【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

231 / 436
PHASE-29 ティーダ・エモーション
part1


 

 走った。ともかく走った。

 脳裏に浮かぶ黒髪の少女を目指し、ひたすらナオトは走り続けた。

 どこがどこやら殆ど知らない、深夜の水族館にも似た迷宮を、ナオトはただ闇雲に走った。

 階段を昇っては降り、昇っては降り。

 人の気配を感じては隠れ、隠れては飛び出し。

 逃げているのかも追っているのかも分からないまま、ナオトは全てを振り払って駆け続けていた。

 

 追手は何故か殆ど来ず、まるで導かれるようにマユに誘われ、走っていく。

 全身の傷が疼き、手首の包帯からは血が滲み出していたが、一向に構わなかった。

 

 

 ──マユが、危ないんだ。

 ──僕が行かなきゃ、マユがいなくなる。消えてしまう。

 

 

 ナオトを動かしていたのは、その一途な思考のみ。

 ぐるぐる回るその思考に支えられながら――

 

 少年はやがて、巨大な地下水路めいた場所に迷い込んでいた。

 重い扉を慎重に閉めると、規則的な機械音と共に、奥からざぁざぁと水の流れる音が聞こえてきた。仄暗く深い藍で彩られたその空間には、非常灯の蛍光グリーンの光だけが異様に輝いている。

 眼を凝らしてみると、奥から流れるその水はヤハラの川のような泥水ではなく、全くの清浄な輝きをもって流れていた。少年をその先へ誘うように。

 流れる先は、部屋の奥にぽかりと開いたトンネルに繋がっている。

 

 その先に何があるのか、勿論ナオトには分からない──

 が、彼は確かに感じていた。

 

「マユ? そこにいるの? 

 その先に……」

 

 ナオトがぼんやりと呟いて歩みを進めたその時、声が響いた。

 

「ナオト! 

 ナオトぉー!!」

 

 間違えようもない、母の声だ。

 自分を利用する為、連れ戻そうとする母の声。何度も何度も自分を求める、母の声。

 その声に、ナオトは一瞬足を止めてしまう。

 

 ──駄目だ、今止まっては駄目だ。

 母さんの声を、聞いちゃ駄目だ! 

 

 扉の向こう、近づいてくる声を振り払うように、ナオトは水の流れに近づいた。

 水底は全く見えず、今いる床から水面までの高さも、彼の背丈3人分ぐらいあった──

 だが幸いなことに、水中作業用と思われるステップが足元に取り付けられている。それは彼を誘うかのように、水底へと続いている。

 躊躇せず、ナオトはステップに身を躍らせ、一段一段下へと降り始めた。

 

 

 ──同時に、扉が開く音。

 ナオトは慌てて降りるスピードを速め、身を屈める。

 足首が水に浸かる──

 

 

「ここにもいない。

 あの子、まさか水路に降りたんじゃ……」

 

 マスミの声が大きく反響したその時にはもう、ナオトは腰のあたりまで水に浸かっていた。

 思わず悲鳴を上げそうなほど水は冷たかったが、ぐっとこらえて少しずつ身を沈めていく。

 ステップの陰に隠れ、母から完全に頭を隠して。

 水流に巻き込まれないよう、両腕は必死でステップに喰らいつく。

 

 

 どうか、どうか、母さんがこちらをのぞきこみませんように──

 涙声の母さんだけど、あれはもう僕の求めていた母さんじゃないんだ。

 抱きしめてほしかった母さんじゃ……

 

 

 ナオトは頭を振る。

 信じられない。信じたくない。考えない。

 もう、母さんのことは考えないようにしよう。

 今は、マユを助けるんだ。

 

 

 ナオトの躊躇を嘲笑うように、ごうごうと音をたてて水量は増していく。

 最早水飛沫で全身ずぶ濡れで、傷口からの出血がますます酷くなっていた。右腕の包帯は既に血みどろだ。

 

「ナオト、どこへ行ったの……

 ナオト!」

 

 足音が近づいてくる。水路まで見に来るつもりだ──

 ナオトは思い切って息を吸い込み、もう三段ほどステップを降り、全身を水中深くまで沈めた。胸元で浮き上がるリボンタイを、左手で慌てて押し込む。

 水流に遮られた母の声は殆ど聞こえなくなったが、それでもまだ気配はある。

 

「ナ――……! ……!!」

 

 自分を探す懐中電灯の光が、水面を探っているのが分かる。恐ろしいほどゆっくりと、時間は経過していく。

 30秒、40秒、50秒──

 ナオトの呼吸がいい加減限界に近づいた時、右腕に稲妻の如き痛みが轟いた。

 

「ぐ……っ! 

 あ、あぁ……!!」

 

 遂に破裂した傷口が、出血と共に痛みを主の脳へ伝えていく。

 あまりの激痛に、思わずナオトはステップから右手を離してしまった。

 

 当然の結果として──

 悲鳴を上げる余裕すら与えられず、ナオトの身体はそのまま激流に呑まれ、トンネルの向こうの闇へと流されていった。

 マユの声がかすかに響く、闇へ。

 

 

 

 

 

 PHASE-29 ティーダ・エモーション

 

 

 

 

 

 どのぐらい、時間が経ったのだろう。

 ナオトは、頬に当たる冷たい水流の感覚で眼を覚ました。頭を回してみると、どうやら自分は緩やかな水の流れの中、寝そべっていたらしい。

 水深はだいぶ浅く、仰向けになってようやく耳が浸かるかといった程度だ。

 

「マユは

 ……つっ!」

 

 身体を起こそうとして、激痛に喘ぐ。

 見ると右腕と左横腹からの出血が、服の半分ほどを真っ赤に染めていた。

 痛みに耐えながら、ナオトは周囲を見回す。

 

 殆ど真っ暗だが、かなり天井の高い空間だ。少し向こうには大きな水路があり、彼はちょうどその支流に迷いこんだ形になっていた。

 大きな水路の反対側には、ライオンだかドラゴンだかの巨大な像があり、その口から水が絶え間なく吐き出されている。

 像の口腔の奥は、全くの闇だ。その上には──

 

「…………っ!」

 

 ナオトは思わず悲鳴を上げかかる。

 そこにあったものは、血みどろのまま逆さ吊りにされ苦悶の表情を浮かべている、10数体もの海賊だった──いや正確に言うと、海賊の人形だったのだが。

 そのかたわらに、アラビア風の赤い服と帽子を着け、三日月にも似た大剣を振りかぶり、お供の猿と一緒に得意げな表情を浮かべている人形があった。

 自分こそが、この舞台の主役だと言いたげな顔。背後には山のような金塊。

 それらの人形は今、静寂の中で全て動きを停止しており、魂のない眼をひたすらナオトに向けていた。

 突然、人形たちの舞台の下部から赤い光が灯る。

 まるでスポットライトのような光を浴びた人形の肌や眼球が、血のように赤く輝いた。

 

 ──もしかして、これがマユの言っていた……? 

 

 その刹那。

 ナオトの思惑に答えるように、男の声が響いた。

 

 

「お察しの通り。

 ようこそ──ここはシネリキョ名物、パイレーツ・アイランドだ。

 正確には、海賊ランドに偽装した、亡霊つき化物モビルスーツ秘密工場──

 ってとこか」

 

 

 声の出所は、大剣を振り上げた赤い人形の背後だ。

 ナオトは思わず身を震わせ、振り返る。

 

 ──この声は、さっきの……

 

 人形が身体ごとゆっくりと持ち上げられ、その下から現れたのは、白衣姿の男。

 

「トミグスクの事件から、気になっていた。

 ティーダ、アマミキョ、アマクサ組、そして南チュウザンの関係の裏に何があるのか。

 旧琉球王国の創造神・アマミキョと対になる神、シネリキョ──

 その名を持つこのふざけた島で、ようやくその謎も解けそうだ」

 

 そこにいたのは、先ほどマスミからナオトを逃がした男──

 山神隊・広瀬少尉。

 人形たちの舞台から、彼は難なく数メートル下の水路脇の通路へ飛び降りると、つかつかとナオトの元へやってくる。

 変わることのない、冷たく皮肉めいた口調が、心に突き刺さった。

 

「なかなか苦労させてくれるじゃねぇか、王子様。

 お前の行先から追っ手をまくのは、骨がいったよ」

 

 水路脇、横幅わずか30センチほどの通路を跨ぎ、ナオトの目の前まで来た広瀬。

 そしていきなり彼の左腕を掴んだ。

 

「いた……っ!? 離してください、何のつもりですか!」

「何って、助けるんだろ。

 マユ・アスカを」

 

 当たり前のように飄々と答える広瀬。

 そんな彼を、ナオトは憎しみすらこもった眼で見上げてしまう。

 

「そのつもり……ですけど」

 

 ──この男を、そこまで信用することは出来ない。

 この男は、さっき母さんを侮辱したんだ。

 

 ナオトはその手を振り払おうとするが、力が入らない。

 流れる水がすっかり、気力を奪ってしまったようだ。

 

「ぼやぼやしてると、マユ・アスカは殺されるぞ」

 

 広瀬の声に、彼ははっと顔を上げる。

 さっきの忌まわしいビジョンと、蘇るマユの悲鳴──

 

「どうして、貴方がそれを?」

「消される、と言った方が正しいか」

 

 一旦ナオトを引きずるようにして水路から立たせ、乾いた床へと座らせる広瀬。

 

「少し、長い話になる。

 マユ・アスカに関する重要な話だ、寝るなよ」

「マユの話……? 

 何か、知ってるんですか」

 

 信用は出来ない。出来ないが──

 とりあえず、一旦情報だけは手に入れておいた方がいいだろう。

 そう判断したナオトは、少し黙っていることにした。

 

「2年前、東アジアの連合軍実験施設から、子供が二人逃げ出した。わずか14と11の兄妹だ。

 二人は辛くも追っ手をまいたが、その時妹の方は全身に重傷を負った。

 そのまま彼らは南チュウザンの軍用施設に逃げ込み、救助された──

 しかし、妹は意識不明のまま、植物状態に陥った。

 無事だったのは頭部のみで、あとは四肢切断、全身火傷という状況だったらしい。

 生存しているのが不思議なくらいの重傷だったそうだ」

 

 連合軍の実験施設――

 この単語だけで、その兄妹がどんな環境で生まれ育ったかは想像に難くない。

 

「だが、兄貴は妹を諦めなかった。

 彼は妹を救う為、南チュウザン軍と取引をした──南チュウザン側も、連合軍に強化された人間のデータを、みすみす捨てるのは惜しかった。

 そこで現れたのが、フレイ・アルスターだ」

「何ですって!?」

 

 ナオトは思わぬ名前に、つい広瀬の白衣の裾を握りしめてしまった。

 

「2年前に、フレイさんが南チュウザンにって……

 どうして?」

「血、おさえとけ」

 

 逸るナオトを広瀬は手で制しつつ、ポケットから出したハンカチを彼の顔に押しつけた。

 

「兄貴はフレイと、取引をした──

 妹の治療を条件に、フレイ・アルスター率いるアマクサ組に協力すると。

 だが、その治療にはいくつもの条件をクリアしなければならなかった。

 当然だ、死んでいるに等しい者を生き返らせるんだからな。治療というより、最早『復活』ってな表現が相応しい。

 しかし成功すれば、兄貴は勿論、フレイ側にも多大なメリットとなる取引だったんだ。

 そして彼らは、行動を開始した──『死者の復活』、その奇跡の為に」

「死者の、復活……?」

 

 俄かには信じられない単語を呟きながら、茫然と座りこんで聞いているしかないナオト。

 

「まず彼らは、妹の新たな身体となる人間を探さなければならなかった。

 ちょうどその頃、オーブで大規模な戦闘が発生した──お前も覚えているだろう、連合軍によるオーブ解放戦だ。

 あの戦闘では民間人にも多数の死傷者が出たが、フレイはそのデータを徹底的に調べた。

 その結果、死亡者の中で、新たな身体に適合するデータの持ち主が存在した。

 しかもそれは、フレイの『もう一つの目的』にも合致する、これ以上ない理想的なデータだった」

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。