【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
まだ、生きていたい。
それは幻でも何でもなく、はっきりとした、肉声だった。
ナオトがそんなマユの叫びを聞いた瞬間──
彼の目の前で、大樹が不意に輝きを強めた。
眼が眩むかというほどの光だったが、それはほんの一瞬。
ゆっくり目を開くと、大樹の幹にあたる部分が氷のようにうっすらと透けていた。
どうして。
何故『これ』が、ここにある?
いや、ここに在るべくして在ったのか。
透明になった幹の中に眠っていたのは、実に見慣れた真っ白いモビルスーツ。
大樹の光はこの機体が発しているかと思うほど、その光は眩かった。たとえ、慣れた機体であっても。
──ガンダム・ティーダ。
自分をここまで追い込んだ運命のモビルスーツの名を、心で呟く。
――今、マユの意思ははっきり分かった。
なら僕は、それに応えるまでだ。
ナオトは逆さの状態から体勢を立て直し、ティーダを真っ直ぐに見つめる。
憧れのストライク、フリーダムと同じ顔を持つ、宿命のモビルスーツ。
もう息が限界まで来ていたが、それでも少年は一心に祈った。
ティーダ――
お前に意思があるのなら。僕とマユの命を吸う機体だというのなら。
僕はどうなってもいい。手足ぐらい何本飛んだって構わない。
どんなに血を流しても、魂ごと焼かれても構わない。
ただ、マユを助けたい。助けたいんだ。
だから……
僕の呼びかけに──応えろ!!
ティーダのカメラアイに、再びエメラルドの光が灯った。
激しい純白の輝きと共に。
「――来たか!」
静けさを取り戻しつつあった水面が、突如爆発した。フレイがほんのり微笑むと同時に。
水面が一息に盛り上がり、激しい飛沫と共に光の柱が空気を裂く。
大樹の光と酷似したその光柱は、水の宮殿の中心で、十字に似た輪郭を形づくっていく。
その正体は、空中に浮上したガンダム・ティーダ。
両側のマニピュレータを曲げ、何かをおし抱くように胸部へ抱え込んでいる。
背中のバーニアから噴出する光はあまりにも白く熱く燃えさかり、翼のようにさえ見えた。
その姿勢とバーニアの光が、機体全体をも十字架のように見せている。
《あのガキ……生きてやがったか!》
いきりたち攻撃を加えようとするカラミティを、アフロディーテが制する。
神聖な儀式の邪魔は許されない、とでも言いたげに。
ティーダの手のひらで、ナオトは激しく息と水を吐きながら、何とか身を起こしかけていた。
眼下に見えるは、アフロディーテとカラミティ。
すぐ背後に、コクピットハッチがあるのは分かっていた。自分が今、何をすべきなのかも。
カラミティの指と違い、ティーダのマニピュレータは雛でも抱くように優しくナオトを支えていた。
その指を頼りに、ナオトは傷をおして立ち上がる。バーニアから巻き起こる熱風で、髪も服も激しく煽られる。
しかしその姿は傍目から見れば、敗走に敗走を続ける部隊の中から、血まみれの剣とボロボロの旗を抱え、雄雄しく立ち上がる勇者のようにも見えたかも知れない。
聞こえるかどうか分からないが、言ってやる。叫んでやる。
あんたたちには、言いたいことが山ほどあるんだ──
「フレイさん! そこにいるなら、聞いて下さい。カイキさんも……!
僕は今はっきりと、マユの意思を確認しました。
『生きていたい』──これが、マユの言葉です。
『まだ、生きていたい』!」
一言一句明確に、ナオトは叫ぶ。
今こそ発揮する時だ。この大声の力を。
「こうして動いたティーダが、何よりの証拠です。
ティーダは、僕とマユの二人でなければ動かせないでしょ。
僕だけじゃ、動かせない──マユの意思で今、ティーダは動いてます。
マユは、生きたいんです。どんなに痛みを感じても、生きたいんですよ!
だから……
お願いだから、マユを助けて下さい!」
折れているであろう肋骨の痛みが、身体中を貫く。出血は未だに止まっていない。
それでも彼は、血を吐く勢いで叫び続けた。
「それでもマユを消すというなら──僕は、貴方たちと戦います!
僕は何があっても、マユを助けます!」
その叫びが終わるや否や、アフロディーテが両の腰からビームサーベルを抜き放った。
勿論要塞内での戦闘を意識して、出力は最小限度である。
《いいだろう、ナオト・シライシ!
貴様がそこまで成長するとは思わなかったぞ……
その強靭な意思こそが、私の糧となる!》
フレイの言葉が終わると同時に、カラミティがティーダの至近距離へ砲火を放った。
まるで、それが戦闘開始の合図とでも言うように。
《マユが生きたいと思うのは当たり前だ、貴様がそうさせちまったんだ!
貴様がマユを、『人間』にしちまったから!》
《早く乗れ、シライシ。
たった一人で、その傷で、その意思で──
どこまで私たちに抗えるか、見せてもらおう!》
フレイはもとより、カイキにもマユを助ける意志はない──
その現実に、絶望している余裕はなかった。
――最早、あの二人とは戦う以外に道はない。
ナオトは身を翻し、コクピットハッチを手動で開く。
「ナオト、オカエリ。ナオト、オカエリ!」
中では、随分懐かしい気がする黒ハロが飛び跳ねて、ナオトを出迎えた。
二人乗りのコクピットだが、今はたった一人。後席が寂しく感じるが、そんなことは言っていられない。
「ただいま、ハロ」
ナオトは懸命に笑顔を作り、ハロを撫でた。
黒い球体の表面に、わずかに血が付着する。
「……頼むぞ」
「ガンバレ、ナオト。ガンバレ。
システム、オールグリーン」
ハロの音声と共に、コクピットハッチが閉ざされた。
OSは既に起動しており、モニターもすぐに鮮明になる。ベルトを締めると、ナオトはすぐに眼前の2機を捉えた。
──しかし彼は、2機と戦うよりも先に、マユの救助を優先した。
「マユを探す!」
反射的に、大樹の遥か上を睨みつける。
──間違いない。この光の柱の中に、マユはいる。
閉じ込められている。
水の中にティーダは隠されていたが、おそらく逆に、マユはかなりの上空にいる。
直感でナオトは分かっていた。どのような形で捕らえられているのかは、想像したくもないが──
ともかくバーニアを最大出力で噴かし、ティーダは大樹の枝、黒く突き出した支柱まで飛び上がる。
すかさず追いかけてきたのは、カラミティのシュラークの火線。
すんでのところでティーダは回避したが、それだけで予想以上の衝撃が少年を襲う。
ベルトで締めつけられた右胸から、枝分かれした糸のように噴き出す血液。
――多分、そう長くは戦っていられない。
真横に生えた支柱が盾になり、カラミティもそうそう派手な攻撃はしてこないと思っていたが――
太さがゆうにモビルスーツ5機分ほどもある支柱は、砲撃の2発や3発ではびくともしなかった。ティーダの右を左を駆け抜け暴発する、カラミティの閃光。
ナオトは咄嗟に左腕の有線ロケットアンカー・グレイプニールを射出すると、すぐ上の支柱に食い込ませた。食い込ませた三又巨大爪が元に戻るその力を利用して、機体を一気に上に引っ張り上げる。
幸い、巨大爪が支柱の上で跳ね返るということはない――これで少しずつ上に行けそうだ。
ナオトが一瞬安堵し、一段上の支柱に着地したその瞬間──
ハロが飛び跳ねた。
「ナオト、キケン!」
「……うああぁっ!?」
眼前のモニターいっぱいに現れたものは、アフロディーテ。まさしく血塗られたモビルスーツ。
そのさまはまるで、紅の風の如く。
《やはり遅いな。
マユ抜きではこんなものか!》
「フレイさんっ……
僕は、貴方を信じたかったのに!」
右腕の攻盾システム「トリケロス」の先端からビームサーベルを発振させ、ティーダは真正面から応戦する。
呼応するように、アフロディーテもビームサーベルで対抗してくる。
フレイにしては、あまりにも正直過ぎる攻め。馬鹿にしてるのか。
「貴方はどうあっても、マユを消すつもりですか!?」
再び上空に向けてグレイプニールを射出し、飛び上がるティーダ。
それを追いかけ、アフロディーテも飛ぶ。
《子供の我がままに付き合っている余裕はないのでな》
「何なんです……何なんです、貴方は!
サイさんを裏切って、マユを殺して、しまいにはアマミキョも潰すつもりですか!?
貴方は、サイさんが好きだったんじゃないのかよ!」
大樹の枝の間で乱舞する、ビームサーベルの光。
《最終的には、私は皆の幸せを願っている。
サイの幸福も!》
「セレブレイトウェイヴとやらがそうだっていうのかよ!
マユを消して、何でサイさんやみんなが幸せになるんだよ!?
そんなこと言う大人に、ろくな奴はいないんだ!!」
ナオトの言葉こそ攻撃的ではあったが、ティーダは意外に巧くアフロディーテの攻撃をかわしていた。
紅の刃から逃れながら器用にグレイプニールを操り、一段また一段と、少しずつ上空へと飛び跳ねていく。
《サイに恨まれることなど、元より承知の上だ。
それでも責任は果たさねばならぬ! 我が負うべき責務を!!》
「何言ってるの、フレイさん!?
マユやサイさんを裏切っても優先しなきゃならない責務って、何だよ!?」
フレイの答えはない。
上段の支柱へ逃げるティーダを、執拗に追いかけるアフロディーテ。
既に2機は水面から100mほど上空まで来ていたが、それでも塔の最上階は見えなかった。延々と高くそびえる青い壁。
まさか、塔の一番上にマユが眠っているなんてオチじゃないだろうな。古いアクションゲームじゃあるまいし──
あまりの高さに疲労を感じ、一瞬思考を止めてしまうナオト。
「……!?」
その隙を見逃すフレイではなかった。
ビームサーベルが、ティーダの左腕関節部を一閃する。
「しまっ……!」
あまりにも呆気なく切られてしまった左腕。
ティーダの左腕が切られたということは、支柱を登るのに利用していたグレイプニールごと切られた――
つまり、巨大爪を使って上空へ行くことが不可能になったということだ。
切断された巨大爪は力を失い、下段の支柱に幾度も轟音を立てて衝突しながら落下していく。
ジャングルジムから落下していく玩具のように。
《もう少し、楽しませてくれると思ったがな……》
ナオトの眼前に迫るアフロディーテ。
すぐにビームで始末しないのは、やはり馬鹿にされているのか。それとも、すぐに殺してはデメリットがあるからか。
最早ナオトにとって、フレイ・アルスターという存在は、カイキよりよほど理解不能な化物だった。
フレイさんは、サイさんが好きじゃなかったのか。
婚約を復活させたんじゃなかったのか。
「フレイさん、僕には分かりません……
サイさんの恨みをかってまで、どうしてこんなこと!」
《くどいぞ。私は今なお、サイを愛している……
奴は、私が初めて出会った奇跡。たとえ何があろうと、どれだけ本人に憎まれようと、失うわけにはいかぬ!》
その言葉に嘘偽りがあるのかどうか、ナオトには到底判断がつかない。
「ひょっとして、セレブレイトウェイヴを発動させることが──
サイさんの幸せになるって言いたいんですか」
《今は、そう取ってもらっても構わんな》
他人事のように呟くフレイに、ナオトの感情が爆発した。
「そんな勝手な!
幸せの定義を、勝手に決めるな!」
《やはり答えを急ぐ子供には、何を言っても伝わらんか!》
アフロディーテは右の拳を、がら空きとなったティーダの胸部へ叩きつけた。怒声と共に。
元々重量バランスが悪く、左腕を失ったことでさらにバランス維持が難しくなっていたティーダはそれだけで体勢を崩し、機体はあっという間に支柱から落下を始める──
コクピット内に響くアラートと、ナオトの悲鳴。
さらに、彼がバーニアのスイッチに手をかけるより早く、下方からカラミティのシュラークがティーダを狙っていた。
──今度こそ、撃たれる!
落下の加速度に耐え続けるナオトが、思わず目を瞑った瞬間。
《子供じゃなけりゃ、質問に答えてくれるのかい?
お嬢さん!》
どこかの外壁で爆発音がした0.5秒後、コクピットに飛び込んできた声。
機体を軽く揺さぶる衝撃と共に、不意に落下速度が減少を始める。
モニターを確認して、ナオトは思わず嬉しさを隠せず叫んだ。
「広瀬さんっ!」
落下しつつあったティーダを支え、カラミティの射線上から引き剥がしたのは――
強引に外壁をぶち破り、空中から飛来した広瀬のウィンダムだった。
正確に言えば、ウィンダム「もどき」ではあったが。