【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part5 寿命2年の赤ん坊

 

 

「カイキさん、やめて下さい! 離して! 

 広瀬さんを助けないと!!」

 

 カラミティは水流の中を、軽やかに滑走していく。

 水路の中にモビルスーツ運搬用のレールがあり、それを使っているだけなのだが──

 傍目には、華麗に水を吹き飛ばして滑っていくサーファーのようにすら見える。

 元はソードカラミティだったはずの機体だが、今はすっかり砲撃戦装備のカラミティに改造されている。だが、ビームブーメラン・マイダスメッサーなど、一部ソードカラミティの装備も残っているようだ。

 それが、完全には覚悟を決め切れないカイキを象徴しているように、ナオトには思えた。

 カラミティの右手の中で、少年はひたすら叫び続ける。

 

「カイキさん! お願いです、話を聞いて下さい! 

 僕はマユのこともフレイさんのことも、まだ知らないことがたくさんある! 

 聞きたいことが、山ほどあるんです!」

 

 またもや全身に飛沫を浴びながらも、彼は声を張り上げた。

 

「カイキさん! 

 チグサっていう妹さんのことは、僕はよく知らないけど──

 マユのことだって、カイキさんは大事だったんじゃないんですか? 

 大事だったんでしょ?!」

 

 答えない代わりに、カラミティは進行方向を左へ90度変更する。

 そこで水路は突然、坑道にも似た横穴の通路へと変化した。

 

 ──間違いない。この先に、マユがいる。

 

 水流が弱くなったのか、飛沫は少しおさまってきた。

 数十メートルおきに配置された青い非常灯が水面を照らし出すその様は、まるで水の迷宮のように思える。

 

《……2歳だ》

 

 波を立てながら、スピーカから唐突に流れてくる静かな声。

 

《貴様がマユと呼んでいた娘の年齢、そして寿命。

 たったの2歳だ》

「カイキさん……?」

 

 無表情なカラミティ。その奥から響く声。

 だがナオトはこの時初めて、カイキ・マナベの真の感情に触れた気がした。

 

《ある程度はあの連合野郎から聞いているだろうから、詳しい説明はしない。

 ただ、貴様には言っておかないといけない、これだけは……!》

 

 どこまでも、永遠に続くかと思われる水のトンネル。

 青い空間の中で、カイキはナオトに呟き続ける。

 

《マユ・アスカのデータを元にチグサの身体が再生されたのは、2年前だ。

 姿かたちがどれだけ変わってもいい、チグサの魂だけでも救われればいい。

 ――俺は、それだけを願っていた》

 

 ナオトは考える。カイキとチグサがいたという、連合の実験施設──

 反射的にトミグスクの工場の記憶が蘇り、思わず吐き気を催した。

 子供を実験体として扱い、キメラにまでしてしまった父。

 そのキメラとなった少女に、自分を襲わせた父の姿。

 

《ケッ……あの工場でも思い出したか。

 あんなのはまだユルいぜ。俺たちなぞ仲間同士で殺し合いをさせられるなんて、日常茶飯事だったからな。

 だが俺は、妹だけは守りたかった。物心ついてからたった二人だけで、ずっと一緒に生きてきた妹だ。

 だから生き延びる為に、施設を出た。

 妹と俺同士で、殺し合いを命じられた夜のことだった──》

 

 そして広瀬の言うとおり、カイキはチグサを護りきれず、彼女は重傷を負った。

 そこにフレイが天使の如く現れ、死亡したはずのマユ・アスカの話を持ちかける──

 マユのカーボンヒューマンとして生み出された肉体を魂の器とし、チグサを復活させることを。

 

 いつもよりずっと冷静な、カイキの独白。

 ナオトはじっと耳を傾けていた。

 

《正直チグサとマユ・アスカは、似ても似つかん容姿だったよ。

 それでも俺は構わなかった。チグサがチグサとして生まれ変わることが出来るなら。

 だがな……現実はそううまくは運ばない。

 チグサがようやく目覚めたと思ったら、それはチグサとは全く別のものだった──

 チグサの記憶どころか、知識も知能もない。まっさらな赤ん坊と同じ魂だった》

「それが……マユだったんですね」

《そう。

 お前らがマユ・アスカと呼んでいた娘だ》

 

 ここにきて珍しく、ナオトとカイキの会話が成立してきた。

 思えばアマミキョにいた頃は、カイキさんとは喧嘩ばかりだったな──

 

《マユ・アスカでもチグサでもない、そいつはイレギュラーで生まれた命だった。

 だがチグサの魂を完全に復活させるには、その『何もない魂』が必要だったことが判明した。

 チグサをマユ・アスカの肉体でいきなり目覚めさせれば、拒絶反応によって両方とも死んでしまう可能性が高い。だからその、何もない魂がマユ・アスカの身体とチグサを媒介する者として必要だった。

 俺達はそいつを、コロニー・ウーチバラ──つまり宇宙空間でしばらく過ごさせて、身体が安定するのを待った。

 いずれ、ティーダのテストパイロットになる身体だ》

 

「待ってください」カイキの言葉を、ナオトは一旦止める。

「カイキさん……

 彼女を──生まれたばかりのマユをティーダのパイロットにすることに、抵抗はなかったんですか!? 

 モビルスーツに乗るって、戦うってことですよね?」

《黙ってろ。

 何も知らねぇ坊ちゃんが》

 

 カイキの反応はあくまで冷たい。

 

《貴様と違って、チグサも俺も戦争の真っ只中で生きてきた。

 今更戦いのない世界でなぞ、生きていけねぇ。戦いが生活そのものだった、俺たちにとっては。

 そもそも、あいつをティーダに乗せることがフレイの条件の一つだったんだぞ》

「そうじゃない……そうじゃないんです! 

 カイキさんが、そのことをどう思っていたか、僕は知りたい!」

《……平気だったわけ、ねぇだろ》

 

 カイキの声が震えだした、と感じたのは気のせいだろうか。

 

《新しく生まれた魂は、俺たちやチグサとは違う。

 何も知らない、何も分からない……まさに真っ白な心しか持たない子供だった》

 

 ナオトを絞めつけているカラミティの指に、やや力がこめられた。

 あまりの苦しさに、ナオトは悲鳴を上げる。傷口からの出血が止まらない。

 それでも彼は、何とか右腕だけでも引っ張り出そうと身をねじる。

 

「じゃ……じゃあ、なおさらです! 

 どうして彼女を戦わせたんです。どうして、戦いしか知らない子にしたんです!?」

《何も知らない癖に、知った風な口を!》

 

 カラミティの指にさらに力がこもると同時に、カイキの感情が暴発する。

 

《俺だって、そんな娘を殺し合いになんざ出したかない。チグサの二の舞になんざしたかねぇ。

 だがチグサをパイロットとして生き延びさせるには、元々の身体──

 つまりその赤ん坊も、戦いに慣れる必要があった! 

 俺にはどうしようも……どうしようもなかった!》

 

 身体中の骨が折れるかというほどの激痛の嵐の中、ナオトはそれでも理解した。

 あぁ――カイキさんも、人間だったんだ。

 僕は何も知らずに、陰でカイキさんを罵倒することしか出来ないでいた。

 

《調べた結果、チグサの完全覚醒までは2年かかることが分かった。

 つまり、いずれにせよ、名無しのその娘の寿命も2年ということだ。

 フレイもアマクサ組の連中も皆、これには悩んださ。

 貴様には分からんかも知れんが、あいつらだって好きこのんでマユやチグサの命を弄んでるわけじゃねぇんだよ。

 なぁ、教えてくれ……》

 

 

 一旦途切れる、カイキの言葉。

 

 

《2年しか生きられないと分かっている赤ん坊は、どう育てればいい? 

 答えがあるなら、教えてくれよ》

 

 

 鋼鉄の指の関節に当たる部分がさらに絞め上がり、ナオトの身体に新たな傷口を生む。

 金属が軋む音と共に、桜色のブラウスがどんどん紅に染まっていく。

 絞め殺される──

 

「ぐ……あ、あぁあぁ……! 

 か、カイキ、さ……!!」

 

 それでも、ナオトは聞いた。

 聞きたかった。

 口から血を吐きながらでも。

 

 

「だから……彼女を……

 悲しみも苦痛も、感じない子にしていたんですね。

 楽しいことだけを、感じられるように」

 

 

 最初にマユと出会った時もそうだった。

 あの子は酷い怪我をしていたのに、まるで痛みを感じていないみたいだった。

 相手を叩きのめすのが大好きだったのも、そうすることが幸せだと教えられていたからだろう。

 どれほど人を傷つけ殺しても、カイキ兄ちゃんが褒めてくれた──

 いつかマユは、そう言ってたじゃないか。

 

 

《殺し合いでも何でも、全てを楽しいこと、嬉しいこと、幸せなことと感じていれば、苦痛を味わうこともない。

 自分の存在に悩むこともない。

 それがあいつのせめてもの幸せの為に、俺たちが選択した道だった。

 それであいつが、幸せに消えられるなら。

 だが……》

 

 カラミティは一旦、水上滑走を停止した。

 恐ろしい静寂があたりを包む。

 ナオトとカラミティの眼前には、モビルスーツ2機分の高さほどもある巨大なハッチがそそり立っていた。

 

 

《貴様が、あいつの全てを変えちまったんだ》

 

 

 はっきりと静寂に響く、カイキの声。

 

 そうだ。苦痛を感じないはずの身体だったのに、何故大気圏突入の時、マユは痛みを訴えた? 

 怒るなんて感情を知らなかったはずなのに、何故僕の父さんに怒りを露にした? 

 何故、メルーに対してマユは嫉妬した? 

 何故、マユは傷ついた僕を助けようとした? 

 

 

《ティーダやアマミキョの連中も勿論、マユに影響を及ぼしたんだろうが──

 最大の要因は間違いなく、貴様だった。

 貴様さえ早く始末しておけば! 

 あいつは苦しみも痛みも悲しみも何も知ることなく、幸せなまま消えられた!》

 

 だがナオトは痛みの中で、必死で声を張り上げる。

 カイキの悲哀を打ち破るように。

 

「それは違う! 

 絶対、違いますっ!!」

《何だと……何が違う!》

「カイキさん。

 本当に、ごめんなさい」

 

 ナオトは声を絞り出す。

 肺自体が潰れそうだ。肋骨も2本ぐらいは折れてしまったかも知れない。

 ――それでも。

 

「今の今まで、僕はカイキさんを誤解していました。

 カイキさんは、マユを戦いに利用しているだけだって。勝手にマユを、自分のものにしているだけだって……

 何も分かっていないマユをコントロールして、何らかの形で利用しようとしているだけだって……

 そう、思ってました。

 でも、違った。

 表面的には当たってたかも知れないけど、違ったんです」

 

 カラミティは、ナオトを捕らえていない左腕をハッチ開閉スイッチに伸ばす。

 スイッチが反応し、扉が重々しく開いていく。

 その内部は青い光と水に満ちた、宮殿の中央とでも呼ぶべき場所だった。

 

 

「カイキさん。

 貴方も、『マユ・アスカ』を、心底愛していたんですね」

 

 

 その言葉がわずかな動揺を誘ったのか──

 ナオトを掴んでいる指の力が、ほんの少しだけ緩められた。

 その瞬間に、ナオトは右腕を引っ張り上げる。肩口から袖が一気にちぎれてしまったが、血まみれになった腕はようやく自由を取り戻した。

 

「広瀬さんから話を聞いた時、正直、カイキさんを憎みました。

 やっぱりカイキさんは、マユを利用しているだけだって。

 チグサさんの再生しか考えてなくて、マユのことなんて……

 僕が好きなマユのことなんて、何も考えてないんだって。

 でも、僕はそこでも誤解していた。カイキさんは僕と同じくらい――

 いやそれ以上に、マユが好きだったんだ。

 当たり前ですよね……あんなに可愛い子なんだから」

《……何が言いたい?》

 

 ナオトは静かに、カラミティの頭部に向けて自らの右手を差し出した。

 まるで、カイキと握手でもしたいというように──

 包帯は半分以上ほどけて傷口が露出し、細い腕は血染めだったが、それでもナオトは差し出さずにはいられなかった。

 

「だから……

 一緒に、マユを助けましょう。

 マユを助けて、チグサさんが目覚めてもマユが生きられる方法を、探すんです。

 人の復活が出来るんです。マユが生きるくらい、許されるはずですよ!」

 

 

 

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