【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
スキュラをまともに浴びた。
ミリアリアを助けた時に喰らったビームとは、段違いの火力のスキュラ。
そしてティーダには、あの時サイとキラが作ってくれた装甲はもうない。
ナオトは思わず、両腕で目と頭を守っていた。拡がる光から己をかばうように。
同時に、不意に上方へ引っ張られるような衝撃がコクピット全体を襲う。
もう駄目だ。
僕は母さんもマユも、サイさんたちも守れずに、焼け死ぬだけなのか──
ナオトは目を瞑ったまま、次に全身に来るであろう灼熱の波をただ待つしかなかった。
1秒、2秒、3秒……恐ろしいまでにゆっくりと、時間が刻まれていく。
だが、10秒待っても、自分が焼かれるような感触は一切ない。
スキュラが爆裂したような轟音は聞こえたが、ティーダにもナオトにも何も起こっていない。
ナオトは震える両腕を元に戻し、ばちばちと音が出そうなほど瞬きしながらモニターを確認する。
電波障害なのかモニターの映像は若干乱れていたが、サブモニターでは何故か、ストライク・アフロディーテの紅の両腕が見えた。
どうやら、ティーダの上半身を抱えるようにして飛んでいるようだ。
フレイさんが、助けてくれた? どうして……
いや、それよりも。
母さんは。母さんはどうしたの?
声が聞こえない。母さんはどこにいるの?
不安が満ちていくコクピットの中で、ナオトは幼児のように頭を回し続ける。
やがて、メインモニターが回復した。
真っ先に確認したのは勿論、母のいる場所。
必死で探す。もうもうと上がる蒸気で隠されている壁を、必死で探し続ける。
母のいる場所を。
どこにあるの? どこ?
母さんが、僕を抱きしめてくれるはずの場所は。
結論から言うと──
そんな場所は、もうなかった。
消失していた。
母が今の今までいたはずの、ガラスで覆われた清潔な研究室。
その部屋があったはずの壁はきれいに、あとかたもなく消失していた。
そのかわりに、直径30mほどの巨大な真っ黒い空間が、活火山かというほどの煙を吐き続けている。
全てを呑み込むブラックホールのように。
煙の奥で、弱々しくちろちろと燃える、紅の火が微かに見える。
スキュラごとマスミの身体を呑み込んだであろう、その黒い空間を
ナオトはひたすらに凝視し続けていた。
いない。いない。どこにもいない。
母さんがどこにもいない。
ここにいるはずなのに、ここにいたはずなのに、さっきまでここにいたのに、どこにもいない。
もう、どこにもいない。
僕を認めてくれる母さんは、僕を褒めてくれる母さんは、もう、どこにもいない。
僕を抱きしめてくれる母さんは、どんなに求めても、もう、手に入らない。
その現実を認識した瞬間──
ナオトの喉から、それだけで塔が崩壊しかねない、痛みに満ちた絶叫がほとばしった。
ハーフムーンでティーダを濁流から救った時と殆ど同じに、アフロディーテはティーダをスキュラの光波から救出していた。
そのコクピットで、ナオト・シライシの絶叫をただ噛みしめながら、フレイは呟きを漏らす。
「母の呪縛から、遂に解放されなかった子供──
私も、同じか」
眉がわずかに顰められたが、そんな彼女の言葉と表情に気づく者は誰もいなかった。
やがて、スピーカから届くナオトの絶叫は、呪詛の言葉へと変化していく。
《……ろしてやる。
……殺してやる、殺してやる、殺してやる、殺してやる
よくも……よくも、母さんを!》
喜べ、マスミ・シライシ。愛する息子は遂に覚醒するようだ。
お前の死によって、ようやくお前の望みが叶えられる。
それを見届けられなかったのは、お前への天罰だろう。
「僕は、お前たちを許さない
――絶対に!」
涙と血でペインティングされた顔を、敢然と上げるナオト。
その瞳孔からは、光が消失している。
同時にナオトは、闇の中で白く輝く宝石を、幻視した。
虹色の光を放ちながら、雪の結晶のように輝く石。
少年の叫びと共に、その宝石は粉々に砕かれる
──まるで、母の身体のように。
まずナオトは、アフロディーテを振り切ろうともがいた。
そして初めて、異変に気づく。
あれ? アフロディーテの力は、こんなに弱かったかな?
フレイさんが、また手抜きをしたのかな?
ティーダがスラスターを全開にしつつ右腕のトリケロスを振り回すと、一瞬にしてアフロディーテはティーダから離れた。
ナオトはそれほど苦労することなく、トリケロスからビームサーベルを発振し、そのままアフロディーテへと斬りつけた。
左手首でアフロディーテには防がれたが、ティーダの刃は強引に、その手首を斬り飛ばす。
──どうも変だ、アフロディーテの動きがおかしい。
まるで水の中にいる人間みたいに、鈍い。
その時、コクピットにアラートが響いた。
背後からロックオンされた──
すかさずティーダは、上空へ飛翔する。
スキュラの波がまた来た、でもやっぱりおかしい。
こんなに簡単に避けても、いいものなの?
おかしい。おかしい。
母さん、どうして? これは何?
カラミティの動きも全然速くない。まるでスロー再生を見てるみたいだ。
今度は両肩のシュラークが撃たれることが、撃たれる前から分かる。
左から飛びかかってくるダガーLは、カラミティよりもっと遅い。
あまりに鈍重なダガーLの頭と左腕と右腕を、ティーダは丁寧に、彫刻でもするようにビームサーベルで切り落としていく。
反対側からシュラークが炸裂したが、ひょいと飛ぶだけで簡単にかわせた。
ほら――誰にだって出来るんですよ、モビルスーツの操縦くらい。
簡単でしょ? すっごく簡単。
この前まで血反吐まみれになっていたのが、嘘みたいだ。
機体の跳躍によりかなりの衝撃がナオトにもかかっているはずなのに、殆ど痛みを感じない。
血は止まっていない、腹のあたりには赤い池が出来ている。でも、痛くない。
それに気づいた少年の唇から、自然と笑みがこぼれる──
血まみれの口端から漏れた呟きは。
「……やったぁ」
やった、やったよ母さん。
これがきっと、母さんの言ってた、SEEDなんだね!
キラさんも持ってる、SEEDなんだね!
母さんはずっとずっと、この僕を求めていたんだ。こうして強くなった僕を!
見て、母さん。やっと僕は、母さんの願いを叶えられた──
ナオトの顔いっぱいに、喜びが溢れる。
今度は上から、浮力を失った風船のような遅さと頼りなさで、ダガーLが飛びかかってくる。
ナオトの目にはそれは飛びかかるというより、ふわりとかけられる暖かい毛布のようにしか見えない。余裕をもってトリケロスを構え、電磁を帯びた超高速運動体貫徹弾・ランサーダートを一発、発射する。
槍にも似たそのダートは酷く正確にダガーLの首関節部を直撃し、機体全体に激しい電撃を与えたばかりか大爆発を起こした。
母さん。どんなに痛めつけられても、僕は負けなかった。
母さんの望みどおりの僕に、今、僕はなったんだ。
だから、母さんを守れるよ──だから、お願いだ。
僕を褒めて。僕を抱きしめて。
こんなに強くなったんだ。ねぇ、返事をしてよ!
カラミティからの砲撃は今のナオトにとって、閉められた蛇口から落ちようとして頑張っている水滴ほどに遅く見えた。
シュラークとスキュラ、そしてプラズマサボット・バズーカ砲「トーデスブロック」までもが塔の中で乱れ飛んだが、どれ一つとしてティーダには命中しない。
プロ画家の絵筆のように、優雅に踊るように閃光をかわしていくティーダ。
そしてあっという間に、純白の機体はカラミティの正面に飛び出した。
母さん、そこにいるんだね。
こいつをやっつければ、母さんは笑ってくれるんだよね。
だって、こいつが母さんを殺したんだ。
こいつを殺さなきゃ、母さんは戻ってこないよね。
心配しないで。簡単だよ、今の僕なら!
ティーダはスラスターを全開にして飛び上がると、一瞬でカラミティの背後に回りこむ。
どうかしてるよ、カイキさん。僕はすぐ後ろだよ。
いつも人を馬鹿にしてる癖に、どうしてこんな時にぼーっとしてるのかな?
「カイキさん!
返してもらうよ、母さんを!!」
その一声と共に──
カラミティの背部のほぼ中心が、非常に正確に
ティーダの攻盾システム「トリケロス」からのビームサーベルで貫かれた。
「チグサ……マユ……
俺は死なねぇ。
お前たちを、幸せにするまで……見届けるまで!」
それがカイキ・マナベの、最期の言葉となった。
最期まで、最愛の妹と会えなかった悔悟と共に。
最後の最後で、マユの幸せを奪われた怨みと共に。
全てを奪っていったナオト・シライシへの復讐を成しえなかった無念と共に──
カイキの魂と身体は、一瞬で炎熱の中へ呑まれていく。
アフロディーテがティーダに振り切られてから、カラミティが炎に包まれるまでの時間は、ほんの15秒あるかないかだった。
その15秒の間に、ティーダはアフロディーテを追い払い、ダガーLを2機仕留め、カラミティにとどめを刺したのだ。しかも、全くの無傷で。
「あれが……
SEEDなのか」
支柱の上にウィンダムを降ろし、広瀬は茫然としながらティーダの恐るべき機動を眺めているしかなかった。
狂気に汚染されてしまったナオトの声が、絶えず響いている。
それは絶叫から、いつしか笑い声に変貌していた。
それも最初は含み笑いのようだったのに、カラミティが炎に呑まれた瞬間には、爆発するような大笑いになっていた。
《あははははははははは、母さん、やっと僕、強くなれたんだよ!
痛みなんか感じないくらい、強くなれたんだ!
あっはははははは、あははは、母さん……
返事してよ。ねぇ、どこにいるの?
カラミティは倒したよ……
だから、お願いだから、返事してよおぉ!!》
笑っているんだか泣いているんだか、サブモニターで直接ナオトを見ている広瀬にも判断がつかない。
だが、今の広瀬にはどうしてやることも出来なかった。
自分の意識を保っているだけでも、最早手一杯だ。瞼が重くてたまらない。
腹のあたりはちょっとした血の池に変わっている。左腕の感覚はもうない。
そしていつの間にやら、ウィンダムのそばにはアフロディーテが飛来していた。
ウィンダムの頭部にビームサーベルを突きつける紅の機体が、広瀬の目にはっきりと見えた。
「勘弁してくれよ……
降参だ、参った。
お嬢さん。どっちにしろ俺は、もうすぐあの世行きだ。
だが……その前に、ちょっと言わせてもらっていいかな」
アフロディーテは答えない。
光の刃をウィンダムに突きつけたまま、微動だにしない。
「俺……大人として、責任感じるよ。
なんでこんな……子供がこんな、痛々しい目に遭わなきゃならねんだろなって。
シライシといい、マナベ兄妹といい、マユ・アスカといい……
シライシのあのぶっ壊れた笑顔、あんたも見たことあるはずだろう?
アレを2回も見ちまった俺としては、3度目は勘弁してほしかったよ」
サブモニターでは、ナオトはまだ笑っている。
光を失った目で、涙を流しながら笑っている。
フレイの声が響いた。
《もうこのようなことを起こさぬよう、私たちは行動している。
不幸な子供を増やさない……それが私たちの願いだ》
「あんたも含めて、言ってんだよ。
俺に言わせりゃ、あんたが一番痛いよ……フレイ・アルスター。
あんただって、子供だろうが。ひよっ娘だろうが。
なのにどうして、いっちょ前にどでかいモン背負ってんだ?
悪いこた言わねぇ、全部捨てて戻れよ。
……アーガイルのところへ、さ」
広瀬の声はかすれかけていたが、それでも言わずにいられない。
「それから……
あんたも、SEED持ちだろ。だったら、カイキ・マナベを助けられたはずだ。
何故、何もしなかった? 仲間だろ」
感情を完璧に消しているフレイの声が、流れた。
《あの男はどちらにせよ、もう限界だった。
マユとチグサのことで長い間葛藤し続け、精神を磨耗しすぎた。
マユが消えれば、カイキの精神もそのまま崩れてしまっただろう。
ここで死ねた方が、むしろ幸せだ》
「そうやって他人の幸せを勝手に決めるのが、痛すぎだって言ってんだよ……
だったら、アイツもここで殺すか?」
広瀬は口調こそ軽いものの、無念さを消せぬままティーダを見やる。
響いていた笑い声は、次第にか細くなりつつあった。
《あはは、あはははは、母さんがいないよ?
マユ、どうしよう……母さんがいない。どこにもいないんだ。
母さんがいないのに……
僕、一体、どうすればいいの……?》