【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
つかつかとナオトの背後から、靴音が近づく。何度か聞いたことがある声だ。
帽子を被っていた白衣の研究員が、ゆっくりと母子に忍び寄ってくる。
「襲わせただなんて……
人聞きが悪いですね」
思わぬ闖入者の言葉に、マスミは眉をしかめながらも冷静に対応する。こういう状況には慣れているのか。
「じゃあ、正しく言い直すか?
強姦とでも」
毒を吐かずにいられないという風情で、研究員は帽子を取った。
もう一人の研究員は既に腹に一撃を食らわされたのか、床で気絶している。
「試したのです」それでもマスミは、異様なまでに落ち着いて対処していた。
「研究員を装い、ここまで潜入するなんて。
なかなか連合の方も優秀ですね」
ナオトの背後から近づいてきた白衣の男は、マスミからナオトを庇うように割って入った。
どうして良いか全く分からず、男を見上げる少年。
軍人にしては細い身体にきっちり着込んだ背広、それに対し少々だぶついた白衣。
鼻の上の眼鏡と短髪、やや骨ばった頬。そして厚めの唇が印象的な──
サイさん?
……とナオトは言いかけたが、すぐに違うと分かった。
この男ほど、サイは神経質そうでも皮肉っぽくもない。
「ご家庭の事情に踏み込む気は全くなかったんですがね。
……あまりにもあんまりだろ。あんた」
男の手に握られた拳銃。その銃口は真っ直ぐマスミに向いている。
それでも彼女は動じていなかった。
「踏み込みすぎですよ。
山神隊の広瀬少尉……でしたか」
「覚えていただいているとは、光栄です」
銃口を決して逸らさず、その男――広瀬は得意の酷薄な笑みを浮かべる。
だがマスミは、決然と相手を睨み返した。
「何を仰りたいんです?
ナオトの為には、必要なことだったんですよ」
この一言は広瀬の笑みを消したばかりか、彼の感情を暴発させた。
「SEEDの為だろ。
息子にSEEDがあると分かって、捨てたはずの息子探してクズどもに金渡してリンチさせてモルモットみたいに観察して、その後でいけしゃあしゃあと母親面して現れやがった。
これがSEEDの為でなくて、何だってんだ!!」
真実を拒絶していたナオトの胸に、広瀬の言葉は強烈に突き刺さる。
違う、そんなの違う。母さんがそんなことするはずがない。
母さんは僕の為に……
「いいえ、ナオトの為です」
息子の混乱をおさめるように、マスミは言い放った。確固たる信念と共に。
「ナオトの成長には――
この子が生きのびるには、必要なことだったんです。
私はナオトを信じていました。この子なら大丈夫、強い子だから耐えられる!」
「もし死んでも、そこまでの息子だったってか」
あまりのマスミの動じなさに、広瀬は思わず唇を舐めた。動じているのはむしろ彼の方だったかも知れない。
「本気で言ってんなら──
あんた、母親どころか人間失格だよ」
この一言は、ナオトにとってあまりにも重かった。
「やめて……
やめて下さい、広瀬さん! やめて!!」
現実全てを振り払うように、いつしかナオトは絶叫していた。
そのまま母を庇うように、銃口の前に立ちはだかる。
そんなナオトの行為に、冷静さが売りのはずの広瀬の感情はさらにヒートアップしてしまった。
「何言ってんだお前……
ここにいたら、何されてもおかしかないって十分分かっただろう!」
「分かりません! 母さんは優しいんだっ」
「そこをどけ!
お前の後ろにいるのは母親なんかじゃない。お前の父親と同じ、狂人だっ!!」
「違います!」
「ああ違うな、後天的に頭がおかしくなった父親とはワケが違う。
元からネジが飛んでやがるんだ!」
「違う!」
「諦めろ!
初めから母親のところに、お前の居場所なんてなかったんだ。ナオト・シライシ!」
「それ以上言うなら、僕は貴方を殺します! 広瀬さん!」
どれほど否定されても、ナオトは力の限り声を絞り出す。
やっと掴んだ幸せを守る――それだけが、今の彼の全てだった。
「やってみろ、このクソガキが!
お前の父親だって、この女のせいで……」
「絶対に違う!
たとえそうだったとしても、それでも母さんは、僕の母さんなんだ!!」
その絶叫は、紛れもなくナオトの意思そのもの。
「母さんの為だったら、強くなる為なら、僕は何でもするって決めたんだ。何されたっていいよ。
母さんと一緒にいられるなら、電気だって水責めだって鞭打ち100回だって、耐えてみせる
……だから」
その場に崩れ落ちる少年。
それは広瀬に対する、土下座の姿勢にも似ていた。
「だから、お願いです。
僕から母さんを……奪わないで」
「──この、大馬鹿野郎」
広瀬は舌打ちしながらも、銃口を決して下げはしなかった。
「んなこと言われたら、なおさら……
一緒にいさせるわけにいかねぇだろうが」
「お願いです……おねが……」
だが、チョコレート色の絨毯にナオトが頭を押しつけた──その刹那。
その脳裏を、閃光の如く何かが走った。
少女の絶叫と共に。
──助けて、ナオト!
雷に打たれたように、ナオトの身体が跳ね上がる。
「マユ!?」
混乱した頭に、さらに不可解なビジョンが次々に展開される。
白い手術着を着せられ、フレイと共に歩いていくマユの背中。
マユに背を向け、嗚咽をおさえながら壁を殴っているカイキ。
何かに耐えながら、彼は妹を見ようともしない。
不安げに振り向くマユ。既にその黒髪は手術用のヘッドキャップで覆われ、見えない。
彼女の進む先には、病院の手術室にもよく似た扉があった。
──ナオト、ごめんね。
──ナオト、私もう、ダメかも知れない。
──遊園地にも行けなくて、ごめんね。おいしいクレープ屋さんがあったのに。
そうだ。
僕が守るべき人は、僕の居場所は、まだあったじゃないか。
そう感じた瞬間、ナオトの身体は恐ろしい速さでドアへ突進した。
広瀬にも母にも背を向けて、少年は扉を壊しかねない勢いで部屋から飛び出し、そのまま声の方向へと走り出す。
二人が彼を呼ぶ怒声が交互に響いたが、ナオトはもう全てを振り捨てて駆け出していた。
何処へ行こうというあてなど、まるでなかった。
ただ、マユのいる方向へ。それだけを目指して。
僕にはマユがいる。まだ、マユがいる。大切な人がいる。
守ってくれる存在に絶望しても、僕にはまだ、守るべき人がいる。
そのマユが、助けを求めている──
「ティーダが……
マユが、僕を呼んでるんだ!」
シネリキョより約1500キロ北、太平洋上──
ヘブンズベース戦を経たミネルバが今、オーブに向けて航行中だった。
そこへ入った一報に、シン・アスカは唇を尖らせる。
「……その人工島を、調査せよって言うんですか?」
「これは議長命令よ、シン」
艦長であるタリア・グラディスは表情一つ変えずにシンを諌めた。
「ヨダカ・ヤナセからの連絡です。
チュウザン近海に、不穏な動きをする人工島アリ……
研究施設が密集し、マスドライバーが存在するとの情報もある。
オーブにロード・ジブリールがいると判明した今、警戒するに越したことはないわ」
「しかし……」
言いかけてシンは唇を噛む。
頼みの友人たるレイ・ザ・バレルは、こういう時にこの場にいない。議長命令と聞くや否や、彼は何ら疑問を持たずに機体の調整を始めてしまったのだから。
デュランダル議長から託された新しい機体──レジェンドガンダムを。
「オーブのジブリールを討つのが先、と言いたい?」
タリアの口調が厳しくなる。
「ガンダム・ティーダ──
貴方も覚えているでしょう? あの機体に記憶を奪われ、逃げ帰ってきた屈辱を」
タリアの言うとおり、その敗戦はシンにとって、フリーダムに翻弄された時と一、二を争うほど屈辱的なものだった。ただ敗れたならまだしも、肝心の戦闘中の記憶も戦闘ログも消失している。対策の練りようがない。
ほんの数時間とはいえ、自分の脳が他人にいじられた──
その気持ち悪さは、シンにとって耐え難いものだった。
フリーダムに勝利し、ヘブンズベース戦で輝かしい戦果を挙げ、ネビュラ勲章を受けFAITHとして認められた今ですら、あのもやもやは消えない。
──ステラ。
君はこれよりよほど大きな不安を抱えながら、ずっと生きてきたのか。
シンの腕の中、冷たくなっていった少女の感覚が蘇る。
戦うたびに記憶を消され、兵器である以外に存在意義を認められなかった少女。
自分が救えなかった少女。
暖かな記憶全てを抹消され、デストロイガンダムを駆る悪魔と化した彼女は、無数の命を奪った末に自らも消えた──
シンという過去をわずかに取り戻したと同時に、彼女の命は散った。
その名の通り、はかない星屑のように。
「その人工島に、あのロドニアの子供たちのような存在がいる可能性は低くはないそうよ。
それでもシン・アスカ、貴方はジブリール掃討を優先しますか」
「いいえ」
シンはタリアの言葉に敢然と答えた。
「自分を行かせてください。
人をオモチャにするような奴らに、負けるつもりはありません」
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次回予告
ある少年は彼女を救おうとし、
ある少年もまた、彼女を救おうとした。
だが、彼らが見ていた少女は別のもの
身体を同じにしながら、魂を別にするもの
自らの正義が彼女の幸福と信じた少年たちは激突し、それはさらなる悲劇を呼ぶ。
次回、機動戦士ガンダムSEED Revelation
「ティーダ・エモーション」
今際の狂気、撃ち尽くせ! カラミティ!!