【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part4 きっと、また会える

 

 

 フレイがアマミキョから離れるにあたり、サイは非常に重大な問題をただしておく必要があった。

 二人で向かい合い、解決すべき問題が。

 ――最後の夜。

 フレイに面と向かって、彼は言ってのけたのである。

 

「……もしかして、出来たのか?」

 

 単刀直入すぎると自分で思ったが、それ以外にサイはこの質問を切り出す方法を知らない。

 それに「この」フレイに質問するには、この言い方が最も正しい気もしていた。

 ――だが当然ながら、直後に言葉を訂正される羽目になる。

 

「最近の若僧は述語を言わずに主語だけ垂れ流す傾向があるが、お前は逆になってきたな」

 

 フレイは白い肩に流れ落ちる紅の髪を軽く跳ね上げつつ、溜息を漏らす。

 

「それも、あまり良い傾向ではないがな」

「ふざけないでくれ」

 

 ネクタイを締めなおしつつ、サイはフレイの灰色の瞳を覗き込む。

 この不思議な瞳の色は、本当に海そっくりだ──見る側の気持ちの持ち方で、いかようにも見えるあたりが特に。

 今は本来のグレーだ。白でも黒でも群青でもない。

 

「子供のことだよ。

 大事だろ。一大事だろ?」

 

 ともすれば、逃げられるのではないか──

 サイは無意識のうちに、彼女の二の腕を押さえてしまっていた。

 ――情けないことに、俺はまだどこかでフレイを疑っている。

 だが、彼女の答えは簡潔極まるものだった。

 

「まだだ」

「まだって……分かるのか」

「あぁ。残念ながら、まだだ」

 

 全く動揺を見せないフレイの横顔。

 細い鼻筋が、淡い橙の照明の中に浮かび上がる。

 

「何故分かる?」

「感覚だ。月のものも乱れていない」

 

 こともなげに言ってのけるフレイに、サイは思わずくってかかる。

 

「君は言ったよな。子供を成せって……

 あの時はとんでもなく驚いたけど、今の俺はその約束を守りたい。

 ちゃんと考える必要があるんだ」

「大丈夫だ。出来てはいないのだから」

 

 唇にわずかに笑みをたたえながら、フレイは優しくサイの首筋を撫でた。

 子供をあやすように。

 

「それに、何度も言ったはずだぞ──

 私が責任を持つと」

「俺は無責任なことはしたくないんだよ。君の旦那だぞ」

 

 彼女と二人、夜を共に過ごすようになり。

 サイは当然、生まれてくるであろう子供のことも考えるようになっていた。

 もし、今――と思うと、自分がとてつもなく酷いことをしている気がしてならない。

 

 仮に今、フレイが子供を宿したら。

 二人が大きく離れてしまう以上、母体たるフレイの負担がどうしても重くなるのは仕方ない。

 そんなことは、サイも分かっている。だからこそ何度も、避妊を考えた。だが──

 

 フレイは決して、それを許さなかった。

 ――ただひたすら自分の身体の内に、徹底的にサイの証を残す。

 そこに彼女は、異常とも言える執着で拘り続けていたのである。

 

「俺はやっぱり、納得出来ない」

「くどいぞ。心配自体が無用だ」

 

 あまりにも素っ気無いフレイの態度ではあったが、こんなものはもう慣れた。

 覚悟を決めて言い放つ。

 

「今君が離れるのは、仕方ないさ。

 だけど、俺は必ず君のところに行く。

 何があっても絶対にもう一度君のところに行って、約束を守るから」

 

 

 二年前彼女を送り出す時、俺は何も言ってやれなかった。こんな言葉ですらも。

 俺に縋ろうとする彼女を、俺はただ否定するだけだった。だから──

 

 

「君が何をしようと、俺は会いに行くからな」

「――ありがとう、サイ」

 

 白い能面のようだったフレイの表情が、不意に崩れる。

 心の底から素直な笑顔が、そこにあった。

 

「その言葉だけで、十分だ。

 たとえその約束が反故にされることがあったとしても、今その言葉を聞いただけで、私には十分だ。

 ありがとう」

 

 フレイは両腕で、ゆっくりとサイを抱きしめる。

 大きな胸の温度と中の鼓動が、直接肌に伝わってくる。

 

 ──自分の一体何が、それほどまでに、この少女の支えになっているのだろう。

 

 サイは自分でも分からないままに、囁いた。

 彼女のぬくもりを、一身に感じながら。

 

「反故にって……縁起でもないこと言うなよ。

 また、すぐに会えるって」

 

 

 

 

 

 

「お世話になりました」

 

 別れの朝──

 ティーダやアフロディーテが次々と搬出されていく轟音に満ちたカタパルトで、ナオト・シライシは深々とサイに頭を下げていた。

 一応頭を下げてくれるくらいは、素直になったか。いや、素直に戻ったというべきか。

 サイはそう思いつつも、この間のちょっとした口論が忘れられない。

 

「どうしても、乗るつもりか。ティーダに」

 

 またそれを言うのかと言いたげに、ナオトの頬が見事に膨れて唇が尖る。

 

「僕は決めたんです。母さんも、マユもいるんだ。

 本当に最後まで、サイさんは……」

「分かったよ」ナオトに皆まで言わせず、サイはふっと笑顔になってみせた。

「俺の負けだよ。

 最後くらいは、ケンカはなしだ」

 

 思わず顔を上げるナオトの後ろで、マユがはしゃぐ。

 

「あ! やっとサイも分かってくれたんだね。

 戦いは男のクンショウだよ!」

「そーそー! こいつってどうも、男の癖にかーちゃんみたいなこと言うからな」

 

 いつのまにかオサキがサイの背後を取り、ウインクしながら思い切りその腰をひっ叩いていた。

 

「男は少しぐらい、鍛えられた方がいいんだって!」

「ちょ、痛っ……!」

 

 オサキについてきたヒスイも笑う。

 

「ギガフロート・シネリキョは、生活施設も充実してると聞きました。

 ショッピングモールに遊園地まであるそうじゃないですか、大丈夫ですよ」

「うん! シネリキョはすごいんだよー」

 

 マユはナオトの袖をつかみながら、さらにはしゃぐ。これから遠足に行く子供そのものだ。

 

「ナオトもあの海賊ランド、行ってみようよ!」

「海賊ランド?」

「いーっぱい海賊のお人形があるところを船で進むんだよ。

 私、一回貸切で遊んだことあるんだ。お兄ちゃんと!」

「貸切って……それ、他に人がいないってことじゃないか! 怖いんだけど」

「怖くないよ! 

 だってお兄ちゃんと一緒だったもん、ナオトも一緒なら怖くないって」

 

 そんなマユとナオトを見ながら、サイも思わず噴きだしてしまった。

 

 きっとすぐ、また会える──

 そう思いながら、サイは二年前のフレイとの離別を忘れることが出来なかった。

 せめて笑顔で送り出したい。どんなにケンカをしていても、離れる時はちゃんと笑顔で別れたい

 ――それがサイの、今の心情だった。

 

 ナオトもきっと、同じ思いなのだろう──

 きちんと、母からもらった新しい服を着込んでいる。淡い桜色のワイシャツに、紅のリボンタイが似合っていた。手首からまだちらりと見える包帯が痛々しかったが。

 唯一、カズイがこの場にいないのが心残りだった。

 

「まだ、治らないんですか。カズイさん……

 会いたかったな」

 

 残念がるナオトを、サイは笑ってみせる。

 

「今生の別れみたいなこと言うなよ。

 そのうち、きっと戻ってくるから」

 

 サイの言葉に呼応するように、オサキがにっこりと白い歯を見せた。

 

「大丈夫だって! 

 いつのまにか気がついたら、あいつもまた船中を走り回ってるさ」

 

 彼らの弾けるような笑顔に、ナオトは思わず涙ぐむ。

 

「サイさん、皆さん。

 僕、必ず戻ってきますから。

 必ず、パワーアップしたティーダで、サイさんのところに戻りますから。

 だから、それまで……」

 

 ナオトは頭を上げたが、今にも号泣を始めそうな顔だった。

 生きていてくださいと言わなかったのは、意地か、縁起かつぎか。

 

 アマミキョを取り囲む情勢が日を追うごとに悪化しているのは、ナオトにも分かっている。

 南北の対立が一層鮮明になり、大小問わずテロが毎日頻発している。

 おかげでナオトたちを見送りに来られたのは、サイやオサキ、ヒスイといったごくごく親しい少数だけだったのだ。後は皆、テロの後始末に追われている。

 

「だからやめろって、そういうの」

 

 ナオトの手を握り締めながら。

 いつかカズイに向けたものと同じ言葉を、サイはかけていた。

 

「お前こそちゃんと身体治して、元気でいろよ。

 今まで付き合ってくれて、ホント、ありがとな……

 それじゃ。お母さんが呼んでるぞ」

 

 

 

 

 それからもナオトは何度も何度も、名残惜しげにサイを振り向いたが──

 やがてその姿はフレイやマユ、カイキやマスミらに阻まれ、エンジンの入った移動艇・ハラジョウの陰に隠れ、完全に見えなくなった。

 

 サイはフレイに、視線を送ることだけは忘れなかった──

 これで彼女とも、しばらくは逢えなくなる。

 紅の髪を靡かせ、フレイはゆっくりとサイを振り返る。

 二人の視線が音もなくかちあったが、その灰色の瞳は、相変わらず何も語らなかった。

 少しの慕情すら見せずに、彼女はそのまま顔を背け、カイキを伴いハラジョウへ乗り込んでいく。

 

 ──ナオトを、マユを、頼んだぞ。

 今までの経緯を考えると心許ない願いではあったが、サイは願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

「私の願い、叶えていただけるなんて──

 思いもしませんでした」

 

 ヤハラのビジネスホテルの洗面所で、アムル・ホウナはブラウスを着けながら感謝の言葉を述べた。心から晴れやかな表情で。

 

「モビルスーツ適性試験のデータ、持ってきておいて良かったわ」

「間違えないでほしい。

 君を正式に私の部下とするのは、ミッションを果たしてもらってからだ」

 

 寝室から響くものは、ヨダカ・ヤナセの声。

 

「君は──仲間を売ることになるんだぞ」

「それは……分かっています」

 

 とりあえず、ここは沈んだ声で対応しておくのが得策だ──

 アムルはそう判断した。仲間を喜んで裏切るような女と思われれば、今後ヨダカとうまくやっていくことは難しい。

 

「心苦しいことではあります。

 ですが、あの船の運用に関しては私自身、以前から疑問でした。

 救助隊なのに見合わぬ力を持つ、それ自体が矛盾しています」

「ティーダについては、昨夜までに君からもらった情報で間違いないようだ。

 民間船を乗っ取り、モビルスーツを好き勝手に操る傭兵集団がいたとは──

 出自といい、気になるな」

 

 うーんと伸びをしながらベッドの上でシャツを取替えつつ、ヨダカは呟く。

 

「ハーフムーンなどで、幾度もティーダを護ったあの紅の機体──

 あれも、アマクサ組なる傭兵集団の私物か」

「ええ。よく生還出来ましたね、あの紅の魔女から」

「ハーフムーンでは敵も味方も、大変な混乱状態に陥っていた。

 全速力で逃げるのが手一杯だったよ」

 

 アムルは髪を梳かしつつ、尋ねてみた。

 

「本日より、アマミキョとティーダ、アマクサ組は別行動をとる予定です。

 動かないのですか?」

「ティーダの件については本隊に連絡を入れてある。アマミキョはまだ早い──

 連合軍の守りが薄くなってからの方が得策だ」

 

 ヨダカは髭をかきむしる。

 ジャーナリストと偽りアムルに近づいてきたヨダカが、彼女に真相を打ち明けるまで、そう時間はかからなかった。

 元々誠実な男であり、己を隠すことが苦手なのであろう──

 アムルがアマミキョに対し、悪意に近い感情すら抱いていると判断した瞬間、ヨダカはすぐ自らの素性を明かしたのだ。

 数日間この男と行動を共にしながら何もされなかったことは、さすがにアムルも女としての不満を感じてはいたが、それ以上に彼女は喜びと希望に溢れていた。

 

 

 ──この男は、約束してくれた。

 この男についていけば、プラントに行ける。夢にまで見たプラントに行ける。

 母も彼も、皆が反対し私を縛りつけ、絶対に叶うことはないと思っていた夢が叶う。

 プラントで、モビルスーツに乗ることが出来るんだ。この私が、堂々とモビルスーツに搭乗出来るんだ。

 その為ならアマミキョぐらい、喜んで売ってやる。いやむしろ、そうさせてほしい。

 私はやっと、本当に呪縛から逃れられる。

 

 

 ――そんなアムルの脳裏に浮かぶものは。

 幼い頃からずっと自分を怒鳴りつけてきた、母の声。

 猫なで声で自分を懐柔しようとしながら押さえつけてくる、婚約者の声。

 

 

『我が子ながら、情けない……このトシになって、ソナタも弾けないなんて』

『私もお父さんも音楽の才能に溢れたコーディネイターだったのに、どうして貴方はこんなに何もかも無能なの?』

『ナチュラルだらけの学校卒業して、ナチュラルだらけの会社にしか就職できなくて、ろくな稼ぎもない。

 どうしてウチの子、こうなっちゃったの?』

『ナチュラルだらけの職場で苦しい? 満員電車で毎朝死にそう?

 貴方が無能なんだから仕方ないわよ、稼げるだけありがたいと思いなさい』

『それより次の休日はあの人とデートでしょ? 何その不満そうな顔は、ブスがさらにブスになるわよ?』

『貴方は本当に何にもできない娘なんだから、幸せになるには結婚するしかないでしょ?』

『モビルスーツに乗りたいですって!? バカなこと言わないでちょうだい、そんなことより私のコンサートを手伝って!! お風呂も台所もまだ掃除出来てないじゃないの!!』

『貴方ッ、何勝手にオーブ軍の入隊申請なんかしてるの? 手続書類が来たみたいだけど、私が全部捨てといたから』

『無能な貴方が幸せになるには結婚! 結婚しかないの! 

 あの人と結婚して子供産むしか!』

『私のツテを使いまくって、やっと子供産めそうな人を見つけ出してきたんだからね!

 貴方の為を想って!!』

 

『アムル、頼むよ。俺は仕事の勉強をしなきゃいけないんだから、せめて休日には家にきて俺の世話してくれよ』

『他にやりたいことがあるって? 婚約者の俺より優先しなきゃならないことなんかあるの?』

『また洗面所の鏡が汚れてたよ。俺と結婚したいなら、それぐらいはやってよ』

『仕事で忙しいって? 俺だって仕事に研修で大変なんだ。

 それに比べたら、ナチュラルでも出来る君の仕事なんて、大したことないだろ?』

『手をつなぐとか、恥ずかしいことやめてくれないか。

 君とは遺伝子的に合致しただけの相手でしかないんだから』

 

 

 ――そんな母とあの男から、無我夢中で逃げだしたのに。

 あいつらは私を追って、アマミキョまでやってきた。

 あいつらは身体を消し飛ばされても、執念はとんでもなく凄まじい粘着ぶりをもってこの世に残った。

 形を変えて私を縛りつけた。私の自由な夢を奪った

 ──サイ・アーガイルという形となって。

 

 アマミキョでサイと出くわすたびに、私はいつまでも母と彼の幻影に苦しめられた。

 あの子は私の心を覗いた上に、無知ゆえの潔癖さと善良さで私を許さなかった。

 あの子がいる限り、私は母と彼から逃れられない。だから──

 

 

 ヨダカから渡された、薬のカプセルにも似たメモリ。それを蛍光灯に翳してみる。

 こんなものが、私の未来を開く鍵となるなんて──私の願い、全てを叶えてくれるなんて。

 

 アムルは決意した。

 私はこれで、サイにとどめを刺す。

 サイ・アーガイルを捻り潰し、アマミキョを吹き飛ばして、私は空へ飛び立つんだ。

 

 

 

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