【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
数時間後──
眠れずにいたサイは、ハンガーデッキでガンダム・アフロディーテの前に突っ立っていた。
幾たびもの戦闘で、あちこちにガタが来ているフレイの機体。
頭部を強引にかつてのストライクに似せた上にIWSPを装備させてはいるものの、元は整備不良のダガーLである。
特に関節部分と、IWSPの重量がかかる肩部分の劣化は肉眼でも分かるほどで、今もミゲルが右肩部に取りついてケーブルを直していた。
その上この機体は、人間で言えば膝関節に当たる部分を「前方に」曲げて戦ったことすらある。機体の一部を爆弾がわりにしたことさえ。
そんな曲芸戦法でもなければ、この機体ではアマミキョを守れないからなのだろうが──
そのような小手先の戦法が、今後も通用するとはサイには思えない。同じ懸念は当然、アマクサ組も抱いているはずだ。
それでもフレイは、この機体に乗るつもりだろうか。
奥にあるティーダにも視線を向けつつ、サイはため息をつく。
その時突然背中から響いたのは、女の声。
「アフロディーテの顔が、そんなにおかしいか」
サイは振り向きもせず答える。
「どうして君がこの機体を使い続けているのか、不思議でね。
君なら他に山ほど、適した機体はあるだろうに」
「私に合う機体だからな」
紅の髪を靡かせ、フレイ・アルスターがサイの左肩へ身体を寄せてきた。
耳元にかかる吐息。そっと囁かれる言葉。
「……ハラジョウへは、ずっと来ないつもりか。
私たちが離れるまで、あと1週間もない」
「考えてた。ティーダとアフロディーテのことを」
敢えてフレイの顔を見ず、サイはぽつりと呟いた。
「マスミさんはティーダを進化させようと、躍起になってる。
一方で君は、何に拘ってるのか、ずっと同じ機体に乗り続けている。
その違いが、面白いなと思ってね」
「面白い?」
「もしかして、俺と初めて会った時に乗った機体がこれだったから──
君は、これに乗り続けているのかい?」
サイが振り返ると、フレイは何も言わず横を向いていた。
ただその頬は、ほんのり赤くなっている。それを確認すると、サイはわざと大きく溜息をつきつつ、彼女の横であぐらをかき座り込んだ。
「……だとしたら、結構な乙女だな」
「人をからかうな。予算削減だ」
こともなげにフレイは言い放ったが、負けじと彼も言い返す。
「IWSPを無理矢理くっつけてスカイグラスパーにまで無茶な運用させて、予算も何もあるか」
「機体を新しく用意するよりは安上がりだ」
「君が危険だろ」
フレイもサイにならい、ゆっくりと腰を下ろす。
「私はそうそう、簡単には討たれない」
まるでそれが当然の如く、さらりと言い放たれた彼女の一言。
そっけなさすら感じられるその言葉に、サイは思わず声を上げてしまった。
「それでも、だよ!」
自分でも不思議だと思ったほどの、感情の爆発だった。
幸い、ミゲルはずっとアフロディーテの肩部の中で作業をしており、夜勤の整備士はティーダやカラミティにとりついていて、サイとフレイには気づいていない。
「どうして、ナオトもマユも君も、そんなに自信過剰なんだよ!
あれだけ人が死ぬのを見ている癖に、どうして自分だけは無事だって思えるんだ。
今ある危険も認識出来ないで、何がヒトの進化だよ」
このようなサイの感傷には、さすがに気づけていなかったのか――
フレイは大きく瞳を見開いて、彼を凝視する。
「落ち着け、サイ。言っていることが滅茶苦茶だぞ」
「俺は落ち着いてるよ。君たちの方が変なんだ」
サイはわざと鼻を鳴らしてフレイから顔を背ける。
アムルとカズイの影響もあってか、自分が妙に昂ぶっていることは認識していた──
しかし俺は、間違ったことは言っていない。サイはそう信じていた。
「俺への妙な拘りがあるんだったら、とっとと捨ててくれ。
頼むから、新しいちゃんとした機体に乗ってくれ。人形ごっこやってるんじゃないんだ。
それが出来ないってんなら、戦闘なんかするな! 前線なんかに出るな!
オーブの山奥かどっかで、畑でも耕しておとなしく読書でもしてろ!」
「サイ!」
フレイの手が、折れよとばかりに強く彼の両手首を掴む。
その握力に、サイは思わず顔をしかめた。
「一体何を言い出すんだ……お前らしくもない」
「俺らしさって何だよ。
誰にでもいい顔して最悪な結果招くのが、俺らしさってのか」
「カズイ・バスカークの件か」
「カズイは関係ない!
ただ俺は、もう誰にも死んでほしくない。誰にも傷ついてほしくないんだよ!」
サイはフレイの手を振り払い、一発、思い切り鋼鉄の床に拳を叩きつけた。
その痛みと床の冷たさに、少しだけ落ち着きを取り戻す──
嗚咽が出かけていたが、涙までは流さずにすんだ。
「……ごめん。
昂ぶりすぎた」
「謝ることはない」
フレイはゆっくりと、サイの両肩に腕を回した。
それはまるで、雛を抱く母鳥のように──
あぁ。俺は、本当に疲れている。
アムルさんとカズイの騒動に、ナオトに対するマスミの態度。
俺を殺しに来たトール。
離れてしまうフレイ。
それだけじゃない。アマミキョの今後やアークエンジェルの行方……
一体どうなるのか全く見えない未来に、俺は押しつぶされかかっている。
やがてフレイは、ゆっくり一言一言区切るように、サイに尋ねた。
「サイ──
誰も戦わず、誰も傷つかない世界が、お前の望みか?」
「出来るならな。そんなことが」
「皆が土を耕し、自然に感謝して豊かに生き、寿命をまっとうする世界を──
お前は望むか?」
「出来る、なら……」
フレイの暖かい胸の中で、サイは眠るように呟く。
抱かれるがままになりながら、精神の磨耗を自覚していた。
今の俺は、どんな誘惑でも乗ってしまうかも知れない。もう何もしなくていい、ゆっくり休んでいい、癒してあげる、とか言われたら――
だがその時彼女は、思わぬ言葉を口にした。
「ヒトが、ヒトでなくなっても、か?」
不意に浴びせられた、強烈な台詞。
サイはその言葉に、思わず顔を上げる。
「どういう意味だ?」
「今ある人間の定義から外れても、という意味だ」
「フレイ……ごめん。
君が何を言っているのか、訳が分からない」
「私たちの行動は全て、その目的の為にある──
人が戦わず、傷つかず、心を汚されることもなく、寿命をまっとう出来る世界。
それが可能になる世界とは……一体、どんな世界だろうな。
貴様は本当に、そのような世界を望むか?」
サイは考える──
目の前で半分自虐的に微笑む女は、一体何を考えているのかと。
フレイはさらに滔々と語る。
「私は、お前の望みどおり動くことに決めた。
お前が平和と停滞を望むなら、そうしよう。
進化と戦いを望むなら、それを叶えよう」
「フレイ。
本当に、君が何を言っているのか分からないんだが……」
俺はこの言葉を、何回フレイに言うのだろうか。
それでも彼女は微笑んだまま、サイをそっと抱きしめた。
「いずれ分かる時が来る。お前が選択すべき時が来る──
その時に考えろ。
忘れるな。私にはどちらも叶える力があることを」
同時刻。
アムル・ホウナは、破壊されたヤエセの街で彷徨っていた。
この事態になったのは少々予想外ではあったものの、彼女はいずれ近いうちにアマミキョを出るつもりだった。異動の申請が受理されなかった以上、もうあの船にいる理由はない。
何故なら自分には、もっと適した場所があるから──
シュリ隊除隊申請もとうの昔に書き上げていたし、あとは提出するだけだったのだ。
焼け残った電灯が何とか点滅し、瓦礫が積もった夜の街をアムルは歩き続ける。
周囲には人の姿もまばらで、警戒中の兵士たちだけが忙しく行き交う。
オーブ行きの飛行機には、明日でなければ乗れない。それまで、ここで彼女は最後の夜を過ごさねばならなかった。
アマミキョには全く未練はないと言ったら嘘になる。
ただそれは彼女の場合、決してあの場所が恋しいとかそんな理由ではない。
出来うるならば自分の手で、完膚なきまでにあの船の連中を叩き潰したかった。
それが出来ないことが、アムルの苛立ちを増幅させていた。
あれだけ私を馬鹿にして、気持ち悪がらせて、非協力的で、心の中まで覗き見たナチュラルども──
あそこにいたコーディネイターたちも、どうしてあれだけナチュラルの肩ばかり持っていたのだろう?
所詮、ナチュラルに与するコーディネイターも、ナチュラルと同じよ。
アムルは埃まみれのベンチに腰を降ろし、自分の手のひらをじっと眺めた。
アマミキョに乗って唯一、楽しかったことといえば──
サイ・アーガイルの惨めな姿を見られたことと、最後の最後に彼をこの手で痛めつけられたことだろうか。
彼女の手に蘇るものは、サイの腕を締めつけた時の快感。
あの雨の日の絶叫も震えるものがあったけれど、この手で実際に体温を感じ、腕を潰しかけた時の感覚とは比べ物にならない。
あれだけ惨めな思いをさせたのに、いつの間にか人望を取り戻し副隊長にまで登りつめたあの、生意気なナチュラルの男。
フレイばかりを見て、私など歯牙にもかけなかった男。
まだ男の子と形容してもいいくらいの顔つき体つきの癖に、私にくだらない干渉ばかりしてきた男。
──私の心を、覗いた男。
サイの、押し殺したようなあの呻きを聞くだけで、アムルの中では他の全ての不満の半分ほどが解消出来てしまっていた。
ただその代わりに自分の中で膨れ上がってくるものは、恐ろしいまでの欲求――
それすら彼女は、自身で冷静に分析していた。
まだ若く、鍛えられきっていないあの筋肉を、この手で潰してしまいたい。
肌を突き破って血を噴出させ、内臓までもを抉り出して、骨を叩き潰したい。
フレイ・アルスターの大切なものを、彼女の目の前で破滅させたい。
昨今の政治事情を鑑みる限り、いずれ近いうち、アマミキョ共々サイはそうなる運命だろう。
そこに自分がいないのが、とても残念──
「こんな処に一人でいると危ないですよ。
お嬢さん」
不意に声をかけられ、アムルはふと顔を上げる。
焦茶の短い髭で黒い肌を覆い、さらにサングラスをかけた男が、アムルの眼前に立っていた。
年は髭でよく分からないが、40そこそこといったところか。
「貴女、アマミキョの方ですね。
キャンプで拝見させていただいたことがある」
そう言って男はアムルに、大きな手を差し出した。
「どちら様ですか? 私、貴方とは面識が……」
「あぁ、失礼。あの船の情報を集めている、しがないジャーナリストですよ。
ともかくここでは危ない、あちらの幹線道路を抜けたところに喫茶店があります。
そこでお話させていただきましょう」
──数時間後、アムルは知ることになる。
この男が自分の願いを叶え、自分の新たな運命を切り開く道しるべとなってくれることを。
そしてこの男はジャーナリストなどではなく、幾度もアマミキョを危機に陥れ、ティーダを執拗に追いかけてきた男──
ヨダカ・ヤナセであることを。