【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part7 降臨する『太陽』

 

 

 ……そうだ。

 僕は、謝らなきゃいけなかった。

 サイさんに。そして、マユにも。

 散々迷惑かけた、みんなにも。

 サイさんはずっと、僕のことを考えて助けようとしてくれていた。どうして今になって、僕は気づいたんだろう。

 一緒にフレイさんの記憶を取り戻そうって、約束したのに――

 それすら守れずに、僕は船を飛び出した。

 反抗してばかりで、何の役にも立てなくて。

 しまいにはサイさんを殴りつけて、逃げ出した。

 

 

 それに僕は……マユに、一体何をした? 

 マユだって、あんなに僕のことを心配してくれたのに。

 メルーのマフラーを持ってくるなんて、今までのマユならありえなかったのに。

 それなのに僕は、マユを疑った上に、ひどいことをした。

 あのお守り──どこへ行った? 

 あれだけは、みんなの魂だけは、絶対に……

 

 

 また浴びせられる汚水。

 咳き込みが激しくなったが、その胸さえも軽めに蹴り上げられた。

 びしょぬれのまま、何とか頭を回す――

 

 と、1メートルほど右前方の石畳に、泥まみれになった小さな布袋が見えた。

 血が飛び散り、白かった布地は半分がた赤く染まっている。

 ネネが作ってくれたお守り──

 

 ナオトは手を伸ばす。

 あれだけは。あれだけは、死んでも守らなきゃ! 

 

 血まみれの右手が、お守りに伸ばされる。

 肩と脇、肋骨に走る激痛。

 傷口が開き、血液が流れ出す。

 溶かされた足は動かず、ナオトは倒れたまま必死で身体を引っ張るしかなかった。

 

 

「う……うああっ………

 うお、あ、ああああああ!」

 

 

 どんなに僕が痛めつけられてもいい。全身溶かされても構わない。

 あれは僕が最後まで、絶対に守らなきゃいけないものなんだ。

 フーアさんやアイムさんに何も出来なかった僕が。

 メルーを死なせてしまった僕が。

 ネネさんや真田さんに迷惑ばかりかけていた僕が。

 サイさんやマユを傷つけてばかりいた僕が

 ――たった一つ、出来ることなんだ。

 

 

 ──だが、その動きを、相手が見逃すはずもなかった。

 ナオトを靴で押さえつけていた男の目が、お守りへ向いたその1秒後

 

 ――大股で、ナオトの眼前に踏み込む革靴。

 伸ばされた右手は容赦なく、男の靴に踏み砕かれた。

 石の上で、手首と薬指の骨が、ほぼ確実に粉砕される。

 

「ぐ……

 ぎゃあああああぁあああああああああああっっ!!!!!!」

 

 さらに男の体重のほぼ半分が、少年の手首に乗っていく。

 全身を貫く痛みに耐えながら、ナオトは左手で男の足をどかそうと、決死の抵抗を試みる。

 その喉から、彼自身がその支えを拒絶に拒絶してきた者たちの名が、遂に空を裂く悲鳴となって溢れ出た。

 

「助けて……

 助けて、助けて、サイさん! マユ! 

 たすけて、たすけてえええぇえええええ!」

 

 ナオトを踏み潰したまま、男はお守りを取り上げる。

 泥で濡れたその布袋に、ライターが差し出される

 

 ──やめろ、やめろ、やめろ、やめてくれ! 

 

 男の手元から放たれ、布袋に燃えうつる炎。

 

「やめろおおおおおおおおおおおおぉああああああああああああああぁあぁあぁあぁああぁああああぉああああ!!!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 その瞬間──

 天空に、光が満ちた。

 

 

 

 

 

 

 途切れそうな意識の中、ナオトは見た。

 光り輝く巨神が、黒い空と炎の河の間で浮遊している光景を。

 それは、ナオトが見慣れていたはずの鋼鉄の兵器。

 太陽と同じ輝きと名前を持つ、アマミキョの守り神。

 炎の街に舞い降りた、白銀の光を纏った神──ガンダム・ティーダ。

 

「な、何故だ。

 どうして……あのモビルスーツが?」

 

 突然のことに驚愕した暴徒たちは、ナオトを踏んでいる足もそのままに、茫然と空を見上げている。

 火のついたお守りが、男の手から落ちた──

 

 ナオトは思わず、まだ自由になる左手を伸ばす。

 状況はさっぱり分からないが、ともかく、守らねばならないものは目の前に転がっている。

 濡れたお守りについた火はなかなか燃え広がらず、端からちょろちょろと小さな炎を上げていた。

 一瞬も躊躇することなく、左手でそのお守りを掴んだ。

 

「ぐ……っ」

 

 凄まじい熱さが、手のひらを焼いていく。

 ナオトの指の間から漏れる、黒煙。

 だが少年はそれを、無意識のうちに胸元へ抱え込んだ。

 手のひらで火は消えたものの、布袋はまだ熱くナオトの胸で燻り続ける。命を焼く音と共に。

 

 ──メルーは、こんなものよりもっと痛かったはずだ。

 いや、痛みすら感じられずに、メルーは……

 

 そこへ響いたものは。

 

 

「ナオトを、踏んだよね」

 

 

 まだ幼い少女の、静かな声。

 

 

 太陽の化身を背にして、小さな黒髪の少女が立ちはだかっていた。

 見慣れたリボンつきのブラウスと、紅のミニスカート。先端を結わえた長い黒髪がはためく。

 少女は大きなウサギの縫いぐるみを抱いて、光の河原に立っていた。

 

「貴方たちは、ナオトを傷つけた」

 

 少女の唇から流れる、呪詛にも似た言葉。

 

「ナオトだけじゃない。たくさんの人を傷つけた。

 メルーやネネ……フーアさんやアイムさんって人まで」

 

 光を背にして歩いてくる少女は、両手に抱いたウサギを、ゆっくりと正面へ差し出した──

 

「人を傷つけちゃ、いけないんだよ」

 

 5発ほどの、乾いた撃発音。

 同時に、男のうち3人が頭から血を噴出し、仲良くどうと倒れていく。

 ウサギの首につけられたリボンの部分から、銃口が覗いていた。

 

 残りの暴徒はこの光景を前にして、悲鳴を上げて駆け去ろうとする。

 だが逃げていく男の頭すらも、少女は正確に撃ち抜いた。

 

 ナオトが見たこともない憤怒で満ち満ちている、彼女の表情。

 一瞬にして、動くものがいなくなった河岸──

 その中でティーダだけがこうこうと輝き、河へと降りていく。

 盛大な飛沫と共に、さざ波がたった。

 

 ゆっくりとナオトを振り返る少女。そこに、いつもの能天気な笑顔はない。

 痛みをこらえてお守りを抱きかかえている少年。その頭のあたりに、少女はぺたんと腰を降ろす。

 ウサギが音もなく横に置かれた。

 

「マユ? 

 どうして、君が

 ……っ、ぐっ……ごほっ」

 

 ナオトは喋ろうとして、胸の痛みに咳き込んだ。

 畜生、顔をろくに上げることすら出来ないなんて。

 

 

 マユ・アスカが──こんなに近くにいるのに。

 もう絶対に触れられないと思っていたマユが、すぐそばにいるのに。

 

 

「ナオト、ごめんね。

 人を殺しちゃ、いけなかった?」

 

 マユは静かに、ナオトの血まみれの左手を両手で包んだ。

 

「ごめんね。

 私、ナオトのことが分からなくて。

 私、ホントは、誰かを今のナオトみたいにするのが、楽しかったの。

 人の血をたくさん出したら、とっても褒められたから、かな」

 

 ナオトは黙ったままだ。

 もっと触れたいのに、指がそれ以上動かない。動かそうとすると痛みが走る。

 

「でも、ナオトはそれは違うって言った。怒ってた。

 それが、分からなかったの」

 

 マユはゆっくりと彼の手のひらを返し、握りしめられたお守りを見る。

 

「痛いから、苦しいから、血を流すのは気持ち悪い。

 ナオトがこうなって、私もなんだか、すごく痛いよ。

 でも、どうしてだろ……」

 

 焼けて動かない手を、マユの柔らかな肌が撫ぜていく。体温が伝わってきた。

 

「ごめんね、ナオト。

 今でも私、嬉しいの。ナオトを見て、すごく嬉しいと感じたの。

 ──だって、ちゃんとメルーのマフラー、守ってくれた」

 

 マユは雛鳥でも撫でるように、ナオトの手のひらを開く。

 燃えて破れた布袋の裂け目から、桜色の爪と──紅のマフラーの、僅かな残滓が覗いていた。フーアとメルーの魂の欠片は、確かにそこに残っていた。

 

「ナオトはメルーを、ちゃんと持っていてくれた。

 必死で、メルーを守ってくれた。

 とてもカッコよかったよ。だから、嬉しかった」

 

 ナオトの手を、そっと自分の頬に当てるマユ。

 汗でもなく血でもない、暖かな水の感触がナオトの焼けた手のひらに伝わった。

 塩分のしみる、かすかな痛みと共に。

 

 

 ──これは、涙なのか? 

 

 

 ナオトは思わず顔を上げた。

 愛しい少女が、目の前にいる。黒曜石のように大きな綺麗な瞳。

 二つの眼球は今、潤みながらナオトだけを見つめていた。

 

 ──マユが、泣いてる? 

 僕を見て? 

 

 ひどい後悔が、ナオトの心を切り裂いていく。

 マユから目を背け、うずくまったままの肩が震えだした。

 恥ずかしかった。こんな状態の自分をマユに見られることが──

 足はまだ煙を噴いている。

 全身を汚され切り裂かれ、少し前のマユなら彼女の言葉どおり、「血祭りだ!」などと騒いでいただろう。

 今の今まで、ナオトはそんな侮辱を覚悟していた。だが――

 

 彼女は確実に、変化していた。

 血を見てはしゃいでいた彼女はどこにもおらず、今マユはナオトを癒そうとし、涙まで流している。

 

「ナオト──

 私、なぐさめるよ。こうすればいい?」

 

 ナオトの頭に優しく手を置くマユ。

 ゆっくりと不器用に幼い手が動き、こびりついた泥を落としていく。

 

 あぁ──こんなことすら、僕は分かっていなかった。

 マユがとっくに、血を喜ばない普通の少女になっていたことすら。

 これほどまでに君を理解していなかった僕を、ここまで情けなく倒れた僕を、君はカッコいいとまで言ってくれた。

 

「ごめん……マユ」

 

 ナオトは毒水と一緒に血を吐きながら、それだけを呟く。

 マユのきょとんとした声が降ってくる。

 

「どうして、あやまるの?」

 

 僕はずっと、君に怒ってた。

 君のことが分からないままの癖に、君のことを知ろうともせずに、君を怒ってた。

 君はずっと、僕を知ろうとしてくれていたのに。

 僕は君を殺そうとまでして、傷つけて、逃げた。

 本当に悪かったのは、僕自身だった──

 

 こう伝えたいのに、ナオトの唇からはかすれ声と血の塊しか出ない。

 やっとのことで呟くことが出来たのは、たった一言だけ。

 

「……本当に、ごめん」

 

 それだけ言い切ると、ナオトの意識が急速に遠くなる。

 どこからか聞こえてくる、マユの悲鳴。

 彼女の悲鳴なんて、攻撃された時以外で初めて聞く──

 そう思った時、ナオトの感覚は闇の中へ沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 サイとフレイを救出した広瀬のウィンダムは、ようやくティーダに追いついた。

 フレイをウィンダムに残し、サイは急いでウィンダムの掌部分から河岸へ飛び降りる。

 河の中央で静止したまま、巨神の輝きは、まだ落ちてはいなかった。

 

「黙示録が発動寸前だ……

 フェーズ3か?」

 

 ティーダの光を頼りに、周囲へと目をこらす。

 ほどなくサイは、マユの背中を見つけた──

 河原で血を流して倒れている、男たちの向こうに。

 

 ――何があった、一体? 

 

 酷く嫌な予感に、サイは河岸を走る。

 血だらけ泥まみれで倒れている誰かにすがりついたまま、マユは泣きじゃくっている。

 あの娘が泣きじゃくるなんてことが、今まであっただろうか? 泣きじゃくらせるほどの何かがあったのか。

 そして──マユのもとに到着すると同時に、その疑問は氷解した。

 

 

 

 瞬間――

 サイの中で、何かが切れた。

 

 

「何てこと……しやがる」

 

 

 ──それが、サイがナオトに再会しての第一声だった。

 川で溺れたのかと一瞬勘違いしかけたが、すぐに違うと分かった。

 

 

 左目がどこにあるか分からぬほど、腫れ上がった頬。

 かまいたちにでも出くわしたかのように切り刻まれた胸に、両腕。

 右手首はありえない方向へ折れ曲がり、右ふくらはぎに至っては着衣もスニーカーもべっとりと溶かされ、蝋のように皮膚と一体化しつつあった。

 全身が泥で濡れており、ワイシャツは赤黒いボロ布のように肩から垂れ下がっている。

 両袖はきれいに引きちぎられ、剥き出しになった左肩は激しく出血していた。

 

 

 ――明らかに、故意の暴力による傷ばかりだ。

 何があった。一体、何があった! 

 

 

 

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