【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「やはり、統制が必要か」
ストライク・アフロディーテのコックピットで、フレイ・アルスターは冷酷に呟いた。
回線が繋がったままのアマミキョブリッジから、喧騒の様子がそのまま漏れ出してくる。
そこへ、イザークのザクファントムから再び通信が入った。
《貴様は……
もしや、ラウ・ル・クルーゼを知っているか?》
コロニーの太陽光ブロックへ向かうと思われるウィンダムが3機、空域から離脱する体勢に入っていた。
フレイはすかさず背中のレールガンをぶっ放す。勿論、コロニーには当てない角度で。
ウィンダムは左右に大きく展開したが、そのうち1機がまともに閃光の犠牲となり、火球と化した。
「C.E.70年2月22日世界樹攻防戦に参加、モビルアーマー37機戦艦6隻を撃破しネビュラ勲章受章、6月2日グリマルディ戦線で、連合第3艦隊を壊滅させる。
71年1月25日、連合の最新機動兵器奪取目的でコロニー・ヘリオポリスに侵攻。
9月27日、ヤキン・ドゥーエにて戦……」
輝くコロニーを背景に流れていくザクファントムを横目で見ながら、フレイは早口で呟いた
──が、その言葉は途中で遮られる。
《違う、貴様は会ったことがあるはずだ!
自分は貴様の顔を知っているっ、フレイ・アルスター!》
馬鹿にしたような棒読みの相手にキレたか、イザークは回線が裂けんばかりに怒鳴りつけてきた。
フレイはその時ほんの少しだけ、相手の言葉に興味を示す。
「そうか。
――私はどんな女だった、イザーク・ジュール?」
《ハァ!?》
狼狽の声が響き渡ったが、フレイは畳みかけるように続けた。
「理解の遅い奴だな。
単純にお前から見た印象だけを言えばよい。奴隷か、愛人か、それともただの少女か」
《ええい、こんな時にわけの分からんことを……
敢えて言うなら、その全部だ!》
「やれやれ。随分面倒そうに答えるな」
《そうではない。その3つ、どれでも通じそうな……
って、何故そんなことを俺に聞く!?》
フレイの、薄く紅のひかれた唇に含み笑いが浮かんだ。
彼女の瞳には、コロニーの外壁を流れるように飛んでいくウィンダムがしっかり映っている。
そのうち1機は先ほど、レールガンの火線をナチュラルとは思えぬ速度でよけていた──
《俺は忘れてないぜ、あんたのことっ》
間髪いれず、ザクウォーリアのディアッカから通信が割り込んだ。
《忘れようったって忘れられないよ、ありゃ》
「お前には聞いていない、無礼な割り込みをするな」
《そっちこそ無礼じゃねーの?
助けてもらったのは感謝するさ。でも俺らはそもそも、あんたらがモタモタしてっから……》
《ディアッカ! 口が過ぎるぞ》 イザークの怒鳴り声が、心地よくコックピットに響いた。
《ハイハイ……だけどフレイだっけ、あんた確か
……うわっと!》
ザクウォーリアが危うく左側からウィンダムの砲撃を喰らいかけ、オルトロスを撃って相手を避ける。
《奇跡って結構起こりうるもんか!
にしても随分変わったなぁ。今のあんた見たら、キラやサイが驚くぜ》
「ミリアリアも、だろう?」
《……!?》
一瞬、ザクウォーリアの動きが鈍くなる。
そこは軍人、さすがにウィンダムの火線を防げぬほどの狼狽ではなかったが。
「なんだ、振られたのか?」
フレイは無遠慮に言い放ちつつ、エネルギーゲージの残量を確認した。
《ったく。平気で他人の傷口えぐるのは、昔と一緒ってか……》
《貴様ら、楽しげに戦闘するんじゃない!
「ジュール隊長こそ気をつけろ、あのウィンダム!」
フレイが注意を払っていた1機のウィンダムは、輝きを放つコロニーのガラス面のあたりを蛾のようにウロチョロしつつ、コロニー側の対空ビームを易々とかわす。
コロニー外壁の至近距離ゆえ、思うように長距離ビームなどの攻撃ができないフレイたちをあざ笑うかのように、そのウィンダムはあっという間にコロニーの太陽光採取ブロックの壁面を破った。
雪のように真空へ舞い散るガラスの破片の中を、突入していくウィンダム。
その光景はフレイの眉間に皺を寄らせたが、それもほんの一瞬だった。
「そちらは任せたジュール隊長。
私は港口へ戻り、アマミキョを守る!」
言い終わらぬうちにフレイはアフロディーテをターンさせ、最大戦速で港口へ戻っていく。
イザークとディアッカの怒声が、ほぼ二人同時にフレイを追った。
《待てよお嬢様、コロニーが!》
《て、敵前で逃げるかっ!?》
「この機体はエネルギー消費が激しい。突入のち戦闘状態に入れば、1分もたずに活動限界だ」
フレイはコンソールパネルの横のエネルギーゲージを睨む。既に赤い警告表示が明滅している。
ゲッ、と呻くディアッカの声が回線から漏れた。
続けてイザークの声。
《その装備だな……
軽々と、よくここまで動かしたものだ》
だがフレイの表情は、全く焦りの色を見せてはいなかった。状況を楽しんですらいるように見える。
「心配するな。
開闢神の名を持つ船を汚す不届き者、この手で黄泉の国へ落とす!」
**
フレイの声はサイの回線にも届き、カズイが横から囁いた。
「ほ……
本当に、二重人格だ」
勿論、カズイがこんなフレイを見るのは初めてである──彼女の生存は、サイが既に話してはいたが。
後ろではリンドー副隊長がトニー隊長に指示を出すという、奇妙な光景が続いている。
「ハラジョウからカタパルトに整備士を待機させろ。
それからエネルギーパックを用意だ」
ハラジョウとは、既にアマミキョ船内に収納されているアマクサ組の小型移動艇だ。そこにはアマミキョの整備班ではない、専任の整備士が待機している。
相変わらず社長は、呑気に脚まで組んでいる。
「最大戦速でコロニー反対側から飛んだからなぁ、エネルギー切れも無理ない」
その一方で。
サイとカズイの横に寄ったままのアムルは、強引に身を乗り出してモニターを眺めていた。
そして彼女はこの状況で、突然サイの思考に割り込むように尋ねてくる。
「ねぇ貴方……母の居場所分かる?」
頭の中で彼女を「非常識」のカテゴリに放り込みそうになる衝動を抑えつつ、サイは正直に告げた。
「混乱を見てきたでしょう、分かるわけないですよ。
すみません、何せまだ3820人が残ってますから」
アマミキョ収容可能人数はとっくに超過しているが、未だにコロニー内のシェルターにも船にも避難していない人々がそれだけいる。
マイティの、ややヒステリー気味の放送が該当区画に響く。
「救助艇が軍から出ます。船外区画第3班、ワイヤー準備お願いします!」
そんな中チラリとサイを見下げつつ、アムルは呟いた。
サイにだけ聞こえるように。
「……ふぅん。
やっぱり、ナチュラルね」
――サイは気にしないことにした。
かつてのアークエンジェルとは逆に、ここはコーディネイターも多いブリッジ組だ。
その中で、ナチュラルというだけで馬鹿にされるのは今に始まったことではない。
勿論その言葉はカズイには聞こえず、彼はサイに急かすように言った。
「お母さんと、はぐれちゃったんだよ彼女。
まだ宙港区画にいるはずだ、第5ゲートあたり。回線あるだろ、探せないかな」
サイは思わず声を荒げる。「バカ言うなお前、見つかるわけない!」
アムルはさっさとコーディネイターのディックのもとへ、ふわりと流れていく。
それを横目に見つつ、サイは小声になる。
「お前も見ただろ、彼女は家を捨てた。
今更母親をどうする気だ」
カズイは反論した。「だとしても、心配には違いないよ」
その間に、アムルの依頼を受けたディックが、凄まじきタイピング速度でモニターを次々にチェックしていった。
勿論、それまでの業務は継続しながら──コーディネイターならではの神業だ。
宙港区画内はどこも人々の山でごたごたになり、中には既に回線が切れている場所もある。
誰が誰だかなど分かろうはずもないと思われたが、その時──
どこからか、バイオリンの音色が流れてきた。
Ich ging mit Lust.
マーラーの"緑の森を楽しく歩いた"──再構築戦争前の、旧世紀時代の名曲だ。
ゆっくりと目覚める春の森を思わせる素朴なメロディーは、このコズミック・イラの時代になっても失われることなく、弾き続けられている。
それは避難民たちの中から、回線を通じてブリッジまで届けられた音だった。
コーディネイターの名演奏家の手によって、奏でられる音階。その音色は不安に怯える人々を、少しの時間ではあるが和ませていく。
アムルは一瞬、かすかに不快そうな表情を見せて顔を上げる。
だが、この時彼女の顔を正面から見つめたとしても、おそらく誰もそれが不快の表情とはわからないだろう。
ディックの、得意げな声が響いた。
「いましたよ、ミヨシ・ホウナさんでしょ!
第26救助艇の桟橋だっ」
シェルターが確保できなかった避難民が続々と詰め込まれていく宙港区画の一部が、モニターに映し出された。
80台ある救助艇に乗り込もうという人々がごったがえし、一部では暴動も発生していたが、バイオリンの調べが流れている区画ではそれほどの混乱はないようだ。
やや映像に乱れが入るモニターの中心に、バイオリンを弾き続けるアムルの母──ミヨシ・ホウナ。そして、バイオリンのケースと荷物を持ちそばに控えるアムルの婚約者が映し出される。
そこは幸い、重力制御が働いているらしい。
サイは感じた──娘に届けられる、母の音階だ。
混乱する人々を和ませようとしているのではなく、たった一人の娘を思っての音色だ。
ふとアムルを見ると、彼女は映像を見ていられないというように視線を逸らし、手を胸の前で組み合わせている。
彼女の唇から漏れる、呻き。
「――こんな呪いで、人を縛って!」
大抵の人間はこのアムルの姿を見れば、普通に母の身を案じる娘と思うだろう。
しかし、サイの中で何かがひっかかった。
──冷静すぎる。
そしてサイは、再び思い出してしまう。父親を目の前で失ったフレイ・アルスターの狂乱ぶりを。
フレイのあの絶叫を間近で聞き、後の変貌ぶりを目の当たりにした挙句、自分の人生まで大きく変えられたサイとしては、今のアムルの態度が冷酷にすぎる気がした。
フレイが異常だっただけなのか。あの時フレイはまだ15歳で、アムルは確か25歳。大人だ。
大人が親の危機的状況を前にした時というのは、こんなものなのか?