【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part4 生まれたものは、血まみれ『自由』

 

 

 ──ナオト。ナオト! 

 お願い、やめて! 

 もうやめて! 私に気づいて! 

 

 

 狂気の淵の淵──

 まさに限界点と言える場所まで追いこまれていたナオトに、まるでその声は奇跡のように響いた。

 

「マユ……マユ? 

 どこ? どこにいるの? 

 母さんがいないんだ……

 もう僕には、君しかいないんだ」

 

 大きな目は光を失ったまま、迷子の幼児にも似た声を上げながら、ナオトはコクピットを見回す。

 

 

 ──ナオト、気づいて。

 

 

「マユ……ねぇ、どうしたらいい? 

 母さんを取り戻すには、何が足りないのかな? 

 せっかくカラミティをやっつけたのに、まだ何か足りないのかな? 

 今度は、アフロディーテをやっつければいい?」

 

 涙を流しつくし、枯れ果てたかのようなナオトの瞳が、モニター上方のアフロディーテをぼんやりと見つめる。

 

「そうだよね……

 だって、母さんを守ろうとしたのに、フレイさんは邪魔したんだ。

 なら、フレイさんをやっつけないと」

 

 

 ティーダの緑のカメラアイが、アフロディーテを見上げた。

 ぎょろりと音を立ててもおかしくないほどの、不気味さを伴って。

 

 

 ──駄目! ナオト、気づいて! 

 こんなことやっちゃ駄目だって、ナオトが言ってたじゃない! 

 

 

 雷鳴のようなマユの声が、ナオトを撃つ。

 電撃の鞭に打たれたらこんな感覚かと思うほど強烈に、ナオトの身体の中へマユの声が響いていく。

 

 

 ──嫌いだよ! 

 そんなことやってるナオトなんか、イヤだ、嫌いだ! 

 ナオトだって、私が同じことしたら、私のこと嫌った癖に! 

 そんなの、不公平だよ! 

 

 

 ……そうだ。

 

 

 マユの声と共に、ナオトの胸に、痛みの感覚が蘇る。

 

 

 僕は、マユに人を傷つけちゃ駄目だって、言ったはずだ。

 僕はマユに、人を殺しちゃ駄目だって言ったはずだ。

 人を侮辱したら駄目だって、言ったはずだ。

 そうだ。僕は、マユを助ける──

 マユを守るって、決めたはずだ。

 だからここまで来たんじゃないのか、僕は。

 

 

 ずっと血の霧がかかっていたナオトの心が、不意に晴れていく。

 

 

 僕は今、一体何をしたんだろう? 

 母さんがいなくなって、僕の中で何かが弾けた

 ──それから、僕は……

 

 

 そしてナオトは、ようやく気づいた。

 眼前に拡がる黒煙と、四散したカラミティの緑の装甲、腕、シュラークの残骸。

 放り出されたバズーカ。

 それらを呑みこみながら、水面で燃え続ける炎。

 その向こうで、まだ辛うじて首だけ動いているダガーLが、2機。

 

 

「あ……」

 

 

 その光景で、ナオトは自分が何をしたのか、ようやく理解した。

 血の霧に包まれた殺戮の記憶が、鮮やかに甦る。

 鬼神の如く暴れたティーダは、最終的に何をしてしまったか。

 憤怒に任せ、自分が一体何をしてしまったか。

 

 

「あ……あああぁ、ああああぁぁああああああ、

 うわぁああああああああぁあああああぁああっ!!」

 

 

 僕は……

 僕は、感情に任せて、覚醒した力に任せて、カイキさんを殺した。

 憎しみと狂気で、人を、殺してしまったんだ。

 マユが力をくれてティーダを起動してくれたのに、僕はそのマユのお兄さんを、殺めてしまった。

 やっと、カイキさんのことが少しだけ分かったと思ったのに。

 

 

「分かりかけたと、思っていたのに……

 ごめん、ごめんよ、マユ! 

 僕は、君に二度と顔向け出来ないことをしてしまった……

 本当にごめん……ごめんよ!」

 

 

 マユからの返事は、ない。

 そうだよな。そりゃそうだよ。

 君はきっと、僕を許してはくれないだろう。兄さんを殺した僕を。

 

 

 大量の出血と共に、絶望がナオトの胸を染めていく。

 眼前の光景に耐えられず、血まみれの両手が顔を覆う。

 

 

 母さんがいなくなった。マユも答えてくれない。カイキさんも殺してしまった。

 こんな僕はもう、サイさんたちの所へは戻れない。

 僕にはもう、帰る場所なんてどこにもない。

 キラさん、ごめんなさい。僕は貴方に憧れたから、モビルスーツに乗っても人を殺さないようにしてきたのに。

 どうしてこんな時に、大事な人を殺してしまったんだろう? 

 カイキさんとはずっと喧嘩ばかりだったけど、やっと分かり合えるかも知れないと思っていた。

 そんな人を、僕は──

 

 

 ナオトはふと、手元の黒ハロに視線を落とす。

 彼の血と涙で汚れた黒いハロ。

 その丸い姿を見ながら、ぼんやりと思いついた──

 やおら、コンソール・パネルを猛然と操り始めるナオト。

 

 まだSEEDの効果が僕に残っているなら。

 僕一人でも、出来る可能性はある。

 

 実際やり始めると、ナオト自身でも驚愕するほどタイピングのスピードは速かった。

 マユが入力した時の、倍以上の速度だ。

 ――最初は、フェイズの一部を入力するだけでも精一杯だったのにな。マユにおんぶに抱っこだったっけ、あの頃は。

 瞬く間に、モニター全体が遮光フィルタに包まれていく。

 ハロの両目が明滅し、コクピット中がうす暗くなる。血の海に沈んでいくかのように。

 

 

「──KI01、EIPAモジュール再構築完了。システムリブート完了。

 ブック・オブ・レヴェレイション、オンライン!」

 

 

 ハロの声が、虚しい陽気さをもってコクピットに響いた。

 後席ががらんと空いたままの、コクピットに。

 

 

 そうだ。これがせめてもの、僕の贖罪だ。

 ここが暴走するならすればいい。ここの人たちを全員、こんな戦いから解放する。

 こんな虚しい戦いから、少しでも誰かを助けたい。

 マユも、母さんも、カイキさんももういないのなら、せめて……

 せめて、僕に誰かを助けさせて。

 ──その願いが叶うなら、何度だって使ってやる。ティーダを。黙示録を!

 

 

 

 

 その想いと共に、ナオトは全フェイズの入力を完了した。

 ブック・オブ・レヴェレイション──

 マユ抜きでは破れなかった禁断の兵器の封印を、彼は遂に一人で破ってしまったのだ。

 

 

 

 

 ティーダの機体全体が、例の発光を開始する。

 

「あの馬鹿……

 やっぱり、やりやがったか!」

 

 広瀬にはもう、止める術はない。光を防ぐ手段もない。

 アフロディーテは動かず、状況を見据えているだけだ。

 黙示録の起動と時を同じくして、不可思議な現象が塔に起こり始めていた。

 どこからともなく、鐘の音が反響を開始したのである──まるで、ウェディングベルの如く盛大に。

 

「ぐ……っ!!」

 

 広瀬の頭の中でも、同じ鐘の音が響きだした。

 こっちは黙示録起動と同時に毎回鳴り出すという音だ。アマミキョの連中が散々聞かされた音だ。

 それにしても、身体の外側と内側から同時に響く鐘の音というものはたまらない。

 仮に巨大な鐘の中に閉じ込められて、外から何度も鐘を鳴らされたとしたらこんな感じだろうか? 不協和音で、頭が割れそうになる。

 血まみれの手で思わず額を押さえながら、広瀬は光る大樹を横目で確認する──

 そして、叫んだ。

 

「やっぱりだ。

 塔自体が反応してやがる!」

 

 白く輝く大樹は、黙示録の発動に合わせてその輝きをさらに増していた。

 まるで心臓のように、光が柱の中で波うっている。

 黒い枝にも似た支柱にもそのエネルギーが伝導しているのか、鋼鉄の継ぎ目から白い輝きが血管のように漏れ出している。

 

 いや、心臓という表現は少し違う──広瀬は感じた。

 

「これは……

 子宮?」

 

 助平な妄想をした訳では断じてないのに、何故唐突にそんな感じがしたのか、広瀬には分からなかった。

 どこからか、研究員の平板なアナウンスが聞こえる。

 

《現時刻よりシネリキョ、モード・サブマリンに移行を開始します。

 残り10分で都市防御機構作動予定。Bブロック及びDブロックの作業員は至急、退避して下さい》

《Xブロックの担当者、至急指令所へお願いします》

《港湾部の作業員は、マニュアル1に定められた手順にて、潜航準備を》

 

 塔全体が、轟然と揺れ出した。

 しかし、アフロディーテはこの事態をとっくに予想済みという風情で、光の柱を眺めている。

 そのスピーカから漏れだすのは、嘲りを含んだ言葉。

 

 

《子供の絶望により、大人の世界が変革される。

 皮肉なものだよ……なぁ、チグサ》

 

 

 アフロディーテのカメラアイがそっと、光の大樹のとある一点を見上げた。

 先ほどスキュラを喰らって粉砕された、幹の一部。そこに生じた大きな亀裂は、エネルギーの流入でさらに大きくなり──

 やがて、卵が割れるように幹は砕けた。

 輝くガラスが雪のように、盛大に飛び散っていく。

 そこから生まれ出たものを見て、広瀬は理解した。自分がこの柱を子宮だと感じた理由を。

 

 

 

 

 塔の最下部、水面の上でうずくまっていたティーダからも、その光景ははっきりと見えた。

 マユを感じた、あの幹に。

 ナオトの頭上で、白く輝く羊膜に包まれるようにして何かが生まれてくる。

 

 でも、人じゃない。生物じゃない。

 不死鳥のようにも見えるけど、あれは生物じゃない。

 あれは

 ──あのシルエットは! 

 

「何で……

 何でここに、フリーダムが?」

 

 思わずナオトは呟いていた。憧れの、伝説の機体の名を。

 

 

 光を背にして、火の鳥のように優雅に広げられる10枚の翼。

 閃くカメラアイ。ティーダと同じ意匠の頭部。細身の胴体──

 確かに、フリーダムに似ている。

 しかし、明らかに違うところが一点。

 

「何で……真っ赤なんだよ」

 

 ナオトの知るフリーダムは、大空によく映える青い翼と白い胴体が、その名の通り自由を想起させる機体だ。

 だが今、目の前に浮遊するフリーダムは、翼から頭から胴から脚から、何から何まで血のように赤い。

 まるで血の海から出てきたばかりというように。

 

 

 《ククッ……!》

 

 

 その時ナオトは、その機体のスピーカから流れる妙な笑い声に気づいた。

 この声は──真っ赤なフリーダムが現れた時から、ずっと響いていた気がする。

 女の子の笑い声。

 

 

《クックックッ……ホンット、バッカだねぇ~。

 こんなバカに、カイキ兄ぃはやられたワケ?》

 

 

 

 

 

 

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