【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
これも、ティーダの力なのか。
サイはまたしても目の前に拡がった幻の光景に、息を飲むことしか出来なかった。
それは、どこまでも黒い空の下、真っ赤な血の海の中で佇む、白い下着姿の少女。
彼女の周囲は血みどろの腐った死体で埋め尽くされ、下着の裾や膝のあたりまでが血に染まっている。
少女の呟きだけが、その場に流れる唯一の音。
──守る。
──私は、守る。
サイからは、その少女の顔は殆ど見えない。
白い顔は、紅の血で染まった長い髪でほぼ覆われていた。
元の髪の色が何だか分からないほど、血に染まった髪。
サイが目を凝らしてみると――
その髪は何故か、桜色にも思えた。
この髪色は、確かにどこかで見たことがある。
あまりに血の量が多く、うまく思い出せないが──
いや、まさか。あの人が、こんな処にいるわけがない。
そんな中。
顔のない少女は、ひたすら呟く。
──守る。私は、守る。
──私が、守る。
これは、一体何だ?
これが、この「フレイ」の心だというのか?
よく見ると、少女の両手には明らかに人間の臓物の一部と思われる、血の肉の塊が握られていた。
それは、全身罪に汚れ、無数の生命を背負い、それでも前を向いて歩こうとする、真っ直ぐな魂。
サイはこの魂の形に、思い当たるひとつの言葉があった。
──これは、「王」の心?
何故そんな単語が浮かんだのか、自分でも分からない。
だが、彼女の心に一瞬だけでも触れられたこの刹那――
ほんのわずかながら、彼女の正体が見えた気がした。
恐らくこの少女は、多くの人々の生殺与奪を握る高潔な立場にある。
アマミキョどころではなく、下手したら一国を背負うほどの。
彼女の行動は全て、民衆を守り、幸せへと導く為のものだ。
フレイと名乗っているのも、アマクサ組を率いているのも、SEED関連の不可解な行動も、キラやアークエンジェルへの言動も全て。
理由は分からないが、心を砕き、身を切り刻み。
死よりもひどい苦しみと矛盾を抱え、彼女は生きている。
──サイはその光景の中、ゆっくり目を閉じる。
俺は、その心の全てを肯定するわけにはいかない。
自国民にあれだけの醜態をさらしたユウナ・ロマ・セイランも。
一方、善政をしきながら結局は自国を危機に晒し、自爆の道を選んだウズミ・ナラ・アスハも。
かつて世界を滅ぼしかけたパトリック・ザラやムルタ・アズラエルですら――
どの政治家も、見方を変えればいずれも、民衆の平和と幸せを優先して行動していた為政者だった。
だからといって、彼らのやったことは後の世から見ても、決して肯定できるものではない。
そう――全責任を負って潔く自死を選んだように思える、ウズミの最期でさえも。
どういうわけか、サイは直感していた。
今彼女が背負っているものは、そんな彼らとほぼ同じものであり、同じ罪であると。
君が背負うものがどれほど大きかったとしても、罪が消えるわけじゃない。
それは多分、君自身が一番よく知っている。
この心象風景が、何よりの証拠だ。
「フレイ……」
サイはそっと、目の前の少女に声をかけた。
「君がどうして、フレイ・アルスターなのか。
どうしてアマミキョにいるのか、何故SEEDを求めるのか。
君が一体、何を行動原理としているのか
──俺には、分からないことばかりだ。
本当に分からないんだよ」
気がつくと、人々はフレイの導きに従い、徐々に移動を始めていた。
これほどたやすく人が動くのも、彼女の声のなしうる技か。
静かにサイを振り返る彼女。
炎の照り返しで、その頬は真っ赤に染まっているように見える。
サイはその身体を支えながら、語り続けた。
「きっと、色々な理由があるんだと思う。だから──
帰って、話そう。
ティーダのこと、キラのこと、トールのこと……アマクサ組のことも。
話せるところまででいいから、話してくれ」
「トールの警告を忘れたか? 知れば、お前は確実に殺される。
いや……ただ死ぬより、さらに酷い目に合う」
そう言ったきり、フレイは動かない。
「言ったろ。
話せるところまででいい、って」
フレイが反駁するように口を開きかけた、その瞬間──
彼らを守るように、ウィンダムが轟音を響かせながら上空から降りてきた。
山神隊・広瀬少尉の声と共に。
《時澤から聞いた!
アーガイル、アルスター嬢は無事か!》
「広瀬少尉!」
文字通り、サイたちにとって天の助けだった。
広瀬の声はさらに響く。
《暴走ダガーどもは8割がた鎮圧を完了した、あとは消火作業だけだ。
カラミティが必要以上に暴れ狂ってくれてな、全く気楽なもんだったよ……
あの、馬鹿が!》
ちっとも気楽でなさそうな広瀬の言葉を聞きつつ、サイは咄嗟にフレイの前に出る。
風圧から彼女を庇うように。
「フレイをすぐに収容してください!
それから、俺をティーダのもとへ連れていってください!」
「何だって?」
二人を収容するべくコクピットを開いた広瀬は、サイの言葉に一瞬戸惑う。
「ティーダが無断出動したのは知っているが……
アルスター嬢。その怪我は?」
フレイの傷を見やる広瀬。
それに気づいた彼女は、その視線を跳ねのけるように声を張り上げる。
「構わぬ、治療ならコクピット内でも出来る。
それより今は……ティーダだ」
「お願いします。
ティーダのもとに、おそらくナオトもマユもいるはずです」
その言葉を聞いて、広瀬もサイに目配せした。
「分かった。
ナオト・シライシについては、自分も正直気がかりだった……急げ!」
──負けない。マユ……僕は、負けない。
一緒にずっと、こんな痛みに耐えてきたんだ。だから……
もはやナオトの全身は少しずつ切り刻まれ、上着の残骸は赤黒く変色し肌に貼りついていた。
それでも彼の意思は、必死でまだ生きていた。
いきなり両手首のロープが外れる。ちぎれたのではなく、明らかにわざと切られたのだ。
そのまま、下の小さな支流へとナオトの身体は落ちかける──
膝が泥に埋まり、ふらりと前のめりに倒れかかる。
だが前髪を無造作に掴まれ、無理矢理上半身を引き上げられた。振り上げられる刃──
そのままなす術もなく、まともに撫でるように切られる左肩。
今度は布と一緒に皮膚が大きく削がれ、真っ赤な肉が露出した。
「ああああぁ、うあああああああ……!!
こん、ちく……しょう……っ!!」
一瞬後に噴き出す血。土の上に投げ出されるナオト。
──僕は、負けな……
遠くなる意識。
靴で転がされ、仰向けにされる身体。
顔の上から降ってくる水。
上半身を起こす力さえ、もう彼には残されていなかった。
──バカね。
どうしてこんなことになったか、貴方、何も分かってないじゃない!
ナオトの耳に、今ここにいないはずの女性の声がおぼろげに聞こえる。
自分を叱咤する声。
「ミリィ……さん……?」
──分かっているはずよ、貴方は。本当は誰が一番悪いのか。
ちゃんと見なさいよ……ホント、無駄に大きな目、してるのね。
続いて、また違う声。
女性の、凛とした声だ。
──私たちも、君を助けることは出来ない。君自身が、助けを拒絶しているから。
ナオト・シライシ……よく見るんだ。君に手を差し伸べている者たちを!
アスハ代表──僕には、誰もいませんよ。
メルーもフーアさんもアイムさんも真田さんもネネさんも、優しい人はみんな、死んでしまったんだから。
男たちの靴音が再び、周りを固めていく。
血まみれの右腕が、引っ張り上げられる。
炎を背にした男たちの表情はまるで見えないが、嗤っていることだけは確かだ。
そこに重なる、青年の声。
ずっと尊敬していた、英雄の声。
──どうして君はずっと、耳を塞いでいるの?
誰の声も聞こえないよ、それじゃ。
「キラさん……」
そこにいるのなら、助けてよ。
訳の分からないことを言っていないで、助けてよ……
そう呟きかけたその時。
男の一人が0.5リットルほどのアルコール瓶のような、濃い茶色のガラス瓶を差し出した。
大丈夫か?
まだ死なない、大丈夫だ。
こんな程度で死ぬものか。何たってこのガキは──
こんな意味の言葉が、ひどい訛りで囁かれている。
瓶のキャップが外され、中の液体が落とされた。
ナオトの左ふくらはぎに向けて。
無色透明のその液体は、どろりとした粘り気をもって、きれいな垂直の軌道を描きながら、脚に落ちていく──
それが脚を濡らした瞬間、まだへばりついていた着衣と泥が、煙を噴いて溶け出した。
ナオトの皮膚と共に。
「うあ、あ、あ、ぎゃあああああぁ!!
ああああああああああイヤだぁあああああああうああああぁ、ああああああアアアアアア
誰か、誰か助けて!!
誰か、誰か、お願いだから誰か助けてぇえええええ!!!」
溶けていく。泡を噴きながら、布切れと一緒に肉が溶けていく。
既に傷つけられていた切り口にも薬液は入り込み、それは痛みを数倍以上にも増強させ、少年の最後の意地とプライドを奪いにかかった。
肉を溶かし、神経を焼ききり、骨まで痛めつける液体。
それはどの暴力よりも強烈に、ナオトを苦しめていく。
「う、うぁ、あああぁあああああああぁああああっ……もうやめて……
お願い、もう、やめてください……おねがいだ……うぁ、あ、ああああああっ」
いつしかナオトの右目からは、はばかることなくぽろぽろと涙が溢れ出していた。
血だらけの唇から、絶対に漏らすまいとしていた言葉が、溢れる。
「……ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……
だから、もう……許し……て……」
無意識のうちに両手で右足を抱え込み、痛みを和らげようとする。
肋骨にまた、男の靴が乗せられた。
──ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……
全身を走る熱い痛みの中で、それだけを呟き続ける。
誰に? 勿論、こんな奴らにじゃない。
僕が、本当に謝らないといけないのは……
──大きすぎる力は、君を壊す。
──泣いてくれなきゃ、どうしようかと思ってた。
──偽りを演じながら14年も生きてきたのなら、それは偽りじゃない。本質だよ。
──君も、マユを信じたいはずだ。それだけ言いたかった。
──私、貴方のこと知ってるよ。
──会いたかったっ、ナオト!
──マユは、ナオトとずっとティーダに乗りたい。
懐かしさすら感じる声が、ナオトの中でこだまする。
あぁ……僕は、忘れていた。忘れようとしていた。
ずっと、僕を支えてくれた人を。
ずっと、僕と一緒にいてくれた女の子を。