【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
ここまで話されれば、ナオトにもおぼろげながら分かってきた。
決して認めたくない可能性ではあったが。
「まさか……
もしかして、その、オーブで亡くなった……っていう身体の持ち主が、マユ・アスカだったんですか?
そしてそのお兄さんというのは──カイキ・マナベ?」
「大分当たりだが、誤解のないよう言っておくか。
カイキ・マナベの、本当の妹の名前──
奴が必死で助けようとした妹の名前は、チグサ・マナベだ」
ナオトは思い出す。
カイキが時々呟いていた名前──通信ごしに、わずかに聞き取れた無念そうな呟き。
──それが、「チグサ」。
広瀬は続けた。
「チグサ復活が成れば、人類史上誰も成功しなかった、死者の復活が果たされる。
南チュウザン首領、タロミ・チャチャの神の復活宣言がより強固なものとなる。だからこそ南チュウザンはチグサを手放そうとしなかった。
だが、フレイ・アルスターはマユ・アスカの身体に、もう一つの可能性を見出していた。
それが、SEEDだ」
SEED。その単語に、思わずナオトの身は震え上がった。
父も、そして母も囚われていたこの単語。この言葉は、どれだけ僕を狂わせれば気が済むのだろう。
そんな彼の心を知ってか知らずか、広瀬は淡々と語る。
「その一方で――
マユ・アスカにも、本物の兄貴がいた。
名はシン・アスカ。オーブ解放戦の生き残りで、今はザフトとして戦っている」
ナオトの脳裏に、閃光のように記憶がまざまざと蘇る。
──このまま水遊びしよっか? 昔みたいに!
ストライクに似たあのザフトの機体を目の前に、マユは躊躇することなくハッチを開き、相手に姿を見せた。
あれは、相手が絶対に自分を撃つわけがないと知っての行動だったのか。だから、フレイもカイキも無反応だったのか。
相手がシン・アスカだから──
自分の兄だと、分かっていたから……?
「シン・アスカがSEED保持者という事実は、2年前の時点で既にフレイは掴んでいた。
兄がそうなら、当然妹もSEED持ちの可能性はある。
フレイはその能力に賭け、マユ・アスカを当時開発中だった機体──
ガンダム・ティーダのテストパイロットとすることに決定した」
「いや、ちょっと待ってください!」
ナオトは混乱しつつ頭を振り、広瀬を止めた。
チグサ・マナベ。カイキ・マナベ。マユ・アスカ。シン・アスカ。
明かされる過去の中で、入り乱れる二組の兄妹。わけが分からなくなってくる。
「じゃあマユは本当に、オーブで既に亡くなったってこと、ですか……?
でも、チグサっていう娘の身体もボロボロで、その状況でどうして、マユ・アスカの身体を使ってチグサさんを再生出来るんです?
マユの身体は、ほぼ無傷だったとか……」
「違うね」広瀬は無下に否定した。「マユ・アスカの身体は、腕一本だけを残して後は黒コゲのバラバラ。回収も困難な状況だったそうだ」
「じゃあ、一体どうやって……?」
広瀬は一旦深呼吸する。
これから踏み込むのは、とんでもない地獄だ。そう宣言するかのように。
「コーディネイターとして生み出された人間は、その遺伝子データを登録される。
オーブでもプラントでも、第一世代でも第二世代以降でも、それは同じだ。
それを使えば──ヒトの復活が成る」
「は? そんな……そんな、バカなこと!
データだけで、死んだ人間が復活出来るっていうんですか」
「当然、常識では不可能だ。
だが、現在の南チュウザンの技術を使えば──可能だそうだ。
アレを復活と定義していいものかどうだか、個人的にかなり抵抗はあるがな。
言っておくが、クローンじゃない。クローン人間では寿命の問題がある。
だからフレイは、別の方法を使った。
『既に存在している』人間の身体を作り変えてマユ・アスカの身体とし、さらに頭にはチグサ・マナベの脳を移植したんだ」
広瀬の言葉の一つ一つが、ナオトには全く信じられない。
既に存在している人間を、作り変えた?
フレイがそれをやった?
そして、作り変えられた存在が、マユ? チグサの脳を移植して?
「ちなみに、これは南チュウザンだけの技術じゃない。
というよりも、南チュウザンはどこぞの組織で開発された技術を流用しただけだ。
『カーボンヒューマン』と呼称され、裏世界じゃ結構有名な話だそうだ」
「そんな……
そんな、そんな馬鹿なこと!」
ナオトは叫ぶ。叫ばずにいられない。
「それじゃ、今まで僕がマユと呼んでいた娘は誰なんだ。
マユでもあって、チグサでもあって、それでいて誰でもないなんて……
そんなのって……そんな馬鹿なことってあるかよ!」
「俄かに受け入れられないのは当たり前だ。
倫理なんて言葉がどっかに吹っ飛んだ、どう考えたってツギハギ人間だからな。
まぁ、既に存在する人間を利用したと言ったが、気にしなくていい。
存在するだけの人間だ。実験用に培養されただけの……意識は胎児と同じだ。
どっかで普通に生活している人間を無理矢理拉致したわけではないらしいから、その点は心配するな」
「心配って……
そういう問題じゃないでしょ!!」
あくまで淡々とした広瀬に、ナオトは逆上する。
こんな話を、こんな馬鹿な話を、何故こうまで冷静に話せるのか。
「フレイさん……
どうして! どうして、そんなことが出来るんだよ!?
サイさんとやっと分かり合えたはずなのに、どうしてそんなことをしてるんだよ!!」
ナオトは叫んでいるうち、別の疑問に辿りつく。
「そうだ……
それを言うなら、フレイさんは?
フレイさんだって、2年前はアークエンジェルにいたはずでしょ?
サイさんたちと一緒にいたはずだ。でなければ、ザフトの捕虜になっていた時期のはず……
不可能ですよ。フレイさんは、当時は普通の女の子だったはずです。
そんなこと、出来るはずがないんだ」
広瀬は煙草の煙を吹き出すかのように、ため息をついた。
煙草があるなら思い切り吸いたい。そう言いたげに。
「そいつは、さらに長い話になっちまう──
というよりも、分からん点が多い。これからの調査次第だな。
確実なのは、その時裏で動いていたフレイ・アルスターは、恐らくフレイとは名乗っていなかったということだ」
「えぇ……?」
「アーガイルからは聞いているんだろう? 今のフレイ・アルスターがまがい物だってことを。
本物が生きていた間は、当時の彼女は全く別の人間として行動していた可能性が非常に高いってこった」
当然の如く話す広瀬を、いつしかじっと凝視してしまっていたナオト。
一体どこまでこの人は知っているんだ。伊能と同じ元刑事だったって噂は、噂じゃなかったってことか。
「とにかく今、フレイはマユ・アスカの中のチグサ・マナベを復活させる最終工程に入っている。
それが何を意味するか、お前に分かるか?」
「何って……」
広瀬のハンカチで腹の傷を押さえながら、ナオトは一瞬考え込む。
ハンカチはあっという間に、赤く染まっていった。
「今までお前らがマユと呼んできた娘は、2年前に生み出された名も無き魂だ。
マユ・アスカでもなく、チグサ・マナベでもない。いわば、チグサの代用品だ。
ということは、チグサが復活してしまえば、『マユ』はもう不要となる──」
そこまで言われれば、もう間違いない。
マユは──僕の好きな「マユ」は、今まさに消されようとしている!
ナオトは広瀬の手を払いのけ、傷口を押さえながらよろよろ立ち上がる。
ズボンの裾から、盛大に水が流れ出した。
「分かってます。だから、助けに行きます。
でも……」
「でも?」
「貴方の力は借りない。僕ひとりで十分です」
「……はぁ?」
今度こそ広瀬は、心底呆れたような声を上げる。
「お前、自分の状態分かってんのか?」
ナオトは一切、広瀬と視線を合わせようとしない。
「分かってますよ……
貴方が僕を追ってきた理由も。
僕を追えば、マユの居場所が分かるからでしょ」
「否定はしないさ。
ティーダに一緒に乗っていたお前なら、最も強くマユ・アスカを感じ取れるはずだからな」
「やっぱり……」
ナオトは唇を血が出るほど噛みしめながら、水路の中を歩き出す。
だがすぐに、左足に激痛が走り、思い切りバランスを崩してしまった。
背後から、広瀬の皮肉っぽい声が襲いかかる。
「ろくに歩けもしない癖に、どうやって助けるってんだ」
「何とかします」
「ふざけるな。そのままじゃ、お前もマユも死んじまうぞ!」
広瀬もまた水路の中へ駆け込んで、ナオトの腕を掴む。
水の上で揉み合いが起こり、静かな水路に白い飛沫が立った。
「離して下さいよ! 貴方と一緒にマユを助けたって、どうせ同じだ!
どうせ貴方も、マユや僕を利用するつもりなんでしょ。
僕たちとティーダを連合軍に引き渡して、実験に使うつもりでしょう! そんなこと……」
叫びはやがて涙声になり、後が続かない。
「どうせ同じなんだ。
みんな同じだ、フレイさんも母さんも……
みんなで僕を裏切るんだ!」
自身で思った以上に、母の裏切りはナオトの心に酷い衝撃を与えていた。
フレイにしても同じことが言えた──今、一部だけ明かされたフレイの秘密は、ナオトにとってはそれだけで重大な裏切り行為に他ならない。
こんなフレイを知ったら、一体サイはどうなるだろう?
不意に、切実に。少年は願った──
帰りたい。
アマミキョに、マユと二人で帰りたい。
帰って、サイさんやみんなに、洗いざらいぶちまけたい。
目の前が涙でくもり、ずぶ濡れの身体が痛みで崩折れる。
「助けて……
助けてよ、サイさん」
ナオトが思わず、弱音の極みとも言える呟きを漏らした瞬間──
襟ぐりを、思い切り掴まれた。
「いい加減にしろ」
眼前には、銀縁眼鏡の奥で光る冷たい切れ長の目だけがある。
ほぼ全体重を相手に引っ張り上げられ、ナオトはもうその眼から視線を逸らすことが出来なかった。
「利用されるから何だってんだ!」
ナオトを貫く怒声。
「お前らみたいな生意気なクソガキでも、何の利用価値もないのに助けるお人よしなんざ、サイくらいのもんだ。
あぁそうさ、俺はこの腐った計画の全てを暴きたい。その為に、ついでにお前とマユを助ける、それだけだ。お前がティーダを動かして暴れてくれさえすりゃ、チグサ復活も止められる可能性があるからな。
それを利用だとか実験台とかごちゃごちゃぬかすなら、勝手に野たれ死ね。マユを見捨てて!」
普段の皮肉屋ぶりからは想像も出来なかった怒号。
それだけで、少年の身体は雷にでも撃たれたように痺れてしまっていた。
「言っておくが、俺一人が暴れてこの基地を破壊する方法は3通りある。ただしいずれも、マユの命もお前の命も保証出来ない。
二人とも助かりたければ、俺に従うことだ」
それでもナオトは答えない。
濡れた髪の間から、大きな眼で広瀬を睨みつけるだけだ。
誰が信用するか。
もう、大人なんて、誰が──
だがそんな彼の両の頬を、広瀬はつねり上げんばかりに掴んだ。
今度こそナオトは、広瀬の眼鏡から全く視線を外せなくなる。
「お前、自分で忘れてるだろ。てめぇがジャーナリストの端くれだってこと……
俺が信じられないなら、それでもいい。だが、お前には義務がある。
ここで何が起こったのか、その無駄にデカイ眼で真っ直ぐに見て!
生きて帰って、それを伝えることだ!」
その言葉と広瀬の眼光で、ナオトの心が一瞬、ほどけた。
そうだ──
僕は、アスハ代表の命を受けてレポーターになったんじゃないか。
父さんと母さんを探す為にテレビに出た──それは確かだけど。
僕があの、憧れのアスハ代表に命じられたことも確かなんだ。
たとえそれが、代表の意思にそぐわなかったとしても。
──ナチュラルとコーディネイターの、融和の証を見せて欲しい。
そう。僕は代表に誓ったんだ。
だから僕は、父さんにあれだけ傷つけられた時だって、何とか仕事をこなしたじゃないか。
だったら──
全てを納得したわけではない。
だがナオトは、不承不承ながらも抵抗をやめた。
「信用したわけじゃありませんよ。
マユを助けるためです」
頭の中のビジョンは次第に鮮明になっていく。頭痛がするほどに。
「いい子だ」ニヤリと笑ってのけた広瀬は、ナオトに一旦背を向けてその場にしゃがみこんだ。「それじゃ、つかまれ」
ナオトはその意図が、俄かには理解できない。
「……は?
何、してるんですか?」
「は? じゃねぇよ、その怪我でどうやって移動する気だったんだ。
100mも行かずにぶっ倒れちまう」
「い、い、嫌ですよぅ、いくら何でも!
それって、おんぶってことじゃないですか!」
全くどうでもいい理由で拒絶を始めたナオトを、呆れ顔で広瀬は振り返る。
「だから、これ以外にどんな移動手段があるってんだ?
俺だって恥ずかしいんだよ、早く乗りやがれ!」