【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
part1
ずっと、見ていた。
ブリッジから銃声が聞こえた、その瞬間から。
戦闘が始まってからも延々と部屋に籠もっていたら、いつのまにかアムルは消えていた。
どこへ行ったのか心配で、思い切って探しに出かけた。
いつもなら真っ先に逃げるはずの自分が、避難をすっかり忘れて、轟沈寸前の船の中、ずっと彼女を探していた。
そうしたら、ブリッジから銃声が響いた。
駆けつけて、扉の陰から恐る恐る見てしまったものは──
ずっと恋焦がれた女性が仲間を殺し、親友を手酷く痛めつけている、あまりにも血みどろの光景。
しかもすぐ外で展開されているのは、モビルスーツ同士の激戦。
その機体を操るのもまた、かつて仲間だったはずの少女。しかも親友の婚約者ときた。
白兵戦対策にと渡された銃は、アムルに渡してしまった。
彼女を守る為だったはずのその銃は今オサキを殺し、サイを傷つけている。
その事実に震え上がりつつ、食堂から取ってきた果物ナイフを握りしめながら、ずっとサイとアムルの口論を聞いていた。
そして、分かってしまった──
アムルの心には最初から、自分の入る余地などなかったことを。
自分どころか、どんな他人も入ることは出来ない。理解出来ない。
ただただ恐怖に満ちている、地獄と形容しても差し支えない心──
それが、アムル・ホウナという女の本性。
彼女の話題を出すたび、心配そうに俺を見つめていたサイの表情が蘇る。
多分あいつは、分かっていたんだ。彼女がどんな女であるかを。
浮かれている俺をどうすればいいのか、きっと悩んでいたんだろう。
それなのに俺は──
サイを疑い、サイに嫉妬し。
サイを拒絶して引きこもり、アムルを庇ってしまった。
それでもあいつは、引きこもった俺に言ってくれた。
──お前と友達で、俺、本当に良かった。
あの時、俺は一体あいつに何と言った?
二度と俺の目の前に現れるなとか……本当に、酷いことを言ってしまった。
それでもサイは今なお、アムルと戦っている。
あれだけ恐ろしい彼女の本性に敢然と立ち向かい、妥協することなく、冷静に彼女の論理を打ち破ろうとしている。
ボロボロに傷つけられ、血みどろになっても、あいつは叫んだ──
「少しは、自分の周りで自分を思ってくれる奴のことを見ろよ。
あんたみたいな女だって、好いてくれた人間がいるんだ!」
サイ、ありがとう。
俺もサイと友達で、本当に良かった。
それに、アムルさんだって、もしかしたら……
とても儚い希望かも知れないけど、もしかしたら。
そして、遂にカズイ・バスカークは決断し──アムル・ホウナを刺した。
それが、更なる惨劇を呼ぶと知らないまま。
PHASE-33 運命の終わり、黙示録の始まり
ウルマ上空で、左腕を消失したアフロディーテはデスティニーとの激戦を続けていた。
アフロディーテの援護にやってきたグフのビームカービンの閃光が、黒いダガーLの投げた3本のビームサーベルと衝突。
天にまた一つ、光の華が咲いた。
さらにアフロディーテは、ビームカービンをその華に撃ち放つ。
閃光の威力と速度が激増し、雷鳴の塊のようになった巨大な光球が、デスティニーに襲いかかっていく。
「同じ手を、何度も!」
シンはデスティニーの両手甲部から「ソリドゥス・フルゴール」ビームシールド発生装置を起動させ、大型ビームソード「アロンダイト」を構えたまま突進した。
デスティニーの腕から生まれた虹色の光膜が、空中の雷球と衝突する。
とんでもないエネルギー量が宙で爆発し、モビルスーツでも耐え切れぬほどの風圧と大波が発生した。
その光の中心を突っ切って、アフロディーテは一気にデスティニーに迫る。
一本だけ残った、右腕のビームサーベルで。
堂々、正面突破と来たか。
受けて立とうじゃないかこの野郎!
ビームシールドを手甲部から展開したまま、シンはアロンダイトでアフロディーテを迎え撃つ。
「そっちの腕も、切り落としてやる!」
だが、シンが叫ぶと同時にアラートが鳴り響き、ルナマリアの絶叫がこだました。
《シン、危ない! 両脇っ!》
瞬時にモニターを確認する──
左右からいつの間に近づかれたか。真っ黒の悪鬼──ダガーLが、今にもデスティニーに喰らいつかんとばかりに迫っていた。
アロンダイトもビームシールドも恐れる様子がない、まるで自分の命などどうでもいいかのような急接近。
──お望み通りにしてやろうじゃないか。
そんなに命を粗末にしたいなら!
デスティニーはすぐさま、右側から迫ったダガーLにアロンダイトで斬りつける。
機体全長より長い巨大剣により、コクピットごと横ざまに一刀両断されていく、鋼鉄の機体。
ほぼ同時に、インパルスのビームライフルが反対側のダガーLを直撃し、黒いモビルスーツたちは見事に火球となり四散していく。
だが、事はそれだけでは終わらなかった。
シンもルナマリアも忘れていた──今自分たちが戦っている場所が、どのような場所か。
「しまった!」
シンの叫びは遅かった。
両断されたダガーLの残骸は、ものの見事にアマミキョの甲板──
ブリッジからほんの少ししか離れていない甲板後方部分を直撃し、爆発したのだ。
激しい衝撃と共に、非常灯の真っ赤な光が何度もストロボのように明滅した。
先ほどとは逆方向へ傾いていく床、次々とひしゃげ爆発していくコンソール。
メインモニターにも大きく亀裂が入り、映し出されているモビルスーツ達と青空に、ノイズが無数に入る。映像が歪んでいく。
そして遂に船体の傾斜が、ブリッジを海に呑みこませるまでに及んだか。それとも水循環機構のどこかが破損したか――
内壁の一部が壊れ、ブリッジの床に潮水が流出を始めていた。
衝撃によりアムルとカズイが吹き飛ばされ、サイは必死でメイン・コンソールの台座に右腕のみでしがみついていた。
流れ来る海水が右足首の傷ごと、サイの脚を浸す。
じわりと脳まで来た痛みに思わず呻いたが、それでも明滅する血の光の中を、目で探した──
カズイと、アムルを。
「ぐ……っ……
か、カズ……イ……っ!」
やがて、非常灯の明滅がやんだ。
電気系統もいかれたのか、照明は半分がた落ちていた。
流れる水の中で燃え広がる炎が、ブリッジの中の光景をはっきりと映し出す。
未だに操舵輪にしがみついている、オサキの身体。
亀裂の入った内壁。
自分の血で汚れた中央通路。
黒煙が充満する室内。噴火の如く炎を吹き続けるコンソール。
──ムジカ社長、リンドー副隊長、アスハ代表、セイラン代表補佐。
本当に、申し訳ありません。
託されたはずのアマミキョを、俺はこんなに無残な姿にしてしまった。
悔悟の呻きと共に、サイは目撃した──
ほぼ正面、中央通路を挟んで、アムルとカズイが対峙しているのを。
「……!」
通路に尻もちをついてしまったカズイ。それを見下げ果てたかのように、アムルは銃を突きつけている。
刺さった刃も血まみれのスカートもそのままに、彼女はその場に仁王立ちとなり、真っ直ぐ彼に銃口を向けていた。
カズイはと言えば、ただただかぶりを振り続けるばかりだ。
「嘘だ……
嘘だ、アムルさんっ……やめ……!」
恐らくこの期に及んでも、カズイはアムルをまだ信じていたかったのだろう。
――今までのことは全て、誤解にすぎないんだ。
俺の顔を見ればきっとまた、優しい笑顔を向けてくれるはずだ。
だって今までは彼女、俺にはずっと笑顔でいてくれたんだから。
だから、正気に戻ってくれれば、また笑顔になってくれるはずだ──と。
アムルを刺してもなお、カズイはそんな希望を心のどこかで抱いていたに違いない。
カズイ自身、馬鹿な願いだと分かっているんだろう。だが、そう願わずにはいられなかった。
願わなければ、彼女を刺すなんて芸当が出来るはずがないのだから。
しかしその希望は今、完膚なきまでに打ち破られた。
涙と鼻水を流しながら子供のように頭を振り続けるカズイを、アムルは蝿でも見る目で見下ろしているだけだ。
でも──
サイは何故かこの状況で、冷静に分析してしまう。
アムルの中で、カズイが今、存在感を増したことも確かだ。
「殺す価値もないゴミ」から、「殺さなければ鬱陶しい虫」のレベルへ、であるが。
――だとすれば、今やるべき事は一つ。
サイから見て、アムルとカズイはカズイの方が距離的にやや近い。
ここから飛びついてアムルの銃を奪うのは、今の自分の負傷から考えて非常に難しかった。
ならば──
数瞬のうちに、サイの次の行動は決まっていた。
きっと、ここへ来るのも嫌だったろうに。
血みどろの俺たちを見て、竦みあがってしまっただろうに。
アムルの言葉を聞きながら、耐え切れなかっただろうに。
何より、自分が撃たれるかも知れないのに。
──それでもカズイは、大好きな女性を、刺した。
全ての恐怖を乗り越えて、俺なんかを助ける為に。そして、アムルに笑顔を取り戻してほしいが為に。
そんな友達を、俺の大事な仲間を、むざむざ死なせるわけにいくか!
ほんやりする視界を無理矢理にでも明瞭にするべく一つ頭を振り、サイは左足に一気に全体重をかけた。
痛みでとてつもなく重くなってしまった身体を、カズイに向かって飛び込ませる。
俺は、傍観者でいるのは、もう、絶対に──
震え上がったままのカズイに、サイが全力で飛びついたのと。
四発目の銃声がアマミキョを貫いたのは、ほぼ同時だった。
「あ、あぁ……
オサキさん、副隊長……っ!」
完全に外部から遮断され、海中を彷徨う救命艇の中で、ヒスイ・サダナミは不意に呻き声を上げた。
ブリッジクルーのほぼ全員が詰め込まれた船の片隅、彼女は額に玉のような汗を浮かべて呻いている。
汗かきではないヒスイにしては珍しかった。黒い髪が肌に張りつき、ただでさえ白かった顔は、白を通り越して青黒くなっているようにすら見える。
「大丈夫か、ヒスイ君!」
横にいたトニー隊長が、慌てて彼女の肩を支える。
見ると、他のクルーも何人か、はっきり見て分かるほどガタガタ震えている者がいた。
冷たく汗ばんだ手でトニーの腕に縋りながら、ヒスイは懇願する。
「隊長、お願いします。
浮上して下さい、アマミキョが……」
「気分が悪いのか?」
いくら空気の読めなさで鳴るトニーでも、ヒスイが何を感じているかぐらいは分かる。
しかし隊長として、その漠然とした不安を口にするわけにはいかない。
これ以上、クルーをパニックに晒すわけにはいかないのだ。
「今は辛抱してくれ。
上の戦闘が終わるまで……頼む、みんなも!」
「隊長は……隊長は、分からないんですか?
副隊長と、オサキさんが……!」
それ以上言うことが出来ず、ヒスイはただ震えるばかりだ。
その頬に流れているのは、明らかに汗だけではない。
「分かっている……分かっているさ」
トニーは大きな手で、ヒスイの背中を軽く叩いてやる。そんな彼の手も、先ほどから震えが止まらない。
──何が起こっているのか、この場の全員が薄々感じ取っている。
だが、決して言葉にするわけにはいかない。
トニー自身、信じたくないのだ。
この現象自体も、恐らく船内で起こっているだろう惨劇も。
「今は、何も見ない方がいい。他の救助艇にもそう伝えてくれ。
安全圏に到達するまで、絶対に浮上するなと。
サイ君もオサキ君も、大丈夫だ。我々は約束したんだからな……
必ず、アマミキョを復活させると」