【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part3 今際の再会

 

「って……おい!?」

 

 ほぼ崩壊したブリッジへ、まるで奇跡の如く現れたハマー。

 恐らくハンガーからここまで、迂回に迂回を重ねながら走ってきたのだろう。

 息はぜいぜいと上がり、髪やら作業服やらの至るところが焼け焦げ、全身が煤にまみれていた。下半身は海水で濡れそぼっている。

 突然のハマーの出現にはカズイも驚かされたが、ハマーはその10倍は驚いたに違いない。

 

 半壊して炎が広がり、海水まで溢れ出して無残な姿を晒すブリッジ。

 そのド真ん中で、首の皮一枚でようやく頭と胴体が繋がっているオサキの身体。

 血みどろになって虫の息なアマミキョ副隊長。

 それに縋って、ただただ泣きじゃくるばかりのカズイ。

 一瞬、ハマーの両目が大きく剥かれ、その身体が揺らぐ──

 

 

 どうして。

 何だって俺は、また遭遇しちまったんだ。こんな場面に。

 教えてくれ。どうして俺は、この悪夢から逃れられないんだ。

 

 

 そう言いたげにハマーは顔を酷く歪ませたが、即座にその意味を理解出来るカズイではなかった。

 ハマーの視線が泳ぎ、強張った唇から言葉が漏れる。

 

「ロゼ……?」

 

 その一言に、カズイは気がついた。

 抱きしめたままのサイを、思わず凝視する。

 

 そういえば、俺は殆どこの人に話しかけたことはなかったけど……

 サイが心配して、よく話してたな。

 ハマーさんは、サイに娘さんを重ねたんだ。

 ナチュラルの暴漢に傷つけられ、殺された家族を。

 炎に包まれる家の中で、血みどろになって倒れていた娘さんや奥さんの姿を。

 

 ナチュラルとコーディネイターという構図こそ逆転しているものの、情景はほぼ同じなのだろう。彼の表情から、カズイには分かった。

 

 だがハマーはそれでも、懸命に頭を振る。

 まとわりついてくる幻影を振り払おうとするように──

 

「えぇい、こん畜生!!」

 

 焦げた髪が、盛大に飛び散った。一旦バシバシと両手で乱暴に顔を叩き、頭を上げる。

 その表情に、もう迷いはない。

 それは、自分のやるべきことに気がついたとでも宣言するような、清々しい顔だった。

 ハマーはずかずかと大股で炎も海水も踏み越え、カズイの正面に座る。

 そして彼の手から有無も言わさず、サイの身体をぶん取った。

 正確にはサイを抱きかかえたのだが、ぶん取られたという表現の方が正しいようにカズイには思えた。

 

「まだ、息はあるな……このぐらいなら、大丈夫だ。

 俺にあれだけやられて大丈夫だったんだ、心配するな!」

 

 着ていた作業着を素早く脱ぎ、ハマーはそれを一気に切り裂いていく。

 一瞬で何枚もの布切れとなった作業着の残骸で、彼はサイの腹の傷をまず押さえにかかった。

 

「とりあえず、出血だけでも何とかなりゃ……

 おい、左肩押さえとけ」

 

 言われるままにカズイは、渡された布切れでサイの左肩の傷を押さえる。

 手の震えがおさまらず、涙も止まらない。

 

「もっと力入れんだよ! 

 そんなんじゃ、止まるもんも止まらねぇっ!!」

 

 ハマーに叱咤されながら、戦闘音がまだ鳴り響くブリッジの中、カズイはサイの傷口を押さえ続けた。

 何秒経過したかは分からないが、布切れ全てを赤く染めながらも、サイの出血は少しばかり勢いを失っていく。

 サイの顔はほぼ真っ白になっていたが、それでも眼鏡の奥の瞳はうっすら開き、視線はカズイとハマーを追っていた。

 何か言いたそうに唇が動くが、殆ど聞き取れない。

 

 腹の傷にあてがった布切れを紐で固定しながら、ハマーはふと、操舵輪を握ったままのオサキを見やった──

 最早、回復の見込みなど全くない彼女を。

 しょっちゅう喧嘩が絶えなかった彼女を。

 それでも怒鳴りあいながら、最近はやっと連携がうまくいくようになった彼女を。

 静かだが重い響きの声が、ハマーの唇から漏れた。

 

「……目ぐらい、閉じさせてやんな。

 女だったんだろ。アレでも」

 

 カズイは声に圧されるようにのろのろと立ち上がると、震えながらオサキの元へ向かった。

 鼻と口から黒い血の塊を垂れ下げ、首が今にも寸断されそうになっているオサキ──

 カズイはそんな彼女の姿を出来るだけ直視しないよう努め、薄目を開いて顔を背けつつ、彼女の両瞼に指を触れる。

 指先で感じるオサキの柔らかな瞼は、まだ暖かかった。

 だがその奥の青い眼球は、もう全く動くことはない。

 光のない眼球と火薬の香りが、カズイに現実を教えていた。

 

「う……うぅ……っ……

 なんで。なんで、こんなことに……」

 

 吐き気をこらえながら、それでもカズイは何とか彼女の瞼を閉じさせた。

 足元に落ちていた帽子を拾い上げ、そっと首筋の大きな傷口に被せる。

 こうするともうオサキは、単に操舵輪に支えられ、居眠りしているようにしか見えなかった。

 いつも通りの彼女にしか──

 

「洗浄ぐらいはしてやりてぇが……時間がない!」

 

 サイの傷をひとしきり見たハマーは、これ以上の手当てを潔く諦めた。

 両腕で彼の身体を軽々と抱きかかえ、立ち上がる。

 

「脱出艇はまだある。カタパルトは生きてる! 

 そこで治してやっから、絶対に死ぬんじゃねぇ! 

 死んだらぶっ殺すぞ、このドアホ!」

 

 サイの耳元で、ハマーは全力で怒鳴り散らした。

 痛みで震えながらも、サイはその声に何とか反応する。顔をハマーの方へ向け、こくりと頷く程度の反応しか出来なかったが。

 その微かな反応を確かめ、ハマーの唇から思わぬ笑みが漏れた。

 

 その表情はカズイが見ても他の誰が見ても、顔を歪ませただけにしか見えなかっただろう。

 だがサイはハマーの腕の中で、確かにその笑顔に、笑顔を返した。

 痛みで呻き、意識が遠くなりながら、それでもサイは笑みを返したのだ。

 

 それに元気づけられたか、ハマーは声をさらに張り上げる。

 

「よし、二人とも行くぞ! 

 遅れたら置いてくぞ、バカヤロー!」

 

 だが、カズイが慌ててハマーに追いつこうとして、オサキに背を向けたその瞬間──

 ブリッジ全体に、白い光が満ちた。

 

 

 

 

 

 

 アフロディーテに続き、オレンジのグフ・イグナイテッドまでがデスティニーに襲いかかる。

 アフロディーテのように正面からではなく、グゥルを駆使して上から下からいちいち死角に回り込み、グフはシンを翻弄していく。

 

 その塗装もまた、シンを苛立たせる原因だった──

 勿論、ハイネ・ヴェステンフルスを思い出させるからだ。

 ほぼ同じ色と形状の機体に乗り、無残に空に散っていったあの、頼りがいのある兄貴分を。

 

 あれとハイネは違う。そう理解してはいるものの、どうもこの連中と戦う時は、身体の奥から湧き上がる気持ち悪さを遮断出来ない。

 今こそアフロディーテを一刀両断出来るという瞬間でも、それを狙ったかのようにグフのスレイヤーウィップがデスティニーに巻きつく。

 ウィップを斬れば後ろから、ダガーLがビームサーベルを投げつけてくる。

 ルナマリアのインパルスがすかさず、そのダガーLを後方から斬ってくれるものの――

 

 シンはこのような無為な戦闘の繰り返しに、次第に疲労と怒りを感じ始めていた。

 

 一体何機あるんだ、このダガーLとウィンダムは。

 もう30機ほどは落としたはずだが、減っている気がしない。レイのレジェンドと合わせれば50機近く落としただろうに──

 

 何十度目かのアフロディーテのビームライフルをよけ、肩で息をし始めた自分を意識したその時──

 レイの声が飛び込んできた。

 

 

《シン、やめろ! 

 攻撃を中止するんだ!》

 

 

 信じられないレイの叫び。

 シンもルナマリアも一瞬動きを止めてしまったが、彼の声は続いた。

 

《まずは内部のクルーを逃がせ! 

 戦闘はその後だ。救助隊の民間人が死傷したとなれば、ザフトの大きな傷となる!》

 

 レイ? 何を言い出したんだ。

 今、俺の目の前でビームライフルを撃ちまくってるこの紅いのを、何とかしてくれよ。

 

「んなこと言ったって、奴らがクルーを狙って!」

 

 だがシンにとって、レイの次の言葉はさらに信じがたいものだった。

 

《それは違う! 

 南チュウザンは、クルーまでもを犠牲にするつもりはない!》

 

 そんな馬鹿な。

 ヨダカ隊長の推測が間違っていたのか? 

 

 そこへ、シンと同様に混乱したルナマリアの声が重なる。

 

《で、でもさっき、あの紅い奴はブリッジを!》

《恐らく誤解だ。奴らは、脱出したクルーを攻撃してはいないだろう!》

 

 そんなことを言われても、どうしようもない。

 戦闘は始まってしまったんだ。

 

「じゃあ、どうすりゃいいんだよ!? 

 このまま逃げて、むざむざ船がやられるのを見てろってのか?」

《ヨダカ隊長の連絡を待て! 

 データさえ手に入れれば、俺たちの任務は……》

 

 だがレイの声は、突如響いたアラートにかき消される。

 同時にルナマリアの声。

 

《シン、よけて! 下っ!》

 

 いつの間に回り込まれたのか、デスティニーの直下にミゲルのグフが迫っていた。

 空中戦では一番の死角と言える足下から、こちらを狙いすまして真っ直ぐビームソードを構え、突っ込んでくる。

 

《させないっ! 

 このオォーーーーッ!》

 

 すかさずルナマリアのインパルスから、ビームライフルの閃光が幾条も降りそそいだ。

 とっさにグフは対ビームシールドでその光を防いだが、勢いは止まらずそのままデスティニーに突っ込んでいく。

 ミゲル・アイマンの嘲笑が、グフのスピーカから轟いた。

 

《ぼーっとしてんじゃねぇよ、シン・アスカの癖に!》

 

 畜生。デスティニーなら、グフなんか楽勝のはずなのに──

 あいつだ。

 あの紅い奴が、俺のペースを乱した! 

 

《シン!》

 

 グフの攻撃を防ぐ為、デスティニーが下方にソリドゥス・フルゴールを展開したのと

 ルナマリアの砲撃と叫びが炸裂したのは、ほぼ同時だった。

 

 

 そしてその直後──

 シン・アスカは、信じられない光景を目撃する。

 

 

 グフを狙ったはずのインパルスの砲撃が、狙いを外れた──

 その光は真っ直ぐに、きれいな直線を青空に描きながら、アマミキョブリッジのすぐ真下に突き刺さったのだ。

 

 

 

 

 

 

 ブリッジが白い光と熱に包まれていく、その瞬間。

 サイは、カズイの悲鳴を聞きながら――

 光で見えなくなるオサキの身体と

 全身で自分をかばってくるハマーの向こうに

 

 

 確かに、紅の髪の少女を見た。

 紅蓮の髪に灰色の瞳を持つ、連合少年兵服の少女を。

 

 

 ──フレイ。

 フレイ、君なのか? 

 本当に、あの、君なのか? 

 

 

 少女は両肩を震わせ、こちらに向かって全身で何かを叫んでいる。

 散々涙を流しながら、サイに向かって叫んでいる。

 子供が駄々をこねるように頭を振っているので、紅の長い髪がふわふわ揺れていた。

 その目から飛び散る、涙の粒。

 

 

 ──駄目。駄目。ダメ! 

 まだ、貴方は、こっちに来ては駄目! 

 

 

 サイは確かに、その声を聞いた。

 間違いない、2年前のフレイだ。

 2年前、最後に見た時のフレイだ! 

 

 

 思わず手を伸ばそうとしたが、届かない。

 動く方の右手を伸ばしているのに、届かない。

 俺の手は、やっぱり血まみれだからかな。

 君の手は、透き通るように細くて、綺麗だもんな。

 

 

 だがフレイは、サイの手を叩き払うように思い切り彼を拒絶する。

 

 

 ──駄目だって言ってるでしょ、馬鹿! 

 貴方はまだここに来る人じゃない。少しでも触ったら、許さないからね! 

 私絶対に、サイを許さないからね! 

 

 

 そうか。やっぱり君は、俺を許さないのか。

 そりゃそうだよな。君の名前を騙った女を抱いた俺なんて、そりゃ許せないだろうさ。

 

 

 ──違う、そんなこと言ってるんじゃないわよ……

 貴方、まだそんな罪悪感抱いてたの? 

 私は貴方を振った挙句に、もう、どこにもいないのよ。

 

 

 哀れむように自分を見つめるフレイに、サイは呟く。

 

 

 弁解にしかならないけど、俺は今でも、君が好きだよ。

 君を好きになれたから。

 君をずっと好きだったから、「あの」フレイにも魅かれたんだ。

 

 

 ──な……っ、バ、バッカじゃないの? 

 そんな非常識が通用すると思って……

 いやその、そうじゃなくて! 

 

 

 そうだな、非常識だな。でも事実だから、しょうがないさ。

 結局俺は、どっちのフレイも好きなんだよ。

 節操なしって罵ってくれて、全然構わない。

 だからこうして、もう一度君に会えて、俺、すごく嬉しいよ。

 

 

 サイは少女に触れようと、また腕を伸ばす。

 彼女は一瞬その手を包もうとしたものの、すぐに腕を引っ込めてしまった。

 

 

 ──サイ。貴方みたいな馬鹿は、絶対にこっちに来ちゃ駄目なのよ。

 貴方みたいな、馬鹿なほどのお人好しを必要とする人が、たくさんいるんでしょ。

 ──多分、「あの」私もそう。

 正直、サイにはあの娘を想って欲しくはないし、出来れば全然別の娘とお付き合いしてくれていた方が良かったんだけど、でも……

 あの娘は、サイを求めてる。

 

 

 ──だから、まだ来ては駄目よ。

 まだ、貴方を死なせはしない。

 だって、「あの」私が、貴方を必要としているから。

 だから、こっちに来たら、絶対に、許さな──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少女の最後の言葉は、聞き取ることが出来なかった。

 少女の手に触れることも出来ないまま

 サイは白熱した光の中で、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

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