【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「頼むよ。
その力で、頼むからアムルさんを助けてくれよ!!」
カズイがアムルにどのように振られたか、サイは今更のようにオサキから聞いていた。
クッキー作りに必死だったカズイを思い出すと、アムルへの怒りで心臓が破れそうになり。
同時に、彼への気遣いが出来なかったことが悔やまれた──
にも関わらず、カズイはアムルへの恨み言など一つも言わず、ただただ彼女を心配している。
「助けられないのなら、何の為のその力なんだよ!
俺のことなんかどうだっていい、アムルさんを……!
あの人、一人じゃどうなっちゃうか分からなくて……不安なんだ」
「分かってる」
俺と彼女のキスなどという光景を見せつけられてもなお、カズイは彼女を想えるのか。
サイは既に、アムルを取り戻すなどということは諦めていた──いつの間にか、隊長宛に除隊申請書までが届けられていたのだから。
「お前……
やっぱり、優しいよ」
サイのこの言葉が、またもやカズイの感情を刺激する。
何かが爆発したような声が轟いた。
「何でだよ。何でそういうことばかり言うんだよ!
俺には優しさなんて何もない。臆病で、不甲斐なくて、すぐ逃げ出して、何の力もない!
それでいて、サイが憎いんだ……アムルさんに気味悪がられて当たり前なんだよ、俺は!
あの人の心は、サイのものだってのに」
思わずサイも声を荒げる。
「カズイ、それは違う。
彼女は俺に気があって、あんなことをしたわけじゃない!」
この誤解だけは、何としても解いておかねばならない──
だが、次のカズイの言葉は少し予想外のものだった。
「分かってるって言ってるだろ!
ずっと見てきたんだ、アムルさんを。
あの人だって、サイが憎いんだ。皆の前であんなことされて、憎まないわけないよ。
彼女の心は、お前への憎しみで満ちてる。
その意味で、お前はアムルさんを独占してるんだ」
そうか──カズイはあんな、小手先の芝居に騙されたわけじゃなかったのか。
それを知って、サイは少し安堵した。だがその慟哭はまだ止まらない。
「あの人をそんな風にしたのも、サイの力なんだよ。サイの偽善者っぷりだよ!
八方美人で誰にでもいい顔しようとして、一番酷い結果を招いてる。
責任取れよ! アムルさんを取り戻すまで、俺に何もするな! 俺に声かけんな!
お前の声聞いてると、吐き気すんだよ!
金輪際、俺に近寄るな!!」
もう、俺を惨めにさせるな──
カズイがこの言葉を必死で抑えているのが、サイには分かった。
あのカズイが、これほどの激情にかられて自分を責めている──
そんな呪われた力が、俺にあったとはな。
「人には優しい顔ばかりして、自分は聖人ですみたいなツラして。
どれだけ人が傷つくかも知らずに励ましの言葉吐いて、どれだけ人が悲しむかも知らずに自分を犠牲にして……
そんな生き方、俺は大っ嫌いだ。
お前なんか、お前なんか大っ嫌いだ! 二度と俺の目の前に現れるな!!」
最悪の拒絶の言葉が、ざっくりとサイの心を刺していく。
あぁ──ナオトやフレイやアークエンジェルやアマミキョ運用に気を取られるあまり、俺はとても大事なことをすっかり忘れていた。
サイは目をつぶり、カズイの言葉を背中で全て受け止めていた。
ごめんな、カズイ。
俺、こんな生き方しか出来ないんだ。どれだけ拒絶されても、俺はこんな生き方以外は選べないみたいだ──
暫くそのまま座りながら、サイは呼吸を整える。
カズイはまだ、扉の向こうにいるだろうか──
相手がやや落ち着いた頃を見計らい、再び声をかける。
「カズイ……俺さ」
「……何だよ。
まだいたのかよ」
壁の中に消え入るような声が、サイの背中を微かに震わせた。
「嫌かも知れないけど、聞いてくれ。
俺がアマミキョに行く為に、空港行きの列車に乗った朝さ──覚えてるか?」
応答は何もない。
それでもサイは話し続けた。
「お前、大荷物かかえて、慌てて駆け込んできたよな。
俺は一言声をかけただけなのに、正直、ついてきてくれるとは思ってなかった。
カズイにはオーブで、他にやりたいことがあるだろうと思ってた。
それでもお前は、自分で決めて、俺と一緒に来てくれた。随分ギリギリまで迷ってたってのが、顔で分かったよ。
それだけで俺は、すごく嬉しかった。
俺は正直、フレイのことしか考えてなかったのに、カズイはずっと俺のことを考えてくれた。
多分、一晩中」
「そうやってまた、自分を卑下する……
フレイのことしか考えてないわけないだろ。サイが」
「でも、本当に嬉しかったんだ。
実際これまで、カズイがいてくれて良かった、って思うことも何度もあった。
逃げたい時だって何度もあっただろうに、お前はずっとついてきてくれた。
俺の力は、俺だけのものじゃない。カズイがいてくれたから、俺はここまで頑張れたんだと思う。
お前と友達で、俺、本当に良かった」
カズイはそれきり黙りこむ。
気配が遠ざかっていくのが、扉のこちら側からも読み取れた。
サイはドアから背中を離し、もう一度声をかける。
「ちゃんと食事取れよ。ロックは……好きにしろ。
ナオトには、別室で寝るように言っとくから」
サイが副隊長室に戻ると、入り口でナオトが座り込んでいた。
ずっと待っていたらしく、うとうとしかけている──
「おい、ナオト」
サイが声をかけると、少年は驚いて跳ね起きた。
「サイさん!
あ、アムルさんは……いてて」
言いかけて、まだ傷が痛むのか頬を押さえる。
サイは何も答えずにエア・ロックを開いた。
「あの、ブリッジで何かあったって聞いて……
彼女がアマミキョを降りたって、本当ですか」
敢えて直接事実は言わず、ナオトを副隊長室へ招き入れるサイ。
「カズイの調子が悪くてな、暫く部屋には入れない。
悪いけど、今日はここで寝てくれ」
「……そうか。
やっぱり、戻ってこないんですね。アムルさん」
遠回しなサイの言葉だったが、ナオトはその裏の意味を感じ取って肩を落とす。
もうアムルはいないという現実を。
何だかんだ言っても、彼女はナオトにとってはそこそこ頼もしいオペレーターだったのだろう。
しかしすぐに気を取り直し、少年はサイに胸を張ってみせた。
「でも、大丈夫です。
僕が必ず、アマミキョに戻ってきますから!」
「え?」
ナオト用に薬をまとめていたサイは、すぐにはその言葉の意図が掴めず、まじまじとその大きな眼を見つめてしまう。
「それは、嬉しいが……」
「だって、フレイさんもアマクサ組もいなくなっちゃうんでしょ。それにアムルさんまで……
だから僕、もう一度ティーダに乗って、アマミキョに戻ります!」
サイもようやくナオトの意志を読み取った。
が、ここまで彼を見てきた者として、到底この言葉はそのまま受け流せるものではない。
「やめとけ」口をついて思わず出たのは、そんなそっけない台詞。
「ティーダに乗って、どんな目に遭ってきたと思ってるんだ。
俺はもう、お前には二度とティーダに関わって欲しくない。出来れば研究所にだって行ってほしくはないんだ。
マスミさんがいるから大丈夫だとは思うが、そうでなけりゃ……
ちょっと腕出せ、薬塗るから」
「また!
サイさんはすぐそれだ」
素直に腕を出しながらも、ナオトは案の定反抗してくる。
「母さんだって賛成してくれたんですよ。
僕はまたティーダに乗れるって、太鼓判押してくれたんです!
サイさんが止めたって、無駄ですからね」
「何?」
あまりに意外すぎる事態に、サイは思わず手を止めていた。
明らかに作業用ではないモビルスーツに乗るということは即ち、戦争に参加すると同義だ。
人殺しをしに行くのだし、何より自分が命の危機に晒される。
それを知りながら、反対しない母親などいないだろう──サイは今の今まで、そう思っていた。
実際、サイがアマミキョに乗ると決めた時ですら、母は泣いて反対したものだ。
二年前の悪夢を思い出してパニックを起こしかけた母を、父が何とか落ち着かせて、サイは何とかアマミキョ行きを許されたのだ。
ヤキン・ドゥーエ戦の後、トールの家に行った時も、彼の母親はずっと後悔し、寝込んでいた。
どうして止めてやれなかったのかと、延々自分を責めていた。
自分の息子が戦艦に乗ることを、どうして止められなかったのかと──
俺を詰ってくれたほうが、よっぽど気が楽だったのに。
俺はトールのそばにいながら、止められなかったのに。
男親ならともかく、母親が子供をモビルスーツに乗せることを、そうそう簡単に承知出来るわけがない──
母親たちを見てきたサイはそう思っていた。
しかし今のナオトの言い方だと、まるでマスミが積極的に彼をティーダに乗せようとしているみたいじゃないか。
「お前の勘違いだ。マスミさんがそんなことを勧めるはずがないよ」
「嘘じゃないですよ!
母さんは僕を分かってくれたんです、望むとおりにしていいって!」
サイの気も知らず、無理にガッツポーズまでしてみせるナオト。
「マユも一緒に乗れるみたいだし、僕、頑張りますよ!」
マユもまた乗るのか。
あの娘はアマクサ組だからとサイは半ば諦めていたが、妹のような年頃の娘がモビルスーツに乗り込んでいくのを見るのは、やはり気分のいいものではなかった。
「ともかく、俺はこれ以上……」
その時、エア・ロック作動音と共に、不意の女性の声がサイの言葉を中断した。
「乗ってほしくない、ですか?」
驚いて振り向くと、いつの間にやらマスミ・シライシが入り口に立っていた。大きな紙包みを胸に抱えて。
「母さん!」
素直に声を上げ、ナオトは足を引きずりながらも急いで母に駆け寄る。
マスミは笑いながら、息子にゆっくり手を貸した。
「あと6日で出発よね。
ナオトに新しい服、買ってきたの。可愛いだろうなと思って……
お邪魔だったかしら」
「そんなことないよ!」
ナオトはぶんぶん首を振る。
ここは一応俺の部屋なんだがというサイの呟きなど、彼は聞いてはいなかった。
「母さん、ティーダとアマミキョの分離作業はもういいの?」
「ええ。予想外に時間がかかったけど、大丈夫。
ティーダは無事、アマミキョを離れられそうよ」
マスミはナオトの頭を撫でながら、サイに声をかける。
「アーガイルさん。せっかくですから、お茶にしませんか?
トラブル続きで大変と聞いていたので」
「申し訳ないですが、遠慮させていただきます」
サイは反射的にそう答えてしまう。
「自分は、アマミキョとティーダ間の第三接合データのチェックがありますので……」
「私のこと、冷たい母親とお思いになります?」
硬化したサイの態度を見透かすように、マスミは単刀直入に言った。
「確かに、子供がモビルスーツに乗ることは危険です。
私のような母親が少数派であることも、承知しています」
まだまだ俺は未熟だな。完璧なまでに心を読まれた──
しかし、ということは、マスミは本当にナオトのティーダ搭乗を認めたというのか。
サイは改めてマスミに向き直る。
「そんな……何故です?」
「ナオトがこれだけ望んでいることを、どうして拒絶できますか?
危険だとばかり言っているようでは、何も進化しませんよ」
「進化……ですって?」
子供を戦いに巻き込むことが進化か。サイは言いそうになったが、寸前で止めた。
マスミは彼の代わりに、ナオトの腕を診てやりながら続ける。
「ティーダは戦争の道具ではなく、戦いを止める為に生み出されたツールです。
私は長年、ティーダを研究してきました。ティーダを正しく使う為に自分の息子が乗ってくれるのなら、それは母親としても研究者としても、とても喜ばしいことなんですよ。
それに、ナオトにはその力もある。この子、強いから。
世代を超えて、平和への願いを叶える。私の夢を、ナオトが叶えてくれる。
それが、ヒトの進化につながっていくんです」
ナオトはマスミの胸に抱かれ、気持ちよさげに頭を撫でられるままだ。
「ね、僕の言った通りでしょ、サイさん!」
本当にいいのか──サイの中で、何かが引っかかる。
マスミなら大丈夫だろうという確信が、何故か揺らぎ始めていた。
そんなサイに、マスミはにっこり微笑み礼を述べる。
「心配することはありませんよ。
ティーダは本来、研究開発用のモビルスーツです。戦う為にナオトがティーダに乗ることは、もうありません。
今までナオトがお世話になり、本当にありがとうございました」
だがサイはその言葉の裏に、強い拒絶の意志を感じた。
私の息子に、これ以上干渉するな──母親しか持たぬ、強固な意志を。