【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part5 ファースト・キス

 

 

「し……

 し、失礼しました!」

 

 とんでもない恰好のまま、サイとフレイはニコルにまじまじと凝視されていた。

 少年は白い頬を一瞬紅に染めてフレイを見、次いでサイに視線を移す。

 当然、汚いものを見るような目つきで見られるだろう──

 そう覚悟したが、意外にもニコルの目に軽蔑の色は混じっていなかった。

 勿論、大いに驚いてはいるようだったが。

 

「あ……

 サ、サイ……また制服の替え、用意しなきゃですね。

 在庫あったかな」

 

 慌てふためきながらも車椅子を動かし、笑顔まで作って部屋を出ていくニコル。

 フレイはというと──

 動揺ひとつせず、背を伸ばしてじっとニコルの動きを睨んでいた。

 その両脚は、サイをしっかりベッドに押さえつけたままで。

 

「な……

 何、やってんだ。一体」

 

 思わぬ来客でフレイの手からようやく解放されたサイは、破れた服を直しながら、そっと声をかける。

 昂ぶりは未だおさまらなかったが、それでも何とか話が出来る程度には冷静さが戻っていた。

 

「君は、別に俺から何か奪おうとする必要なんかない。

 いつでも待ってると言ったじゃないか、君は。

 だから俺はここに来たんだよ」

 

 フレイはニコルの去った扉から、じっと目を離さない。

 恥部を見られたにしては、あまりにも冷静すぎる態度だった。それもまた、「この」フレイらしいといえばらしいのだが。

 

「……知っていた」

 

 サイの言葉には答えず、フレイはぽつりと呟く。

 

「え?」

「あやつは、私が何をするか知っていた。あえて中断させたのだろう──

 このような方法は、間違っていると」

 

 サイを見もせずに、フレイは俯く。

 彼女の脚の力はいつの間にか抜けていた。

 絡んでいた女の脚からようやく脱出したサイは、大きくずれた眼鏡をかけ直しながら、フレイの横に腰かける。

 すぐそばに置かれた、彼女の手。

 戦闘ばかりにも関わらず、以前のフレイとほぼ同じに細い手首。整えられた爪。

 

 ――その手を、サイはそっと握りしめた。

 いつものこの少女に似つかわしくない、自信を失った小さな声でフレイは呟く。

 

「さっき、お前が言った通りだ。

 私はこんな方法でしか、他人から奪えない」

「どうして、そんな風に思いつめる? 俺は……」

「お前が愛しているのは、フレイ・アルスターだ」

 

 その横顔に、微かに笑みが浮かんだ。

 どこか自虐的な笑みが。

 

「そのフレイに成り代わった私を──

 フレイの名も身体も奪った私を、お前が許せるわけがないだろう」

 

 

 サイは気づいた──

 俺は今、絶対に、言わなければならない。

 

 

 一旦手を離したサイはフレイの両肩を掴み、無理矢理にでも正面を向かせた。

 それでも彼女は視線を合わせようとしなかったが、構わなかった。

 今しかない。今を除いて他はない。

 

「俺は、君が好きなんだ」

 

 一言一言、はっきりと、サイは言葉を紡ぐ。

 

「君がフレイになった裏にどんな理由があるのか、俺は知らないよ。

 だけど君は、ずっと俺を見てくれていた。

 俺を追いかけてきてくれた。俺を、ずっと守ってくれた。

 色んなことを背負っているのに、それでも俺を見てくれた。

 そんな君が──

 とても、可愛いと思ったんだ」

 

 その言葉によって

 ――フレイは初めて、顔を上げた。

 

 寒空の下の海とよく似た灰色の瞳が大きく見開かれ、頬がかすかに染まる。

 

 あぁ──この娘は、やっぱり本質は普通の女の子だ。

 今の顔なんて、何もなかった頃のフレイそのものじゃないか。

 

「か、可愛いだと? 私が?」

「そうだよ、君はすごく可愛い。

 君がフレイになった事実も含めて、俺は君が好きなんだ」

 

 彼女はまじまじと、信じられないものを見る目つきでサイを眺めていたが

 ――やがて深いため息をつく。その言葉を嘲笑するように。

 

「……お前はまだ、何も知らぬ。

 私がやってきたこと、私がこれからやることを知れば、お前は間違いなく私を憎む。

 お前の今の気持ちの分だけ、お前は私を憎む」

 

 かつて俺が、キラやフレイを憎んだと同じようにか──

 彼女の言葉を、サイは否定しなかった。

 

「それは、ナオトやアマミキョ……

 キラにも関係あることか?」

 

 フレイは何も答えない。それもまた答えか。

 

「人の感情なんて分からない。特に自分のはね……憎悪だって同じだ。

 だから今後、俺が君を憎まないなんて保障は正直、ないよ。

 今だって、こんな時に置いていっちまう気かって……ちょっと憎たらしいもんな」

 

 サイはゆっくりフレイの背中に両腕を回し、その右耳に囁く。

 意外なことに、彼女からの抵抗はなかった。

 薄いブラウスを通して、彼女の体温が伝わってくる。

 

「もしそうなったら──話、つけにいくよ。

 俺が君を憎くて憎くてたまらなくなった時は、話しにいく。

 何の理由があるのか、君に話を聞きにいくよ。

 その上で、俺はどうするか決める。2年前、俺はそれすら出来なかったんだ」

「馬鹿な……甘いことを!」

 

 フレイはばっと顔を上げ、髪を振り乱して叫ぶ。

 ちゃんと正面から俺を見てくれた──それだけで、サイは嬉しかった。

 

「トールの言う通り、私のせいでお前が死ぬかも知れないんだぞ! 

 それだけではない、私がお前を殺すかも知れない! 

 もっと酷いことなどいくらでも考えられる、あの方なら……」

 

 これほど感情を露にした「この」フレイは初めて見た。気のせいか、涙すら浮かんでいるようにも見える。

 

「あの方……って?」

 

 その問いにも、フレイは答えない。

 答えれば、俺も彼女も殺されかねないレベルの人物ってことか。

 

「――お前と、初めて会った時」

 

 しばらくの沈黙の後、フレイは話し始めた。

 両膝の上で、拳をぎゅっと握り締めたまま。

 

「お前の話は、衝撃だった。

 こんなお人好しが、この世にいるわけがないと。

 嘘だと思ったが、お前はそんな細かな嘘を言える顔ではないしな」

 

 キラとフレイとの、砂漠での話をした時か。

 あの時、一瞬「この」フレイが表に出てきたように思ったのは、彼女が動転した為だったのか。

 

「この世にいないレベルのお人好しって……

 全く、随分な言われようだな」

「今まで生きてきて、初めてだった。お前のような人間は──

 奇跡だったんだ、私にとって」

 

 それが、トールに言い放った「奇跡」の意味か。

 

「俺よりいい奴なんて、いっぱいいるさ。

 トールは……俺なんかよりずっといい奴だった。だから、いなくなっちまったようなもんだけど。

 でも、そう言ってくれると嬉しい」

 

 サイはそっと、フレイの右の耳たぶに口づけ。

 未だ動かしづらい左手で、彼女の背中の包帯に触れる。

 乱暴にではなく、彼女を労わるように。

 

 今までずっと感情を押し込めたまま、毅然とあらゆる困難に立ち向かっていた少女。

 今なお話せぬ秘密を抱えながら、かつての婚約者を名乗って自分に近づいた少女。

 玉のような汗が流れる肌から、その熱い感情の一部が見え隠れしている。

 

 耳から頬へ――サイは静かに彼女に口づけを繰り返す。

 再び聞こえてくるものは、あの声。

 

 

 

 ──そう。貴方はやっぱりするつもりね、その女と。

 ──どうなっても知らないから……ホントに馬鹿ね。

 ──勘違いしないでよ。その女を手に入れたからって、私を手に入れたわけじゃない。

 私に化けた、コーディネイターの女なんかと……

 私はそんな女、絶対に認めない。

 

 

 

 執拗にサイを追いかけてくるフレイの声。

 だがサイにはもう、分かっていた。

 

 これは、俺が生み出したフレイの幻だ。

 フレイが最期まで俺を想っていたと思いたい、俺の情けない心だ。

 そんな俺の卑劣さが、歪んだフレイを生み出している。

 

 それでもサイは、少女を抱きしめる手を緩めなかった。

 少女の額に張りついた髪を指で直してやり、彼は唇を重ねる。

 彼女の傷に触らぬようにしながら、静かにその背を抱きしめる。

 今度は奪い奪われるのではなく、与え、分け合う接吻が交わされた。

 

 

 

 フレイ、すまない。

 君に罵られながら、俺は彼女を抱く。

 現実の君は俺のことなんて、これっぽっちも想っちゃいなかっただろうけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そんなことは、ないだろう」

「何が?」

「フレイは俺を想っていない──って、ついさっき、お前が。

 うわごとか?」

「あれ。俺、そんなことを?」

「言っていた」

「疲れたのかな……さすがにね」

 

「でも、どうして分かるんだ。

 どうして、断言できる?」

「彼女のことはお前よりもずっと知っているし、知らされてきた。

 お前をそう簡単に忘れられるほど、彼女の頭は悪くはないはずだ」

「そうだと嬉しいよ……

 ちょっと、眠らせてくれ」

「あぁ……そのままでは風邪をひく。ちゃんと毛布を……」

「君こそ、ちゃんと服着なきゃ。いくらコーディネイターだって、身体冷えたらまずいよ」

 

「……なぁ、サイ。

 もしや……」

「ん、何?」

「……何でもない」

「君らしくないな。はっきり聞きなよ、そういうこと」

「そこまで踏み込んでいいものか、判断がつかなくてな……

 あ、あの、もしや……

 初めて、だったのか?」

「言ったろ。フレイとは軽いキスくらいが精一杯だったって……

 軽蔑したか?」

「違う、自分を卑下するな。

 お前はやはり、健気な男だと思っただけだ」

「ふぅん……

 皮肉だとしても、その言葉は嬉しいよ。ありがとう」

「お前は、知りたくないのか?」

「何を?」

「私が……その……」

「聞いてほしいのか? 

 俺はそこまで、狭量な男じゃないつもりだから」

 

 

 

 

 

 

 全身を包帯で覆われながらも、やっと松葉杖で歩けるようになったナオトは、惹かれるようにハンガーデッキへ来ていた。

 眼前には、真っ白な輝きを放つモビルスーツ──

 ガンダム・ティーダが悠々と岐立している。

 整備士たちが何人もとりつき、天井近くのキャット・ウォークからはマスミ・シライシがてきぱきと指示を出していた。

 

「あぁ、違うわよ! 

 EDNSをEENSに切り替えないと、ハーモニクス値のバランス調整が出来ないわ! エンターモードにならないから……」

 

 ティーダコクピットは開放され、座席が見えなくなるほどの無数のケーブルに埋め尽くされている。ティーダはナオトが見上げても、特にこれといった反応はない。

 

 後から聞かされた彼は俄かには信じがたかったが、確かにティーダはあの日、ナオトの心の悲鳴に反応したのだという。

 意志を持つ生物のように彼の目の前に降りたティーダを、ナオトははっきり覚えていた。

 ティーダコクピットに移動しようとしていたマスミは彼に気づき、素早くワイヤーを伝って上から降りてきた。

 

「ナオト! もう大丈夫なのね」

 

 マスミは床に飛び降りるが早いか、我が子を豊かな胸で思い切り抱きしめる。

 作業用ノーマルスーツの間から漏れる、母の汗の匂い。

 朝方つけただろう香水がかすかに残るその匂いが、ナオトは懐かしかった。

 

「あと3週間で出発よ。準備をして、身体を休めておかなきゃ」

「ありがとう、母さん。

 だけど僕はもう、ティーダには乗れないの?」

 

 母親を取り戻したとはいえ、ナオトの心にはまだティーダへのこだわりがあった。

 少年らしい純粋な正義感と、キラへの憧れ──

 それは酷い傷を受けたことで、却って強靭な執着になったとも言える。

 

「この前も言ったでしょ。貴方次第よ」

 

 母はただ微笑みながら、そんなナオトの頭を撫でた。

 

「研究所に行って、色々聞かせてもらうことになるわ。身体を調べられることもあるでしょうね。

 だけど、その後どうするかは、自分で決めなさい。

 大丈夫、貴方は強い子だから」

「僕、SEED持ってるの、知ってるでしょ。

 僕はもっと強くなって、ティーダでみんなを守りたいんだ。キラさんみたいになって、メルーみたいな子を守りたい。

 ティーダだったら、出来るでしょ!」

「いい子ね」

 

 マスミは優しくそう呟き、ナオトをうんと抱きしめる。

 

「とってもいい子に育ってくれて……あんなに泣いてた子とは思えない。

 勿論、貴方が望めばティーダに乗り続けることも可能よ」

「ホント!?」ナオトの顔がぱっと輝く。「僕、頑張るよ。

 母さんの為にずっと頑張ってきたんだ、これからだって……」

 

 やや興奮した少年が早口で母への慕情を伝えようとした、その時。

 

「ナオト!」

 

 背後から呼びかけられ、母子の時間はしばし中断された。振り返ってみると――

 黒い髪を背中で結わえた、小さな少女が立っている。

 随分久しぶりに会う気がする。ナオトは純粋に嬉しく、思わず声をかけた。

 

「マユ! 

 良かった、何ともなかったんだね」

 

 マユはゆっくりとナオトに歩み寄り、その吊られた右腕を撫ぜた。

 必死でお守りを取り戻そうとした腕を。

 彼女の瞳は、これまでになく心配そうにナオトを見つめていた。

 

「もう、大丈夫なの?」

「うん!」

 

 ナオトは力いっぱい笑ってみせた。ガーゼがまだ取れない頬がかすかに痛む。

 

「君も母さんもいるんだ。僕、こんなに幸せなことってなかったよ。

 アマミキョを離れても、僕は君とずっと一緒だよ」

 

 まだ使える左手で、マユの手をぎゅっと握り締める。胸元のお守りが揺れた。

 

「あれ? お守り、直ったんだ!」

「うん、サイさんが直してくれたんだ。

 サイさんたちと別れるのはつらいけど、僕はもっと強くなって、キラさんぐらい強くなって、きっとアマミキョへ戻ってくる。世界で一番強いレポーターになるんだ。

 その時は、君も一緒だよ。マユ」

 

 ナオトの勢いに一瞬ぽかんとしたマユだったが、すぐに嬉しそうに笑った。

 本当に嬉しそうに、声を上げて。

 

「うん。

 私たち、ティーダがあれば最強だもんね! 

 キラだってアークエンジェルだって、やっつけちゃうよっ」

「違うよマユ。僕たちは人殺しはしない、人助けをするんだ。

 キラさんやサイさんと力を合わせて、人をたくさん助けるんだよ!」

「ふーん……

 何だかよく分からないけど、ナオト、カッコいいよ!」

 

 マユはとびきりの笑顔を見せると、いきなりナオトに飛びついた。

 

「うわ!?」

 

 突然のことに、ナオトは杖を取り落としてしまう。

 身体中の痛みに耐えて、何とか倒れずにマユを抱きとめたが──

 

「ん……むぅっ」

 

 瞬間、ナオトの頬に、小さな唇を押しつけるマユ。

 それは、あまりにも幼いが、純粋に好意のこもったキスだった。

 

「マユ……

 いきなり何を」

 

 ナオトは突然のことに真っ赤になって、左腕の中のマユを凝視するしかない。

 しかし、マユは相変わらず笑顔だった。

 

「こうすると、男の人は強くなるんだって。

 スティングが言ってた」

 

 マスミがくすりと吹きだし、にやにやと二人を見ていた整備士たちが囃し立てる。

 笑いと歓声の渦に包まれるハンガーデッキ。

 

 

 

 だが、一人だけこの光景を笑わずに凝視していた者がいた──

 その男、山神隊・広瀬少尉は、アフロディーテの陰で苦々しく呟く。

 

「んな簡単に、乗せられるなよ。馬鹿ガキ……」

 

 

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