【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
──ナオト。ナオト!
お願い、やめて!
もうやめて! 私に気づいて!
狂気の淵の淵──
まさに限界点と言える場所まで追いこまれていたナオトに、まるでその声は奇跡のように響いた。
「マユ……マユ?
どこ? どこにいるの?
母さんがいないんだ……
もう僕には、君しかいないんだ」
大きな目は光を失ったまま、迷子の幼児にも似た声を上げながら、ナオトはコクピットを見回す。
──ナオト、気づいて。
「マユ……ねぇ、どうしたらいい?
母さんを取り戻すには、何が足りないのかな?
せっかくカラミティをやっつけたのに、まだ何か足りないのかな?
今度は、アフロディーテをやっつければいい?」
涙を流しつくし、枯れ果てたかのようなナオトの瞳が、モニター上方のアフロディーテをぼんやりと見つめる。
「そうだよね……
だって、母さんを守ろうとしたのに、フレイさんは邪魔したんだ。
なら、フレイさんをやっつけないと」
ティーダの緑のカメラアイが、アフロディーテを見上げた。
ぎょろりと音を立ててもおかしくないほどの、不気味さを伴って。
──駄目! ナオト、気づいて!
こんなことやっちゃ駄目だって、ナオトが言ってたじゃない!
雷鳴のようなマユの声が、ナオトを撃つ。
電撃の鞭に打たれたらこんな感覚かと思うほど強烈に、ナオトの身体の中へマユの声が響いていく。
──嫌いだよ!
そんなことやってるナオトなんか、イヤだ、嫌いだ!
ナオトだって、私が同じことしたら、私のこと嫌った癖に!
そんなの、不公平だよ!
……そうだ。
マユの声と共に、ナオトの胸に、痛みの感覚が蘇る。
僕は、マユに人を傷つけちゃ駄目だって、言ったはずだ。
僕はマユに、人を殺しちゃ駄目だって言ったはずだ。
人を侮辱したら駄目だって、言ったはずだ。
そうだ。僕は、マユを助ける──
マユを守るって、決めたはずだ。
だからここまで来たんじゃないのか、僕は。
ずっと血の霧がかかっていたナオトの心が、不意に晴れていく。
僕は今、一体何をしたんだろう?
母さんがいなくなって、僕の中で何かが弾けた
──それから、僕は……
そしてナオトは、ようやく気づいた。
眼前に拡がる黒煙と、四散したカラミティの緑の装甲、腕、シュラークの残骸。
放り出されたバズーカ。
それらを呑みこみながら、水面で燃え続ける炎。
その向こうで、まだ辛うじて首だけ動いているダガーLが、2機。
「あ……」
その光景で、ナオトは自分が何をしたのか、ようやく理解した。
血の霧に包まれた殺戮の記憶が、鮮やかに甦る。
鬼神の如く暴れたティーダは、最終的に何をしてしまったか。
憤怒に任せ、自分が一体何をしてしまったか。
「あ……あああぁ、ああああぁぁああああああ、
うわぁああああああああぁあああああぁああっ!!」
僕は……
僕は、感情に任せて、覚醒した力に任せて、カイキさんを殺した。
憎しみと狂気で、人を、殺してしまったんだ。
マユが力をくれてティーダを起動してくれたのに、僕はそのマユのお兄さんを、殺めてしまった。
やっと、カイキさんのことが少しだけ分かったと思ったのに。
「分かりかけたと、思っていたのに……
ごめん、ごめんよ、マユ!
僕は、君に二度と顔向け出来ないことをしてしまった……
本当にごめん……ごめんよ!」
マユからの返事は、ない。
そうだよな。そりゃそうだよ。
君はきっと、僕を許してはくれないだろう。兄さんを殺した僕を。
大量の出血と共に、絶望がナオトの胸を染めていく。
眼前の光景に耐えられず、血まみれの両手が顔を覆う。
母さんがいなくなった。マユも答えてくれない。カイキさんも殺してしまった。
こんな僕はもう、サイさんたちの所へは戻れない。
僕にはもう、帰る場所なんてどこにもない。
キラさん、ごめんなさい。僕は貴方に憧れたから、モビルスーツに乗っても人を殺さないようにしてきたのに。
どうしてこんな時に、大事な人を殺してしまったんだろう?
カイキさんとはずっと喧嘩ばかりだったけど、やっと分かり合えるかも知れないと思っていた。
そんな人を、僕は──
ナオトはふと、手元の黒ハロに視線を落とす。
彼の血と涙で汚れた黒いハロ。
その丸い姿を見ながら、ぼんやりと思いついた──
やおら、コンソール・パネルを猛然と操り始めるナオト。
まだSEEDの効果が僕に残っているなら。
僕一人でも、出来る可能性はある。
実際やり始めると、ナオト自身でも驚愕するほどタイピングのスピードは速かった。
マユが入力した時の、倍以上の速度だ。
――最初は、フェイズの一部を入力するだけでも精一杯だったのにな。マユにおんぶに抱っこだったっけ、あの頃は。
瞬く間に、モニター全体が遮光フィルタに包まれていく。
ハロの両目が明滅し、コクピット中がうす暗くなる。血の海に沈んでいくかのように。
「──KI01、EIPAモジュール再構築完了。システムリブート完了。
ブック・オブ・レヴェレイション、オンライン!」
ハロの声が、虚しい陽気さをもってコクピットに響いた。
後席ががらんと空いたままの、コクピットに。
そうだ。これがせめてもの、僕の贖罪だ。
ここが暴走するならすればいい。ここの人たちを全員、こんな戦いから解放する。
こんな虚しい戦いから、少しでも誰かを助けたい。
マユも、母さんも、カイキさんももういないのなら、せめて……
せめて、僕に誰かを助けさせて。
──その願いが叶うなら、何度だって使ってやる。ティーダを。黙示録を!
その想いと共に、ナオトは全フェイズの入力を完了した。
ブック・オブ・レヴェレイション──
マユ抜きでは破れなかった禁断の兵器の封印を、彼は遂に一人で破ってしまったのだ。
ティーダの機体全体が、例の発光を開始する。
「あの馬鹿……
やっぱり、やりやがったか!」
広瀬にはもう、止める術はない。光を防ぐ手段もない。
アフロディーテは動かず、状況を見据えているだけだ。
黙示録の起動と時を同じくして、不可思議な現象が塔に起こり始めていた。
どこからともなく、鐘の音が反響を開始したのである──まるで、ウェディングベルの如く盛大に。
「ぐ……っ!!」
広瀬の頭の中でも、同じ鐘の音が響きだした。
こっちは黙示録起動と同時に毎回鳴り出すという音だ。アマミキョの連中が散々聞かされた音だ。
それにしても、身体の外側と内側から同時に響く鐘の音というものはたまらない。
仮に巨大な鐘の中に閉じ込められて、外から何度も鐘を鳴らされたとしたらこんな感じだろうか? 不協和音で、頭が割れそうになる。
血まみれの手で思わず額を押さえながら、広瀬は光る大樹を横目で確認する──
そして、叫んだ。
「やっぱりだ。
塔自体が反応してやがる!」
白く輝く大樹は、黙示録の発動に合わせてその輝きをさらに増していた。
まるで心臓のように、光が柱の中で波うっている。
黒い枝にも似た支柱にもそのエネルギーが伝導しているのか、鋼鉄の継ぎ目から白い輝きが血管のように漏れ出している。
いや、心臓という表現は少し違う──広瀬は感じた。
「これは……
子宮?」
助平な妄想をした訳では断じてないのに、何故唐突にそんな感じがしたのか、広瀬には分からなかった。
どこからか、研究員の平板なアナウンスが聞こえる。
《現時刻よりシネリキョ、モード・サブマリンに移行を開始します。
残り10分で都市防御機構作動予定。Bブロック及びDブロックの作業員は至急、退避して下さい》
《Xブロックの担当者、至急指令所へお願いします》
《港湾部の作業員は、マニュアル1に定められた手順にて、潜航準備を》
塔全体が、轟然と揺れ出した。
しかし、アフロディーテはこの事態をとっくに予想済みという風情で、光の柱を眺めている。
そのスピーカから漏れだすのは、嘲りを含んだ言葉。
《子供の絶望により、大人の世界が変革される。
皮肉なものだよ……なぁ、チグサ》
アフロディーテのカメラアイがそっと、光の大樹のとある一点を見上げた。
先ほどスキュラを喰らって粉砕された、幹の一部。そこに生じた大きな亀裂は、エネルギーの流入でさらに大きくなり──
やがて、卵が割れるように幹は砕けた。
輝くガラスが雪のように、盛大に飛び散っていく。
そこから生まれ出たものを見て、広瀬は理解した。自分がこの柱を子宮だと感じた理由を。
塔の最下部、水面の上でうずくまっていたティーダからも、その光景ははっきりと見えた。
マユを感じた、あの幹に。
ナオトの頭上で、白く輝く羊膜に包まれるようにして何かが生まれてくる。
でも、人じゃない。生物じゃない。
不死鳥のようにも見えるけど、あれは生物じゃない。
あれは
──あのシルエットは!
「何で……
何でここに、フリーダムが?」
思わずナオトは呟いていた。憧れの、伝説の機体の名を。
光を背にして、火の鳥のように優雅に広げられる10枚の翼。
閃くカメラアイ。ティーダと同じ意匠の頭部。細身の胴体──
確かに、フリーダムに似ている。
しかし、明らかに違うところが一点。
「何で……真っ赤なんだよ」
ナオトの知るフリーダムは、大空によく映える青い翼と白い胴体が、その名の通り自由を想起させる機体だ。
だが今、目の前に浮遊するフリーダムは、翼から頭から胴から脚から、何から何まで血のように赤い。
まるで血の海から出てきたばかりというように。
《ククッ……!》
その時ナオトは、その機体のスピーカから流れる妙な笑い声に気づいた。
この声は──真っ赤なフリーダムが現れた時から、ずっと響いていた気がする。
女の子の笑い声。
《クックックッ……ホンット、バッカだねぇ~。
こんなバカに、カイキ兄ぃはやられたワケ?》