレイ。
しっかりつかまれ、頑張れよ」
サイが声をかけると、少女の血まみれの唇が笑いの形を作った。
「お前はまだ、私を……
フレイと呼ぶのか」
「君が本当の名を言わない限り、俺は君をフレイと呼ぶしかないだろ。
それとも、姫とでも呼んでほしいか。さっきみたいに」
爆音で揺れる地表。砂だらけの道路をゆっくり踏みしめながら、サイはフレイの腰を支える。
「私はお前を、ずっと欺いてきた女だ。見捨てることだって出来るぞ」
「バカ言え」
炎で熱せられた瓦礫を乗り越えつつ、サイは道を切り開いていた。
「俺を好いてくれた女を守れないなんて――
もう、ごめんなんだよ!」
そんなサイたちの背後では、ウィンダムがレイダーに対してやや優勢に戦っていた。
かなり長めの銃身を誇った2連装52mm超初速防盾砲は、ウィンダムの最初の2撃ほどで叩き壊されている。
機体の素早さを利用し、ひたすら拳を叩きつけてくるウィンダムに、レイダーは次第に防戦一方になっていた。
時澤が吼える。
《二年前の新型ではなァ!》
《やめろよ!
俺はあんた達と戦う気はないんだってぇ!》
《貴様は、チュウザンの救援部隊に銃を向けた!
その一点のみで十分、戦う理由になる!》
有無を言わさず最小出力のビームサーベルを抜き放ち、ウィンダムはレイダーに斬りかかる。破砕球を振り回しながらウィンダムをよけるレイダーだったが、遂にビルの壁に思い切り叩きつけられてしまった。
ウィンダムにのしかかられるレイダー──
その時、破砕球ミョルニルがその球体の中心部から、光を放ち始めた。
《全く……
連合は強情っぱりだ!》
トールの叫びとともに、直径2.5mを誇る破砕球はウィンダムまでも包み込み、大爆発を起こした。