【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「し……
し、失礼しました!」
とんでもない恰好のまま、サイとフレイはニコルにまじまじと凝視されていた。
少年は白い頬を一瞬紅に染めてフレイを見、次いでサイに視線を移す。
当然、汚いものを見るような目つきで見られるだろう──
そう覚悟したが、意外にもニコルの目に軽蔑の色は混じっていなかった。
勿論、大いに驚いてはいるようだったが。
「あ……
サ、サイ……また制服の替え、用意しなきゃですね。
在庫あったかな」
慌てふためきながらも車椅子を動かし、笑顔まで作って部屋を出ていくニコル。
フレイはというと──
動揺ひとつせず、背を伸ばしてじっとニコルの動きを睨んでいた。
その両脚は、サイをしっかりベッドに押さえつけたままで。
「な……
何、やってんだ。一体」
思わぬ来客でフレイの手からようやく解放されたサイは、破れた服を直しながら、そっと声をかける。
昂ぶりは未だおさまらなかったが、それでも何とか話が出来る程度には冷静さが戻っていた。
「君は、別に俺から何か奪おうとする必要なんかない。
いつでも待ってると言ったじゃないか、君は。
だから俺はここに来たんだよ」
フレイはニコルの去った扉から、じっと目を離さない。
恥部を見られたにしては、あまりにも冷静すぎる態度だった。それもまた、「この」フレイらしいといえばらしいのだが。
「……知っていた」
サイの言葉には答えず、フレイはぽつりと呟く。
「え?」
「あやつは、私が何をするか知っていた。あえて中断させたのだろう──
このような方法は、間違っていると」
サイを見もせずに、フレイは俯く。
彼女の脚の力はいつの間にか抜けていた。
絡んでいた女の脚からようやく脱出したサイは、大きくずれた眼鏡をかけ直しながら、フレイの横に腰かける。
すぐそばに置かれた、彼女の手。
戦闘ばかりにも関わらず、以前のフレイとほぼ同じに細い手首。整えられた爪。
――その手を、サイはそっと握りしめた。
いつものこの少女に似つかわしくない、自信を失った小さな声でフレイは呟く。
「さっき、お前が言った通りだ。
私はこんな方法でしか、他人から奪えない」
「どうして、そんな風に思いつめる? 俺は……」
「お前が愛しているのは、フレイ・アルスターだ」
その横顔に、微かに笑みが浮かんだ。
どこか自虐的な笑みが。
「そのフレイに成り代わった私を──
フレイの名も身体も奪った私を、お前が許せるわけがないだろう」
サイは気づいた──
俺は今、絶対に、言わなければならない。
一旦手を離したサイはフレイの両肩を掴み、無理矢理にでも正面を向かせた。
それでも彼女は視線を合わせようとしなかったが、構わなかった。
今しかない。今を除いて他はない。
「俺は、君が好きなんだ」
一言一言、はっきりと、サイは言葉を紡ぐ。
「君がフレイになった裏にどんな理由があるのか、俺は知らないよ。
だけど君は、ずっと俺を見てくれていた。
俺を追いかけてきてくれた。俺を、ずっと守ってくれた。
色んなことを背負っているのに、それでも俺を見てくれた。
そんな君が──
とても、可愛いと思ったんだ」
その言葉によって
――フレイは初めて、顔を上げた。
寒空の下の海とよく似た灰色の瞳が大きく見開かれ、頬がかすかに染まる。
あぁ──この娘は、やっぱり本質は普通の女の子だ。
今の顔なんて、何もなかった頃のフレイそのものじゃないか。
「か、可愛いだと? 私が?」
「そうだよ、君はすごく可愛い。
君がフレイになった事実も含めて、俺は君が好きなんだ」
彼女はまじまじと、信じられないものを見る目つきでサイを眺めていたが
――やがて深いため息をつく。その言葉を嘲笑するように。
「……お前はまだ、何も知らぬ。
私がやってきたこと、私がこれからやることを知れば、お前は間違いなく私を憎む。
お前の今の気持ちの分だけ、お前は私を憎む」
かつて俺が、キラやフレイを憎んだと同じようにか──
彼女の言葉を、サイは否定しなかった。
「それは、ナオトやアマミキョ……
キラにも関係あることか?」
フレイは何も答えない。それもまた答えか。
「人の感情なんて分からない。特に自分のはね……憎悪だって同じだ。
だから今後、俺が君を憎まないなんて保障は正直、ないよ。
今だって、こんな時に置いていっちまう気かって……ちょっと憎たらしいもんな」
サイはゆっくりフレイの背中に両腕を回し、その右耳に囁く。
意外なことに、彼女からの抵抗はなかった。
薄いブラウスを通して、彼女の体温が伝わってくる。
「もしそうなったら──話、つけにいくよ。
俺が君を憎くて憎くてたまらなくなった時は、話しにいく。
何の理由があるのか、君に話を聞きにいくよ。
その上で、俺はどうするか決める。2年前、俺はそれすら出来なかったんだ」
「馬鹿な……甘いことを!」
フレイはばっと顔を上げ、髪を振り乱して叫ぶ。
ちゃんと正面から俺を見てくれた──それだけで、サイは嬉しかった。
「トールの言う通り、私のせいでお前が死ぬかも知れないんだぞ!
それだけではない、私がお前を殺すかも知れない!
もっと酷いことなどいくらでも考えられる、あの方なら……」
これほど感情を露にした「この」フレイは初めて見た。気のせいか、涙すら浮かんでいるようにも見える。
「あの方……って?」
その問いにも、フレイは答えない。
答えれば、俺も彼女も殺されかねないレベルの人物ってことか。
「――お前と、初めて会った時」
しばらくの沈黙の後、フレイは話し始めた。
両膝の上で、拳をぎゅっと握り締めたまま。
「お前の話は、衝撃だった。
こんなお人好しが、この世にいるわけがないと。
嘘だと思ったが、お前はそんな細かな嘘を言える顔ではないしな」
キラとフレイとの、砂漠での話をした時か。
あの時、一瞬「この」フレイが表に出てきたように思ったのは、彼女が動転した為だったのか。
「この世にいないレベルのお人好しって……
全く、随分な言われようだな」
「今まで生きてきて、初めてだった。お前のような人間は──
奇跡だったんだ、私にとって」
それが、トールに言い放った「奇跡」の意味か。
「俺よりいい奴なんて、いっぱいいるさ。
トールは……俺なんかよりずっといい奴だった。だから、いなくなっちまったようなもんだけど。
でも、そう言ってくれると嬉しい」
サイはそっと、フレイの右の耳たぶに口づけ。
未だ動かしづらい左手で、彼女の背中の包帯に触れる。
乱暴にではなく、彼女を労わるように。
今までずっと感情を押し込めたまま、毅然とあらゆる困難に立ち向かっていた少女。
今なお話せぬ秘密を抱えながら、かつての婚約者を名乗って自分に近づいた少女。
玉のような汗が流れる肌から、その熱い感情の一部が見え隠れしている。
耳から頬へ――サイは静かに彼女に口づけを繰り返す。
再び聞こえてくるものは、あの声。
──そう。貴方はやっぱりするつもりね、その女と。
──どうなっても知らないから……ホントに馬鹿ね。
──勘違いしないでよ。その女を手に入れたからって、私を手に入れたわけじゃない。
私に化けた、コーディネイターの女なんかと……
私はそんな女、絶対に認めない。
執拗にサイを追いかけてくるフレイの声。
だがサイにはもう、分かっていた。
これは、俺が生み出したフレイの幻だ。
フレイが最期まで俺を想っていたと思いたい、俺の情けない心だ。
そんな俺の卑劣さが、歪んだフレイを生み出している。
それでもサイは、少女を抱きしめる手を緩めなかった。
少女の額に張りついた髪を指で直してやり、彼は唇を重ねる。
彼女の傷に触らぬようにしながら、静かにその背を抱きしめる。
今度は奪い奪われるのではなく、与え、分け合う接吻が交わされた。
フレイ、すまない。
君に罵られながら、俺は彼女を抱く。
現実の君は俺のことなんて、これっぽっちも想っちゃいなかっただろうけど。
「……そんなことは、ないだろう」
「何が?」
「フレイは俺を想っていない──って、ついさっき、お前が。
うわごとか?」
「あれ。俺、そんなことを?」
「言っていた」
「疲れたのかな……さすがにね」
「でも、どうして分かるんだ。
どうして、断言できる?」
「彼女のことはお前よりもずっと知っているし、知らされてきた。
お前をそう簡単に忘れられるほど、彼女の頭は悪くはないはずだ」
「そうだと嬉しいよ……
ちょっと、眠らせてくれ」
「あぁ……そのままでは風邪をひく。ちゃんと毛布を……」
「君こそ、ちゃんと服着なきゃ。いくらコーディネイターだって、身体冷えたらまずいよ」
「……なぁ、サイ。
もしや……」
「ん、何?」
「……何でもない」
「君らしくないな。はっきり聞きなよ、そういうこと」
「そこまで踏み込んでいいものか、判断がつかなくてな……
あ、あの、もしや……
初めて、だったのか?」
「言ったろ。フレイとは軽いキスくらいが精一杯だったって……
軽蔑したか?」
「違う、自分を卑下するな。
お前はやはり、健気な男だと思っただけだ」
「ふぅん……
皮肉だとしても、その言葉は嬉しいよ。ありがとう」
「お前は、知りたくないのか?」
「何を?」
「私が……その……」
「聞いてほしいのか?
俺はそこまで、狭量な男じゃないつもりだから」
全身を包帯で覆われながらも、やっと松葉杖で歩けるようになったナオトは、惹かれるようにハンガーデッキへ来ていた。
眼前には、真っ白な輝きを放つモビルスーツ──
ガンダム・ティーダが悠々と岐立している。
整備士たちが何人もとりつき、天井近くのキャット・ウォークからはマスミ・シライシがてきぱきと指示を出していた。
「あぁ、違うわよ!
EDNSをEENSに切り替えないと、ハーモニクス値のバランス調整が出来ないわ! エンターモードにならないから……」
ティーダコクピットは開放され、座席が見えなくなるほどの無数のケーブルに埋め尽くされている。ティーダはナオトが見上げても、特にこれといった反応はない。
後から聞かされた彼は俄かには信じがたかったが、確かにティーダはあの日、ナオトの心の悲鳴に反応したのだという。
意志を持つ生物のように彼の目の前に降りたティーダを、ナオトははっきり覚えていた。
ティーダコクピットに移動しようとしていたマスミは彼に気づき、素早くワイヤーを伝って上から降りてきた。
「ナオト! もう大丈夫なのね」
マスミは床に飛び降りるが早いか、我が子を豊かな胸で思い切り抱きしめる。
作業用ノーマルスーツの間から漏れる、母の汗の匂い。
朝方つけただろう香水がかすかに残るその匂いが、ナオトは懐かしかった。
「あと3週間で出発よ。準備をして、身体を休めておかなきゃ」
「ありがとう、母さん。
だけど僕はもう、ティーダには乗れないの?」
母親を取り戻したとはいえ、ナオトの心にはまだティーダへのこだわりがあった。
少年らしい純粋な正義感と、キラへの憧れ──
それは酷い傷を受けたことで、却って強靭な執着になったとも言える。
「この前も言ったでしょ。貴方次第よ」
母はただ微笑みながら、そんなナオトの頭を撫でた。
「研究所に行って、色々聞かせてもらうことになるわ。身体を調べられることもあるでしょうね。
だけど、その後どうするかは、自分で決めなさい。
大丈夫、貴方は強い子だから」
「僕、SEED持ってるの、知ってるでしょ。
僕はもっと強くなって、ティーダでみんなを守りたいんだ。キラさんみたいになって、メルーみたいな子を守りたい。
ティーダだったら、出来るでしょ!」
「いい子ね」
マスミは優しくそう呟き、ナオトをうんと抱きしめる。
「とってもいい子に育ってくれて……あんなに泣いてた子とは思えない。
勿論、貴方が望めばティーダに乗り続けることも可能よ」
「ホント!?」ナオトの顔がぱっと輝く。「僕、頑張るよ。
母さんの為にずっと頑張ってきたんだ、これからだって……」
やや興奮した少年が早口で母への慕情を伝えようとした、その時。
「ナオト!」
背後から呼びかけられ、母子の時間はしばし中断された。振り返ってみると――
黒い髪を背中で結わえた、小さな少女が立っている。
随分久しぶりに会う気がする。ナオトは純粋に嬉しく、思わず声をかけた。
「マユ!
良かった、何ともなかったんだね」
マユはゆっくりとナオトに歩み寄り、その吊られた右腕を撫ぜた。
必死でお守りを取り戻そうとした腕を。
彼女の瞳は、これまでになく心配そうにナオトを見つめていた。
「もう、大丈夫なの?」
「うん!」
ナオトは力いっぱい笑ってみせた。ガーゼがまだ取れない頬がかすかに痛む。
「君も母さんもいるんだ。僕、こんなに幸せなことってなかったよ。
アマミキョを離れても、僕は君とずっと一緒だよ」
まだ使える左手で、マユの手をぎゅっと握り締める。胸元のお守りが揺れた。
「あれ? お守り、直ったんだ!」
「うん、サイさんが直してくれたんだ。
サイさんたちと別れるのはつらいけど、僕はもっと強くなって、キラさんぐらい強くなって、きっとアマミキョへ戻ってくる。世界で一番強いレポーターになるんだ。
その時は、君も一緒だよ。マユ」
ナオトの勢いに一瞬ぽかんとしたマユだったが、すぐに嬉しそうに笑った。
本当に嬉しそうに、声を上げて。
「うん。
私たち、ティーダがあれば最強だもんね!
キラだってアークエンジェルだって、やっつけちゃうよっ」
「違うよマユ。僕たちは人殺しはしない、人助けをするんだ。
キラさんやサイさんと力を合わせて、人をたくさん助けるんだよ!」
「ふーん……
何だかよく分からないけど、ナオト、カッコいいよ!」
マユはとびきりの笑顔を見せると、いきなりナオトに飛びついた。
「うわ!?」
突然のことに、ナオトは杖を取り落としてしまう。
身体中の痛みに耐えて、何とか倒れずにマユを抱きとめたが──
「ん……むぅっ」
瞬間、ナオトの頬に、小さな唇を押しつけるマユ。
それは、あまりにも幼いが、純粋に好意のこもったキスだった。
「マユ……
いきなり何を」
ナオトは突然のことに真っ赤になって、左腕の中のマユを凝視するしかない。
しかし、マユは相変わらず笑顔だった。
「こうすると、男の人は強くなるんだって。
スティングが言ってた」
マスミがくすりと吹きだし、にやにやと二人を見ていた整備士たちが囃し立てる。
笑いと歓声の渦に包まれるハンガーデッキ。
だが、一人だけこの光景を笑わずに凝視していた者がいた──
その男、山神隊・広瀬少尉は、アフロディーテの陰で苦々しく呟く。
「んな簡単に、乗せられるなよ。馬鹿ガキ……」