【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「今朝までここに住んでいた人たちは、今朝まで何も知らなかった。
自分の生活が壊されるなんて夢にも思わなかった人たちが、ここにはたくさんいたんです!」
コロニー中に、ナオトの大声が響き渡っていた。
彼はティーダの外部スピーカーをオンにして、目の前のジンハイマニューバ2型(マユが言うところの黒ジン)に叫んでいた。
ここは宇宙だがコロニー内だ、少なくとも空気を通した音声は届くはず。
その間にも黒ジンは、再び斬機刀で襲いかかる。
飛んでくるマユの指示。その通りに手は動かし、口は全く別のことを喋っている。
「僕は、昨日まで取材していたから分かるんだ。
今貴方が撃った喫茶店には昨日、一生懸命パソコンを修理していた男性がいました」
ティーダのトリケロスと黒ジンの刀が激突し、コロニーの空に鈍い金属音が鳴り響く。火花がナオトの眼前に散った。
「お皿を割ってげんなりしていた店員さんがいました。
隣のバーでは、本土でのサッカーの試合を楽しみにしていた応援団が、夜遅くまで騒いでいたんです!
彼らの誰か一人でも、貴方がたに今日襲われると想像した人がいると思いますか! いるわけないですよ!!」
滑舌のよい少年の、怒りに満ちた声が轟く。
そんなナオトを見ながらマユは、相変わらず笑っていた。
「お馬鹿なんだよその人たち、退去勧告聞いてないんだもん。
こんな時にバーゲンなんかやる店も馬鹿、ついでにナオトも
……右ペダル、もうちょい踏んで!」
ナオトは指示にだけは従った。
トリケロスに刀が食い込み、ティーダのエネルギー残量が少しずつ減少していく──
フェイズシフトに比べ消費電力を節約できるトランスフェイズ装甲を持つとはいえ、このままでは結果は火を見るより明らかだった。
ナオトはそれでも叫び続ける。
「理由を聞かせてくださいっ!
どうして僕たちを撃つんです!?」
――その一瞬、トリケロスからの手ごたえが途絶えた。
コックピットを揺さぶっていた相手の刀の震動も消失する。
ふとナオトが顔を上げた時、黒ジンから音声が聞こえてきた。同じように外部スピーカーを使用している。
《その声は子供だな?
何故子供がモビルスーツに乗っている!》
あくまで冷静な、年配の男性の声だ。
ナオトはすかさず応答した。ヘリコプターとサイレンの音にかき消されるようなナオトの声ではない。
「僕はオーブSunTVのレポーター、ナオト・シライシです。
軍人じゃありません、本来貴方と剣を交えるべき人間じゃない!
今、後席には怪我をした女の子がいます。道を開けてください」
相手はそれに対し、ふっと鼻で笑ったような反応を返してきた。
スピーカーごしでもかなり明確に分かる薄笑い。
《戦場で名乗りあいたぁ、再構築戦争以前でもそうそうやらんぞ》
そして黒ジンも名乗りだした。ただし刀はそれ以上、絶対に下がらない。
《坊主、俺は元ザフト──現・傭兵部隊ヨダカ隊隊長ヨダカ・ヤナセ。
これは勧告だ。通りたければまず武器を捨てろ、機体から降りるんだ!》
この応答に、マユが脚までばたつかせて爆笑していた。
「あは、あははは!
テロリストにも、仁義があったんだ!」
この局面で何故弾けたように笑えるのか、ナオトには理解ができなかった。そういう娘なのか、彼女は?
黒ジンのトサカが眼前に迫った時、相手から通信が入った
――よりクリアーな音声で相手の言葉が伝わってくる。アジア訛りが若干ある、いかにも貫禄のある親父風の声。
《坊主。今貴様が乗っているオモチャが何だか分かってるのか?
危険なんだよ――そのモビルスーツも、あの船も!》
「はぁ? アマミキョが危険? 意味分かりません!
ナチュラルや文具団が憎いなら、はっきり言えばいいでしょ! 暴力じゃなくて!!」
《感情の問題ではない、文具団の力が危険なんだ。
何故ムジカ社長が慈善目的などであんな船を手間ひまかけて造ったか、理由を考えた結果だ!》
「広告塔ってことでしょうっ」
アマミキョの船体を見た時、少々高めな宣伝費だとナオトも感じていた。
が、広告というものは高くつくものだとアイムは言っていたし、勝手に自分を納得させてもいた。
馬鹿にしたような嗤いが響く。
《貴様は口達者なだけの馬鹿な子供だな、ムジカの危険性を知らん!》
黒ジンは機体の重量にモノを言わせ、ビームカービンを抱えた側の腕で思い切り無遠慮に、トリケロスを弾き飛ばす。
機体と一体化しているこの攻盾システムが外れることはなかったが、そのかわり機体全体に酷い衝撃が襲いかかる。
いち早くマユは対ショック姿勢をとったが、ナオトは完全に無防備だった。
機体が地に墜ちかかったが、ナオトは一瞬の判断でペダルを踏み込み、どうにかティーダの巨体を支える。しかし強い反動でベルトが食い込んでスーツの右肩口は裂け、ナオトは顔を思い切りコンソールに激突させた。
唾と一緒に、大量の血がパネル上に垂れる
――唇の内側にかなり大きく傷を作ってしまったらしいが、それでもまだ声は出る。舌は切っていない。
後ろを確認する。
マユの傷は──まだ大丈夫だ。
「貴方、傭兵さんですよね。
誰からの依頼か知りませんけど、社長の危険性を人に納得させるほうが先でしょ!」
叫ぶと同時に、血の塊がパネルに飛んだ。唾と一緒に、生暖かいものが喉のあたりを流れて服に染み込んでいた。
ナオトは一旦小競り合いをやめ、一息に機体を後退させる。
その時咄嗟にマユが後ろで機体を操り、トリケロスの先からビームサーベルが飛び出した。
盾から光の刃が突き出たことよりも、後部座席での素早い操作にナオトは驚愕していた。
「そんなことも出来るの!?」
マユはにっこり笑いながら、手元のキーボードを操る。
「ナオト、変な顔ぉ。
赤鬼だよっ。鏡見たら?」
酷いことを言う娘だが、文句を言う余裕はほぼなかった。
ナオトが操作したよりずっと早い機動でティーダの右腕が動き、力まかせに黒ジンに斬りつける。
しかし黒ジンは左肩に装着されたシールドであっけなく防いだ。対ビーム用にコーティングされた盾だ。
なおも轟く、相手からの通信。
《頼むから落ち着け坊主、大人はそばにいないのか》
「亡くなりましたよ、貴方たちに踏まれて!
いったいどんな死に方をしたか教えてあげましょうか」
ナオトはジンの単眼を目の前に、相手に怒鳴りつける。
その間に彼はコックピットの下を探り、SunTVウーチバラ支局へのチャンネルを開く。電波干渉による雑音は相変わらずだ。
繋がってくれ──
「男性と女性一人ずつ、大人がいました。僕をいつもバックアップしてくれた人です。13歳の時から1年以上、ずっと一緒にいたんです。
それでもあの潰れた身体は、どちらがどっちかすら分からなかった。服の切れ端で、どうにか判断できたくらいです。
貴方がたのジンの脚で潰されたジープの中に、彼らはいました。
まだらの箱に見えました。潰れたジープの中で、人間だったものが平べったい箱になってたんです」
はっきりした言葉。これを感情と共に、なおかつ冷静に、ほんの数秒で喋る。それがレポーターの仕事だ。
マユが回線に響かないよう、声をかける。
「こっちは任せてナオト。
操作系の80%は回せるしハロもいるから」
相変わらず呑気な口調だが、すぐ外では火花が輝いてコックピットも軋みだしている。
ナオトの意思を、少しでも汲み取ってくれたのか。マユの機転が、ナオトにはありがたかった。
「ごめん……ちょっと我慢してて」
その瞬間、支局への回線が繋がったことを示す表示が、モニターに現れた。
SunTVウーチバラ支局は現在、上を下への大騒ぎだった。
住民への避難を呼びかける放送が続いているが、局のスタッフたちは大部分がまだそこにいる。そして、騒動の中飛び込んできた通信に
――スタッフはさらに仰天させられることになった。
《ウーチバラ支局、聞こえますか!
こちらナオト・シライシ、現在リュウタン広場付近モビルスーツ内!
モビルスーツによる攻撃を受けています、聞こえますか!》
その間にも支局の上空では、出撃した戦闘ヘリの群れが轟音を放つ――
ナオトの言葉はなおも続く。
「二つの身体が、一緒になってました。
変な意味じゃありません、文字通りひとつだったんです。頭蓋骨は砕けて脳髄が噴出してましたが、割れた頭蓋の中に眼球が3つ見えました。
多分、頭の中にもう一人の頭がめり込んだんです」
喋っている間に黒ジンの斬機刀がトリケロスのビームサーベルを振り払い、返す刀でティーダに襲いかかってきた。
またしてもトリケロスでの防御を余儀なくされるティーダ。
「カメラを持ったままの腕が、ひじのあたりで4センチぐらいの皮膚だけで繋がっていました。身体の大部分が車内に散逸していました。
女の人の指が砕け散って、その破片は今、僕の胸ポケットにあります。
――貴方たちのジンがやったことです。全部!」
黒ジンのトサカがさらに近づく。ハイマニューバ2型は通信機能が強化されていると聞く。
おそらくこのトサカのおかげで、相手の舌打ちまでクリアに聞こえるのだろう。
《坊主、だからモビルスーツってのは危険なんだ。
人と相対している自覚を失わせる――相手の機体が爆発しても命を奪ったという自覚はない、あっても慣れる。
人を直接殺すよりその慣れは早い。代わりに人殺しの快楽もないがな!》
「慣れって言葉、自分の行為をごまかすのに丁度いいですね。
フーアさんたちは、生身だったんですよ!」
《諦めな! ここは戦場になっちまったんだ》
「納得できませんよ、もう戦争は終わったんです!
貴方がたの行為は、人殺しです」
《いにしえより何万回となく繰り返された禅問答をするな、聞き飽きた!》
この問答の間に、操作系統がほぼ後部座席のマユに移った。
勿論前部座席より能率は格段に落ちるが、マユの座席が上方にスライドし、後部からでもモニターで全周が見渡せるようにはなる。
ナオトがそれに気づき、待ってくれと声を出そうとした時にはもう、マユは後部のペダルを踏み込んでいた。
相手の声はまだ響く。こちらの動きに気づいたのか、体勢を整えている反応が通信からも分かる。
《残念だな。言葉の脅しもその程度か、オーブのチビ助レポーターさんよ。ってか――
貴様はコロニー外へ吸い出される人間を見たことがないのか! 護る側がビームサーベルはやめいっ》
「ありゃりゃ、敵に指導されちゃったよ!
そっちだってビームカービン使ってるくせにっ」
マユは平気でビームサーベルを突き出したままの姿勢でティーダを動かす。
トリケロスを一瞬だけ後ろへ傾ける──パワーのありあまっていた相手の刀が、ほんの少し上に逸れた。
メインノズルを噴かし、ティーダの機体を一旦沈ませるようにしたマユは斬機刀の真下を信じられぬ速度で潜り抜け、壊れたビルの間を低空飛行するように走り出した。
「ダメだマユ、コロニーでビーム兵器はご法度
……ぐうっ!!」
ナオトはまたも前方からの重圧に耐える。
今度のは自分でやった動作ではないだけに、余計キツイ。
「最小限度だってば、大丈夫!」
マユはとても楽しげに、ティーダを自分の手足の如く、慣れた手つきで操る。
怪我のことなど忘れているかのよう──いや、最初から怪我なんて彼女には関係ないのか?
ナオトはまだ操縦桿を握っていたが、先ほどまであった重い手ごたえがない。
ほぼマユの側に、モビルスーツの操作系統は移ってしまったのだ。
――なんて冗談だろう。
マユを守ろうとしてこのモビルスーツに乗ったというのに、彼女を運ぶことすら満足に出来ないとは。
乗った時の啖呵は一体何だったんだ。しかも自分より彼女のほうが、明らかに操縦技術は上だ。マユはまだ腕から血を流しているのに。
テロリストが自分の説得に全く応じないことぐらいはナオトでも予想していた。しかしそれ以上に、マユの行為は衝撃だった。
ティーダは巨体を走らせながら、トリケロスと反対側の腕をさっと相手に向ける。
瞬間、ティーダの腕に装着されていたドリル状のものが黒ジンに向かって飛び出した。
反動で機体が揺れる中、モニターでナオトは武器を確認する
――ピアサーロック「グレイプニール」。
有線式誘導のロケットアンカー、いわば巨大クローだ。
ワイヤーに繋がれたその先端が、一息に黒ジンの右に回りこむ。どうやらクローに仕込まれているロケットで、軌道がコントロール可能らしい。
さきほどまでのナオトの喋りとトロい動きに、さすがの傭兵も油断して隙を取られたか。
右腕のビームカービンにティーダのクローが襲いかかり、閉じたままのクロー先端が黒ジンのビーム兵器を叩き落した。
「やった!」
ナオトは思わず叫ぶ。
くぐもった怒りの呻きと共に、通信が遮断された。