【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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PHASE-28 グッバイ・フレンズ
part1


 

 

 サイがアムルの姿をようやく見つけたのは、日が暮れようとしている時だった。

 彼女が逃げてすぐに後を追い、部屋まで調べたものの――

 どこをどう巧みに逃げたのか、サイは彼女を探し出せず、気がつけばこんな時間になってしまっていた。

 

 血のような夕陽を直接、全身に浴びながら。

 アマミキョコアブロックから大分離れた避難キャンプの裏で、サイは荷物をかかえた彼女をやっと見つけた──

 言葉を交わさずとも姿を見ただけで、分かってしまった。

 彼女の意志は、どうあがいても変わらないだろうということを。

 

 片手でおさまるほどの小さな荷物しか持たず、アムルはサイに背を向けていた。

 夕陽が真正面から射しこみ、ぴんと背筋を伸ばした彼女の姿は真っ黒に染まる。

 

「大人げないですよ!」

 

 サイは呼びかけた──

 息切れのあまり、言葉とは逆に弱弱しい叫びにしかならなかったが。

 

「部屋を見ました。随分早く荷物まとめましたね……

 分かってたんですか、こうなること」

「貴方も望んだことでしょう。

 貴方、ずっと私を嫌がっていたもの」

 

 ちらりとサイを肩越しに見やりつつ、アムルは自虐的な笑みを返す。

 

「私も、貴方が嫌だった。

 だってサイ君、心の中を見たんだもの。

 それでいながら、母や彼を庇ったんだもの」

 

 ウーチバラの、波乱の出発の時のことか──

 あの時から、ずっと。

 母親への殺意を見られた時からずっと、彼女は俺を恨んでいたのか。今は、それに拘泥している時ではないのに。

 

「戻ってください」サイは息を整えながら、言葉をつぐ。「ブリッジから降りるにしても、引継ぎが必要です。

 まずは戻って、フレイや俺と話をしてください!」

「まだ分かってないの? 

 私は戻るつもりはないわ。また、心を覗き見てみたら?」

「何、言ってるんですか……」

 

 年齢の割にはあまりに子供な嫌味に、サイは思わずため息をつく。

 その態度に、アムルの口調はさらに冷酷になった。

 

「酷い人ね。

 あれだけの辱めを受けて、また戻れって言うわけ」

「俺がやられたようには、させませんから」

 

 背後から駆け足で、誰かが近づいてくる。

 音だけで、分かってしまった──カズイだ。

 サイたちの少し後方、物陰に隠れるように現れた彼に気づいたのか、アムルはさらに眉をしかめる。

 

「私が嫌なこと、貴方に分かる? 

 ナチュラルにいいように命令されることよ。しかもサイ君、年下でしょう。

 貴方から命令されて、私が何も感じていないとでも思ってた?」

 

 最早サイの呆れは、限界寸前。

 

「業務に私情を挟まないで下さい」

「挟んでないわ。

 私、仕事中は何も言わなかったじゃない」

 

 俺がいけないのか。一向に彼女を理解出来なかった俺が。

 彼女に、アムル・ホウナという女に対して、幼さしか感じられない俺が──

 

「……今後の配属は、考えます」

「他にもあるわ」サイの精一杯の言葉を、アムルは斬り捨てる。

「ナチュラルの中で、同じ作業を延々とすること。

 ナチュラルに疎まれること。ナチュラルに情けをかけられること。

 あと──ナチュラルに惚れられること。

 気持ち悪かったのよね、ずっと」

 

 最後の一言は、カズイにはっきり聞こえるように彼女は吐き捨てた。

 舐めるようにサイを眺めつつ、汚物を見る目つきでカズイを見下げる。

 ずいとサイに近寄ったアムルは、その左腕を掴んだ──

 

「……!」

 

 酷い痛みが走る。

 あの雨の日に砕かれた骨が、再びアムルによって痛めつけられていた。

 微かな呻きが、喉から漏れる。

 

「うあ……あ、ああああああっ……! 

 や、やめ……」

 

 それを聞いて、アムルの頬にやや満足げな笑みが浮かんだ。

 今度は()()()()()聞こえない呟きが、彼女の唇から零れる。

 

「でもね。一番嫌いなのは──

 自分より優秀な、ナチュラルよ」

 

 彼女自身も決して認めたくないのだろう──そんなナチュラルの存在など。

 吐かれる声の恐ろしい冷たさから、サイには分かった。

 同時にその対象が、自分であることも。

 

 アムルはカズイの目の前で、サイの左腕を掴みつつ引き寄せる。

 食い込んでくる長い爪。

 あまりの痛みに、サイは思わずアムルの身に寄り添う形となってしまった。

 

「ねぇ、カズイ君……

 これで分かったでしょ?」

 

 アムルはサイをそっと抱きしめるような恰好で、カズイにいつもの笑顔を向けていた。

 口調もじんわりと優しくなる──

 だがその言葉は、カズイが経験したどんな責め苦の言葉よりも、屈辱的だった。

 

「私、ずっとサイ君が好きだった。

 だからもう、いい加減諦めて? 貴方につきまとわれて、ホント、鬱陶しかったの」

 

 嘘だ、この女──! 

 サイは叫びかかったが、その口は素早く塞がれてしまう。アムルの強引な唇で。

 

 カズイに見えないようにサイの左腕を潰しかけながら、痛みに震えるその身体をもう一方の手で優しく抱きしめる。

 愛などない。憎しみだけがこもった接吻が、サイを侵していく。

 女の色香など何ひとつ感じられず、彼はただ呻くことしか出来ない。

 

 カズイはといえば──

 血の満ちるような空気の中、その光景を見ていられず、何も言わずに踵を返して駆け去ってしまった。

 

 

 

 カズイが行ってしまうと、アムルはすぐにサイを地面に放り出した。

 よろめきながら肩を押さえ、尻餅をつくのだけはどうにかこらえるサイ。

 不器用かつ乱暴に締めつけられた左腕の痛みは、脳天までを貫いていた。

 それでも彼は、最後の意地で呟く。

 

「アムルさん……戻ってください」

「自分の手で殺れないのが、残念でならないわ。

 貴方のこと」

 

 氷のように固まった表情でそれだけ呟くと、紅に輝く金髪を靡かせ、アムルは背を向けて歩き出し──

 それきり、アマミキョには戻らなかった。

 

 

 

 

 PHASE-28 グッバイ・フレンズ

 

 

 

 

「カズイ。食事持ってきた──

 少しは食べないと」

 

 その日の夜、サイはカズイの(本来はサイとナオトと三人の)部屋の前にいた。

 ドアはロックされ、カズイは一歩も出てこない。

 サイは努めて平静さを装い、声をかける。

 

「中からのロックは禁止しているはずだ。

 残り30分で強制解除する、いいな」

「……なのかよ」

 

 わずかながら、カズイの声が中から聞こえた。

 サイは耳をドアに近づけ、慎重にその声を聞き取る。

 間違いなく、カズイはドアのすぐ向こうにいた。

 小さな、くぐもった声はさらに続く。

 

「本当なのかよ。大気圏突入の時のこと……

 アムルさんが、トランスフェイズシステムを?」

 

 サイは逡巡したが、カズイには言っておかねばと判断した。

 

「そうだ。

 ただ勿論、故意じゃない。単純なミスだよ」

「当たり前だろ」

 

 投げ捨てられたカズイの言葉。人のいない廊下に、暫し沈黙が満ちた。

 やがて扉の向こうから、また声が漏れる。

 

「どうして、ずっと黙ってたんだよ。

 どうしてずっと、アムルさんを庇ってたんだよ」

「カズイ。

 多分、お前の思ってる通りだ」

 

 サイは自分に言い聞かせるように、ゆっくり言葉を選んで話し始める。

 

「全てが丸くおさまるなら、俺はそれでいい──

 あの時、俺はそう思ってた。実際、丸くおさまりかけていたからな」

「また、それかよ……」

 

 吐き捨てるような呟きが、硬いドアの間から漏れた。

 

「二年前もそうだった。キラとフレイをあれ以上責めずにいたよな、サイは。

 そのおかげで、あの二人がどうなったと思ってるんだよ」

 

 痛かった。カズイの一言一言は、ただひたすらに心が痛かった。

 ドアを背にして座り込みながら、その言葉を甘んじて受け止める。

 

「分かってる。

 分かってるよ……」

「分かってないだろ。分かってるならどうして何度も、同じことするんだ」

「多分……」

 

 サイは自分のネクタイを無意味に握りしめながら、自嘲するかのように呟いた。

 

「俺には、それ以外の選択肢がないんだと思う。

 俺はどうしたって、周りが丸くおさまるようにしか行動出来ないんだろうな」

「そのせいで! 

 アムルさんが、あんなことになったんだろ!」

 

 突然の怒鳴り声が、ドア越しにサイの背中を打った。

 

「サイが黙ってるからみんな混乱して、アムルさんだって話せなくなったんだろ。

 もっと早くに話していれば、彼女を助けられたかも知れないのに!」

 

 今まででは想像も出来なかった、カズイの怒鳴り声。

 悲鳴にも似たその叫びを聞きながら、サイは答えられない。ただ、涙まじりの声を受け止めるだけだ。

 

「サイ。前に、キラを見てると惨めになることがあったって、お前言ってたけど……

 その気持ち、今ならよく分かる。

 サイを見てると、自分が酷く……酷く……」

 

 自虐にも似たカズイの、感情の迸り。

 人っ子一人いない暗い廊下で、その奔流を受け止められるのはサイだけだった。

 

 

 自分が、酷く惨めに思えて仕方ない……か。

 

 

 サイは、いつかの自分が同じような言葉をキラにぶつけたことを思い出していた。

 最後まで言わないのは、カズイの男の意地か。

 

「どうして、そう思う?」

「何で俺はサイみたいに、人から好かれないのかって。

 何で俺はサイみたいに、心を強く出来ないのかって。

 お前はあれだけ嫌われていたはずなのに、いつのまにかみんなを取り戻してる。

 フレイまで取り戻した!」

 

 そうだ──俺、フレイのことを殆ど話してなかったよな。

 本当に悪いことしてた。カズイはこれだけ俺を思ってくれていたのに、俺は何も考えていなかった。

 カズイを巻き込みたくないってのも勿論あるが……

 そんなのは、言い訳にしかならない。

 

「カズイ。フレイのことは、いずれお前にも……」

 

 だがそんなサイの弁解さえ、カズイは切り捨てる。

 

「いいよ、分かってる。

 俺に話すのが面倒なだけだろ。お忙しいもんな、副隊長は……

 どうせ俺は、サイが危ない時に何も出来なかった、臆病モンだよ」

 

 いちいち心臓に突き刺さるカズイの言葉。

 おそらくこの扉の向こうに、カズイも座っているのだろう──

 扉を挟んで背中合わせに座っているような気もする。

 

「俺、今ならこう思えるんだ」さらに流れるカズイの呟き。

「キラももしかしたら、サイが羨ましかったんじゃないかって。

 カトーゼミの時のあいつ、俺と同じでずっと一人だったろ。トールやサイが声かけるまで。

 ゼミでだって、アークエンジェルでだって……

 アマミキョですら、サイの周りにはいつも人が集まってきた。

 キラは力は凄いかも知れないけど、サイほど人を集める力はないと思うんだ。

 勿論、俺だって」

 

 だからキラは、フレイを奪った……などと言わないのは、カズイの精一杯の優しさだろうか。

 サイは独り言のように呟く。

 

「俺は、そんなタマじゃないよ。

 それに、いつの間にかみんなが集まったわけじゃない。散々失敗だってしてる」

「……分かってんだよ!」

 

 再びカズイの感情が昂ぶる。

 ドアを殴る衝撃が、サイの背中にも伝わった。

 

「その、どんなに失敗したって負けない力が羨ましいって言ってんだ! 

 何でサイは、いつもそうなんだよ!? 

 何でサイの周りにはいつでも人が集まって、いつの間にかフレイを取り戻して、気がついたら全部手に入れてるんだ!? 

 何であれだけ酷い目に遭っても、周りばっかり気遣っていられるんだよ! 

 どれだけ傷ついても、どうしてサイは笑顔でいられるんだよ! 

 二年前だって、自分が一番辛いのに、俺を笑顔で降ろして……! 

 お前のそーいうとこ……俺は憎くて憎くてたまらないよ! 

 きっとその力は、遺伝子いじったくらいじゃ絶対手に入らない! 

 俺がどんだけ望んだって、絶対に!!」

 

 フレイも同じことを言っていたな。

 人望、とか言われるものなのか、それが。

 これだけカズイを傷つけても、俺にそんな力があるってのか。

 あのカズイをこれだけ慟哭させ、自虐に自虐を重ねさせ、怒らせても? 

 

「なぁ……頼むよ。

 その力で、頼むからアムルさんを助けてくれよ!!」

 

 

 

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