【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part6 届かない謝罪

 

 

 これも、ティーダの力なのか。

 サイはまたしても目の前に拡がった幻の光景に、息を飲むことしか出来なかった。

 それは、どこまでも黒い空の下、真っ赤な血の海の中で佇む、白い下着姿の少女。

 彼女の周囲は血みどろの腐った死体で埋め尽くされ、下着の裾や膝のあたりまでが血に染まっている。

 少女の呟きだけが、その場に流れる唯一の音。

 

 ──守る。

 ──私は、守る。

 

 サイからは、その少女の顔は殆ど見えない。

 白い顔は、紅の血で染まった長い髪でほぼ覆われていた。

 元の髪の色が何だか分からないほど、血に染まった髪。

 サイが目を凝らしてみると――

 その髪は何故か、桜色にも思えた。

 

 この髪色は、確かにどこかで見たことがある。

 あまりに血の量が多く、うまく思い出せないが──

 いや、まさか。あの人が、こんな処にいるわけがない。

 

 そんな中。

 顔のない少女は、ひたすら呟く。

 

 

 ──守る。私は、守る。

 ──私が、守る。

 

 

 これは、一体何だ? 

 これが、この「フレイ」の心だというのか? 

 よく見ると、少女の両手には明らかに人間の臓物の一部と思われる、血の肉の塊が握られていた。

 それは、全身罪に汚れ、無数の生命を背負い、それでも前を向いて歩こうとする、真っ直ぐな魂。

 サイはこの魂の形に、思い当たるひとつの言葉があった。

 

 ──これは、「王」の心? 

 

 何故そんな単語が浮かんだのか、自分でも分からない。

 だが、彼女の心に一瞬だけでも触れられたこの刹那――

 ほんのわずかながら、彼女の正体が見えた気がした。

 

 恐らくこの少女は、多くの人々の生殺与奪を握る高潔な立場にある。

 アマミキョどころではなく、下手したら一国を背負うほどの。

 彼女の行動は全て、民衆を守り、幸せへと導く為のものだ。

 フレイと名乗っているのも、アマクサ組を率いているのも、SEED関連の不可解な行動も、キラやアークエンジェルへの言動も全て。

 

 理由は分からないが、心を砕き、身を切り刻み。

 死よりもひどい苦しみと矛盾を抱え、彼女は生きている。

 

 ──サイはその光景の中、ゆっくり目を閉じる。

 俺は、その心の全てを肯定するわけにはいかない。

 

 自国民にあれだけの醜態をさらしたユウナ・ロマ・セイランも。

 一方、善政をしきながら結局は自国を危機に晒し、自爆の道を選んだウズミ・ナラ・アスハも。

 かつて世界を滅ぼしかけたパトリック・ザラやムルタ・アズラエルですら――

 どの政治家も、見方を変えればいずれも、民衆の平和と幸せを優先して行動していた為政者だった。

 だからといって、彼らのやったことは後の世から見ても、決して肯定できるものではない。

 そう――全責任を負って潔く自死を選んだように思える、ウズミの最期でさえも。

 

 どういうわけか、サイは直感していた。

 今彼女が背負っているものは、そんな彼らとほぼ同じものであり、同じ罪であると。

 

 君が背負うものがどれほど大きかったとしても、罪が消えるわけじゃない。

 それは多分、君自身が一番よく知っている。

 この心象風景が、何よりの証拠だ。

 

「フレイ……」

 

 サイはそっと、目の前の少女に声をかけた。

 

「君がどうして、フレイ・アルスターなのか。

 どうしてアマミキョにいるのか、何故SEEDを求めるのか。

 君が一体、何を行動原理としているのか

 ──俺には、分からないことばかりだ。

 本当に分からないんだよ」

 

 気がつくと、人々はフレイの導きに従い、徐々に移動を始めていた。

 これほどたやすく人が動くのも、彼女の声のなしうる技か。

 静かにサイを振り返る彼女。

 炎の照り返しで、その頬は真っ赤に染まっているように見える。

 サイはその身体を支えながら、語り続けた。

 

「きっと、色々な理由があるんだと思う。だから──

 帰って、話そう。

 ティーダのこと、キラのこと、トールのこと……アマクサ組のことも。

 話せるところまででいいから、話してくれ」

「トールの警告を忘れたか? 知れば、お前は確実に殺される。

 いや……ただ死ぬより、さらに酷い目に合う」

 

 そう言ったきり、フレイは動かない。

 

「言ったろ。

 話せるところまででいい、って」

 

 フレイが反駁するように口を開きかけた、その瞬間──

 彼らを守るように、ウィンダムが轟音を響かせながら上空から降りてきた。

 山神隊・広瀬少尉の声と共に。

 

《時澤から聞いた! 

 アーガイル、アルスター嬢は無事か!》

「広瀬少尉!」

 

 文字通り、サイたちにとって天の助けだった。

 広瀬の声はさらに響く。

 

《暴走ダガーどもは8割がた鎮圧を完了した、あとは消火作業だけだ。

 カラミティが必要以上に暴れ狂ってくれてな、全く気楽なもんだったよ……

 あの、馬鹿が!》

 

 ちっとも気楽でなさそうな広瀬の言葉を聞きつつ、サイは咄嗟にフレイの前に出る。

 風圧から彼女を庇うように。

 

「フレイをすぐに収容してください! 

 それから、俺をティーダのもとへ連れていってください!」

「何だって?」

 

 二人を収容するべくコクピットを開いた広瀬は、サイの言葉に一瞬戸惑う。

 

「ティーダが無断出動したのは知っているが……

 アルスター嬢。その怪我は?」

 

 フレイの傷を見やる広瀬。

 それに気づいた彼女は、その視線を跳ねのけるように声を張り上げる。

 

「構わぬ、治療ならコクピット内でも出来る。

 それより今は……ティーダだ」

「お願いします。

 ティーダのもとに、おそらくナオトもマユもいるはずです」

 

 その言葉を聞いて、広瀬もサイに目配せした。

 

「分かった。

 ナオト・シライシについては、自分も正直気がかりだった……急げ!」

 

 

 

 

 

 

 ──負けない。マユ……僕は、負けない。

 一緒にずっと、こんな痛みに耐えてきたんだ。だから……

 

 

 もはやナオトの全身は少しずつ切り刻まれ、上着の残骸は赤黒く変色し肌に貼りついていた。

 それでも彼の意思は、必死でまだ生きていた。

 いきなり両手首のロープが外れる。ちぎれたのではなく、明らかにわざと切られたのだ。

 そのまま、下の小さな支流へとナオトの身体は落ちかける──

 膝が泥に埋まり、ふらりと前のめりに倒れかかる。

 だが前髪を無造作に掴まれ、無理矢理上半身を引き上げられた。振り上げられる刃──

 

 そのままなす術もなく、まともに撫でるように切られる左肩。

 今度は布と一緒に皮膚が大きく削がれ、真っ赤な肉が露出した。

 

「ああああぁ、うあああああああ……!! 

 こん、ちく……しょう……っ!!」

 

 一瞬後に噴き出す血。土の上に投げ出されるナオト。

 

 

 ──僕は、負けな……

 

 

 遠くなる意識。

 靴で転がされ、仰向けにされる身体。

 顔の上から降ってくる水。

 上半身を起こす力さえ、もう彼には残されていなかった。

 

 

 ──バカね。

 どうしてこんなことになったか、貴方、何も分かってないじゃない! 

 

 

 ナオトの耳に、今ここにいないはずの女性の声がおぼろげに聞こえる。

 自分を叱咤する声。

 

 

「ミリィ……さん……?」

 

 

 ──分かっているはずよ、貴方は。本当は誰が一番悪いのか。

 ちゃんと見なさいよ……ホント、無駄に大きな目、してるのね。

 

 

 続いて、また違う声。

 女性の、凛とした声だ。

 

 

 ──私たちも、君を助けることは出来ない。君自身が、助けを拒絶しているから。

 ナオト・シライシ……よく見るんだ。君に手を差し伸べている者たちを! 

 

 

 アスハ代表──僕には、誰もいませんよ。

 メルーもフーアさんもアイムさんも真田さんもネネさんも、優しい人はみんな、死んでしまったんだから。

 

 

 男たちの靴音が再び、周りを固めていく。

 血まみれの右腕が、引っ張り上げられる。

 炎を背にした男たちの表情はまるで見えないが、嗤っていることだけは確かだ。

 

 そこに重なる、青年の声。

 ずっと尊敬していた、英雄の声。

 

 

 ──どうして君はずっと、耳を塞いでいるの? 

 誰の声も聞こえないよ、それじゃ。

 

 

「キラさん……」

 

 そこにいるのなら、助けてよ。

 訳の分からないことを言っていないで、助けてよ……

 

 そう呟きかけたその時。

 男の一人が0.5リットルほどのアルコール瓶のような、濃い茶色のガラス瓶を差し出した。

 

 大丈夫か? 

 まだ死なない、大丈夫だ。

 こんな程度で死ぬものか。何たってこのガキは──

 

 こんな意味の言葉が、ひどい訛りで囁かれている。

 瓶のキャップが外され、中の液体が落とされた。

 ナオトの左ふくらはぎに向けて。

 

 無色透明のその液体は、どろりとした粘り気をもって、きれいな垂直の軌道を描きながら、脚に落ちていく──

 

 それが脚を濡らした瞬間、まだへばりついていた着衣と泥が、煙を噴いて溶け出した。

 ナオトの皮膚と共に。

 

「うあ、あ、あ、ぎゃあああああぁ!! 

 ああああああああああイヤだぁあああああああうああああぁ、ああああああアアアアアア

 誰か、誰か助けて!! 

 誰か、誰か、お願いだから誰か助けてぇえええええ!!!」

 

 溶けていく。泡を噴きながら、布切れと一緒に肉が溶けていく。

 既に傷つけられていた切り口にも薬液は入り込み、それは痛みを数倍以上にも増強させ、少年の最後の意地とプライドを奪いにかかった。

 肉を溶かし、神経を焼ききり、骨まで痛めつける液体。

 それはどの暴力よりも強烈に、ナオトを苦しめていく。

 

「う、うぁ、あああぁあああああああぁああああっ……もうやめて……

 お願い、もう、やめてください……おねがいだ……うぁ、あ、ああああああっ」

 

 いつしかナオトの右目からは、はばかることなくぽろぽろと涙が溢れ出していた。

 血だらけの唇から、絶対に漏らすまいとしていた言葉が、溢れる。

 

 

「……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……

 だから、もう……許し……て……」

 

 

 無意識のうちに両手で右足を抱え込み、痛みを和らげようとする。

 肋骨にまた、男の靴が乗せられた。

 

 ──ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……

 

 全身を走る熱い痛みの中で、それだけを呟き続ける。

 誰に? 勿論、こんな奴らにじゃない。

 僕が、本当に謝らないといけないのは……

 

 

 ──大きすぎる力は、君を壊す。

 ──泣いてくれなきゃ、どうしようかと思ってた。

 ──偽りを演じながら14年も生きてきたのなら、それは偽りじゃない。本質だよ。

 ──君も、マユを信じたいはずだ。それだけ言いたかった。

 

 

 ──私、貴方のこと知ってるよ。

 ──会いたかったっ、ナオト! 

 ──マユは、ナオトとずっとティーダに乗りたい。

 

 

 懐かしさすら感じる声が、ナオトの中でこだまする。

 

 

 あぁ……僕は、忘れていた。忘れようとしていた。

 ずっと、僕を支えてくれた人を。

 ずっと、僕と一緒にいてくれた女の子を。

 

 

 

 

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