【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
《ナオト、お願い……
今は下がって!》
そんな母の声は、少年の純なる決意すらもおしとどめる力があった。
あれだけの勢いで心に誓った想いさえも。
《僕は……
僕は、マユを助けるんだ。助けなきゃ……》
ナオトは必死で自らに言い聞かせるように呟くが、どうしても身体が動かない。
当然、機体もびくともしない。
──もう無理だ。
少なくともマスミ・シライシがこの場にいる限り、ナオトは動けない。
母の呪いを受けたまま、立ち上がれない。
広瀬は、研究室の窓に貼り付くように動かないマスミに怒鳴る。
「マスミ・シライシ!
もう黙れ、貴様の声は子供を危険に晒すだけだ!」
広瀬の声は虚しく反響するばかりだ。モビルスーツからの音声は、強化ガラスの向こうの研究室には届いていない。
「身勝手すぎるぞ!
息子を戦わせようとしていた分際で、戦いをやめろなどと……今更!」
その間、突き飛ばされていたカラミティも体勢を立て直す。
カイキには、マスミの嘆願など勿論聞こえてはいない。音声として認識していても、言葉として聞いていなかった。
カラミティは全くの容赦なく、ティーダとウィンダムに向け、580mm複列位相エネルギー砲スキュラを撃ちはなつ──
輝く水面の上で一瞬、白熱した火球が暴発した。
大樹の下で巻き起こる光の嵐。その場の全員、あまりの光に一瞬目が眩んだ。
このスキュラは勿論ティーダを狙ったものだったのだが、間一髪のところでウィンダムはティーダを無理矢理背中から抱きかかえるようにして持ち上げて飛翔し、閃光から離脱させていた。
「な……何だ?
どうしたんだ、
光が少し治まったところで広瀬が辺りを見回すと、ダガーLが1機、両脚部をもがれて水面に浮いていた。
──彼はそこで初めて確信した。
カラミティパイロットの異常を。
あのファントムペインの子供たちを見れば分かる通り、強化されて戦わされる子供は薬や精神操作などで調整しなければ、心や身体のバランスを崩す。
カイキ・マナベは強化された子供の中でも比較的安定していると思っていたが、まさかこんな局面で、精神崩壊が発生したのか?
カラミティのスピーカは開かれたままだが、明らかに呻き声らしきものが漏れ出ていた。
ただひたすらに、交互に連呼していた。マユとチグサの名を。
「いや。
こんな局面だから……か」
広瀬は自らの傷を押さえつけながら、それでも哀れまずにはいられなかった。
カイキ・マナベの境遇を。
俺は、俺が、俺こそがチグサを取り戻すんだ。
違う、俺がマユを守るんだ。
チグサの為に。いや、マユの為だ。違う、チグサの為だ。
俺のほかに、誰がチグサを助けられるんだ。マユの幸せを守るのはマユの為じゃない、チグサの為だ。
チグサは、俺の全てなのだから。
俺だけが、チグサの感触を覚えていられる唯一の人間なのだから。
俺だけが、チグサを愛せる男なのだから。
だからマユ、お前は生きていてはいけないんだ。成長なんかしちゃいけない。
幸せだけを感じながら、そのまま消えていければいい。
マユ、お前は笑っていられればそれでいいんだ。幸せな笑顔で消えていければ。
痛みなんか感じるな。
俺の前で苦しまないでくれ。
俺の前で泣かないでくれ。
「生きていたい」なんて、そんな残酷なことを言わないでくれ。
チグサを守る為にお前を殺そうとする俺は、間違っているのか?
他には何も方法なんてないんだ。選択肢なんてどこにもなかったんだ。
──本当に?
本当に、何も出来なかったの、お兄ちゃん?
──私、生きていたいんだよ。
本当に、どうしても、駄目なの?
マユ……頼む。
お前は元から、幸せには生きられない娘なんだ。
この世界に生まれてはいけなかったんだ。
俺を責めるなら、いくらでも責めて構わない。死ぬまで責め続けてくれて構わない。
俺はお前がいなくなっても、死ぬまで悩み続けるだろう。何度も何度も、同じ問いを繰り返すだろう。
――本当に、本当に、他に選択肢はなかったかと。
それが、お前の魂を産み落としてしまった、俺の責任だ。
ただ、俺はお前に、少しでも幸せに逝って欲しかっただけなんだ。
それだけは……
──マユを助けて、チグサさんが目覚めてもマユが生きられる方法を、探すんです。
──カイキさんだって、本当は嬉しかったはずだ。
マユを好きだったなら、嬉しかったはずですよ!
ふざけるな……
マユが感情を覚えて、俺が嬉しいわけが……!
嬉しいわけが……!!
《ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな!
生まれたばかりの命を見殺しにしなきゃなんねぇ、この苦しみ!
何も知らんガキが何ほざこうが、説得力なんざ、あるわけねぇんだよ!!
何が分かる、何が分かる、何が分かる!?
貴様らが、何も知らない奴らが!
全て分かった風なツラで、上から目線で、ふざけたことばかりぬかしてんじゃねぇ!!!》
カラミティはさらにティーダに向けて、両肩の大火力エネルギー砲・シュラークを撃ち放つ。
射線上にアフロディーテがいようが、最早関係ない。
ただティーダのいる方向へ向けて、どんなにかわされても狂気のように閃光を放ち続ける。
悲鳴にも似た、痛烈な叫びと共に。
《ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるな、ふざけるな!!!
マユ……チグサ、チグサ!! マユ……
俺は、俺を、お前は、俺がぁああぁぁあぁあ!!!》
狂気の絶叫を孕みながら展開される火線。
ティーダを抱えて飛翔し、器用にそれらを避けながら、広瀬はフレイに悪態をつく。
「どうするよ、フレイ・アルスター!
お互い、相方で苦労するようだな」
フレイからの応答は何もなかったが、必死でスキュラを、シュラークをかわす挙動から、彼女にとってもこの事態は予想外だったのは分かった。
広瀬はふと、ティーダに呼びかける。
「シライシ。
お前、カイキ・マナベに何か言ったんじゃないだろうな?
奴を刺激するような……」
冗談まじりで言った広瀬だったが、返ってきたのは意外な答え。
《い、言ったかも知れません……マユのことで。
チグサさんだけじゃなく、マユを愛してたんじゃないかって。
確信したんです》
「やっぱり……か」
嘆息する広瀬。
カイキがひた隠しにしていた最も脆い部分を、この子供は一番痛い形で突き刺してしまったに違いない。
「ここで言ったのはマズかったな。
おそらく奴の精神は、今のマユ・アスカの状況だけで擦り切れる寸前だったはずだ」
《寸前……「だった」?》
「見りゃ分かるだろ。
壊れちまったんだよ」
お前の言葉が引き金でな……と言いたいのを、広瀬は喉元で抑えた。
その間にも、飛んでいるウィンダムとティーダをカラミティは執拗に狙う。
7度目のスキュラが炸裂した時、盾がわりにしていた大樹の一部もエネルギー砲をまともに受け、ティーダの眼前で白い光の木肌を散らせた。
その光の破片の中に、ナオトは一瞬、白とはまるで違う色の物体を見た。
──何だ、あれ?
血のように赤いあれは……翼?
あの赤いものに、何故かマユを感じる?
すぐにスキュラの次の一撃が来襲し、その物体は見えなくなってしまう。
あの赤い翼……確かに、どこかで見たことがある。
あの形は、まさか……
だが状況は、その翼に思いを馳せることが出来るほど、ナオトに時間を与えてはくれなかった。
母の声は響き続けていた。
まるで鐘の中にでもいるように、その声はナオトの中で反響する。
《ナオト、お願い! もうやめて、戻ってきて!
マユちゃんのことだったら、私たちも出来る限りのことをするから!》
その言葉で、ナオトはさらに動揺する。
「母さん?
マユを、助けてくれるの?」
すかさず広瀬は遮った。
「嘘に決まってる。
そうでなけりゃ、出来もしないことを出来ると思い込んでやがるだけだ。
勘違いの集大成なんだよ、あの女は」
《でも……
母さんが、そう言うなら》
いつものナオトであればこのような戯言は、「大人は嘘ばかり!」などと一蹴する癖に、こんな時に限って何故ホイホイ聞いてしまうのか。
広瀬は本日何十度目か知れない舌打ちをしたが、その時カラミティが一瞬、動きを止めた。
そのカメラアイがぐるりと回り、壁の一点を向く──
瞬間、広瀬の背筋を氷柱のような悪寒が突き抜けた。
カラミティは背中から
その標的はただ一つ、マスミ・シライシ。
モビルスーツで殴れば一発で壊れるであろうガラスの一枚向こうにいる女。
ナオト・シライシの母親。
間違いない。今、カイキ・マナベは笑った。
まんまと引っかかるであろう獲物に向けて、笑ったのだ──
畜生、まだそんな悪知恵を働かせる余裕があったとは!
広瀬はウィンダムを最大戦速で下降させようとしたが、その時
「ゲホッ
……があぁ……っ!?」
胸からの激痛が全身を襲った。
口から吐かれた大量の赤が、コンソールを盛大に汚していく。
瞬間──
《母さん!》
母の危機を察知したナオトは、ほぼ何も考えずにウィンダムを振り切り、ティーダを真っ直ぐに、母のいる場所へと飛び込ませていく。
その脳には、母を守ること以外に何もない。
マユを助けるという決意さえ、この瞬間吹っ飛んでいたのではと広瀬が疑うほど、恐るべき敏捷さでティーダはカラミティの前へと突っ込んでいった。
そして──
マイダスメッサーが一直線に、マスミに投擲される。
紅の閃光を放ちながら自分に向かってくる、巨大な刃。
あまりの恐怖でマスミの表情が凍りつき、声が途絶える。
「――!!」
だが、その刃が彼女をガラスごと切り刻む直前
――ティーダの純白の機体が、マスミと刃の間に割り込むことに成功した。
まともに右腕の攻盾システム「トリケロス」に激突するビーム刃。
トリケロスそのものは火花を上げ大きく傷ついたが、ナオトは一瞬、満足感でいっぱいになる。
──やった。
見てたでしょ、母さん。
僕、母さんを守ったよ。母さんを守れるくらいに、強くなったんだよ。
だから、僕を愛してくれるよね、母さん。
僕はこんなに強くなったんだ。こんな僕なら、母さんも好きになってくれるかな──
モニター内から見えるマスミは、涙まじりの笑顔だ。
それを見て、ナオトの大きな目にも涙が溢れる。
母さん。お願いだ、僕を抱きしめ──
その瞬間こそが、カイキの狙いだった。
カラミティ胸部の砲口に、白熱した光が満ち始める。
《お前だけは、俺の手で殺してやる!
ナオト・シライシ!》
放たれる、最大火力のスキュラ。
母を庇ったまま動けないティーダ。
吐き出される血を止められないまま、上空からそれを凝視しているしかない広瀬。
溢れる光。
全ては終わった──広瀬は観念した。