【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
part1
星祭りに乗じた暴動が鎮まり、約24時間後の深夜。
ベッドの上で、フレイはゆっくり目を醒ました──
紅の非常灯しかついていない暗がり。
枕元に寄せられた椅子には、制服姿に戻ったサイが、きちんと膝を揃えて座っている。
時刻は午前2時を過ぎていた。にも関わらず彼はきっちり起きていて、フレイの様子を見ている。
「どうだ? 傷の具合は」
にこりともせず口にするサイ。
「治療を受けてから、ずっと眠ってた。
さすがに心配だったよ」
部屋に響く、感情のこもらない声。
「ここは……ハラジョウか」
フレイは身を起こす。
少し胸をはだけた薄桃色の病院着。だが今その胸元は包帯で覆われていた。
解かれた紅の髪が、青白く浮き上がった鎖骨のあたりを流れる。
サイは静かに背中を支えた。
「そう、君たちの作業艇。救護室らしいな」
「よく入れたな。私の命でも盾にしたか」
視線を合わせず言ってのけるフレイに、サイも抑揚のない言葉で返す。
「バカ言うな……きちんと話したら、通してもらえただけだ。
尤も、何見られようが構わないってだけかもな。俺はもうすぐ死ぬから」
「バカを言っているのはそっちだろう」
自嘲的に笑うフレイだったが、サイは口の端を上げる程度の笑いすら一切見せず、立ち上がった。
「歩けるようなら、言ってくれ。
来てほしいところがある」
PHASE-27 俺は、君が好きなんだ。
サイがフレイを支えながらやって来たのは、医療ブロック。
強化ガラスで仕切られた集中治療室──その前の廊下だった。
二人の向こうのベッドに横たわっているのは――
全身をほぼ包帯で覆われ、呼吸器に繋がれチューブだらけになり、苦しげな息を繰り返す、傷だらけの少年──ナオト。
他に誰もおらず、非常灯とモニター以外に光を発するものもない、うす暗い廊下。
天井あたりにある窓から覗く空は、どんよりと曇ったまま。
フレイを椅子に腰掛けさせたサイは、彼女に背を向け、ガラスごしにじっとナオトを眺める。
「救出直後は会話が出来たから、大丈夫かと思ったが――
すぐ意識が混濁した。
頭部打撲に右手首骨折、ふくらはぎに2度の熱傷。肋骨も2本やられてるそうだ。
スズミ先生が確認したところ、刃物による切り傷が14箇所」
疲れきり、感情を交えるエネルギーもないようなサイの声が、廊下に流れた。
「最大の問題は──汚水を大量に飲まされたらしい。
喉から肺、胃にかけてひどい炎症を起こしてる。熱もひかない。
ここ数日が勝負だそうだ」
「マユ・アスカは?」
「あの後からずっと寝てるよ。
相当脳神経を酷使したんだろう……アマクサ組に引き取ってもらった」
サイはフレイに背中を向けたまま、ひたすらナオトを見ているだけだ。
その唇から、呻きのような言葉が漏れる。
「……これは、俺の無力の結果だ。
元はといえば、ナオトをティーダに乗せたのは俺の言葉だ。
だからこそ、俺はあいつを何があっても守らなきゃいけなかった。キラと同じ目には遭わせたくなかった。
──なのに!」
そこから先は言葉にならない。
ただ、ナオトの苦しげな呼吸音だけが、微かにガラスを通じて伝わってくる。
フレイは立ち上がり、サイの横顔をのぞきこむようにして語りかけた。
「サイ、お前だけのことではない。
ナオト・シライシを乗せ続けた私にも、当然責任はある。
だからお前は、私をここに呼んだのだろう?」
サイは今にもガラスを叩き割らんばかりに握り拳を固めていたが、決して暴れず、涙も見せなかった。
「違う──君は、悪くないよ。
もし君に罪があったとしても、そこには何らかの理由があるはずだ」
「今日は随分と聞き分けがいいな。
どうしてそう思う?」
「そう思ってしまえるんだ。
あの時、君の心をほんの少し見てから」
沈黙が二人を支配する──
船のどこかから、作業用ドリルの金属音が響いていた。
やがて、サイはそっとフレイを振り向く。
「ただ……教えてほしいんだ。
ナオトを、ティーダの呪縛から解放する術を。
既にナオトとマユは、ティーダを自らの意志でリモート・コントロール可能になってしまった。
ただパイロットの権限を外すだけじゃ、恐らくもうナオトもマユも、ティーダから引き離せない。
最悪、ティーダを破壊でもしない限りは」
するとフレイはその問いに対し、淡々と答え始める──
「もう分かっていると思うが……
ティーダとアマミキョのシステムは、リンクされている」
平静すぎるほどのフレイの言葉。
だがそこにはサイが初めて知る、衝撃的な事実も含まれていた。
「リンク……って?」
「ティーダを無闇に壊せば、船への影響は避けられない。パイロットのみならず、アマミキョ乗員の精神崩壊に繋がる危険性すらある──
本来、アマミキョはティーダ運用の為の、実験船なのだから」
「──何だって?」
「インドからの技術班に期待するしかあるまい。
ナオト・シライシと縁ある者もいる」
サイは慌てて、フレイの言葉を止める。
「待て。待ってくれ……
何だ、その実験船ってのは? この船はティーダの為に造られたものだと?」
フレイは哀れみすら籠もった目でサイを見やりながら、言葉を継いだ。
「不思議には思わなかったか?
何故、ティーダの黙示録を目撃することで他人の顕在意識を、一時的にでも垣間見ることが出来るのか。
何故、アマミキョに乗った者にその傾向が顕著に現れるのか」
「それは……そりゃ何度も、変だとは思ったよ。
だけど俺には、いくら考えても分からない。黙示録を何度も繰り返し目撃することで、人の心がわずかでも見えるようになるとしか……」
「それも原因の一つではある。だが本当の理由は別にある。
アマミキョが、
サイはいつの間にか、まじまじとフレイを見つめていた。
いつも以上に、言っていることの意味が分からない。
「一応……
頭、もう一度ちゃんと診てもらうか?」
それはサイにとって、自分でも冗談か本気か分からぬ一言だった。
冗談にしてしまいたいが、冗談ではすまされない過去の現象が脳裏をよぎる。
そしてフレイの横顔──
どこからどう見ても、ジョークを言っている顔ではない。
「単に、搭乗者だけではない。
船に助けられた者、船を攻撃した者、この船に関わる者たちの意識全てを統一し、収束するのがシステム・アマミキョ──
いわゆる、全船監視システムの正体だ。
この船の力で、無数の意思は一つとなり。
その刹那、個々の精神の境界はほんのわずかだが、薄れる。
それらを『黙示録』なる物理的な力に変換するモビルスーツが、ティーダ。
パイロットはその媒介となる。パイロットが子供でなければならない理由もそこにある
──成熟しきった大人の精神では、多くの人々の心を包み込み受け流し、ティーダに伝播させることは出来ないからな」
初めて聞かされる、あまりにも信じがたい事実の羅列。
目の前の女は、どこぞのエセ宗教かぶれなのか。そうであってほしい──
しかしサイには、どうしてもそうは思えない。今まで現実で起こったこと全てが、フレイの言葉を実証しているから。
黙示録の発動時、あれだけ人の心が見えたのは何故だ。
あれだけ、自分の心が裸にされたと感じたのは何故だ。
俺はあのユウナとすら、互いに心を見せ合ってしまったじゃないか。
「だからあらかじめ、マユが選ばれていたのか。ティーダのパイロットとして。
だから、ナオトをパイロットとして使い続けたのか。
マユ一人では多くの人の心に耐え切れないから、もう一人の子供のパイロットが必要だった──それがたまたま、SEED持ちのナオトだったってのか。
君たちがそんな酷いことを続けるのも……
何か理由があるんだな。人の心を踏み台にして、子供を犠牲にしてもやらなければならない何かが。
人の心を覗くなんて、ファンタジーでしかありえないと思っていたよ」
フレイはそれには答えずサイから視線を外し、肩にかかった髪をかき上げた。
「だが、それももう終わる」
感情の籠もらない声。
光が見えない灰色の瞳が、ガラスの向こうで横たわる少年を見据えた。
「ナオト・シライシは今度こそ、ティーダと無縁になる。
お前は何もしなくていい。
そして、アマクサ組もアマミキョを離れ、アマミキョは役目を終える」
「どういうことだ……君たちが、離れる?」
「言ったとおりの意味だ。アマミキョ衛護の契約は、残り1ヵ月半で終わる。
アマミキョの守りは山神隊ら、連合軍に委任されることとなる」
「そんな……!」
またしてもフレイを責めそうになった自分を、サイは必死で押しとどめた。
アマミキョは救援船だ、戦艦ではない。今のような過剰な武装を持つこと自体がおかしかったのだ。
強すぎる力は、争いを呼ぶ──カガリの口癖が蘇る。
アマクサ組を奪われるのは痛いが、フレイやマユに血みどろの戦いを押しつけるよりはいい……
そう自分を納得させようとするサイだが、どうしても心のどこかで強烈な、拒絶の感情が渦巻いていた。
──このままだとチュウザンは、炎に包まれる。確実にね。
今度はユウナの言葉が頭を掠める。
既に暴発を開始しているチュウザン。こんな状況下でアマミキョが見捨てられるのか──
単純に、その理不尽に対する怒り。
だがそんな怒りと同時に、サイの中でもう一つ、強い感情があった。
それはそのまま言葉となって、喉から零れ出す。
「俺は──
君と、離れたくない」
その瞬間、フレイが意外そうな顔で振り返った。
「驚いたな。
副隊長ともあろう者の口から、そのような私的発言を聞くとは」
「ちっとも驚いてなさそうな声で言うな……でも、本当のことだ。
ナオトがこんなことになってるのに、チュウザンも酷いことになっているのに……
俺は、自分で自分が恥ずかしいよ」
サイはあくまで淡々とした口調を維持しようと努め、ゆっくりと想いを口にする。
「君は、フレイを騙っていた。
俺だけじゃなく、ナオトにもキラにも皆にも、君は酷いことをした。
君がいたことで、俺は殺されかけた
──なのに」
胸から溢れ出しかける感情。
慌てて一旦言葉を切る。
「……なのにどうしても、君のことが頭から離れない。
瓦礫を片していても、子供たちを教えてる時も。
リンドー副隊長の本を読んでる時も、通信してる時だって。
どんな時だって君のことが、頭から離れないんだ!」
冷静に話そうとしているのに、感情に任せて声は次第に荒ぶっていく。
もう、自分を止められない。
「俺は、君をもっと知りたい。君のことを、もっともっと知りたい。
どうして君はフレイなんだ。
どうして君はフレイじゃないんだ。
どうして君は、フレイになったんだ!」
サイが、そこまで心を曝け出した瞬間──
その言葉と感情を遮るように、背後から柔らかく甘い感触が、彼を押し包んだ。
多少不器用ではあるが、とても優しく。
もう何も言うなと言いたげに、フレイは、背後からサイを抱きしめていた。
背中ごしに感じられる、大きく柔らかな胸の感触。
サイはそれきり、彼女の腕の中で何も言えなくなる。
彼女もまた、何も語らない。
黙示録も何もなく、お互いの心のうちは見えない。
ただ、フレイが母鳥のようにそっと自分を抱きしめている──その事実だけが、歴然とそこにあった。
やがて、天井付近の窓から漏れてくる光。
ずっと曇天だった空が、不意に少しだけ明るくなる。
それは雲間から射し込んだ、か細い月明かり。
どれだけの時間、そうしていただろうか──
サイの眼前のガラスの向こうで、ふとナオトの瞼が動いた――ような気がした。
開こうとして頑張っているが、開けない。
目の前の光景を見ようとして、苦しげな痙攣を繰り返す少年の瞼。
「……駄目だ」
サイはゆっくりと、フレイの両手を肩から外した。
「ナオトが戻るまで、俺は君と想いを交わせない──
交わすべきじゃない」
そんなサイの意志を汲み取ったのか。
フレイも抵抗はせず、そのまま手を離した。
ただ一つだけ、言葉を残して。
「お前の気が向いたら、私のもとへ来い。
私は、いつでも待っている」