【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
こんな状況下での、あまりの思わぬ一言。
サイはまじまじとオサキを見つめてしまっていた。
眼鏡の下の自分の目が、はっきり丸くなったのが分かる。
あぁ──
この娘も、ネネと同じだ。
どうして今まで、俺は気づきもしなかったんだろう?
ハーフムーンの暖かなストーブの前で、静かに涙を見せたネネと同じ感情を。
この娘は、俺に対して抱いてくれていたんだ。
ずっと隣にいて、俺を支えてくれていたのに。ここに至るまで、俺は気づかないなんて──
しかもその感情の為に、彼女はここまで来てしまった。
とても危険な所まで来てしまった。俺のせいで。
その上俺は、ネネの時と同じ答えを返さざるを得ない。自分の心は決まっている。
「オサキ、ごめん。
悪いけど、俺には……」
だがオサキは、決してサイに皆まで言わせなかった。
「だああああもう、分かってる、分かってるって!
お前が今でもフレイ一筋ってことぐらい、十分分かってるってぇ!」
操舵輪から両手は離さなかったが、オサキは照れ隠しにじたばたと足をばたつかせる。
だがすぐに、ぽつりと呟いた。
「分かってる。
分かってるのに……
ついてきちまったよ」
そう。ネネと同じに、オサキも分かっている。
俺の気持ちは、フレイ以外の誰にも向かないことを。
分かっていながら、命までかけてついてきてくれた。理由は、二人っきりになりたかったから。
確かに、アマミキョの多忙な生活の中では、こんなことでもない限り静かに二人きりになどなるチャンスは滅多にない。
この間の豪雨の日、無理矢理俺についてきたのも、それが理由だったのだろうか。
なのに俺は、救出作業に夢中で彼女のことを全く気にかけなかった。
それにしたって……
サイはオサキを、改めて見つめる。
当の彼女はそっぽを向きながら、何やらぶつぶつと呟いている。
恥ずかしさのあまり、豊満な胸の中に首まで埋める勢いで肩をすぼめながら。
「そりゃ、最初は最低なヤツだと思ったこともあったさ。
だけど、それは誤解だった。ホント、あの時はごめん……
それから、だよ。なんか、気になっちまったの。
だって、しょーがねぇじゃねぇか。お前、眼鏡の癖に妙にカッコイイし、優しいし……
なのに叱る時は正直怖いし、しょっちゅう無茶ばっかするし、よりにもよってあのフレイ命だし。
喧嘩弱い癖にしょっちゅう仲裁入るし、何やるにも危なっかしいし……
この前の、救出活動だって……」
最後のあたりは、最早聞き取れない。
言葉に詰まり、オサキは真っ赤な顔のままサイを振り返る。
大きな青い目は、とてつもない恥ずかしさからか、涙が溢れていた。
「……アタシ、やっぱ馬鹿かな?」
そのあまりに必死な顔を、サイは思わず、可愛いと思った。
これを男子クルーに見せたら、半分ぐらいは参ってしまうであろう表情だ。
着崩した制服の間からは大きな胸がチラと見えて、彼女自ら破いたブラウスの裾の裏からは、白い腹が見える。
スカートじゃなくて常に作業用ズボンか短パンってのは、彼女にとってマイナスだったな。
脱出してみんなの無事を確かめたら、景気づけに水着コンテストでも企画しよう。そうすれば、彼女の魅力に気づくヤツも……
そんなことを一瞬考えた自分を、サイは恥じた。
――馬鹿か。何を考えているんだ俺は、こんな時に。
彼女につられるように、そんな自分を笑ってしまう。
「そうだね。
大馬鹿だ、俺と一緒で」
「う、うぅ……
馬鹿馬鹿言うな、サイの癖に!
アタシだって、アタシだってなぁ! ちょっとは女なんだぞ!!」
「分かってる。
本当にありがとう、オサキ」
サイに笑顔でそう言われ、オサキは状況も忘れたように一瞬呆けてしまう。
が、すぐに思いっきり笑顔になった。
とても溌剌とした、力一杯の笑顔だった。
「そーだな。
馬鹿同士、仲良く脱出しようぜ!」
その刹那だった──
ブリッジに、二発の銃声が轟いたのは。
オープンチャンネルになったままの回線から、その銃声はアフロディーテのコクピットにも確実に響いた。
瞬間、フレイははっきりと顔色を変える。
まるで、自分が撃たれたかのような衝撃を覚えて。
「……サイ?
サイか!」
《おい!
今のは何だ!? フレイっ!!》
ミゲルからの通信も、既にフレイの耳には届いていない。
《アマミキョで何が起きた? もうクルーは避難したんだろ!》
《いや、まだだ。
まだ、ブリッジに人影が確認出来る!》
ラスティの通信も、虚しく反響するばかりだ。
フレイの両の眼は同時に、眼前のデスティニー、そして背後のインパルス、レジェンドを捉える。
遥か後方の空に、グゥルに乗ったハイマニューバ2型が見えた。
「そうか……
何故、このタイミングかと思ったが!」
溶けるほど熱せられた金属製の棒で、思い切り左肩を殴られた──
そう感じたと同時に、眼前のオサキの、程よく焼けた首筋から
真っ赤な血液が噴出した。
全身に衝撃を受けたかのように吹っ飛ばされ、サイは激しくメイン・コンソールに身体を打ちつけてしまう。
その目の前で――
今の今まではちきれんばかりの笑顔を見せていたオサキことサキ・トモエが
首筋から火山の如く血を噴き出し、ゆらりと倒れて操舵輪にまともに顔面を打った。
笑顔の痕跡を残したままの、顔を。
「オサキぃっ!」
何が起こったのか全く理解出来ないまま、サイは彼女を助け起こそうと駆け出し、手を伸ばす。
途端、三発目の銃声が響きわたった。
「あ……がぁっ!?」
今度は、右足首がまるごと弾き飛ばされたような衝撃。
サイはバランスを崩し、ブリッジ中央通路へ倒れこんでしまった。
左肩と右足首から、強烈な痛みが身体中に広がっていく。
目の前の床が、血で染まっていく。それが自分の左肩から流れる血だと気づくまで、サイは数秒かかった。
右腕のみでどうにか上半身を起こすと、頭のすぐ上にオサキの顔があった。
左膝をついて身体を起こし、震える右手でそっとその頬に触れてみる。勿論、まだ暖かかった。
今の今まで、あんなに俺と一緒に、笑ってくれていたはずなのに──
もうその両目には、あの溌剌とした光は全くない。ただ、瞬きもしない青い眼球が二つあるだけだ。
「オサキ、しっかりしろ。
しっかりしてくれ!」
こんな現実、認めたくない──
大丈夫、彼女はまだ生きてる。
その証拠に、しっかり両手は操舵輪を握ってるじゃないか。
俺の目の前で、俺に好意を見せてくれた。
俺に笑ってくれた。俺の力になろうとしてくれた。
その直後にこれって、一体何の冗談だよ!
「う……
嘘、だよな?」
これじゃ、ネネと同じじゃないか。
ずっと俺を支えてくれた。命がけで俺を助けようと決意してくれた──
そんな強くて優しい娘が、二人も続けて、こんなに呆気なく死ぬはずがない。
「――嘘だって、言ってくれよ。
冗談だって、笑ってくれよ!」
サイの叫びも虚しく、オサキからの反応は全くない。
鼻の穴と、ぼんやり開かれた口から血が流れ始めただけだ。きっとこんな顔は、死んでも俺には見せたくなかっただろうに。
よく見ると、オサキの首はただの銃弾一発で、首筋の部分がごっそりえぐり取られている。残った骨と皮だけで何とか繋がっているに等しい状態だった。
かすかに煙を上げる首の肉。火の臭いが、少しだけ鼻をつく。
あまりのことに涙すら出ないサイの耳に突然、別の声が割り込んできた。
「本当に馬鹿ね、二人とも。
やっぱり貴方たちとは、分かり合えるわけがなかったのよ」
中央通路をゆっくりと歩いてくる、女の足音。
瞬間、サイはオサキの身体をかばうようにして、左脚のみで立ち上がる。
声だけで、もう分かった。
あの女だ──!
右手がいつの間にか、腰に装備されていた護身用の銃を抜いていた。
心臓が激しく波打ち、息が上がっているのが分かる。
左肩と右足からの痛みが、全身を打つ。
「あら。それで、どうするの? 私を撃つの?
貴方に出来るわけがない。撃つどころか、銃口を向けることも出来やしないわ。
だって貴方は──
とっても優しい、副隊長さんですものね」
俺が追い出した、あの女が。
俺がついに理解出来なかった、あの女が。
今、俺の前で、にこやかに笑っている。
金髪を優雅に靡かせ、水色のフレアスカートをたくし上げ、少女のように目を輝かせながら、俺に近づいてくる。
──今、俺たちを撃ったばかりの、拳銃を片手に。
撃たれた左腕は全く動かず、銃を持ったはずの右手も震えるばかりで動けない。
畜生。
この女の言う通りだ。何故ならこの女は、あいつが──
カズイが好きになった女性であり、アマミキョの元クルーだ。
俺に、撃てるわけがない。
サイは撃つかわりに、酷い憎しみをこめ、その女の名を叫んだ。
「アムル・ホウナ……!」
PHASE-32 愛、夢、流れる