【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part3 泥土の救出作戦

 

 

 南チュウザン軍は次第に連合軍を圧していき、さらにザフトもジブラルタルより、チュウザンへ部隊の展開を開始した。

 その情報により、アマミキョの救助活動は一段と活発化していた。

 

「だけど連合が粘っていてくれるおかげで、予測より南チュウザン軍の進行速度は3日も遅くなってる。

 やっぱ2年前と違って、連合も強くなってんだなー」

 

 山中の道路を地上作業用ミストラルで爆走しながら、運転中のオサキが上機嫌で言った。

 

「その分、現場は大変なことになってる。

 逃げてきた住民によると、一般人の死者は既に1000人を超えたって話も……」

 

 サイはにこりともせず、助手席からひたすらモニターごしに、ミストラルの外の景色を見つめていた。

 機体に叩きつけられる雨は山に入ってさらに激しくなり、突風が木々を倒さんばかりに揺らしている。

 

「加えて、1週間も続いているこの豪雨だ。

 俺たちの予想以上に、こちらの救助活動も遅延してる」

「だからって、何もお前まで最前線出るこたねーだろーが。

 こーいうのは、トニー隊長がやってくれるだろ!」

「その隊長が危ないんだ。

 それに、俺が行けば現場の士気も上がるし」

「船の危険度も上がるんだっつーの!」

 

 オサキの心配を分かっているのかいないのか、サイはハンドルを握る彼女にふっと笑った。

 

「やっぱり優しいね、オサキさんは」

「はぁ!?」

 

 思わぬ一言に、一瞬オサキは運転を忘れそうになる。

 

「あ、アタシはただ……

 ブリッジにずっといるのもつまんねーし、暇つぶしについてきただけだよ。

 べ、別にお前や隊長が心配になったわけじゃ……」

 

 最後のほうは殆ど独り言だ。

 そんなオサキの言葉は、突然のサイの叫びでかき消された。

 

「あ、トニー隊長! 

 あそこだ、止めてくれっ」

 

 激しく揺れる黒々とした木々の向こうに、真っ赤な作業用アストレイが2機、現れる。

 ミストラルが速度を落とすと、その10数メートル先で道路が寸断されているのが、モニターでも分かった。

 コンクリートの路面をほぼ真横に亀裂が走り、面白いほどにぱっくりと地面が裂け、その先が泥の河の中へと沈んでいた。

 

「ここもかよ!」

「やっぱりこの雨だ。

 ここまで降り続いたら、山中の急造の道路はこうなる」

「でも、避難ルート変更の連絡は入れたはずだろ!」

「住民全員に伝わってるとは限らないさ。

 実際、最南端のほうでは情報が混乱しまくって、ルート変更を知らなかった人たちも多かった」

 

 サイたちのすぐ近くで、ごうごうと泥水のような川が濁流と化していた。

 元々は山あいを流れる小さな川に過ぎなかったが、雨で水かさが一気に増してしまったのだ。

 その濁流の中にアストレイは立ちつくし、この山道を必死で歩いて登ってきた人々を救出していた。

 どの顔も泥だらけで、男か女かすら分からない者もいる。寸断された道路の下では、泥が渦を巻いて今にも川と合流しそうな勢いだった。

 

 そんな時だった。

 突然、女の悲鳴が轟いたのは──

 

「誰かぁ、お願い! 

 子供を、子供を助けてぇ! あの下に子供が、子供が!」

 

 アストレイから響く声。

 思わずオサキが振り返ると、避難民でいっぱいになったアストレイの掌から、母親と思われる泥まみれの女が叫んでいた。

 半狂乱になった彼女を、必死で人々が押しとどめている。

 

 ――それを見た瞬間、もうサイは行動を始めていた。

 

「オサキ、もう少しミストラルを前進させてくれ。

 ぬかるみに落ちないように、それだけ注意して」

 

 言いながらサイは、座席の下から命綱となるワイヤーを引っ張り出し、腰に装着して金具をロックした。

 元々船外作業用に、ミストラルにはあらゆる場所にワイヤーが取り付けられている。

 本来宇宙の作業用だが、地上でも十分役に立つ。サイは作業用ブーツの金具をもう一度確かめた。

 だが、装備らしい装備はそのブーツとワイヤーだけだ。

 それ以外の装備を何も持たず、ほぼブリッジの制服のままで彼は雨中へ飛び出した。オサキの制止も聞かずに。

 

「サイ、ちょっと待っ……

 何する気だ、オイ!」

「子供たちを助ける! 

 君は待機しててくれっ」

「バカ! ミストラルのアーム使えば……」

「駄目だ。この前同じ状況でアーム使ったら、機体ごと川に落ちただろ? 

 人の手で何とかするしかない!」

 

 見ると、アストレイは2機とも両手いっぱいに、避難民を抱え込んでいる。

 ぬかるみに落ちたか、川に呑まれかけたかしたのだろう。人々は泥のかたまりのようになって雨に打たれ、震えていた。

 そんなアストレイに、サイは走りながら右手を振り上げて叫ぶ。

 

「トニー隊長! 

 只今到着しました、皆をミストラルに運んでください!」

《サイ君! 君が来てくれたのはありがたいが……

 って待ちたまえ、何をする気だ!》

 

 トニーの声を半分も聞かずにサイは嵐の中を突っ走り、寸断された道路の真下へ、一片の躊躇もなく滑りこんでいく。

 その腰あたりまでが、一息に泥へ飲み込まれるのがオサキの眼にもはっきり見えた。

 

「あの、馬鹿っ……!」

 

 オサキの怒声も、サイには届かない。

 仕方なく彼女は、彼とミストラルを結んだ命綱の調整を始める。

 

「全く……」

 

 ミストラルを恐る恐る前進させると、モニターごしに壊れた道路の下が見えた。

 数メートル下の泥の中でもがく三つの丸太のような物体を確認し、オサキはレバーをぐるぐる回してワイヤーをたぐり寄せる。

 

 やけにびぃんと張ったワイヤー。これ以上張ったら、アイツの腹が切れちまうか──

 

 アストレイから運ばれてくる人々を後部ハッチから収容しながら、オサキはサイを見守る。

 少しずつ、三つの丸太へ近づいていく彼の身体はもう、胸のあたりまで泥に浸かっていた。その上からさらに降りそそぐ雨。まるで、滝の中を泳いでいる修行僧のようにも見える。

 

 やがて丸太に十分近寄ったサイは、ゆっくりとそのうち二本を抱え上げた──

 雨が丸太の泥を洗い流していくと、やっとそれが丸太ではなく、息も絶え絶えな5~6歳の子供だということが判明した。

 ようやく呼吸を取り戻した子供たちは、彼の右肩と背中にすがりついて大泣きを始める。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。

 もう大丈夫……良かった」

 

 サイはそう励ましながら、残ったもう一人の泥の中の子供を左腕で担ぎあげる。

 

 ──あいつの左腕は、未だ自由にならないはずだ。

 大丈夫か? 

 

 思わず身を乗り出したオサキ。

 しかし多少時間はかかったものの、サイは何とか子供を泥の上へと助け出した。

 

「大丈夫……

 あったかいミルクがあるから、早く行こう。なっ」

 

 三人もの泥まみれの子供を抱え、サイ自身もすっかり同じ泥の色に染まっている。

 それでも子供の不安を打ち消すように彼は微笑み、冷え切った三人の身体を両腕でぎゅっと抱きしめた。

 子供たちは必死でその服を破れんばかりに掴み、自分たちの生存を確認するようにその胸で泣きじゃくっていた。

 アストレイからミストラルへと助け出されていた母親たちは、自分が包帯だらけなのにも構わずミストラルから飛び出し、オサキが止めるのも聞かず寸断された道路へと走っていく。

 泣き叫ぶ親のもとへ、サイはゆっくりと泳ぐように近づいていく。

 そして割れた道路の間から親の手へ、子供たちを渡していった。

 

「泥を飲んでるかも知れない、中で治療を受けてください。

 あと、この子は右足にも怪我をしてます。すぐに消毒を」

 

 サイの注意を聞いているのかいないのか、親子ともども泣きながら、何度もサイに礼を言っていた。

 そんな光景を見ながら、オサキはふと、ため息をついてしまう──

 

 

 こういったサイの出動は、これが初めてというわけではない。

 この長雨で、当初サイたちが予測した避難経路には、あちこちに綻びが発生していた。

 今回のように、増水による道路寸断が原因で避難民のみならず、食糧や医薬品の輸送ルートにまで影響が出始めていた。

 そのたびに、サイは自ら飛び出して現場へ行き、ある時は子供を救い、ある時はトラックを持ち上げ、ある時はぬかるみに落ちた荷をかき集めた。

 おかげさまで、避難民の子供の間でのサイは「算数のお兄ちゃん」ではなく「泥んこメガネのお兄ちゃん」として伝説化していた。中には、サイに救われたことを自慢げに喋り散らす子供まで出てくる始末だ。

 

 勿論、オサキやヒスイたちブリッジクルーはサイを止めにかかる──

 それはトニー隊長や現場の隊員たちの役目であり、副隊長はかつてのリンドーのように、後方で構えている必要がある、と。

 だが、サイが前線に出ることで現場の士気も大幅に上昇することを考えると、ブリッジクルーが無下に止めることも出来ない。

 それに、副隊長としてブリッジで行なうべき業務は殆ど、サイ自身がヒスイやディックにも引き継いでいた。

 

 ただ、オサキ個人としては――

 ある程度の装備をしているならともかく、制服のまま現場へ向かうのは勘弁してもらいたかった。

 ベージュのワイシャツにきっちり紅のネクタイを締め、青く光るバッジを襟元につけて指示を出すサイの姿は、正直ちょっとカッコイイと彼女自身思わないわけでもなかった。

 それだけに、その姿がそのへんの悪ガキと同じように泥んこのぐしょ濡れになって帰って来られるのは、かなり耐えられないものがあった。

 

 第一、装備なしではあまりにも危険すぎる。

 そのぐらいはサイも分かっているのか、殆どの場合作業用装備に着替えていったりパワードスーツを使用したりしている。だが今日は時間がない上、装備のストックも切れていたという理由から、そのまま出動となった──

 だからオサキもついてきたのだ。半分はサイのブレーキ役として。

 

 

 アタシ、暴発娘すぎて軍をクビになったってのに、なんでアイツのブレーキ役なんか。

 しかも、全然ブレーキになってねーし──

 

 

 オサキがぶつくさ文句を言いながらワイヤーをたぐり寄せ始めた時、またしても雨を切り裂くような絶叫が響いた。

 今度は男の声。

 

「家内が、家内がまだあそこにいる! 

 子供を助けようとして飛び込んだんだ!」

 

 男が必死で身をねじり、ミストラルに詰め込まれた人々の間から飛び出そうとしている。

 その視線の先を見ると――

 今サイが子供を救出したぬかるみと、さらに勢いを増す川の濁流の間に、どうにかこうにかしがみついている泥の塊が見えた。

 ぬかるみの間から生えているわずかな草を必死で握りしめている白い指だけが、その泥の塊が人であることを示していた。

 

「おかあさん! おかあさーん!」

 

 助けられたばかりの子供が、父に支えられながら泣き叫ぶ。

 この時点で、サイのとる次の行動はもう決まっていた。

 

「オサキ! 

 もう一度ワイヤーを伸ばせ、早く!」

 

 サイの指示に弾かれたように、オサキは一旦たぐり寄せた命綱を再び伸ばし始めた。

 トニーの怒声。

 

《馬鹿なことはやめろ、サイ君! 

 アストレイに任せるんだ、こちらはもう手が空いている!》

「駄目ですっ」サイも声を限りに叫ぶ。「アストレイがあそこへ直接手を伸ばしたら、それだけでこの山道が全て崩落するかも知れません。

 人の手で助けるのが、一番いいんだ」

 

 言いながらサイはもう一度、泥だまりに身体を入れていく。

 川はごうごうと唸りを上げ、飛沫を上げて彼の上にも襲いかかろうとしている。

 暴走した濁流が氾濫し道路を押し流すのは、もう時間の問題だった。

 波のような飛沫が彼にかかるたびに、人々の間から悲鳴が上がる。

 

 それでもサイはゆっくりとペースと保ちながら、泥の中を進み──

 やがて、川からわずか30センチほどしか離れていないぬかるみで、決死の思いで文字通り藁を掴んでいる状態の母親の手首を掴むことに成功した。

 

「やった!」

 

 サイの顔から笑みがこぼれ、人々から歓声が上がったその瞬間──

 

 濁流が、不意に勢いを増した。

 泥の怪物のように、サイと母親の上に一気に覆いかぶさる水。

 

「オサキ! ワイヤーを戻せ、早く

 ……っ?!」

 

 その叫びが終わらぬうちに、サイと母親は激流にその身をうたれ、暴れ龍と化した川へと押し流されていく。

 歓声が悲鳴に変わる。

 ワイヤーはもう限界まで伸ばされていたが、あまりの流れの強さでオサキの力では引き戻すことが出来ない。だからといって、ミストラル側の自動制御でワイヤーを無理に戻したりすれば、今度はサイの身体が腹から真っ二つになる危険があった。

 

 あの馬鹿。だから装備をしとけって言ったのに! 

 

 そのまま川は、今までサイのいたぬかるみを一息で丸呑みし、崩れた道路の残骸を轟音と共にさらっていく。

 水の流れが変化したことによる濁流の乱れは、激しい震動となってミストラルまでも揺り動かした。

 

「言わんこっちゃねぇ!」

 

 オサキは舌打ちしながら、びんと張られたワイヤーもそのままに、ミストラルを後退させざるを得なかった。

 ガタピシ震えるミストラルのハッチからオサキは頭を出し、上半身が雨に打たれるのも構わず、サイの消えた川面を見つめる──

 

 その時、トニーのアストレイが動いた。

 濁流に脚部を取られそうになるのも構わず、ミストラルから伸ばされたワイヤーの先を、マニピュレータで探り始める。

 急な傾斜でしかも滑りやすい為、モビルスーツでも下手をすれば流されてしまう危険がある。それゆえ、もう1機のアストレイがトニー機の腰部を掴み、しっかりと支えていた。

 

 

 ──サイ。こんなところで死んだら、許さねぇからな。

 アタシは一生、お前を許さねぇからな! 

 

 

 彼を探すアストレイを睨みつけながら、オサキは心で叫んでいた。

 声に出しても豪雨で消されてしまうだろう叫びを、何度も何度も繰り返していた。

 

 

 

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