【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
フレイがアマミキョから離れるにあたり、サイは非常に重大な問題をただしておく必要があった。
二人で向かい合い、解決すべき問題が。
――最後の夜。
フレイに面と向かって、彼は言ってのけたのである。
「……もしかして、出来たのか?」
単刀直入すぎると自分で思ったが、それ以外にサイはこの質問を切り出す方法を知らない。
それに「この」フレイに質問するには、この言い方が最も正しい気もしていた。
――だが当然ながら、直後に言葉を訂正される羽目になる。
「最近の若僧は述語を言わずに主語だけ垂れ流す傾向があるが、お前は逆になってきたな」
フレイは白い肩に流れ落ちる紅の髪を軽く跳ね上げつつ、溜息を漏らす。
「それも、あまり良い傾向ではないがな」
「ふざけないでくれ」
ネクタイを締めなおしつつ、サイはフレイの灰色の瞳を覗き込む。
この不思議な瞳の色は、本当に海そっくりだ──見る側の気持ちの持ち方で、いかようにも見えるあたりが特に。
今は本来のグレーだ。白でも黒でも群青でもない。
「子供のことだよ。
大事だろ。一大事だろ?」
ともすれば、逃げられるのではないか──
サイは無意識のうちに、彼女の二の腕を押さえてしまっていた。
――情けないことに、俺はまだどこかでフレイを疑っている。
だが、彼女の答えは簡潔極まるものだった。
「まだだ」
「まだって……分かるのか」
「あぁ。残念ながら、まだだ」
全く動揺を見せないフレイの横顔。
細い鼻筋が、淡い橙の照明の中に浮かび上がる。
「何故分かる?」
「感覚だ。月のものも乱れていない」
こともなげに言ってのけるフレイに、サイは思わずくってかかる。
「君は言ったよな。子供を成せって……
あの時はとんでもなく驚いたけど、今の俺はその約束を守りたい。
ちゃんと考える必要があるんだ」
「大丈夫だ。出来てはいないのだから」
唇にわずかに笑みをたたえながら、フレイは優しくサイの首筋を撫でた。
子供をあやすように。
「それに、何度も言ったはずだぞ──
私が責任を持つと」
「俺は無責任なことはしたくないんだよ。君の旦那だぞ」
彼女と二人、夜を共に過ごすようになり。
サイは当然、生まれてくるであろう子供のことも考えるようになっていた。
もし、今――と思うと、自分がとてつもなく酷いことをしている気がしてならない。
仮に今、フレイが子供を宿したら。
二人が大きく離れてしまう以上、母体たるフレイの負担がどうしても重くなるのは仕方ない。
そんなことは、サイも分かっている。だからこそ何度も、避妊を考えた。だが──
フレイは決して、それを許さなかった。
――ただひたすら自分の身体の内に、徹底的にサイの証を残す。
そこに彼女は、異常とも言える執着で拘り続けていたのである。
「俺はやっぱり、納得出来ない」
「くどいぞ。心配自体が無用だ」
あまりにも素っ気無いフレイの態度ではあったが、こんなものはもう慣れた。
覚悟を決めて言い放つ。
「今君が離れるのは、仕方ないさ。
だけど、俺は必ず君のところに行く。
何があっても絶対にもう一度君のところに行って、約束を守るから」
二年前彼女を送り出す時、俺は何も言ってやれなかった。こんな言葉ですらも。
俺に縋ろうとする彼女を、俺はただ否定するだけだった。だから──
「君が何をしようと、俺は会いに行くからな」
「――ありがとう、サイ」
白い能面のようだったフレイの表情が、不意に崩れる。
心の底から素直な笑顔が、そこにあった。
「その言葉だけで、十分だ。
たとえその約束が反故にされることがあったとしても、今その言葉を聞いただけで、私には十分だ。
ありがとう」
フレイは両腕で、ゆっくりとサイを抱きしめる。
大きな胸の温度と中の鼓動が、直接肌に伝わってくる。
──自分の一体何が、それほどまでに、この少女の支えになっているのだろう。
サイは自分でも分からないままに、囁いた。
彼女のぬくもりを、一身に感じながら。
「反故にって……縁起でもないこと言うなよ。
また、すぐに会えるって」
「お世話になりました」
別れの朝──
ティーダやアフロディーテが次々と搬出されていく轟音に満ちたカタパルトで、ナオト・シライシは深々とサイに頭を下げていた。
一応頭を下げてくれるくらいは、素直になったか。いや、素直に戻ったというべきか。
サイはそう思いつつも、この間のちょっとした口論が忘れられない。
「どうしても、乗るつもりか。ティーダに」
またそれを言うのかと言いたげに、ナオトの頬が見事に膨れて唇が尖る。
「僕は決めたんです。母さんも、マユもいるんだ。
本当に最後まで、サイさんは……」
「分かったよ」ナオトに皆まで言わせず、サイはふっと笑顔になってみせた。
「俺の負けだよ。
最後くらいは、ケンカはなしだ」
思わず顔を上げるナオトの後ろで、マユがはしゃぐ。
「あ! やっとサイも分かってくれたんだね。
戦いは男のクンショウだよ!」
「そーそー! こいつってどうも、男の癖にかーちゃんみたいなこと言うからな」
いつのまにかオサキがサイの背後を取り、ウインクしながら思い切りその腰をひっ叩いていた。
「男は少しぐらい、鍛えられた方がいいんだって!」
「ちょ、痛っ……!」
オサキについてきたヒスイも笑う。
「ギガフロート・シネリキョは、生活施設も充実してると聞きました。
ショッピングモールに遊園地まであるそうじゃないですか、大丈夫ですよ」
「うん! シネリキョはすごいんだよー」
マユはナオトの袖をつかみながら、さらにはしゃぐ。これから遠足に行く子供そのものだ。
「ナオトもあの海賊ランド、行ってみようよ!」
「海賊ランド?」
「いーっぱい海賊のお人形があるところを船で進むんだよ。
私、一回貸切で遊んだことあるんだ。お兄ちゃんと!」
「貸切って……それ、他に人がいないってことじゃないか! 怖いんだけど」
「怖くないよ!
だってお兄ちゃんと一緒だったもん、ナオトも一緒なら怖くないって」
そんなマユとナオトを見ながら、サイも思わず噴きだしてしまった。
きっとすぐ、また会える──
そう思いながら、サイは二年前のフレイとの離別を忘れることが出来なかった。
せめて笑顔で送り出したい。どんなにケンカをしていても、離れる時はちゃんと笑顔で別れたい
――それがサイの、今の心情だった。
ナオトもきっと、同じ思いなのだろう──
きちんと、母からもらった新しい服を着込んでいる。淡い桜色のワイシャツに、紅のリボンタイが似合っていた。手首からまだちらりと見える包帯が痛々しかったが。
唯一、カズイがこの場にいないのが心残りだった。
「まだ、治らないんですか。カズイさん……
会いたかったな」
残念がるナオトを、サイは笑ってみせる。
「今生の別れみたいなこと言うなよ。
そのうち、きっと戻ってくるから」
サイの言葉に呼応するように、オサキがにっこりと白い歯を見せた。
「大丈夫だって!
いつのまにか気がついたら、あいつもまた船中を走り回ってるさ」
彼らの弾けるような笑顔に、ナオトは思わず涙ぐむ。
「サイさん、皆さん。
僕、必ず戻ってきますから。
必ず、パワーアップしたティーダで、サイさんのところに戻りますから。
だから、それまで……」
ナオトは頭を上げたが、今にも号泣を始めそうな顔だった。
生きていてくださいと言わなかったのは、意地か、縁起かつぎか。
アマミキョを取り囲む情勢が日を追うごとに悪化しているのは、ナオトにも分かっている。
南北の対立が一層鮮明になり、大小問わずテロが毎日頻発している。
おかげでナオトたちを見送りに来られたのは、サイやオサキ、ヒスイといったごくごく親しい少数だけだったのだ。後は皆、テロの後始末に追われている。
「だからやめろって、そういうの」
ナオトの手を握り締めながら。
いつかカズイに向けたものと同じ言葉を、サイはかけていた。
「お前こそちゃんと身体治して、元気でいろよ。
今まで付き合ってくれて、ホント、ありがとな……
それじゃ。お母さんが呼んでるぞ」
それからもナオトは何度も何度も、名残惜しげにサイを振り向いたが──
やがてその姿はフレイやマユ、カイキやマスミらに阻まれ、エンジンの入った移動艇・ハラジョウの陰に隠れ、完全に見えなくなった。
サイはフレイに、視線を送ることだけは忘れなかった──
これで彼女とも、しばらくは逢えなくなる。
紅の髪を靡かせ、フレイはゆっくりとサイを振り返る。
二人の視線が音もなくかちあったが、その灰色の瞳は、相変わらず何も語らなかった。
少しの慕情すら見せずに、彼女はそのまま顔を背け、カイキを伴いハラジョウへ乗り込んでいく。
──ナオトを、マユを、頼んだぞ。
今までの経緯を考えると心許ない願いではあったが、サイは願わずにはいられなかった。
「私の願い、叶えていただけるなんて──
思いもしませんでした」
ヤハラのビジネスホテルの洗面所で、アムル・ホウナはブラウスを着けながら感謝の言葉を述べた。心から晴れやかな表情で。
「モビルスーツ適性試験のデータ、持ってきておいて良かったわ」
「間違えないでほしい。
君を正式に私の部下とするのは、ミッションを果たしてもらってからだ」
寝室から響くものは、ヨダカ・ヤナセの声。
「君は──仲間を売ることになるんだぞ」
「それは……分かっています」
とりあえず、ここは沈んだ声で対応しておくのが得策だ──
アムルはそう判断した。仲間を喜んで裏切るような女と思われれば、今後ヨダカとうまくやっていくことは難しい。
「心苦しいことではあります。
ですが、あの船の運用に関しては私自身、以前から疑問でした。
救助隊なのに見合わぬ力を持つ、それ自体が矛盾しています」
「ティーダについては、昨夜までに君からもらった情報で間違いないようだ。
民間船を乗っ取り、モビルスーツを好き勝手に操る傭兵集団がいたとは──
出自といい、気になるな」
うーんと伸びをしながらベッドの上でシャツを取替えつつ、ヨダカは呟く。
「ハーフムーンなどで、幾度もティーダを護ったあの紅の機体──
あれも、アマクサ組なる傭兵集団の私物か」
「ええ。よく生還出来ましたね、あの紅の魔女から」
「ハーフムーンでは敵も味方も、大変な混乱状態に陥っていた。
全速力で逃げるのが手一杯だったよ」
アムルは髪を梳かしつつ、尋ねてみた。
「本日より、アマミキョとティーダ、アマクサ組は別行動をとる予定です。
動かないのですか?」
「ティーダの件については本隊に連絡を入れてある。アマミキョはまだ早い──
連合軍の守りが薄くなってからの方が得策だ」
ヨダカは髭をかきむしる。
ジャーナリストと偽りアムルに近づいてきたヨダカが、彼女に真相を打ち明けるまで、そう時間はかからなかった。
元々誠実な男であり、己を隠すことが苦手なのであろう──
アムルがアマミキョに対し、悪意に近い感情すら抱いていると判断した瞬間、ヨダカはすぐ自らの素性を明かしたのだ。
数日間この男と行動を共にしながら何もされなかったことは、さすがにアムルも女としての不満を感じてはいたが、それ以上に彼女は喜びと希望に溢れていた。
──この男は、約束してくれた。
この男についていけば、プラントに行ける。夢にまで見たプラントに行ける。
母も彼も、皆が反対し私を縛りつけ、絶対に叶うことはないと思っていた夢が叶う。
プラントで、モビルスーツに乗ることが出来るんだ。この私が、堂々とモビルスーツに搭乗出来るんだ。
その為ならアマミキョぐらい、喜んで売ってやる。いやむしろ、そうさせてほしい。
私はやっと、本当に呪縛から逃れられる。
――そんなアムルの脳裏に浮かぶものは。
幼い頃からずっと自分を怒鳴りつけてきた、母の声。
猫なで声で自分を懐柔しようとしながら押さえつけてくる、婚約者の声。
『我が子ながら、情けない……このトシになって、ソナタも弾けないなんて』
『私もお父さんも音楽の才能に溢れたコーディネイターだったのに、どうして貴方はこんなに何もかも無能なの?』
『ナチュラルだらけの学校卒業して、ナチュラルだらけの会社にしか就職できなくて、ろくな稼ぎもない。
どうしてウチの子、こうなっちゃったの?』
『ナチュラルだらけの職場で苦しい? 満員電車で毎朝死にそう?
貴方が無能なんだから仕方ないわよ、稼げるだけありがたいと思いなさい』
『それより次の休日はあの人とデートでしょ? 何その不満そうな顔は、ブスがさらにブスになるわよ?』
『貴方は本当に何にもできない娘なんだから、幸せになるには結婚するしかないでしょ?』
『モビルスーツに乗りたいですって!? バカなこと言わないでちょうだい、そんなことより私のコンサートを手伝って!! お風呂も台所もまだ掃除出来てないじゃないの!!』
『貴方ッ、何勝手にオーブ軍の入隊申請なんかしてるの? 手続書類が来たみたいだけど、私が全部捨てといたから』
『無能な貴方が幸せになるには結婚! 結婚しかないの!
あの人と結婚して子供産むしか!』
『私のツテを使いまくって、やっと子供産めそうな人を見つけ出してきたんだからね!
貴方の為を想って!!』
『アムル、頼むよ。俺は仕事の勉強をしなきゃいけないんだから、せめて休日には家にきて俺の世話してくれよ』
『他にやりたいことがあるって? 婚約者の俺より優先しなきゃならないことなんかあるの?』
『また洗面所の鏡が汚れてたよ。俺と結婚したいなら、それぐらいはやってよ』
『仕事で忙しいって? 俺だって仕事に研修で大変なんだ。
それに比べたら、ナチュラルでも出来る君の仕事なんて、大したことないだろ?』
『手をつなぐとか、恥ずかしいことやめてくれないか。
君とは遺伝子的に合致しただけの相手でしかないんだから』
――そんな母とあの男から、無我夢中で逃げだしたのに。
あいつらは私を追って、アマミキョまでやってきた。
あいつらは身体を消し飛ばされても、執念はとんでもなく凄まじい粘着ぶりをもってこの世に残った。
形を変えて私を縛りつけた。私の自由な夢を奪った
──サイ・アーガイルという形となって。
アマミキョでサイと出くわすたびに、私はいつまでも母と彼の幻影に苦しめられた。
あの子は私の心を覗いた上に、無知ゆえの潔癖さと善良さで私を許さなかった。
あの子がいる限り、私は母と彼から逃れられない。だから──
ヨダカから渡された、薬のカプセルにも似たメモリ。それを蛍光灯に翳してみる。
こんなものが、私の未来を開く鍵となるなんて──私の願い、全てを叶えてくれるなんて。
アムルは決意した。
私はこれで、サイにとどめを刺す。
サイ・アーガイルを捻り潰し、アマミキョを吹き飛ばして、私は空へ飛び立つんだ。