【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part6 母の愛で娘は狂う

 

 

「う……!?」

 

 暴れ狂うアフロディーテの中で、フレイは不意に身をよじらせた。

 自分の内側を貫く痛みを感じて。

 

 原因は分かっている──

 アマミキョで、サイに、何かが起きた。

 

 フレイはすぐにモニター内のアマミキョを確認する。

 煙を噴き出しながら、それでも海上に留まって攻撃に耐え続ける、トリコロールの船。

 その手前には、まだ諦めることなく立ち向かってくるデスティニー。

 アフロディーテの背後では、ダガーLとウィンダムをレジェンドが次々と撃ち落している。

 さらにデスティニーの後ろで、インパルスとハイマニューバ2型がアマミキョへ迫っていた。

 スレイヤーウィップでデスティニーを牽制しながら、グフイグナイテッドのミゲルが叫ぶ。

 

《フレイ、冷静になれ! 

 幾らザフトだって、無抵抗の民間人を殺しやしねぇ。

 船を壊さず乗っ取ろうってだけだろうが!》

 

 ミゲルを援護しつつ、ラスティのスカイグラスパーも追いついてきた。

 

《そうだよ、フレイ! 

 これ以上はニコルだってもたない、そもそも最初の命令は……》

「出来ない!」

 

 ラスティに皆まで言わさず、フレイは叫ぶ。

 叫ばずにいられない。

 

「それだけは、絶対に出来ない! 

 サイを殺すことだけは、もう、絶対に出来ない!」

 

 ──ミゲルもラスティも、その叫びで押し黙ってしまう。

 その叫びだけで。

 

 フレイは呻きを抑えつつ、なおも続けた。

 

「あの船の中で、サイが傷つけられている。

 その痛みが分かる……私には分かってしまったんだ! 

 すまない……皆、すまない!」

 

 戦火の中に響きわたる、彼女の謝罪。

 第三者からすれば、意味が殆ど分からないであろう言葉。

 しかし彼女の事情を理解している者たちからしてみれば、それはあまりにも、重すぎる謝罪だった。

 数瞬の沈黙の後、ミゲルが口を開いた。

 

《やっぱりそこまで、フィードバックの影響が進んでいたか……

 俺たちみたいに、安定剤で何とかなるレベルじゃなかったみたいだな。

 サイの苦痛は最早、あんたの苦痛だ──

 だから、一瞬で終わらせたかったのによ》

 

 苦虫を噛み潰したような声が響く。

 

「申し訳ない」

 

 フレイの口からはそんな言葉しか出ない。

 その目に、僅かに滲む涙。痛みのせいか、それとも感情の昂ぶりの為か。

 

 そこに被せるように、ラスティの言葉が流れる。

 わずかに諦念が混じってはいるが、あくまで一定の軽さを忘れないラスティの声が。

 

《やめろよ、フレイ。フレイのそんな謝罪なんて、聞きたくないよ。

 覚悟してたんだろ》

「お前たちには、申し訳ないとしか言えないのだ……

 今までのことも!」

 

 デスティニーから一旦大きく離脱し、そのビームライフルを空中でかわしながら、フレイは謝り続ける。

 

 

 これは、一旦下した命令をほぼ180度、覆してしまうことだ。

 同時に、自分に下された絶対の命令への反逆も意味する。

 

 そんな自分に彼女自身は我慢がならなかったし、この土壇場に来てこのような優柔不断さを見せてしまう自分が、どうしようもなく情けなかった。

 自分は彼らに、どれだけ負担をかけてしまうだろう。

 また、自分がここに来て、命令を撤回することにより──

 自分はともかく、彼らもどうなってしまうか。

 

 ──だが、それでも。

 彼女の中の痛みが訴える。執拗なまでに、彼女の中で騒ぎ、叫ぶ。

 

 それでも、サイを喪うわけにはいかない。

 私は、絶対にあの男を喪いたくない。

 何に逆らうことになろうとも。

 

 

 その時、ミゲルの声がフレイに応じた。意外なまでに明るく。

 

《分かったよ。

 ラスティ、もうやることは決まったぜ……

 つーか、最初っから決まってたようなもんだったがな。

 御方様のことはとりあえず置いといて、今はフレイ──

 俺たちは、あんたの命令のみに従う!》

 

 ラスティからも、腹を決めた応答が返ってきた。

 

《了解。

 フレイ、もう迷わないでくれよ。正直言うと……

 今のフレイを見てるの、嫌だったんだ》

 

 二人の仲間の声を受け──

 痛みで崩折れかけていたフレイの灰色の瞳に、再び力が漲った。

 

「分かった──

 二人の命、私が預かる!」

 

 アフロディーテの紅のカメラアイが、輝く。

 

「これより我らアマクサ組は、アマミキョクルーの救出に向かう。

 その後に、アマミキョコアブロックの破砕作業に移る! 

 邪魔者はザフトだろうと連合だろうと構わん、蹴散らせ!」

 

 

 

 

 

 

「とても、いい声……

 すごく、気持ちいい。とっても」

 

 サイの絶叫を、アムルは半ば恍惚とした表情で聞きほれていた。

 その爪は彼の左肩にさらに食い込み、皮膚を、肉を深く抉っていた。流れ出した血は既に、サイの制服の左半分をぐっしょりと赤く濡らしている。

 右足首にかけられたアムルの体重は、さらに増していく。

 皮膚が破れ、肉が潰れ、神経が切断されていく音がサイの中で響く。

 二人の他にはオサキの死体以外に誰もいないブリッジに、痛みに満ちた彼の叫びがこだまする。

 

「あったかい……

 この血、この肉、この痛み。ずっと感じてみたかった。

 サイ君。私、ずっと願ってたの。貴方がこうなることを。

 貴方は私の心を覗いた癖に、私を分かろうとしてくれなかったから。

 ねぇ、どうして私だけなの? 

 貴方は他の人は、ハマーさんでさえも理解しようとしてたのに、私のことは少しも見てくれなかった。

 ねぇ、どうして?」

 

 少女のような無邪気さを装い、問いかけるアムル。

 ――何を言ってるんだ、今更。

 朦朧としかかる頭を振りながら、サイは敢然と彼女を睨みつけた。

 

「……簡単ですよ。

 貴方、少しでも他人を分かろうとしたこと、ありますか? 

 人を知ろうとしたことがありますか! 

 カズイのことを少しでも分かろうとしたのなら、アイツにあんな真似は出来なかったはずだ」

 

 目の前のアムルの瞳が、酷く細くなったように見えた。

 剥き出される白目。

 

「やっぱりサイ君とは、どこまで行っても駄目なのね……

 所詮、子宮を持たない奴に、私のことが分かるわけがないんだ!」

 

 激しくなる言葉と同時に、サイの背中が台座に二度、三度と打ちつけられる。

 

「あ……がっ……!」

「サイ君、私ね。ずっと、母が憎かった……

 知ってるわよね」

 

 出血の酷くなった左肩から指ですっと血を拭い取ると、アムルはサイの頬にその血をべっとりと塗りつけていく。化粧でもしようかというように。

 自分の血の臭いで、サイは何とか気力を振り絞った。

 もう、左肩から先の感覚はほぼない。真っ赤に染められた腕が、肩からだらりとぶら下がっているだけだ。

 アムルの指はサイの肩の肉を、神経を、組織を破壊し、彼を存分に汚していく。

 

「言ったはずよ。母にバイオリンを押しつけられたこと……

 バイオリニストとしてコーディネイトされたはずなのに、私にその才能はなかった。やる気もなかったわ。

 そうしたら母は無能な私に失望して、ずっと私を縛りつけた。

 捨ててくれた方がよっぽど楽だったのに、私を普通のOLとしての人生に嵌めこもうとしたのよ」

 

 絶体絶命の淵の淵まで追いつめられながらも、サイはそれでも諦めてはいなかった。

 断じて、この女に負けてなるものか──

 

「それが……お母さんの愛情じゃなかったんですか。

 野放しにしたら、貴方は何をしだすか分からないから!」

 

 それを聞いたアムルの左手に、さらに力がこもっていく。

 同時にサイの右腕から、どんどん力が抜けていく。

 何とか銃は落とさずにすんでいたが、とてもアムルを狙って引き金を引くほどの力は出ない。

 

「はん……愛情? 愛情ですって? 

 あんなものが愛情なら、愛なんてない方がマシよ!」

 

 紅の光の中で、アムルは突然怒涛の如く叫びだす。

 

「普通の幸せを掴むことが私にとって一番幸せだなんて、何で母が決めるのよ? 

 私はもっと違うことがやりたい、その才能もある! 

 サイ君知ってるでしょ、私は戦えるの! 

 私はずっと探し続けてきたの、母の愛とやらから逃れる方法を! バイオリンを捨てたその時から、私は母の愛なんて古い概念は諦めたの。

 私の解放こそが、私が欲しかった愛だったのに、母は全く逆のことをした! 

 私は別の道を探したかったのに、オーブで無理矢理ナチュラルと一緒に働けと言われた! 

 それが、平和と中立の国オーブで私が幸せになれる、唯一の方法なんですって。

 ――馬鹿げてる。

 コーディネイターがナチュラルの中で働くことが、生きることが、どれだけつらいか……

 貴方に分かる? 

 どんなに努力したって、コーディネイターだから当然って顔されて! 

 ミスをすれば、コーディネイターの癖にって顔されて!」

 

 感情のままにとうとうと喋り続けるアムルを、どこか酷く冷静にサイは眺めていた。

 身体の痛みにも、目前に迫った危機にも関わらず――

 何故か自分には、この女をからかえるほどの余裕がある。

 

「それぐらいは……知ってますよ。

 全てにおいて優秀なコーディネイターなんてごく僅かで……

 大部分の人は、一部の能力だけ特化されただけか、或いは健康面だけは優秀で、他はナチュラルと全く変わりのない人もいると聞きました。

 細かな作業が必要とされる事務が苦手という、貴方のような人がいたって、不思議じゃないですね」

「嬉しい、サイ君。

 まだ、私をからかう元気があるみたいで」

 

 嘲笑と共に、サイの右足首にさらにアムルの体重が乗っていく。

 再び歯の間から、悲痛極まる呻きが漏れた。

 

「あ……ぐ、うぅ……っ!!」

「毎日毎日、汗臭いナチュラルと一緒に満員電車に乗せられて。

 暑い日も寒い日も、ナチュラルと一緒に馬鹿なルーチンワークをやらされて。

 ナチュラルの作った、馬鹿な常識や慣習に縛られて。

 やっと帰ってくれば、母のうるさいバイオリンを聞かされながら、くだらない家事雑事をさせられる……

 ねぇ、分かる!? 

 無能なんだから、ナチュラルと一緒に働くしかない。

 無能なんだから、親の元にいるしかない。

 無能なんだから就職も結婚も何もかも親の言う通りにやれって、ずっとずっと言われ続けた娘の気持ち!!」

 

 あぁ――サイは思う。

 ――俺はもしかしたら、思い切り地雷を踏んだのかも知れない。『母の愛情』という言葉で。

 知らないって罪だ。アムルの母親であるミヨシ・ホウナは、宇宙の果てまで娘を探しにきた愛情深い母親だと、ずっと思っていたけど。

 それは誤解だったのかも知れない。アムルの叫びをそのまま信じるなら。

 

 ――だけど、今更だ。

 だからといって、彼女の所業を許すわけには。

 

 

「そんな歪んだ毎日を、私はずっと続けてた。続けるしかなかった……

 ずっとずっと、母に縛られていたから! 

 どんなに隠しても、コーディネイターってことはどこかでバレて距離を置かれたわ。

 自分たちは何も持たない、ナチュラルの猿の癖に……

 私を遠巻きにして、私を分かろうともしないで。

 話しかけてくるのはミスをした時だけで。

 何も知らない癖に群れるしか能がなくて、群れて騒いで私を馬鹿にして……! 

 みんな死んじゃえばいい。毎日毎日思ってたわよ!」

 

 

 サイの意識は、既に痛みを感じられなくなるレベルまで朦朧としていた。

 目の前の女が自らの心情をここまで吐露しているのに、何故か何の感慨も湧かない。

 それどころかサイの胸に湧き上がってきたものは、先ほどよりも一層強い、炎のような怒りだった。

 こんな自分勝手な都合だけで、この女は今まで、どれだけ周りを振り回してきたのだろう。

 アムルの指先で血を頬にも襟にも髪にも次々と塗りたくられながら、サイはそれでも、ずれた眼鏡の奥からアムルを睨みつけるのをやめなかった。

 最終的にこの身勝手さで、この女は――

 カズイを傷つけ、アマミキョを壊し、オサキを殺したんだ! 

 

「貴方は──

 お母さんや、一緒に働いていた人たちや、周りの人と、そのことについて話したことがあるんですか? 

 自分がどうしてほしいか、伝えたことがありますか?」

 

 半分呻きながらも、サイは静かに尋ねた。

 そして返ってきたものは、予想通りの答え。

 

「はぁ?」

 

 まだ銃を持ったままだったサイの右腕が、アムルの手で力まかせに床に叩きつけられる。

 

「話せるわけないじゃない! 

 母に話したって、分かってくれるわけがない。

 ナチュラルの馬鹿たちにだって、理解出来るわけないのよ!」

「やっぱりそうだ」

 

 サイも負けずに、声を振り絞る。

 絶対に負けるか。この女の、幼稚な狂気に。

 

「貴方は、人と話すことを最初から放棄したんだ。

 人に自分を伝えるのが怖くて、分かってくれるわけがないと思い込んで、最初っから人を拒絶したんだ。

 俺にこうして、初めて話してくれたのは……

 俺が、完全に無力だと分かってるからでしょう。

 こうでもしないと。こうでもして、人を屈服させないと……

 安心して人と話せないんだろう、あんたは!」

 

 その途端、サイの頬にアムルの右拳が飛んだ。

 血だらけの頬を直撃した拳は、もう一度その甲で反対側の頬を打つ。

 唇から血の塊が飛び、眼鏡がさらにずれた──

 だが、まだ落ちはしない。サイの意思そのものであるかのように、眼鏡はまだしっかり鼻の上に留まっている。

 

「私が人と話せない? 自分を伝えるのが怖い? 

 笑わせないでよ。

 何であの母や、あのバカ猿どもと話す必要があるの? 

 理解されないって分かっているのに、無駄なことする必要なんか、あるわけないわ!」

「が……っ!!」

 

 右腕を掴む手にさらに力がこめられ、遂にサイはその手から、銃を落としてしまった。

 アムルは素早くその銃を蹴り飛ばすと、今度は彼のネクタイを掴み、ちぎれんばかりにその身体を引きずり上げる。

 

「まして、あんな男を押しつけてきた母さんなんか!」

 

 憎しみを吐き捨てるようなアムルの言葉。

 サイは思い出した──ウーチバラ宙港まで彼女を追いかけてきた、不器用だが誠実そうだった長身の男を。

 彼女を追いかけた結果、命を落とした男を。

 

「貴方の、恋人の男性ですか」

「恋人?」

 

 サイを舐めるように見下げながら、アムルは怨みを一気に叩きだす。

 

「あんなの、恋人でも何でもないわ。

 ただ、遺伝子情報が適合して子供が産めるってだけの、形式上の婚約者よ。しかも母さんの生き写しのように私を無能扱いする、超絶モラハラ野郎……

 それでも母さんは、私はあの男となら幸せになれるとひたすら信じてた。

 医者だったしねー。ホント肩書きに弱い、老害よね」

 

 この期に及んで散々冒涜される婚約者を、サイは無性に哀れに思った。

 ホウナ母娘の最大の被害者はあの彼だろうとサイは常日頃思っていたし、アムルに対して実際そう言ったこともある。

 確か彼女に最初に酷い目に遭わされたのは、その直後だったか。

 

 もしかしたらアムルの言葉通り、あの男もミヨシ・ホウナと同じく、本当に彼女に対して酷い言葉を吐き続け、彼女の心を削り続けていたのかも知れないが――

 詳しい事情など、今のサイに知るすべはない。もしそうだったとしても、そもそもアマミキョには何の関係もない。

 

 だがサイが元婚約者に同情している暇もなく、アムルは信じられない一言を吐いた。

 

 

「私は誰かと一緒にいないと駄目だって、信じてたみたい。

 私は一人で野たれ死んだって、全然平気なのに」

 

 

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