【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part5 アフロディーテの最期

 

 

 その刹那、アフロディーテのエネルギー残量はほぼゼロとなった。

 すかさず叫ぶフレイ──

 

「ラスティ!」

 

 同時に残存電力をフルに消費して、ゼロ距離からありったけのレールガンをデスティニーに叩き込む。紅の翼の周囲に湧き上がる白炎。

 咄嗟にデスティニーはビームシールドを展開したが、その隙にアフロディーテは最後の力で飛び立った。

 ジャストタイミングで飛んできたラスティのスカイグラスパーから、ジェットストライカーが射出される。

 同時にアフロディーテは自らの翼であるIWSPを切り離し、そのまま炎熱の中のデスティニーに叩き込んだ。

 

 ――ずっとアマミキョを守り続けた翼だった、IWSPを。

 フレイはこの時、いとも簡単に捨て去った。

 アフロディーテ自体も何もかも吹き飛ばすほどの大爆発の中、木の葉の如く揉まれながらも、軽口を忘れないラスティ。

 

《ヒュー、まさかIWSPをやっちまうとはねぇ! 

 フレイ、やっと新型乗る気になったか?》

 

 

 

 

 

 

 そうは言いながらも、ラスティは理解していた。

 

 あぁ──これでフレイは、完全にサイを諦める覚悟を決めたんだ。

 サイと出会ったあの日から、ずっと使い続けてきたダガーL。

 サイの前で見事に捕獲に成功した、ダガーL。

 改造に改造を重ね、頭部意匠までストライクに似せて、パーソナルカラーも紅に変更し、無理矢理IWSPまでつけて運用してきた──

 それこそが今の、ストライク・アフロディーテだった。

 IWSPと、その膨大な消費電力を支えるパワーエクステンダーがなければ、アフロディーテはただのダガーLだ。とっくにどこかで撃墜されていたに違いない。

 

 フレイ自身は決して口にしなかったが、ミゲルも、ニコルも。

 そしてラスティ自身も分かっていた──

 サイと会ったあの日に出会った機体が、これだったから。

 サイに真実の自分を晒すきっかけとなった機体がこれだったから、フレイがこの機体に固執し続けたことを。

 何度も何度も新型に変えるように言ったが、フレイはのらりくらりと自分たちアマクサ組の忠告から逃げた。

 彼女の真意をうっすら悟った時は、何という私情かと思ったものだが――

 彼を失ってここまで荒れ狂うフレイを見ると、とても私情の一言で片づけられるものではない。

 

 揺れ続けるコクピットの中で、ラスティは祈るように眼を瞑る。

 

 ──フレイ。

 やっぱりあんた、サイのこと本気で好きだったんだな。俺だって、応援したかったよ。

 でもそれは、『あの方』にとってはただの、少女の気の迷い。幼い子供の感情なんだ。

 

 ――『あの方』にとって、フレイ・アルスターはキラ・ヤマトが全てじゃなきゃ、駄目なんだ。

 フレイの心がキラ・ヤマトで満ちること、それが『あの方』の願いの一つだから。

 そして恐らく、『あの方』はそんなフレイを、さらに痛めつけようとしてる。

 キラにしか縋れなくなったフレイから、キラを――

 

 いや、くだらん邪推はやめておこう。

 だから、今ここで思い出の詰まった機体を捨てるのは、フレイにとってもちょうど良かったんだろう。

 やっと大人になって、あの方に従うことが出来る。

 

「……それが本当に大人なのか、分からんがね」

 

 ラスティは軽くなったスカイグラスパーの中で、ふと吐き捨てる──

 だがその瞬間、彼は見た。

 デスティニーを包んだ炎のすぐ上で、ジェットストライカーへの換装を終えて再び飛翔するアフロディーテ。

 そこに、禍々しい蛍光グリーンに光る火の鳥・ドラグーンの閃光が迫ってくるのを。

 

「まずい! 

 こいつは……!!」

 

 

 

 

 

 

《フレイ! 

 逃げろおおおぉっ!!》

 

 アフロディーテを包囲した幾筋もの光を、猛スピードで追撃してきたスカイグラスパーが次々と対空ミサイルで防いでいく。

 ミゲルのグフも、ドラグーン発信源であるレジェンドガンダムに迫る。

 

 ――その刹那、フレイは見た。

 海上に巻き上がった爆炎の中から、ビームブーメランの紅の刃が飛んでくるのを。

 そして、その中で真っ直ぐにこちらへ向かってアロンダイトを構えて突っ込んでくる、デスティニーガンダムを。

 ラスティの怒声が響いた。

 

《あいつ……

 まさか、こんなに早く!?》

 

 だが、フレイはすぐに気づいた。

 炎と硝煙の中に見えるその機体は、既にそこにはいない。

 

「違う、ラスティ! 

 後ろだっ」

 

 デスティニーの持つ、散布したミラージュコロイドに自機を映し出す幻惑機能──

 そいつを使われた。

 おそらくデスティニー本体は、アフロディーテの背後。

 フレイは0.01秒もないうちにそこまで感づいて機体を操作しようとしたが、アフロディーテは彼女の思うように反応しない。

 IWSPを消失したことで先ほどまでのパワーを失ってしまったアフロディーテは、もはや他の量産型ダガーLも同然だった。

 機体の反応速度の問題が、こんなところで持ち上がったか。

 アラートが響き渡る中、フレイはアフロディーテの残された片腕にビームサーベルを構えさせることしか出来ない。

 デスティニーが自分の背中を狙っているのは分かっているのに、反応が出来ない! 

 

 その瞬間──轟いた叫びは。

 

《させるかよ! 

 こんな所で、フレイをっ!》

 

 

 

 

 

 

 

 アフロディーテのサブカメラが、その背後の光景をまざまざと捉える。

 今まさに、太陽を背にして光の刃を構え、アフロディーテの首筋に突っ込んでくるデスティニー。動けないアフロディーテ。

 その二つの点を結ぶ線の、ほぼ中心に割り込んできたのは──

 ラスティのスカイグラスパー。

 

「愚か者! 

 やめろ……やめるんだ、ラスティ・マッケンジー!!」

 

 血まで吐く勢いでフレイは叫ぶが、スカイグラスパーの速度は落ちない。

 雨あられとミサイルを放ちながら、真っ直ぐにデスティニーに突進していく。

 ラスティの意思も運命も、もうフレイには分かってしまった。

 そんな彼女に、ラスティの通信が届く。

 

《姫……いやさ、フレイ。これが俺の最後のつとめだ。

 アスランを捕まえられなかった代わりに、シン・アスカの力を試してみせる! 

 しっかりデータ取って下さいよぉっ!》

 

 空中で、アロンダイトとスカイグラスパーが見事に交差する。

 次の瞬間、両機は白い光となり、その場の全てを染めていく。

 

 

 

 

 全てが血にまみれ砕け散っていくコクピットで、呟かれた言葉は。

 

 

 

 

「フレイ……ごめん。

 俺、何の役にも立てなかったな。

 結局、アスランにも……ろくに、会えずじまいか」

 

 

 

 

 全く……だから、さっさと新型に替えろって、あれだけ言ったのに。

 俺、何しに生まれたんだろな。

 アスラン・ザラを手に入れられないなら、俺、何も意味ないじゃないか。

 なのに俺は、何でフレイを守る為に……しかも俺、それで満足してる? 

 

 そうだよな──

 結局俺もみんなも、フレイに幸せになって欲しかっただけなんだ。

 出来れば、サイと。それも出来なくなっちまったが。

 

 ……シン・アスカ。頼む。

 信じられないかも知れないけど俺、お前を殺す気はないんでな。

 ありえんとは思うけど、頼むから、俺に一緒についてこないでくれよ。

 頼むから、姫の力になってやってくれ。

 お前なら出来る。俺たちはずっとその為に、お前らを追ってたんだから。

 カイキ、マユ、ナオト、サイ……

 今からそっちに行くけど、きっとタコ殴りにされるだろーな、俺。

 出来れば顔は勘弁してくれよ。これでも俺、結構イケメ──

 

 

 

 

 

 

 光と熱の中、ラスティ・マッケンジーの意識はそこで途切れ、永遠に消滅した。

 

 

 

 

 

 

「ラスティ……?」

 

 ずっと一緒に戦ってきた、仲間の死。

 その光景を、フレイは何も出来ず、ただ見ていることしか出来なかった。

 爆光から片時も目を離さず、彼女は泣きも叫びもせず、ひたすら動かなかった。

 

 ──ラスティ、分かっている。

 お前の想いは、分かっている。

 だが私は、やらずにいられない。無駄と分かっていても! 

 

 その時には、フレイの覚悟は既に決まっていた。

 

「サイと、お前たちの為に──!」

 

 

 

 

 

 

 閃光と炎熱渦巻く中から、デスティニーの10枚の紅の翼が、全くの無傷で現れる。

 その場で失われたすべての血を吸いこんだかのような、紅。

 蝶のように開く光の翼。

 光を背にして黒く染まる頭部。

 悪鬼羅刹の如く煌くカメラアイ。

 

「流石だ、シン・アスカ」

 

 フレイの唇が笑いの形に歪み、口元に少女らしからぬ皺を刻む。

 

「スカイグラスパーの自爆に無傷で耐えられぬようでは――

 貴様の為にラスティが命を落とす意味もない」

 

 ラスティ、安心しろ。

 奴は強い、惚れ惚れするほどに! 

 

 

《あ……あの、バッカ野郎がっ……!

 ちっきしょうっ……!!》

 

 

 切れ切れの通信から、ミゲルの絶叫が響く。

 ラスティを――仲間を呼ぶ悲痛な叫びが。

 だがフレイは一声のもとに、その叫びを押さえつけた。

 

「女々しいぞ、ミゲル! 

 急遽ではあるが、これより第683回戦闘実験を行う。テストパターンはコード666(デストロイ)、被験者はシン・アスカ。

 後は頼む!」

《待て、フレイ! 

 やめろ……やめろって! 

 どうあっても、サイの仇を取る気かよっ!?》

 

 だが、すでにミゲルの制止はフレイには聞こえない。

 聞こえていても、従う気など彼女には全くない。

 アフロディーテはジェットストライカーのバーニアを爆発せんとばかりに噴かし、最大戦速でデスティニーに突っ込んでいく。

 

 

 

 

見よ、私はすぐに来る

 私は報いを携え、それぞれの行いに報いる

 私はアルファであり、オメガである

 最初の者にして、最後の者

 初めであり、終わりである」※

 

 

 

 

 黙示録を詠唱するフレイの声が明らかに震えているのを、ミゲルははっきり感じた。

 最早どれほど言ったところで、フレイは聞きはしない。

 ラスティの為の嗚咽を隠せないながら、ミゲルの脳はどこかで冷静さを保っていた。

 

 

 残念だったな、『御方様』──

 もうフレイは、あんたの人形じゃなくなっちまった。

 勝手に意思を持ち、勝手に動き、勝手に人を愛する人間になっちまった。

 ラクス・クラインと同様に操れると思ったら、大間違いだったようだな。

 

 フレイは――あんたのお姫様は、変わっちまったんだ。

 あんたがゴミと思っていた、ある人間によって。

 ゴミ同然とあんたが見做していた人間が奇跡を起こし、お姫様に変革を起こした。

 だからあんたは、処分したかったんだろう──サイ・アーガイルを。

 フレイ・アルスターの心から、完全に消えたはずの男を。

 フレイの小さな過去でしかない男を。

 遥かな高みに登りつめたキラ・ヤマト、その足枷でしかないあの男を。

 

 だけど人間ってのは、そんな単純に割り切れるもんじゃねぇ。

 遺伝子をいくらいじって自分の思い通りに作り替えたところで、意思だけはそう簡単に操作出来ない。特に、乙女の恋心なんてものは。

 サイはただの過去なんかじゃなかった。キラの足枷でも踏み台でもなかった。

 ましてや、ゴミなんかじゃねぇ。そばで見ていた俺たちが、一番良く知っている。

 

 ――実際、フレイがここまで混乱している。

 サイの死で、完全に常軌を逸している。

 あんたの鋼鉄のお人形でしかなかったあのフレイが。

 あんたの命令なら、どんな非道でもやらかしたフレイが。

 大切なものをあんたから守る為に、どんな苦汁でも舐めたフレイが。

 あんたの。そして、俺たちの姫が──

 

 俺たちの姫様は、見つけちまったのさ。泥の中で輝く宝石の美しさってヤツを。

 そいつに魅せられたのは、フレイだけじゃない。ラスティも同じだ。

 だからヤツは、こんな所で逝っちまったんだ。

 フレイに従って、乙女を守って──サイに殉じて。

 

 ニコルもそうだ。

 あいつの意思は今必死で、偽ダガーLどもを制御している。

 サイを傷つけないように、アマミキョを破壊する──

 そのあまりにも無茶苦茶な操作が、今どれだけあいつの脳と身体に負担になっているか──

 それでもあいつは、命がけで頑張っている。

 

 そして──俺もどうやら、同じようだ。

 もっとも、フレイもラスティもああなった以上、俺が死ぬわけにはいかなくなっちまったが。

 

「さぁどうする、御方様。

 フレイ込みで、俺たちをお掃除するかい?」

 

 

 

 

 

 

 左腕と右脚を失い、完全にバランスを失った紅の女神──

 ストライク・アフロディーテは、ビームサーベル1本のみで、光の翼を広げたデスティニーに正面から突っ込んでいった。

 紅に燃え上がる機体から溢れ出る、激烈な怨恨と共に。

 

 

 

 ――もう、私は迷わない。

 私はあの女を許さない。全ての元凶となったあの女を。

 サイの為に。

 命を操作された全ての魂の為に、私は私の遺伝子に反逆する。

 

 

 

 そんな、怨嗟とも呼べる思念の渦に――

 レイ・ザ・バレルは、その鋭い感覚で静かに触れていた。レジェンドのコクピットで、ひたすら状況を睨みながら。

 

 何を、それほどまでに恨む。

 何があの女を、そこまで狂わせる? 

 俺の中の、キラ・ヤマトへの怨念に近いものを、あの女に感じる。

 

 だが、その想いの正体が何であるか分かるまでは──

 恐らく自分は、そこまで長くは生きられない。そんな現実も、レイはとうに悟っていた。

 

 ――しかし。

 俺の代わりにあの女の行く末を見る者が現れることも、何故か分かってしまう。

 俺が、ラウから想いを引き継いだと同じように、この不可解極まりない俺の想いを引き継ぐ者が。

 俺があの女に「母」を感じた理由。それはその者が──

 恐らく俺と『同じもの』であり、同時にあの女を「母」とする者であるから。

 

 そして、あの女が恨む者。これほどまでに根深く恨む者。

 それは、今レジェンドが抱えているインパルスの中で震え続けているルナマリアではない。

 それは断じてありえない。

 ルナマリアもまた、そいつの被害者の一人であるだけだ。

 膨大な数の被害者、その一人として巻き込まれたにすぎない。

 

「ラクス・クライン……? 

 いや、違う。これは……」

 

 レイはラクスの血を、その渦巻く怨念の中に感じていた。

 確かに感じる。あの女の中に、ラクス・クラインの香りを。

 だが、本人ではない。あの女の奥底に鎮座している存在は──

 ラクス・クラインと同じではあるが、同じではない。

 それは俺やラウと、アル・ダ・フラガとの関係とも違う。

 

 分からないことが多すぎる。

 そして、答えにたどり着くには、俺の命はあまりにも短い。

 このままあの女を放置すれば、恐らくシン・アスカも今後、この女とその背後の血を巡る戦いに巻き込まれてしまうであろう。その類稀なる才能の為に。

 だが、これだけは分かる。

 ギルの計画を一刻も早く実行に移し、世界から戦いの悪夢がなくなれば──

 決して、そのような事態にはならないことを。

 その為なら、自分は極限にまで弱まってしまったこの魂を、全く遠慮なく使うであろうことも。

 そしてもう一つ──

 

「『母』とは決して、『娘』のオリジナルではない。

『娘』も、『母』のコピーではないだろうに……」

 

 レイ・ザ・バレルは自身も気づかぬうちに呟いていた。

 虚しい呟きと分かっていながら、言わずにいられなかった。

 あの、紅の女神に向かって。

 

 

 

 

 その刹那──

 激突したデスティニーとストライク・アフロディーテは、爆光に包まれた。

 

 

 

 

 

(※出典:新約聖書ヨハネの黙示録第22章第12~13節より)

 

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