【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
※未成年への暴行描写があります。苦手なかたはご注意ください。
ナオトたちの行き先──ギガフロート・シネリキョ。
そこはまるで、ナオトが昔よく漫画で見た未来都市そのものだった。
直径が約15キロといったほぼ円形の人工島に、空港や長距離軌道ターミナル、工場や研究施設、ショッピングセンターや遊園地がところ狭しと立ち並んでいる。
モノレールに乗り換えたナオトは、車窓から銀色に輝く道路を眺めては、いちいち歓声を上げていた。
「すごい! 本当の要塞都市だよ、ここは!
まるでプラントみたいだ」
戦争の荒廃を全く感じさせず、太陽をさんさんと浴びて光り輝く街。
街路樹も整然と植えられ、ビルの奥には植物園らしき森まで見える。
埃と泥と騒音に満ちたヤハラからここへ来た少年にとってそこは、希望溢れる未来都市だった──
人の姿が作業員以外、殆ど見られないことを除けば。
「ナオト、あのお城が遊園地だよ!」
マユが指差した先を見ると、島の中心にロケットのような塔が見えた。
太陽の光を浴び、銀色に輝く塔。
「あれが、この島の中心。
塔を真ん中にして島が出来てるんだよ」
「貴方もあそこに行くのよ、ナオト」
マスミがナオトの隣で、にっこり笑う。
フレイやカイキ達は別室でミーティング中で、ナオトの周りには何人かの研究員らしき白衣の男女がいるだけだ。
「今から皆さんにご挨拶するのだから、ちゃんとしましょうね」
マスミはナオトの紅いリボンタイを直す。それだけで、彼は嬉しかった。
母からプレゼントされるなんて、一体何年ぶりだったろう。マユにもさっき褒められたばかりだった──
マユは喜んでもいた。自分のリボンとナオトのそれが、ほぼ一緒だったから。
「お揃いだね、ナオト! すごく可愛い。
えへへ……大好きだよっ!」
可愛いという形容が若干男としては引っかかるものがあったが、マユのその言葉がナオトにはまた、壮絶に嬉しかった。
――大好き。
単純に、その言葉が。その純真な笑顔が。
怪我をした右手はまだ痛んだが、もう動かせるぐらいには回復している。マスミから貰った缶ジュースを飲める程度は。
やがてモノレールは速度を上げ、島を半周した後、螺旋を描くように地下へと潜り込んでいった。
「お疲れ様、ナオト」
ギガフロートの地下に拡がる研究所の一角で。
ナオトはマユたちと一旦離れ、母と二人きりになった。
「本当にすごいや、この島。
外からは分からなかったけど、地下にたくさん人がいたんだね。
挨拶、さすがに疲れちゃったよ」
「ホントね。優秀な技術者たちが大勢集められたのよ、ティーダのために」
「ここでティーダを強化すれば、無敵だよね!」
「えぇ。そしてナオト……
貴方もきっと、もっと強くなれる」
マスミの個室でもあるこの部屋は、研究所というよりは洋風喫茶店とも言うべき内装だった。
家具は落ち着いたチョコレート色に統一され、床も派手さのないベージュの絨毯で敷き詰められている。アンティーク調の丸テーブルが部屋の真ん中にあり、ナオトとマスミは少し古びた木製の椅子に座っていた。
薔薇の模様が施されたテーブルクロスの上には、カップに入ったローズティーが二杯、湯気を立てている。
そんな中、ナオトの右側の壁にかけられた大きなモニターが、奇妙に異彩を放っていた。
マスミとナオトの他には、研究員が二人、ドア付近で立ち尽くしていた。
白衣を着込み、一人はワークキャップを目深に被っている。
ナオトはどうにもそれが気に喰わず、不審げな視線を投げかけずにはいられない。
それに気づいたマスミは、優しく諭した。
「ナオト、貴方は大切なお客様なの。
何かあったら大変でしょう?」
「僕って、そんなにすごい奴なのかな。まだ実感ないや」
「今でも十分にすごいわ」
マスミは優雅に紅茶を口にしながら、嬉しそうにナオトを見やる。
「こんなに強くなってくれるなんて……夢みたい」
「母さん。
僕は――マユを、守りたいんだ」
ナオトは母の褒め言葉に舞い上がりながらも、自分の主張は忘れない。
「マユとサイさんたちを守りたい。だから、僕はもっと強くなりたいんだ。
ティーダがあれば、出来るんでしょ。それに僕の力──
SEEDがあれば!」
「勿論よ」崩れない母の笑顔。「その為に、私は貴方をここに連れてきたのよ?」
「母さん……!」
赤くなってうつむくナオト。
暖かな光の下、紅茶がゆらゆら揺れる。
──こんな幸せな気持ちは、生まれて初めてだった。
僕は、母さんに捨てられたものだとばかり思っていた。
だから強くなって、レポーターになって、母さんを取り戻そうと思っていた。
だけど、母さんは優しかった。こんなに優しい人だった。
絶望に負けそうになった僕のところへ、助けに来てくれたんだから。
僕にはこんなに優しい母さんがいて、マユがいて、サイさんたちもいてくれる。
きっと強くなって、みんなを守って、戦争が終わったらまたオーブで、レポーターの仕事を頑張るんだ。
亡くなったみんなの分まで、僕は生きる。強くなる──
メルーの、ネネさんの、真田さんや風間さん、フーアさんやアイムさんの──
その時。
幸せの感情でいっぱいになったナオトに、マスミはふと呟いた。
「本当に良かった。
貴方を、試して」
一瞬ではその意味がつかめず、まじまじと母を見つめてしまうナオト。
「え? 試した?」
「えぇ。
私は貴方にSEEDがあると分かって、すぐにでも会いに行きたかった。
会って、試してみたかったの──貴方の力を」
紅茶を啜りながら微笑む母。その笑顔は夢見る少女のそれと全く変わらない。
ナオトがずっと憧れていた、可愛い母の表情。
でも
――今、耳にした言葉は、何だ?
「母さん、僕を試したって……?
それって、今までわざといなくなってたってこと?」
「ナオト、違うわよ。ずっといなくなってたのは、本当にごめんなさい……
何度も謝ったけど、謝りきれるものじゃないものね。
だけど、試したっていうのは別のこと。貴方のSEEDよ」
「母さん?」
ナオトには全く意味が分からない。手にしたカップがぶるぶる震えだす。
母の無邪気な表情と、悪意のない言葉。
その奥に潜められたものの恐ろしさに、少年は震えていた。
やめろ、やめてくれ、母さん。お願いだからその先を言わないで。
やっと僕は幸せになれたんだ、母さんと一緒に。
やっと僕は、母さんに会うっていう夢を叶えたんだ!
「貴方が強いなら、きっと耐えられると思ってた。
残念ながらSEEDそのもののデータは取れなかったけれど、ティーダの覚醒を促すことは出来たわ」
マスミは言いながら、手元のリモコンを慣れた手つきで操作し、モニターのスイッチを入れた。
自動的に部屋の照明が落ち、モニターに光が溢れる。
「映像で何度も何度も確認したのだけど、まだSEEDの目覚めには至らなかったみたい
──ごめんね、ナオト。痛い思いをさせて」
モニターに映し出されていたのは、ナオト自身の姿。
同時に部屋に轟いたのは、彼自身の絶叫と、悲鳴。
──それは、ナオトが記憶から追い出そうとしても追い出しようのない、あの夜の暴行の映像だった。
泥水を浴びせられ、おびただしい血を流し、苦痛の叫びを上げ続け、相手を憎しみの目で睨みつける自分──
あの悪夢の光景が何故か今、本人の眼前で再生されていた。
何だ、これ。
どうして今、この映像が?
何で、母さんが、笑ってるの?
一体何処から撮影したのか、随分近くまでカメラが寄っている。
びしょ濡れになって透けた肌までが、はっきりと見えた。
丸裸にされたも同然のあの時の恐怖と恥辱を、ナオトは否応なく思い出してしまう。
「でも、よく頑張ったわね、ナオト。
母さん嬉しい」
悲鳴を上げるナオトの映像を前に、マスミはこれまでどおり、にっこり微笑んだ。
僕は……一体今、何を見てるんだ? どういうこと?
母さんが、傷ついたあの時の僕を見て、笑ってる?
それだけでも信じられないのに、母さんは
……母は……この人は!!
それ以上の現実の認識を拒絶し、ナオトは椅子からふらりと立ち上がる。
部屋に響く自分の呻きがモニターからのものなのか、今自分が出しているものなのか、判別出来なかった。
そんな息子を見ながら、母は少し首を傾げる。
「どうしたの、ナオト?
私、何か変なこと言ったかしら?」
モニターから聞こえてくる悲鳴が、途絶える。
代わりに、二度と聞きたくはなかったものが響いてくる──
暴漢たちの嘲笑と、それに伴う奇妙な喘ぎ声。
もう声も上げられなくなり、倒された自分。その上に覆いかぶさってくる男たち。
いくつもの指が、その傷ついた身体に触れ、汚していく。
頬や唇にかけられた液体が何であるか分かるほど、その映像は残酷なまでに鮮明だった。
──これは、僕が意識を失っていた時の……?
嫌だ、嫌だ、嫌だ! 僕が気絶していた時、あいつら……!!
やめて、母さん! こんなもの、僕に見せないでよ!!
ナオトの中で、彼を支えていたもの全てが崩れかかる。
母さんの言葉が本当なら──
僕は一体、どうすればいいの。僕は母さんに会うために、今までずっと生きてきたのに!
SEEDのせいで父さんに傷つけられた時は、すごく悲しかった。
だけど、きっと母さんに会えると思って、それからも頑張って生きてきたんだ。
僕にはまだ、母さんがいるから。父さんがあんなことになっても、まだ母さんがいるから。
でも、これじゃ……母さんは、父さんと同じじゃないのか?
母さんは、父さんと同じに、僕を、傷つけた?
ナオトの周囲の部屋が、ぐらぐらと揺れ出す。
母の裏切りを認識することは、彼にとって世界の崩壊を意味していた。
「サイさん……
サイさん、助け、て……」
あの夜振り絞った叫びと同じ言葉を、ナオトは今また無意識のうちに呟いてしまっていた。
ティーカップに注がれた紅茶が最早、ぬめる血液のようにしか見えない。
「嫌ね、ナオト。
そんなに怖がらないで」
目の前の母は両腕をのばし、ナオトの頬を包む。
背後のモニターでは、少し時間は飛んで別の映像に切り替わっていた。
彼女の息子が宙吊り状態から泥の沼に落下し、さらに肩を切り刻まれ肉を露出させ、水をぶちまけられていく映像が。
か細くなっていく悲鳴、怒りの呪詛。
母はこれを、何度も何度も見ていたのか。
傷つき汚され呻き続ける僕を、何度も何度もこの暗闇の中で、冷静に見ていたのか。
SEED覚醒の瞬間をとらえる、ただそれだけの為に。
ナオトは思わず、母の手を払いのける。
自分の行為が信じられなかった。さっきまで幸せの象徴だったはずの母の笑顔が、こんなにも恐ろしくなるなんて!
「ナオト、どうしたの?
いい子だから言うこと聞いて、ね?」
優しいはずの母が、ナオトを抱きしめる。それでも震えは止まるどころか、さらに増幅していく。
「嫌だ……
嫌だ嫌だ嫌だっ、離して! 離してよ母さん!
どういうことか、説明してよ!」
ナオトは自分でも信じられない力で、母の腕を振りほどく。
その瞬間──
銃声と共に、モニターと再生装置が破壊された。
部屋を満たしていたナオトの叫びが、突如途切れ。
あたりを照らす灯は非常灯の冷たい光、ただ一つだけとなる。
青い闇の中、冷徹な声が響いた。
「まさか自分から告白してくれるたぁ、予想外だったよ。
つまりこういうことか──あんたはSEEDの覚醒の為に、自分の息子を襲わせたってわけだ」