【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
サイの気配に気づいたのか、マユが慌てて振り向いた。
涙で真っ赤に潤んだ大きな眼。
「サイ!
お願い、何とかしてぇ! ナオトが、ナオトが動かないよぅ!
私じゃどうにもならないの! お願い、ナオトを助けてぇ!!」
マユは泣きながら、ナオトの血だらけの手を自分の頬に当てていた。
「どうしたの、どうしたの!?
ねぇ、ナオトぉ!」
「大丈夫だ」
何が大丈夫なものか。そう心中で毒づきながらも、サイはマユの肩を押しのけてナオトの身体を抱き起こしかかる
――途端、小さな悲鳴と一緒に、ナオトの口から血と毒水が溢れた。
背中に当てた手を改めて見ると、べっとりと血で染まっていた。
一日に俺は何回、同じ場面を見るハメになるのだろう。
しかもどうやら、あばらまで折っているらしい──
「マユ!
材木持ってこい、ナオトの腕と同じぐらいのヤツだ!」
叫びながら、サイはナオトをもう一度ゆっくりと仰向けに土の上に降ろした。
通信機に向かって怒鳴る。
「広瀬少尉!
救急セット、お願いします。それから出来るだけきれいな水も!」
心拍を確認する。
呼吸も脈もあるが、肺はぜいぜいと嫌な音をたてて唸っていた。手持ちの救急セットはフレイに使ってしまって既に無い。
サイは自分の左袖を引きちぎり、ナオトの身体を拭き始める。
傷口を一つ一つ確認してみると、左肩の出血と手首の骨折、左ふくらはぎの火傷以外の傷は皮膚を掠めた程度で、それほど深くはない。
切り傷は動脈までは達しておらず、急所は全て外されている。
痛めつける前提での暴力か。
下腹部まで暴力が及ばなかったことだけが、不幸中の幸いだろうか──
そう考えた瞬間、サイの中で猛然と怒りがわきあがる。
――何が幸いだ。
何があったか知らないが、たった14歳の幼い少年に、ここまで苛烈な暴力の嵐が吹き荒れて、一体何をもって幸いなどといえるのか。
マユから手ごろな木切れを渡され、サイは自分のネクタイでナオトの手首と木切れを固定した。
通信機からはひっきりなしにアマミキョからの通信が響き、それに対応しながら布きれでナオトの身体を丁寧に拭いていく。
「L17の連絡が不能? じゃあ汎用の修正バッチを使って、L19まで何としてでもつなげるんだ。でないと避難経路が2つも途絶する……
L62の状況は? じゃあアストレイを2機、空き次第至急回せ」
すぐに布は汚れ、使いものにならなくなる。
サイは反対の袖口も切り裂き、ナオトの左肩の傷にあてがった。
「頑張れ……もうちょっとだけ頑張れ、ナオト。
今すぐ助けるから。絶対助けるから!」
ウィンダムから降りてきた広瀬も、ナオトの状態に少なからず衝撃を受けていたようだが――
それでも淡々と冷静に動いた。
「アルスター嬢は心配ない。意識はしっかりしている」
それだけ言うと、広瀬はナオトの足の応急処置にかかった。タオルで足を覆い、上から救急用の水をかける。
「ハーフだから……かよ」
サイにだけようやく届くような呟きが、広瀬の口から吐き捨てられた。
岩のようになっているナオトの左目に濡れたガーゼを当てながら、サイはまだ通信を続ける。
「ティーダはこちらで確認した……いや、黙示録発動までは至っていない。
それより、エリア23のヘリポートの状況は? まだ使えないならルートGを使って負傷者を搬送しろ。トニー隊長は?」
ガーゼの冷たさに気づいたのか――
ナオトはようやく、ぼんやりと薄く目を開く。
「サイ……さん?」
いつもの大声からは、想像も出来ないかすれ声。
サイは動揺しながらも、何とか笑顔を作った。
「良かった……ナオト、もう大丈夫だ。
すぐ運ぶから、ちょっと我慢してくれよ」
包帯で頭のガーゼを固定したが、ナオトはその手をどけて自分で起き上がろうとした。
自分を叱ってくる親の手から逃げようとする赤子のように。
「おい、無茶するな! あばら折れてるんだぞ」
「平気です。
……殺されたわけじゃ、ないんだ」
まだ動く左手で上半身を起こし、ナオトはサイたちをよけるようにして後ろの岩にもたれかかる。
酷い雑音と共に、再び怒鳴り声が聞こえてくる通信機。
《サイ君! 機体も人手ももうカッツカツもいいトコだぞ!!
いっそグフに、ナチュラル用OSを……!》
「いや、さすがにまだ早いです隊長!
護衛用にとっておいてください」
そんなサイと視線を合わせようとせず、じっと自分の状態を眺めて──
ナオトは、その場の誰もが予想しなかった反応を示した。
「……あははっ。
もう、参ったなぁ」
血まみれの顔のまま、ナオトは笑い出したのだ。
それも、とびきりの笑顔で。
「こんなに痛いの、久しぶりだよ」
あぁ──忘れていた。サイは愕然とする。
あの工場の時と同じ、全てを拒絶する満面の笑顔が、そこにあった。
そうだ――この子供は、マユやメルーといった他人が傷つけられると烈火のごとく怒る癖に、自分が傷ついた時は笑い飛ばそうとする。
そうやって、ずっと生きてきたから。
「やだなぁサイさん、そんなにじろじろ見ないで下さいよ。
結構、恥ずかしいんだから」
ナオトはぼろぼろになった自分の状態を眺めながら、笑い続ける。
「あーもうっ、ホントひっどいことするよなぁ。この服、嫌いじゃなかったのに。
フーアさんにも、可愛いって言われてたのになぁ」
明るい口調で言いながら肩で息を続け、左手はお守りを力いっぱい握りしめたまま、ひどく震えていた。
そんなナオトを見て、広瀬が無言でサイから通信機を奪い取る。
そのまま広瀬はその場から離れ、通信を続けた。
「トニー隊長か?
現在アーガイル副隊長は負傷者を救出中だ、用件は自分が受ける」
不安げに駆け寄ってくるマユ。
「ナオト……どうしたの?
痛い時は、泣くんでしょ?」
それでもナオトは、けたけたと笑っていた。
「ぶかぶかだろってアイムさんにはからかわれたけど……
でも、フーアさんは成長するからこれでいいんだって言って……
すごく幸せだった。それまで、褒められることなんて、めったになかったから」
笑いながら、ナオトの身体は小刻みに震えていた。
咳き込みながら無理に出した声は、酷くうわずっている。
「楽しかったなぁ……すごく楽しかった。
あは、今からでも戻れないかなぁ、フーアさんたちのところ」
発熱でも始まったのか。夢見る目つきであさっての方向を見ながら、ナオトは痛ましいまでの心の防御を続ける。
俺は──土足でもいい。
今、踏み込まなければいけない。
「……馬鹿野郎」
サイは嗚咽を隠せないまま、虚しく笑い続ける少年を両腕で、力の限り抱きしめた。
血に濡れて冷え切った身体の感触が、直接伝わってくる。ひどい泥の悪臭が鼻をついたが、構わなかった。
今俺が抱きしめずに、一体誰がこの、発狂寸前の子供を抱きしめられるんだ!
「ナオト。泣いていいんだ。
怒っていいんだ、叫んでいいんだ。
ここで耐えるのは、強さなんかじゃない」
いつかの工場で、同じ笑顔を見た時──
あの時言えなかった言葉を、サイは一言一言確実に、ナオトに伝えた。
俺は、こう言える資格を取り戻した。つい数時間前に。
「サイさん? な、何言ってるんですか……
僕は別に、なんともないですよ。
あんな奴らに……心だけは、負けるわけ、ないじゃないですか」
そう言いながらも、ナオトの傷ついた背中がしゃくり上げる。
「……そうだよ。
僕は、決めたんだ。もう、負けないって……」
俺は、守らなければいけなかった。
どんなことがあっても、守らなきゃいけなかった。
強情で意地っ張りで、突拍子もない行動ばかりだが、本当はひどく傷つきやすい心を抱えた子供を。
「僕は、心だけは、折れるつもりなんか
……だから」
そこから先は、もう言葉にならない。
喉が詰まり、声が消えていく。
「痛かったら、泣こうよ。
ね、ナオト」
マユがナオトの左手をとり、胸に抱えた。
必死で歯を食いしばっていたナオトだったが、やがて喉から嗚咽が漏れ始めた。
まだ輝き続けるティーダのそばで、少年の呻きは次第に高まっていく。
サイは何も言わずに抱きしめ、マユは手を握り続けていた。
そしてこぼれた言葉は、謝罪。
「……サイさん。
ごめんなさい」
「何で謝るんだよ。俺のほうだよ、謝るのは……
駆けつけるのが遅くなって、本当に悪かった」
ナオトは静かに頭を振る。
「僕は、フレイさんの記憶を取り戻すって約束したのに、何も出来なくて……
サイさんにも、マユにも、ひどいことをした」
「いいんだ。フレイのことはもう、いいんだ。
全部じゃないけど、今日で色々分かった。
さすが星祭りだな……想いを伝える祭りか」
「え?」思わずナオトは顔を上げる。
大きく見開かれた右目から、涙が落ちた。
「どうして……」
「帰ったら話す。ティーダと星祭りが、俺たちの想いを伝えたんだ。
お前のおかげだよ」
サイの優しい言葉に、ナオトの嗚咽が止まらなくなる。
肩に巻かれたサイの服の切れ端の上に、ぼろぼろと涙が落ちていく。
「……ごめんなさい」
「だから、何で謝るんだよ。
もういいんだって」
マユが微笑む。涙の跡を隠さないまま。
「やっと泣いたね、ナオト」
サイは傷に気をつけながら、ナオトの背中をさする。
「確かに俺は、頼りないかも知れない。
キラや代表やフレイやお前みたいに、モビルスーツで戦うことも出来ない。お前をティーダに乗せちまったのは、俺なのにな。
楽しいことも出来なくて、いらつかせるばかりで、本当にすまない。
──だけどさ、忘れないでくれよ。
俺はお前がいなくなったら、すごく悲しい。
お前が無茶をやって何かあったりしたら、悲しむ人間がここにいるんだ。涙を流す人間が、ここに確かにいるんだよ。
それだけは、頼むから忘れないでくれ」
その言葉で──ナオトの中で、何かが切れた。
精一杯せき止めていた感情が、爆発する。
次から次へとこぼれ落ちる涙は抑えようもなく、嗚咽は次第に叫びに変化していく。
「う……あ、ああああ……
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!
本当は、すごく痛かった、苦しかった、悔しかった……怖かった。
本当に、怖かったんです……う……う、うあああああああぁああああああ!」
恥も外聞もなく、いつしかナオトはサイの胸で、声の限り号泣していた。
妙にプライドが高く正義を曲げない意地っ張りの少年に、ここまで酷く弱りきった言葉を吐かせるとは──
どれほどの暴力が、叩きつけられたのか。
サイは改めて、血を流して動かない下衆どもを眺めた。
こんな男たち相手では、ナオトなど、翼をもがれた小鳥同然だったに違いない。
砲撃の音は次第に遠くなり、空の炎が次第に闇に覆われていく。
黒い雨が降り出した──
それでもティーダは輝きを消さないまま、少年たちの前に静かに佇んでいた。
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次回予告
傷ついた少年の為、そして自分の為に。
彼女の真実に、さらに踏み込んでいくサイ。
別れの日を前に、不器用な二つの魂は、遂に触れ合う。
だが、同時に起こった小さな事件は、アマミキョのその後の運命を決定づけてしまった。
次回、機動戦士ガンダムSEED Revelation
「俺は、君が好きなんだ。」
蒼き月の下、添い遂げるか。ガンダム!