【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part4 戦わない貴方とは違うんだ

 

 

 街の異変を感知したアマミキョからは、作業用アストレイを中心に、救助用モビルスーツが次々に出動していた。

 山神隊のウィンダムは、既にタンバから全機出撃済みだ。

 

「こんな時に、フレイ嬢とクソ副隊長が仲良くデートたぁ……

 全く、この船も運がねぇな」

 

 カタパルトにて、ハマーは灰だらけになった作業用アストレイを回収しつつ悪態をついた。

 このアストレイも、炎の中から市民を助け出してアマミキョに運んでは街へ戻り、既に6往復をこなしている。

 他の機体もほぼ同様だ。カタパルト内部は硝煙の臭いで充満していた。

 

 ハマーは出動位置についたソードカラミティをふり仰ぐ。

 高エネルギー長射程ビーム砲・シュラークは何とか間に合ったが、まだ頭部の破損は修復出来ていない。

 にも関わらず、カイキは飛び出そうとしていた。目的は当然、ただ一つ。

 

《マユを探す! 

 ソードカラミティ、カイキ・マナベ、出るぞ!》

 

 それに呼応するように、ブリッジからややヒステリックなアムルの声が飛んできた。

 

《待って、まだメインカメラの修復が! 

 無茶です、ハマーさん! 止めて下さいっ!!》

「アンタがやってくれ! 

 今のアイツの前じゃ、何したって踏み潰されちまうよ!」

 

 ハマーが通信機に怒鳴り返すその横で、整備士たちの制止も振り切ってカラミティは走り出していく。炎の街へ。

 喧騒の中、奥のティーダとアフロディーテは沈黙したままだ。

 スカイグラスパーのそばで、ラスティとミゲルが怒声を交わしている。

 

「ラスティ、スカグラはフレイが戻るまで待て! 

 アフロの準備だってまだなんだぞ」

「でも、フレイはどこだよ! ロストしたままじゃねーかっ」

 

 ハマーはふとティーダを見やった。

 乗る者もなく、その場の全員からほぼ無視されているモビルスーツを──

 

 その時だ。

 ハマーの全身を、酷い嫌悪感が捉えたのは。

 

「――!?」

 

 剥き出しになった太い腕を一斉に駆け上がってくる、不快感。

 十匹以上のミミズが這い上がってくるようなあまりの気持ち悪さに、ハマーは思わず口元を押さえてかがみこむ。

 

「ハマーさん? どうしたんスか」

「ぐ……!」

 

 整備士の言葉も、ハマーには殆ど聞こえていない。

 忘れようとしていた血の記憶が、否が応にも呼び起こされていく──

 

「ロゼ……っ!」

 

 冷や汗でシャツをびしょ濡れにしながら、顔を上げるハマー。

 反射的にティーダを振り返る──

 

「……な!?」

 

 その瞬間ハマーは、遂にアルコールの中毒症状が脳神経と視神経を腐らせた、と錯覚した。

 カタパルト全体が、奇妙な白い光で包まれていたのだ。それが幻覚ではないとハマーに気づかせたのは、整備士たちのざわめき。

 

「おい、ありゃ何だ?」

「ティーダ? 

 ……って、見ろ! 首が動いてやがる!」

 

 ハマーも整備士たちも、発光源にはすぐに気づいた──

 ガンダム・ティーダの、白い鋼鉄の肌そのものが、太陽を浴びた雪のように輝き始めている。

 カメラアイは起動を示す青い光で溢れ、頭部は何かを探し求めるように回り始めている。

 ハマーの呟きが、厚い唇から漏れた。

 

「意思を持ってるってのか……

 この鉄の塊が!」

 

 同時にハマーは、ティーダに向かって走り出す。

 ティーダの足元に置いてあった簡易モニターをひったくるようにして取り上げると、すぐにステータスウィンドウを開いた。

 子供の心を餌に、成長する精密兵器──

 ティーダの状況を逐一伝えているモニター内では今、おびただしい量の紅いエラーコードが滝のように走り出している。

 途端、ハマーは叫んでいた。

 

「ヤバイ! 全員、ティーダから離れろ!」

 

 既にティーダの両腕、両脚はゆっくりと動き出している。

 ブリッジから再び響く、アムルの声。

 

《どうしたんですか!? ティーダが……

 まさか、動いてる?!》

 

 ハマーはその声を半分無視して、モニターとティーダを交互に凝視していた。

 

「パイロットが……

 二人乗ってる、だと!?」

 

 いつもは弱弱しいはずのカズイの、驚愕の通信が響く。《馬鹿な、無人のはずだろ!》

 

 そんなやりとりをしている間に、ティーダは右腕の攻盾システム・トリケロスを大きく天井へ振り上げる。

 その腕の先端からレーザーの光が溢れ――

 

「ヤバイ、避難しろ!」「うわあぁああぁああぁっ!!?」

 

 轟音と共に、カタパルトの天井は大きく風穴が開けられた。

 全ての人々の驚きをものともせず、ティーダのスラスターに火が入る。

 浮上を開始する白い機体。

 アマミキョカタパルトに空いた大穴を突き破り、そのまま炎の空へと浮かび上がっていく。

 

 ティーダはそのまま輝きを消すことなく、やがて悠々と空を滑り始めた。

 ――何かを探し求めるように、厳かに。

 

 

 

 

 

 

 街中の砲撃が、遂にここまで届いてしまった──既にナオトらのいるこの場所も、危険に晒されつつあった。

 大地が揺さぶられ、一瞬だけ男たちの腕力が緩む。その刹那を、ナオトは見逃さなかった。

 襟を掴んで着衣を引きちぎろうとしていた暴漢の指に、力まかせに噛みつく。

 口の中に泥と砂が充満しジャリっと音をたてたが、構わず歯に力をこめた。

 怒りをこめた犬歯はべりばりと指の骨まで到達し、遂には男の指を食いちぎる。

 男の絶叫と一緒に、ナオトの顔に大量の血が飛び散った。

 同時に川底の丸石をひっ掴むと、自分でもわけの分からない言葉を喚きながら別の男の顔を殴りつけていた。

 再び川に水柱がたち、熱い霧のような水がこちらにも降ってくる。

 

 危険は、すぐそばまで迫っていた──

 ナオトにとっては、この状況そのものが既に危険極まりないものであったが。

 

 ひるんだ暴漢たちの腕をくぐりぬけ、無我夢中で河岸へと這い上がる。

 強烈に湧き上がってきたものは、男たちに対する純粋な怒り。

 この歳なりに高めに持っていたプライドを残忍に傷つけられた、激昂。

 生暖かい手でいいように身体を汚されたことに対する、狂気にも似た憤怒。

 

 そしてこいつらは、父さんの記憶を無理矢理穿り出した

 ──忘れようとしていたのに。

 

「……よくも」

 

 血と泥と油が混じった毒水をぺっと吐き捨て、ナオトは再びゆらりと立ち上がった。

 頭から泥を跳ね飛ばし、大きな右目のみで男たちを睨みつける。

 左目は殆ど開かない──左のこめかみのあたりが、ひどく腫れぼったかった。

 息はひどく荒く、肺からぜいぜいと音がする。

 裂けた右袖は羽衣のように腕に絡みつき、下に着ていた黒のタンクトップはいつの間にやら腹のあたりからちぎられ、残った胸の部分だけが辛うじて、彼の最も大切なもの──

 お守りの存在を隠していた。

 

 右手の中の小石を握りしめながら、彼の中で決意がみなぎる。

 あまりにも無謀な決意が。

 

 

 僕は──

 マユがいなくても、ティーダがなくても、サイさんがいなくても、戦える。戦ってやる。

 サイさんみたいに、負けたりしない。

 フレイさんみたいに、非情にもならない。

 マユみたいに、獣にもならない。

 もう、父さんなんか怖くない。

 

 

 少年は血だらけの指先を、ぺっと吐き捨てた。

 噛みちぎった男の指を。

 

「僕はもう、晒し者じゃないんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 炎が溢れ、猛獣と化したモビルスーツが暴れ狂う街中で──

 サイは、そこにいないはずの少年の魂を、幻視した。

 

 

 ──僕はもう、晒し者じゃないんだ。

 ──僕は何も悪くない。僕は何も怖くない。僕は、一人だって戦える! 

 ──誰にも邪魔なんかさせない、僕は戦える! 

 

 

 これほどまでに強情な意思を、サイは一人を除いてお目にかかったことがない。

 

「ナオト? 

 ……ナオト! そこにいるのか!?」

 

 叫びながら、サイは目の前に現れた少年に、思わず手を伸ばしていた。

 そこにいないと分かっていても、無視することは決して出来ない。

 傷つきながら、たった一人で何かに立ち向かおうとしている小さな子供──

 ナオト・シライシを。

 

 一体何と対峙しているのか、そこまでは分からない。

 彼がどのような状況なのか、こんな幻だけでは殆ど分からない。

 ただ、異様に荒い息づかいは耳元まで聞こえてくる。酷く汚され、傷ついている──それだけは確かだ。

 

 その時サイは、通信機を割らんばかりの叫びで我に帰った。

 

《サイ君! 返事してよっ、早く! 

 サイ君ってば!!》

 

 無我夢中のあまり、副隊長の呼称をすっかり忘れているアムルの声だった。

 業務上の自分の呼び名について、皆に一旦注意すべきなのかどうか。0.1秒ほど迷ったサイだったが――

 そんな迷いなど一瞬で吹っ飛ばしてしまう現実が、通信機から飛び出してくる。

 

《ティーダが、ティーダが……

 勝手に起動して……出動したのよ! 

 今、ヤエセ上空を飛んでいるはず!!》

 

 あまりの事態に、サイは通信機をぶん殴るように掴んだ。

 

「どういうことだ! 

 パイロットは……マユが無断出動でも?」

《違う! 誰も乗ってないのっ》 

 

 耳をつんざくアムルの声に、フレイが反射的に身を起こす。

 かすかな舌うちの音が聞こえた気がした。

 

「遂に……来てしまったか」

 

 サイは思い出す──

 アークエンジェルで、ナオトが激しい絶望を露にし、マユが突如暴れ出した時のことを。

 あの時もティーダは、頭部のみとはいえ、確かに無人の状態で起動していた。

 当時のログはアマクサ組によってきれいさっぱり消去されていたが、マリューとマードックの二人がティーダの様子を証言してくれていた。

 

 その時、マリューは直感したという──

 ティーダは、子どもの感じやすい心を喰らって成長を遂げる、魔物の如き兵器だと。

 

「遠隔起動……」

 

 その言葉を口にした瞬間、サイの背中にひどい悪寒が走った。

 

 ティーダが首を回しただけのあの時ですら、ナオトとマユにかかった負担は甚大だった。

 今回、一体どれだけの危機が二人に迫っているのか? 

 ──今すぐ助けないと、二人とも死ぬ! 

 

 脳裏でナオトを追いながら、サイは確信する。

 これほどはっきりナオトの危機が分かるのも、ティーダの力なのか。

 サイの中でナオトは、ひたすらに無謀に、抗えぬ力に向かって暴走しようとしていた。

 

 荒ぶる幼い魂が、走り出す。大きすぎる力に向かって。

 サイは誰も聞かないと分かっていても、それでも声を上げずにいられなかった。

 

「バカ、逃げろ!」

 

 

 

 

 

 

 手負いの獣の如く変貌したナオトを、暴漢たちが再び取り囲む──

 それでも少年は、逃げようとはしなかった。川の水柱はいつの間にか、炎の海と化して河原を照らし出す。

 ナオトの脳裏に閃く声。

 

 ──バカ、逃げろ! 

 

 だがナオトは、その声を敢然と拒絶する。

 

 

 サイさん? 

 僕は、貴方とは違いますよ。戦わない貴方とは違うんだ。

 僕にだってプライドはあるんです。それを穢す奴らは、絶対に許さないと決めたんだ。

 フレイさんみたいに、いざという時逃げる人とも違う。

 マユみたいに、哀れな子供でもないんだ──

 僕はもう、嘘ばかりついて、媚びていた僕じゃないんだ。

 僕を否定しようというなら、誰だろうと許さない。父さんが死んだ時から、僕はそう決めたんだ! 

 

 

 ナオトの思考が再び強固になり、心は頑なに閉ざされ、入ってくる声を遮断した。

 目の前の敵だけを睨みつける、充血した眼

 

 ──その時。

 左肩から背中にかけて、鋭い熱さが一閃した。

 熱いと感じた瞬間振り向くと、左肩から真っ赤な血が噴き出すのが見えた。

 

「え……っ?」

 

 続いて襲ってきた激痛に、思わず膝を落としかける。

 何とか踏ん張り、肩を押さえて振り返ると──

 

 血で鈍く光る包丁が見えた。

 いつの間に、背後に回りこまれたのか。考える暇もなく、今度は石を握っていた方の二の腕が斬りつけられた。

 

「ぎゃああぁあああああ! あ、あ……あぁっ」

 

 気がつくと男たちのうち2、3人は、ナイフや出刃包丁を構えていた。

 既に何人も切り裂いてきたのか、その刃は血みどろでボロボロに刃こぼれしている。

 ナオトを斬りつけたものも同じで、それ故に刃は服と皮膚を裂くのみに留まったのだが、それでも彼は膝をつき、石を取り落としてしまった。

 慌てて体勢を立て直そうとしたが、右太ももがさらに斜めに斬りつけられた。

 一斉に噴き出す、血。

 

「あ……ぐうっ!?」

 

 その1秒後、全身を貫く痛みが襲いかかってきた。

 何も出来ず、呻きながらもんどりうって土の上に倒れたナオト。両手首を掴まれる。

 

 殺されるのか──

 

 一瞬恐怖したナオトだったが、すぐに否定した。

 

 違う。殺すなら刺すはずだ。

 そう判断しても、もはや身体は痛みでろくに動かない。

 石の上で引きずられていく身体を感じながら、ナオトの意識は徐々に遠くなっていった。

 

 

 

 

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