【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
part1
走った。ともかく走った。
脳裏に浮かぶ黒髪の少女を目指し、ひたすらナオトは走り続けた。
どこがどこやら殆ど知らない、深夜の水族館にも似た迷宮を、ナオトはただ闇雲に走った。
階段を昇っては降り、昇っては降り。
人の気配を感じては隠れ、隠れては飛び出し。
逃げているのかも追っているのかも分からないまま、ナオトは全てを振り払って駆け続けていた。
追手は何故か殆ど来ず、まるで導かれるようにマユに誘われ、走っていく。
全身の傷が疼き、手首の包帯からは血が滲み出していたが、一向に構わなかった。
──マユが、危ないんだ。
──僕が行かなきゃ、マユがいなくなる。消えてしまう。
ナオトを動かしていたのは、その一途な思考のみ。
ぐるぐる回るその思考に支えられながら――
少年はやがて、巨大な地下水路めいた場所に迷い込んでいた。
重い扉を慎重に閉めると、規則的な機械音と共に、奥からざぁざぁと水の流れる音が聞こえてきた。仄暗く深い藍で彩られたその空間には、非常灯の蛍光グリーンの光だけが異様に輝いている。
眼を凝らしてみると、奥から流れるその水はヤハラの川のような泥水ではなく、全くの清浄な輝きをもって流れていた。少年をその先へ誘うように。
流れる先は、部屋の奥にぽかりと開いたトンネルに繋がっている。
その先に何があるのか、勿論ナオトには分からない──
が、彼は確かに感じていた。
「マユ? そこにいるの?
その先に……」
ナオトがぼんやりと呟いて歩みを進めたその時、声が響いた。
「ナオト!
ナオトぉー!!」
間違えようもない、母の声だ。
自分を利用する為、連れ戻そうとする母の声。何度も何度も自分を求める、母の声。
その声に、ナオトは一瞬足を止めてしまう。
──駄目だ、今止まっては駄目だ。
母さんの声を、聞いちゃ駄目だ!
扉の向こう、近づいてくる声を振り払うように、ナオトは水の流れに近づいた。
水底は全く見えず、今いる床から水面までの高さも、彼の背丈3人分ぐらいあった──
だが幸いなことに、水中作業用と思われるステップが足元に取り付けられている。それは彼を誘うかのように、水底へと続いている。
躊躇せず、ナオトはステップに身を躍らせ、一段一段下へと降り始めた。
──同時に、扉が開く音。
ナオトは慌てて降りるスピードを速め、身を屈める。
足首が水に浸かる──
「ここにもいない。
あの子、まさか水路に降りたんじゃ……」
マスミの声が大きく反響したその時にはもう、ナオトは腰のあたりまで水に浸かっていた。
思わず悲鳴を上げそうなほど水は冷たかったが、ぐっとこらえて少しずつ身を沈めていく。
ステップの陰に隠れ、母から完全に頭を隠して。
水流に巻き込まれないよう、両腕は必死でステップに喰らいつく。
どうか、どうか、母さんがこちらをのぞきこみませんように──
涙声の母さんだけど、あれはもう僕の求めていた母さんじゃないんだ。
抱きしめてほしかった母さんじゃ……
ナオトは頭を振る。
信じられない。信じたくない。考えない。
もう、母さんのことは考えないようにしよう。
今は、マユを助けるんだ。
ナオトの躊躇を嘲笑うように、ごうごうと音をたてて水量は増していく。
最早水飛沫で全身ずぶ濡れで、傷口からの出血がますます酷くなっていた。右腕の包帯は既に血みどろだ。
「ナオト、どこへ行ったの……
ナオト!」
足音が近づいてくる。水路まで見に来るつもりだ──
ナオトは思い切って息を吸い込み、もう三段ほどステップを降り、全身を水中深くまで沈めた。胸元で浮き上がるリボンタイを、左手で慌てて押し込む。
水流に遮られた母の声は殆ど聞こえなくなったが、それでもまだ気配はある。
「ナ――……! ……!!」
自分を探す懐中電灯の光が、水面を探っているのが分かる。恐ろしいほどゆっくりと、時間は経過していく。
30秒、40秒、50秒──
ナオトの呼吸がいい加減限界に近づいた時、右腕に稲妻の如き痛みが轟いた。
「ぐ……っ!
あ、あぁ……!!」
遂に破裂した傷口が、出血と共に痛みを主の脳へ伝えていく。
あまりの激痛に、思わずナオトはステップから右手を離してしまった。
当然の結果として──
悲鳴を上げる余裕すら与えられず、ナオトの身体はそのまま激流に呑まれ、トンネルの向こうの闇へと流されていった。
マユの声がかすかに響く、闇へ。
PHASE-29 ティーダ・エモーション
どのぐらい、時間が経ったのだろう。
ナオトは、頬に当たる冷たい水流の感覚で眼を覚ました。頭を回してみると、どうやら自分は緩やかな水の流れの中、寝そべっていたらしい。
水深はだいぶ浅く、仰向けになってようやく耳が浸かるかといった程度だ。
「マユは
……つっ!」
身体を起こそうとして、激痛に喘ぐ。
見ると右腕と左横腹からの出血が、服の半分ほどを真っ赤に染めていた。
痛みに耐えながら、ナオトは周囲を見回す。
殆ど真っ暗だが、かなり天井の高い空間だ。少し向こうには大きな水路があり、彼はちょうどその支流に迷いこんだ形になっていた。
大きな水路の反対側には、ライオンだかドラゴンだかの巨大な像があり、その口から水が絶え間なく吐き出されている。
像の口腔の奥は、全くの闇だ。その上には──
「…………っ!」
ナオトは思わず悲鳴を上げかかる。
そこにあったものは、血みどろのまま逆さ吊りにされ苦悶の表情を浮かべている、10数体もの海賊だった──いや正確に言うと、海賊の人形だったのだが。
そのかたわらに、アラビア風の赤い服と帽子を着け、三日月にも似た大剣を振りかぶり、お供の猿と一緒に得意げな表情を浮かべている人形があった。
自分こそが、この舞台の主役だと言いたげな顔。背後には山のような金塊。
それらの人形は今、静寂の中で全て動きを停止しており、魂のない眼をひたすらナオトに向けていた。
突然、人形たちの舞台の下部から赤い光が灯る。
まるでスポットライトのような光を浴びた人形の肌や眼球が、血のように赤く輝いた。
──もしかして、これがマユの言っていた……?
その刹那。
ナオトの思惑に答えるように、男の声が響いた。
「お察しの通り。
ようこそ──ここはシネリキョ名物、パイレーツ・アイランドだ。
正確には、海賊ランドに偽装した、亡霊つき化物モビルスーツ秘密工場──
ってとこか」
声の出所は、大剣を振り上げた赤い人形の背後だ。
ナオトは思わず身を震わせ、振り返る。
──この声は、さっきの……
人形が身体ごとゆっくりと持ち上げられ、その下から現れたのは、白衣姿の男。
「トミグスクの事件から、気になっていた。
ティーダ、アマミキョ、アマクサ組、そして南チュウザンの関係の裏に何があるのか。
旧琉球王国の創造神・アマミキョと対になる神、シネリキョ──
その名を持つこのふざけた島で、ようやくその謎も解けそうだ」
そこにいたのは、先ほどマスミからナオトを逃がした男──
山神隊・広瀬少尉。
人形たちの舞台から、彼は難なく数メートル下の水路脇の通路へ飛び降りると、つかつかとナオトの元へやってくる。
変わることのない、冷たく皮肉めいた口調が、心に突き刺さった。
「なかなか苦労させてくれるじゃねぇか、王子様。
お前の行先から追っ手をまくのは、骨がいったよ」
水路脇、横幅わずか30センチほどの通路を跨ぎ、ナオトの目の前まで来た広瀬。
そしていきなり彼の左腕を掴んだ。
「いた……っ!? 離してください、何のつもりですか!」
「何って、助けるんだろ。
マユ・アスカを」
当たり前のように飄々と答える広瀬。
そんな彼を、ナオトは憎しみすらこもった眼で見上げてしまう。
「そのつもり……ですけど」
──この男を、そこまで信用することは出来ない。
この男は、さっき母さんを侮辱したんだ。
ナオトはその手を振り払おうとするが、力が入らない。
流れる水がすっかり、気力を奪ってしまったようだ。
「ぼやぼやしてると、マユ・アスカは殺されるぞ」
広瀬の声に、彼ははっと顔を上げる。
さっきの忌まわしいビジョンと、蘇るマユの悲鳴──
「どうして、貴方がそれを?」
「消される、と言った方が正しいか」
一旦ナオトを引きずるようにして水路から立たせ、乾いた床へと座らせる広瀬。
「少し、長い話になる。
マユ・アスカに関する重要な話だ、寝るなよ」
「マユの話……?
何か、知ってるんですか」
信用は出来ない。出来ないが──
とりあえず、一旦情報だけは手に入れておいた方がいいだろう。
そう判断したナオトは、少し黙っていることにした。
「2年前、東アジアの連合軍実験施設から、子供が二人逃げ出した。わずか14と11の兄妹だ。
二人は辛くも追っ手をまいたが、その時妹の方は全身に重傷を負った。
そのまま彼らは南チュウザンの軍用施設に逃げ込み、救助された──
しかし、妹は意識不明のまま、植物状態に陥った。
無事だったのは頭部のみで、あとは四肢切断、全身火傷という状況だったらしい。
生存しているのが不思議なくらいの重傷だったそうだ」
連合軍の実験施設――
この単語だけで、その兄妹がどんな環境で生まれ育ったかは想像に難くない。
「だが、兄貴は妹を諦めなかった。
彼は妹を救う為、南チュウザン軍と取引をした──南チュウザン側も、連合軍に強化された人間のデータを、みすみす捨てるのは惜しかった。
そこで現れたのが、フレイ・アルスターだ」
「何ですって!?」
ナオトは思わぬ名前に、つい広瀬の白衣の裾を握りしめてしまった。
「2年前に、フレイさんが南チュウザンにって……
どうして?」
「血、おさえとけ」
逸るナオトを広瀬は手で制しつつ、ポケットから出したハンカチを彼の顔に押しつけた。
「兄貴はフレイと、取引をした──
妹の治療を条件に、フレイ・アルスター率いるアマクサ組に協力すると。
だが、その治療にはいくつもの条件をクリアしなければならなかった。
当然だ、死んでいるに等しい者を生き返らせるんだからな。治療というより、最早『復活』ってな表現が相応しい。
しかし成功すれば、兄貴は勿論、フレイ側にも多大なメリットとなる取引だったんだ。
そして彼らは、行動を開始した──『死者の復活』、その奇跡の為に」
「死者の、復活……?」
俄かには信じられない単語を呟きながら、茫然と座りこんで聞いているしかないナオト。
「まず彼らは、妹の新たな身体となる人間を探さなければならなかった。
ちょうどその頃、オーブで大規模な戦闘が発生した──お前も覚えているだろう、連合軍によるオーブ解放戦だ。
あの戦闘では民間人にも多数の死傷者が出たが、フレイはそのデータを徹底的に調べた。
その結果、死亡者の中で、新たな身体に適合するデータの持ち主が存在した。
しかもそれは、フレイの『もう一つの目的』にも合致する、これ以上ない理想的なデータだった」