【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
流れてきたものは――
「バカ」という部分に特に力をこめた、少女の低い呟き。
《バカに教えるのは勿体無いけど、もうすぐ死ぬんだし、いいよね。
この機体は、フリーダムじゃない。
ストライクフリーダム・ルージュってんだ》
だがその時にはもう――
ナオトにとって機体の正式名称なぞ、全く問題ではなかった。
この声は……
この声は、この声は!
間違いない、マユの声だ!
幻じゃない、空耳じゃない。マユの肉声だ!
「マユ!
そこにいるんだね!? 今助ける!!」
黙示録の光をまとったままの状態で、ティーダはスラスターを機動させて最後の力で飛び立とうとする。
だがそれを、紅のフリーダムの手にした銃から放たれたビームが、遮った。
《アタシはマユじゃない! もうカン違いするな、アタシはチグサ!
チグサ・マナベだっ!!》
「チグサ?
チグサ……さん?」
何故「さん」をつけたのか、ナオトには自分でも理由が判らない。
茫然と見上げるしかないティーダの眼前に、悠々と舞い降りてくる紅のフリーダム。
少女の笑いと共に。
憎しみと怨念のこもった、嘲りと共に。
《よくも……よくも、カイキ
アンタのことなんか、万分の一でも心に置いとくのは気持ち悪かったのに。
これでアタシは、アンタを憎まなくちゃいけなくなった。
覚悟、出来てんだろうね?》
相手が何を言い出したのか、殆どナオトは理解出来ない。
声がマユなのに、言葉がマユじゃない。
この言葉が、マユのはずがない。
これが、マユの中にいたという「チグサ」なのか?
ナオトは混乱したまま、叫ぶしかない。
「何を言ってるんだよ!
僕が話をしたいのはマユなんだ。貴方じゃない!」
《……ったく。
どこまでもクッソ面倒なガキだねぇ》
ナオトのすぐ正面まで降りてきた、紅の機体。
その胸部ハッチが、ゆっくりと開かれていく。
中から姿を現したのは――
《これ見ても、まだ分かんない?》
機体と同じ色のパイロットスーツに身を包んだ、幼い子供。
柔らかそうな身体を無理矢理スーツで締めつけられ、さらにスーツからは何本も黒いケーブルやらチューブらしきものが装着され、コクピットと繋げられている。
実にけだるげに、その子供はヘルメットを脱いだ──
チューブが何本か引っかかり、鬱陶しげにそれらを振り払う。
メットから飛び出したのは、先端をリボンで結わえた黒髪。それが、跳ねるように宙を舞った。
やっぱりだ──ナオトが見慣れた、あの黒髪は。白いリボンは。
白い肌。ふっくらした頬。大きな黒い瞳。
見間違えるはずがない。
「マユ……マユ! そこにいたんだね……
やっと会えた。やっと会えたよ、マユ!」
もう涙なんか枯れ果てたかと思ったナオトの両眼が、再び涙で満たされる。
血と煤で汚れた少年の顔が、無垢な笑みを取り戻した。
彼女へと伸ばされる、ティーダの右腕。
「今助けるよ、マユ!」
黙示録の発動中にも関わらず、ナオトはハッチを開けようとする。
だが、その寸前で──
ティーダの腕は、ビームライフルの銃身で叩き払われた。
少女の怒声と共に。
「触るな!
カイキ兄ぃを殺したアンタなんかが、アタシの身体に触れるな!
汚い泣き顔、見せるんじゃないよ!」
「え……?
マユ、どうしたの?」
ナオトは何が起こっているのか、理解出来ない。
というより、現象に対する理解を拒絶していた。
それでも容赦なく叩きつけられたものは、少女の憤怒。
「カイキ兄ぃは、ずっとずっと一緒だった。
アタシが死んでも、アタシがこの身体で眠ったままでも、お兄ぃはずっと一緒にいてくれた。アタシにもマユにも優しかったんだ!
それをアンタは……何の容赦もなしに、粉みじんにして殺した!
しかも殺ってしまってから、分かりかけていたぁ?
ふざけるんじゃないよ! 人を馬鹿にするのも、いい加減にしろ!
カイキ兄ぃの痛み、万分の一でもアンタなんかに分かってたまるか!」
今、少女の瞳には燃えるような憎しみと怒りしか映っていない。
これが、あのマユなのか?
僕を罵倒し続けているこの女の子が、本当にあのマユなのか?
違う。この人は──この女は……
マユ・アスカの身体の中で蘇った、チグサ・マナベなんだ。
この女こそが、カイキさんがずっとずっと求めてやまなかった、妹だ。
じゃあ……
現実の把握を未だに拒絶するナオトを、少女は不意に鼻で笑った。
明らかに嘲りの笑みで。
「マユの中から、アンタのことはずっと見てたよ。
レポートも戦うこともロクに出来ないで、すぐ人に頼るくせに。
口だけは達者で、人をけなして怒鳴って。
勝手な言い分一方的に主張してばっかで、人の話全然聞かないで、周りを否定してばっかり。
勝手にマユを自分のモノだと思い込んで、てめぇの自分勝手な生き方押しつけて、マユの人生まで無理矢理変えちゃって。
アンタのこと、ずーっと嫌いだったよ。
一緒にいて、気持ち悪くてたまんなかった!」
まるで害虫を見るような目つきの、少女の瞳。マユと同じ瞳。
なのに――
ナオトはそれでも追いすがる。追いすがらずにいられない。
「マユ、本当にごめん……
僕が悪かった。カイキさんのことは、本当にごめん。
だから……」
そんなナオトの哀願も、さらに少女の激昂を誘う結果にしかならない。
「アンタ、本当に分かってんの!?
アタシはマユじゃない!
マユ・アスカはもう、どこにもいないんだよ!」
少女からの最後通牒が、ナオトの心臓に突き刺さった。
──そんな。
そんな、馬鹿なこと。
そんなことあるはずがない、あっていいはずがない!
母さんもいない、サイさんのところにも戻れない。
僕にはもう、マユしかいないのに!
「やめて……」ナオトは必死で声を振り絞る。
「もうやめてよ、マユ!
返事をしてよ。お願いだから、僕に答えてよ!
マユがいなかったら、僕はどうすればいいんだよ。
僕はどうやって、生きていけばいいの……?」
その場に響き続ける、少年の悲鳴。
だが少女が彼を見下げる視線には、いかなる憐憫も情けもなかった。
「簡単だよ。
――死ねばいいじゃん」
少女の言葉は、一つ一つが氷の刃のようにナオトの心臓を、胃を、肺を、臓物を抉っていく。
ことに今の一言は、少年を完全に絶望に叩き落すには十分すぎるほどの効果があった。
「あ――
ぐ、あぁ……!!」
全身から力が抜けていく。
唇から、一気に血が吐き出される。
──声すら、ろくに出ない。
「……――ア……ゥ……!!」
マユを呼びたいのに、声が出ない。肺のどこかが傷ついたんだろうか。
僕に残されたものはもう、大声くらいしかないのに。
大樹からの光量は、ナオトの絶望度合に比例するかのように、輝きを増していく。
いつの間にか、アフロディーテが少女とフリーダムの背後に飛来していた。
姉妹のように並ぶ、紅のストライクとフリーダム──こんな状況でなければ、ナオトは歓喜していたであろう組み合わせだ。
《戻れ、チグサ。このままではお前の身体ももたない。
それに、いくら遮光コンタクトをしているといえど、この状態のティーダのそばに居続けるは危険だ》
「フレイ!」
少女の顔つきがぱっと変わり、敬愛する姉を見るような無邪気な笑顔になった。
「初めまして……って、言うべきなのかな」
《お前にとっては、恐らくな。
だが――兄の件では、すまないことをした。
何と言って詫びれば――》
「ううん、いいんだ。分かってる。
ただでさえ、カイキ兄ぃは無茶しすぎだったんだって……しょうがないよ。
フレイのせいじゃない。お兄ぃの限界くらい、アタシにも分かる。
黙って見てるの、正直、辛かったもん」
少女は怨みをこめた眼を、再びティーダに向ける。
「それを刺激したのはアイツだ。
アイツが全部悪いんだ。お兄ぃを狂わせたアイツが!」
少女はそのままティーダから視線を外し、再びコクピットに戻っていく。
ナオトなどそこに居ないかのように振る舞い、無情にハッチは閉じられる。
《あんな奴、楽に死なせたくなんかないけど……
しょうがないね》
何も出来ず動けないナオトの眼前で、紅のフリーダムはもう一度、光の大樹へと戻っていく。
壊れた幹へ飛び込み、盛大に紅の翼を広げたかと思うと、大樹から一気に光が溢れ出した。
膨大な熱量の変化により発生した突風が、塔内を吹き荒れる。
天井を貫く光。
あの光は、天空の遥か向こうまで届いている──ナオトはぼんやりと思った。
──マユ。マユ!
それでも僕は、諦めたくない。
君を、諦められない!
そう叫びたいのに、何故か掠れた呼吸音しか出ない喉。
だがそれでも、ナオトは必死でレバーをもう一度両腕で掴み、力一杯バーニアを噴かした。
君を取り戻すまで。
君と一緒に、もう一度笑いあうまで――絶対に、諦め……!
ティーダは再び飛翔を開始する。愛する少女をもう一度抱くために。
だが、帰って来たものは──
《しつっこいなぁ!
アンタの存在そのものが嫌だって、言ってんだろ!》
マユの声による激しい罵倒と、ビームライフルの炎。
完全に虚をつかれたティーダは、最後の武装であったトリケロスを、右腕ごと落とされてしまう。
のみならず、頭部も、右脚も、次々ときれいに切り落とされていく。
白い輝きを残したまま、ティーダは空中で見事に四肢を分断されていった。
黙示録の中でもあの紅のフリーダムが難なく戦えたのは、強力な遮光フィルタのせいだろうか?
突風でもみくちゃにされながら、ぐるぐる回転するコクピットでナオトは、そんなどうでもいいことを考えていた。
──もう、現実を認識したくなかった。
僕の最後の意志まで、こうも簡単に押し潰されてしまうなんて。
彼女の言葉で、こんなにも呆気なく踏み潰されてしまうなんて。
最早胴体と左足しか残されていないティーダが、力なく水面へと落ちていく──
もう、駄目だ。
結局僕は、何も出来なかった。
カイキさんを殺した。
母さんを死なせた。
フレイさんにも裏切られた。
マユも、助けられなかった。
この島に来れば、マユや母さんと一緒に生きていけると思ったのに。
やっと、僕の場所が出来たと思ったのに。
──結局僕は、どこへ行っても、幸せになんかなれないんだ。
逆さまになりながら、ナオトはそのまま重力と加速に身を任せていた。
もう、何もしたくない。何もやりたくない。
あの子の――チグサって子の、言うとおりだ。
僕はどこへ行っても、人を否定して、何も出来なくて、何やってもうまくいかなくて……
いつの間にか胸元から飛び出していた小さなお守りが、ナオトの心臓を叩く。最後の抵抗を促すように。
だがもう少年の気力も体力も、限界を超えていた。
胸や腕や頭から噴き出す血を押さえようという余力すら、彼には残されていなかった。
眼前のサブモニターに、逆さまのアフロディーテが見える。
頭を飛ばされた為か、メインモニターはもう何も映してはいない。
あぁ。このまま僕は、フレイさんに殺されるんだ。
もしくは、捕らえられて実験台か。ティーダだけ取られて殺されるか。
もうどうなってもいい。どうでもいい。もう、どうでもいいよ。
全部フレイさんの手の中なんだ。今までだって、ずっとそうだった。
いくら僕がどう頑張ったって、全部──
――だが、ナオトの疲れきった心が、完全に諦念に支配されかかった瞬間。
《馬鹿野郎!
てめぇの意識がまだある限り、諦めてんじゃねぇ!》