【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
──何だと?
この女は、一体何を言い出した?
追いつめられた末の強がりか?
サイはアムルの意図が読めず、血に染まりかかる視界で彼女を穴があくほど見つめてしまった。
その表情を、待ってましたとばかりに嗤う女。
「何、意外そうな顔してるの?
あぁ、そっか。ナチュラルには理解出来ないかもね。
寂しくて寂しくて一人じゃ生きられない、一人になったら何も出来ない、群れてないと何も出来ないナチュラルには。
馬鹿な恋愛ごっこを愛だなんて信じちゃって、愛がなきゃ生きていけないなんて、誇らしげにほざくナチュラルには!
正直、さっきの貴方たちの会話、吐き気がしたわ。
こんな時になってもくだらないラブコメやらなきゃ気がすまないわけ? ナチュラルの女ってのは」
「何が言いたいんだ、貴方は……」
――また、オサキを侮辱する気か!
怒りと共にサイの右拳が握りしめられたが、アムルは空いている方の手で、易々とその拳を押さえつけてしまう。
リズムをつけて歌うような口調で、彼女は言った。
「まだ分からない? じゃあ、サイ君には特別に教えてあげる。
コーディネイターはね、寂しさを感じることはない。
コーディネイターは、一人でも生きていける。
人は寂しさを感じて他人を求める──なんていうナチュラルの腐りきった観念になんか、縛られることはないのよ。一人で何でも出来ちゃうんだから!
それが証拠に、コーディネイターはあんな宇宙の片隅に、素晴らしいプラントを作ることが出来た!」
サイは目を剥かずにいられない。
本当に、この女が何を言い出したのか分からない。
コーディネイターは確かに俺たちより優秀なのかも知れない、だが──
「違う!
コーディネイターはそもそも、外宇宙との交流の為に生まれたんだ。
普通の人間とのつながりを放棄して、どうやって外宇宙とつながることが出来るんだよ!?」
「寂しさを忘れられるから、宇宙でも平気で生きていけるのよ」
サイの抗議を、アムルは無下に否定する。
「だから、コーディネイターは子供を産まない。
産む必要がないからよ。
プラントで開発中と言われる不老不死の技術が進めば、なおのこと」
「違う!」
サイは絞め上げられながらも、必死でかぶりを振る。
不老不死の技術がどうとかは全く知らない。しかし――
これだけは、こんな馬鹿な理論だけは、絶対に否定しなければならない。
「俺が見てきたコーディネイターは、みんな誰かを求めてた。
キラだって、アスランだって、ラクスさんだってエルスマンだって、
誰かを守る為に戦って。
誰かを失って、泣いて苦しんで、憎んで恨んで。
それでも、いつだって誰かを求めてた!」
キラは寂しさのあまりフレイを求め、居場所が欲しくて戦っていた。
アムルのように、ナチュラルの中にありながらナチュラル──つまり、俺たちを憎むことだってあったかも知れない。
その結果キラはトールを失い、アスランを憎んで……
それでも最終的には、アスハ代表やラクスさんを通して、アスランと分かり合った。
フレイを失くした時、キラがどれだけ慟哭したかを知っていれば、今のアムルの理論がどれほど滅茶苦茶かはすぐ分かる。
アスランだってそうだ。彼だってキラを敵に回して悩み抜き、仲間を殺されて酷い憎しみにかられた。
それでもアスハ代表がいたから、最終的にはキラと分かり合えた。
あのラクスさんでさえ、父親を殺された時、静かに泣いていたっていうじゃないか――
それでも殺し合いを止める為、立ち上がった。
エルスマンだって、ミリィを守る為に全てを捨てた。
コーディネイターとして蘇った、あのフレイだって、本当は──
「寂しさを感じないなら、人とつながる必要がないなら……
そんな行動が、出来るわけがない!」
魂を振り絞るように叫ぶサイ。
だがその途端、腹にアムルのブーツが勢いよく乗せられた。
多少ヒールのある重いブーツが一気に内臓を抉り、息が止まる。
「ぐあ……!
あ、が、ああぁああぁ……!!」
一旦アムルの手はサイの襟から離れ、足で通路に転がされた身体は次々と、容赦のないアムルの蹴りを浴び始めた。
「ホントに分かってないわねぇ!
そいつらはみんな、ナチュラルの古い古い慣習に心まで縛られているだけよ!
ずっとずーっと長い間、人は一人では生きられないなんていうくだらない宗教に支えられてきたナチュラルの中で生かされれば、コーディネイターだって汚されるわ!」
「あ、ぐ、うぅ……っ!!」
腹を、傷ついた肩を、足を、顔を──
身体中を重いブーツで蹴り上げられながら、サイはそれでも叫ぶ。
「ち……違う!
フレイだってアマクサ組の連中だって、ハマーさんだってスズミ先生だってディックだって、みんな協力しあってアマミキョを支えてた。
知ってますよね……ハマーさんは昔、家族をナチュラルに殺された。
だから、ナチュラルをあれだけ憎んでた。
コーディネイターが一人でも生きていけるなら、あんな憎しみが生まれるものか!」
遂に顔を床に踏みつけられ歯を折られそうになりながらも、言わずにいられない。
「ナオトだって、人一倍誰かに構ってほしくてたまらない子供だった。
いつだって誰かの愛を求めてバカを装って、どんなに傷つけられても、それでも誰かを求めてた。
コーディネイターが寂しさを感じないなら、ハーフのナオトはあれだけ苦しまずにすんだはずだ!」
蹴られた痛みで口から血混じりの涎が出ていたが、構わなかった。
「フレイだって、いつだって命がけで俺たちを守ってた。
貴方には分からないかも知れないけど、フレイはずっと悩んで!
それでも俺たちを守って、引っ張ってきたんだ!」
だが、そんな叫びさえ――
アムルには全く届かない。ただ、せせら嗤うだけ。
「そうね、分からないわね。
彼女たちもやっぱり、ナチュラルの悪習の犠牲者なのかしら」
アムルはそのままサイの顔を、泥のついた靴でぐりっと踏みにじる。
──この女、彼らのあれだけの苦しみを、悪習の一言で片づける気か。
「もしくは、目的の為の手段に過ぎなかったとか。
フレイなら十分、考えられるわね!」
アムルはサイの前髪を掴み、上半身ごと引っ張り上げる。
髪を引きちぎられる音を聞きながら、彼は無理矢理ブリッジ正面、メインモニターの方を向かされた。
モニターに映し出されているのは──
フレイのアフロディーテがデスティニーを振り切り、一直線にこちらへ向かってくる光景。
「フレイはただ単に、貴方やアマミキョを利用しただけ。
だから平気で、貴方やアマミキョを捨てられるのよ。
実際、こうして攻撃してきたじゃない。未だに信じてる貴方のほうが馬鹿よ?」
響き続ける、アムルの嘲笑。
「私も同じ……
誰かと一緒にいるようにしてたのも。
誰かとしぶしぶ働いてたのも。
誰かと楽しそうに笑うふりをしてたのも。
あの男と付き合ったのも、母の命令を大人しく聞いていたのも、全部……
そうするのが、都合が良かったからよ。
そうしないと、ナチュラルの作ったくだらない社会じゃ、生きていけないからね。特に、アスハやセイランの作ったオーブなんかじゃ!
男は春夏秋冬年がら年中働きに働いて、戦って戦って出世して、身体壊して。
女も男と同じように働いて働いて、結婚して子供産んで次世代製作機になることまで要求されて、それでも働きに働くのが当たり前なんて、どこの前世紀よ!」
「違う……!
お前みたいな自分勝手な女と、フレイを一緒にするな!」
アフロディーテがこちらへ向かってくる。
俺を殺す為なのか、それとも……
どちらにせよ、こんな姿をフレイに晒すのは、男として多少情けない。
この状況にも関わらず、男のプライドなんてものを考える自分が、サイは少し可笑しかった。
アフロディーテを一気にアマミキョ直上に占位させた瞬間──
フレイは黒煙で霞むブリッジの中に、信じられぬ光景を見た。
「――!?」
全身血まみれのサイが、何者かに頭を引きずり上げられている。
誰かまでは分からないが、そいつはまるでフレイに見せつけるように、サイを無理矢理持ち上げている。
どうして。
一体何故、アマミキョブリッジがこんな事態になっている?
ブリッジに、そこまで損傷は行っていないはずだ。
肩も足も傷つけられ、それでも何かに抵抗するように、サイは眼前のアフロディーテを凝視している──
モニターを通じて、フレイはサイの眼を見た。しっかりと自分に向いていた。
――その眼を見た瞬間、絶叫していた。
痛みと共に、その眼の奥に隠された心がフレイに流れ込んでくる。
どんなに血を流そうとも、負けない意思が。
「サイ……
サイいいいいぃいいいいいぃっ!!」
彼女の身体の中で全身の血液が沸騰し、神経は一息に研ぎ澄まされ──
紅蓮の種が、割れた。
そこへアフロディーテの行く手を阻むように立ちはだかったのは、山神隊・竹中のウィンダム。
《民間人に手を出す卑怯者めが!
ここで自分がっ!!》
真正面から、ビームサーベルで斬り込んでくる竹中のウィンダム。
あまりにも正直過ぎる攻めだった。
フレイの灰色の双眸が、紅の光を映して炎の色に燃え上がる。
「どけぇ! 若僧がぁっ」
時澤のウィンダムが駆けつける暇もなかった。
時澤も伊能も、ダガーL部隊との戦闘に気を取られ、正義感いっぱいに飛び出していった竹中の援護に回る余裕もなかったのだ。
アフロディーテが双対のビームサーベルを抜き放ち、竹中のウィンダムと正面から激突した──
そう思った次の瞬間にはもう、ウィンダムはその胸部を真横に、一刀両断されていた。
絶叫を上げる余裕すら与えられず、竹中玄はウィンダムごと真っ二つに切断され、ウルマの上空で炎の華と化していく。
──まただ。
また、目の前で仲間を、むざむざ死なせてしまった!
眼前でその爆炎を見てしまった時澤の胸に、酷い悔悟が渦を巻く。
真田も、風間も、そして竹中も、何も出来ずに死なせてしまった。自分がそばにいながら。
広瀬がいれば状況は少しは好転していたのかも知れないが、今そんなことをほざいた所で何も始まらない。
「ぁ……竹中……
竹中ーーーーーっ!!」
《時澤さん。時澤さん!?》
絶叫するしかない時澤のコクピットに、キョウコ・ミナミの通信が割り込んだ。
《時澤さん……
今のは、何ですか? 竹中さんはどうなったんですか!》
ややヒステリックなその声で、時澤は逆に少し自分を取り戻す。
落ち着け。
フレイ・アルスターはこれで、完全に自分たちの敵となった。
ならば──
わきあがる慟哭を懸命に抑えつつ、声を振り絞る。
「ミナミさん、援護をお願いします。
アフロディーテを倒す。竹中の為にも!」
だがミナミのユークリッドは、あまりの事態に茫然と海上で浮いているだけだ。
《嘘……嘘よ。
そんな……こんなにも、呆気なく?》
無理もない──
モビルアーマーにある程度慣れているという話は聞いていたが、ミナミは軍人ではない。
それほど場数を踏んでいるわけでもなかろうに、ましてや味方の死亡だ。
おそらく初めての経験なのだろう、声が明らかに震えだしている。あの強気だった彼女が、完全に竦みあがっている。
しかし今は、動かねばどうにもならない。このままでは二人とも竹中の二の舞だ。
「ミナミさん! 援護をっ!」
《は、はい!》
時澤の怒声に圧されたのか、ミナミはいつもの威勢はどこへやら、おどおどと応答する。
だが、ユークリッドは少しスラスターを動かしただけで、あれだけ撃っていたビームもリフレクターも、展開する気配がない。
「え……ミナミさん?
ちょっと、まさか……っ!」
時澤は思わず、自分でも間抜けだと感じる声を上げてしまっていた。
まさか、この局面でそんな大笑いな事態が。
いや、当事者としてはとても笑える事態ではない。もしくは、最早笑うしかないというべきか。
《ご、ごめんなさい!
もうバッテリーが切れてて、ビームもリフレクターも……》
言わんこっちゃない。
そう言いたいのを時澤はぐっとこらえ、すぐに方針を転換した。
自分一人でアフロディーテを相手にするのはあまりにも無謀だ、ならば──
「ミナミさん、一時後退です。
エンジンはまだ動きますよね、一旦タンバまで戻って補給をして下さい。
戻る間は、自分が援護します」
《……分かったわ。お願いします》
すっかり自信を失ったミナミの声を聞きながら、時澤はタンバへと方向転換する。
あまりにも苦渋、かつ情けない選択。竹中への無念と申し訳なさでいっぱいになる。
しかしこのままでは、ミナミが的になるだけだ。
――もう誰も、自分の目の前で死なせない為の、時澤軍曹の決断だった。