【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part7 舞い降りる剣、再び

 

 

 

 

 時間は、少し遡り──

 アマミキョが沈み、アフロディーテがデスティニーに撃墜された、およそ3時間後。

 

 

 

 

 

 

 カズイ・バスカークは、ふと我に返った。

 そこは、ひどく薄暗く狭い空間の中。

 血と潮水と油の臭いが、あたりに充満している。

 激流に投げ出された樽のように、ひっきりなしに揺れている──

 そんな脱出用カプセル内部に、カズイはいた。

 

 

 

 ──俺たちは、何とか逃げのびられた。

 あの炎の地獄から……

 だけど。

 

 

 

 頭をゆっくり回してみる。

 カズイのすぐ正面、1mと離れていない場所に簡易ベッドがあった。

 そこには、血みどろの包帯だらけの青年が寝かされている。揺れで落ちないように、何重ものベルトでベッドに縛りつけられている状態で。

 全身ずぶ濡れで、出血もじわじわ続いている。つい先ほど、炎のど真ん中を通過した為か、カズイと同様に顔は煤で真っ黒だ。

 

 それでも彼は、ガーゼで半分覆われた唇の間から──

 かすかにだが、苦しげな呼吸を続けていた。

 

「サイ……ごめん。

 ごめん」

 

 もう何度繰り返したか知れない呟きを、カズイはまたも反芻しながら膝の間に頭を埋めてしまう。

 

「結局、俺……

 サイを、助けられない」

 

 脱出時の衝撃で方向指示器が壊れたらしいこのカプセルは、今や荒海を漂う一枚の落ち葉にすぎなかった。

 外の戦闘音と爆発音の狂想曲は、脱出後1時間ほどしてようやく静まったものの――

 カズイにとってその1時間は、1週間にも1か月にも思える長さだった。

 

 いつ撃たれても蒸発させられて沈められても全く不思議ではない、その恐怖の中。

 カズイは必死で青年の──

 サイ・アーガイルの手当てを続けていたのである。

 襲いくる自分のパニックを、ようやく抑えつけながら。

 

 戦闘がようやく終わったと分かった今でも、絶望的状況がそれほど変化したわけではなかった。

 居住空間がおおよそ直径2.5m、長さ4mほどしかないこの小さなカプセルは、既にウルマ沖10数キロの地点まで流されている。

 海上は、季節柄の暴風雨。

 元々宇宙用に作られたカプセルは、ほぼ沈みながら海流に流されていくままだ。どこへたどり着くのかもさっぱり分からない。

 アホみたいに大量の救難信号を打ち続けてはいるものの、いずれのチャンネルからも応答はない。

 

 

 

 結局、俺はダメだ……

 何も出来ない。

 

 

 

 苦しげなサイの呼吸だけが満ちる閉鎖空間の中、カズイはどんどん心を閉じ込めていく。

 

 

 

 サイは、俺なんかの為にアムルさんに立ち向かい、ここまで酷い怪我をしてしまった。

 そんなサイと俺を助ける為に、ハマーさんまで……

 なのに、俺は。

 目の前で死んでしまうだろう友達を、眺めていることしか出来ないなんて。

 

 

 

 サイの呼吸に、わずかに呻きが混じる。

 カズイはのろのろと彼ににじり寄るようにして近づき、包帯の具合を見た。

 煤で汚れた頬に浮かぶ、玉のような汗。血の気のない唇。

 腫れ上がった頬にはガーゼを当てているものの、そのガーゼも血まみれだ。

 腹部と左肩の傷は、血と潮水まみれになったワイシャツを切り裂いて手当てをし、包帯を巻いている。

 

 だが未だに出血は止まらず、包帯をじわりと紅く染めていく。

 サイの命の残りを示すように、包帯の白い部分はどんどん血の赤に浸食されていた。まだ息があるのが不思議なくらいだ。

 カズイは無気力ながらも、サイの左腕の包帯を替える作業にとりかかった。

 もうこの包帯もガーゼも使い物にならないが、カプセルにあった救急用品は、早くもサイ一人の手当てで底を尽きかけている。

 

 それでもカズイは、ガーゼをそっと外した──

 乾ききらない血の塊がぽろぽろ落ちて、両手を汚す。

 そのままカズイは、傷口に消毒液を少しずつ注ぐ。

 琥珀色のビンから液体をガーゼに浸し、傷口を拭いていく。鼻をつく強烈な薬品臭はもう慣れた。

 真っ黒に腫れ上がり、血の噴火口のようになっている傷に触れるたびに、サイの息づかいが乱れた。

 

「うぐぁっ! 

 ……う……はぁっ、うぅ……」

 

 左肩と腹を傷つけられたサイの上半身は、左側がほぼ赤黒く変色していた。

 おまけに右足の銃創もある。皮膚は激しく熱をもっていた。

 唇から漏れる、微かな呟き。

 

「さむい……

 フレ、イ……」

 

 カズイは、裂かれてぼろぼろになったサイの制服の左半分を、そっとかけてやる。

 このぐらいしか出来ない自分が歯痒く、悔しさで涙が溢れた。

 

 

 

 ──どうしてこんな俺を、サイは助けたんだ。

 こんな酷い思いまでして。

 

 

 

 溢れ出た涙は押さえられず、カズイの頬を濡らしたばかりかサイにも落ちていく。

 しかし何滴目かが、彼の煤だらけの頬を洗った時──

 

 

 ふと、サイは瞼をうっすらと開いた。

 久しぶりに見る気がした。眼鏡を外した青い瞳を。

 視点は定まらず、目の下は死の兆候を示すどす黒い隈に侵食されているが、それでもカズイはその深い青を、きれいだと感じた。

 

「カズ、イ……?」

 

 弱くなる息の中で、それでもサイは懸命に言葉を発する。

 思わずカズイは、覆いかぶさるように彼を見つめた。

 

「サイ! 

 大丈夫なのか」

「……ハマーさん、は?」

 

 それは今のカズイにとって、最も答えたくない種類の問い。

 

「……覚えて、ないのかよ」

 

 カズイはふと、サイの右肩にかかっている制服の胸ポケットを見た。

 その視線に気づき、サイはまだ動く右手で、そっと胸ポケットに触れる。

 乾いたガラス瓶の軽い音が、ごく小さく響いた。

 

「……そうだった。

 バカだな、俺。こんな……大事なこと」

 

 カズイはただただ、うなだれるしかない。

 涙が次々に、頬を伝う──

 ぐしゃぐしゃになったその頬に、不意に触れたものがあった。

 それは、ゆっくり持ち上がった、サイの右手。

 

「カズイ。

 良かった。お前が無事で」

「何、言ってんだよ……

 どうしてサイは、そんな風に……人のことばかり」

「違う。

 俺は、幸せ者だなと思って」

 

 カズイはその言葉に、思わず顔を上げる。

 どこまでも優しい空の青が、そこにあった――サイの眼差しが。

 

「いつだったか……フレイはさ。

 メンデルのあたりで、同じようにして、戦闘中にこうやって、カプセルで投げ出された。

 宇宙空間の中をだ。

 その時、フレイはたった一人だったって……キラが言ってたよ」

 

 それはカズイが全く知らなかった、フレイの顛末。

 今、こんな時に聞くなんて――

 

「キラだってそうだ。

 たった一人で、いつ死ぬか分からない戦いの中を……

 俺たち守って、一人で戦ってた。

 フレイやキラの苦しみに比べたら、俺、すごく幸せだよ。

 だってカズイが……ここに、いてくれる。

 俺は……一人じゃない」

 

 発声すら苦しいはずなのに、サイは激しい息の中で、しっかりと一言一言、カズイに語りかけた。

 声は相当掠れてはいたが、言葉ははっきりしている。

 

「サイ。今、そんな状況じゃ……

 お前、自分がどういう状態か!」

 

 カズイは涙ながらに訴えたが、サイはゆっくり首を振った。

 

「分かってる。

 ごめんな。こんなところまで、付き合わせちまって。

 ありがとな……助けてくれて。

 アムルさん傷つけてまで……俺のこと、助けて、くれて。

 俺、それだけ、言いたかった」

 

 最後のあたりは、殆どかすれ声にしかなっていない。

 息も絶え絶えにサイはそれだけ言うと、そっと右手でカズイの頬を撫でる。

 カズイは思わず、その手を両手で握りしめる。氷のように冷たかった。

 

 それでも、相手の体温に触れて安心したのか。

 サイはその瞼をゆっくり閉じた。

 何かを呟きながら──

 

「サイ! 

 馬鹿野郎、何言ってんのか分かんねぇよ!」

 

 カズイは爆発したように叫びながら、サイの頭を抱きしめる。

 

 

 

 ──はやく、みんなのところへ。

 

 

 

 カズイには、やっとそれだけしか聞き取ることが出来ない。

 どんなに耳をこらしても、サイの言葉はその命と共に、消えていく。

 

 

 

 どうしよう……

 どうしよう。どうすればいいんだよ、俺。

 このままじゃ、サイが死んでしまう……

 さっきはハマーさんがいてくれたのに、今はもう誰もいない。

 ここじゃ、逃げ出すことも出来ない。

 二年前もずっと俺を支えてくれて、退艦する時も俺を励ましてくれて、最後まで俺を見守ってくれてたサイが……

 今度こそ、いなくなってしまう! 

 

 

 

 弱くなっていく息。

 焦げた髪からは、まだ火の臭いがする。

 カズイの両手が、サイの血でまた汚れる。

 

 

 

 アムルさんを止められなかった。

 サイを疑ってしまった。

 こんな矮小で卑劣な俺なんか、もうどうなったっていい。

 俺なんか生きていたって、何もいいことなんかない。

 

 アマミキョにいたって、何もなかった。

 サイと一緒にアマミキョに行けば、こんな俺でも、何か出来るかも知れないと思ってた。

 だけど結果は──

 何一つ出来ないどころか、サイに致命傷を負わせてしまった! 

 

 なぁ……誰か、サイを助けてくれ。

 頼むから、サイを──

 

 

 

 

 祈るような、涙まじりの呟き。

 答えのない深海。

 波に揺られるだけの閉鎖空間。

 血が流れるままの友の身体。

 猛烈な血と潮の臭い。

 情けない自分の涙。

 

 

 

 

 俺なんか、こんな世界で生きていたって、仕方ない。

 たった一人、俺を信じて認めてくれて、守ってくれた。

 そんなサイすら助けられないような俺なんか……

 生きていたって、仕方ないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 閉じられていくサイの瞼を見つめながら、カズイが今度こそ完全に心を閉ざしかけた、その時──

 不意に、空間全体が大きくガコン、と音をたてて揺れた。

 何かに抱きとめられたように。

 

「!?」

 

 ずっと続いていた、荒波による不快な揺れがそれきり止まる。

 次に来たのは、自分たちが急速に上方へ移動させられている感覚。高速エレベーターに乗せられた時のように。

 戦闘音は一切しない。

 溺れていた小鳥が、やっとのことで親鳥に助け出された──

 そんな安堵が、何故かあった。

 

 

 

 

 しばらくの逡巡の後、カズイは恐る恐るハッチに手をかける。

 モニターの位置表示を見る限り、少なくとも海水が流れ込んでくることはないはず。

 サイを助けるにはどっちみち、開くしかない扉だ。

 開いた途端、撃たれる運命だったとしても──

 それでも、この中でサイが死んでいくのを眺めているよりは、ずっといい。

 

 

 

 

 重い空気音と共に、ハッチが開く。

 暗闇に慣れきったカズイの目に、痛みすら伴うほどの強烈な光が差し込んだ。

 視界に飛び込んできたものは──

 

 

 

 

 チュウザン特有の晴れ晴れとした美しい青空と、太陽。

 そしてその空よりも、素晴らしく青く輝く、8枚の翼を持つ巨神。

 

 

 

 

「あれは──」

 

 

 カズイは思い出す。

 

 ――二年前もそうだった。

 俺たちが完全に死を覚悟して、俺なんかはあの場から逃げ出そうとまでしたあの時。

 救世主のように「アイツ」は天空から降り立ったじゃないか。

 だいぶ形状が変化してはいるが、今俺たちを救ったのは──

 あれは間違いなく、「自由」の名を持つ「アイツ」のモビルスーツだ。

 

 

 燦々と降りそそぐ光の中、サイもまたうっすらとその瞼を開く。

 そして、薄れゆく意識の中でやっと呟いた──

 二年前のあの時と、同じ言葉を。

 

 

「キラ……だ」

 

 

 

 ~~~~~~

 

 次回予告

 

 

 全ては終わり、サイはキラに真実を告げる

 そして蒼き月の下、決起するフレイ

 それは大義の為か、己の希望の為か

 彼女の手により、世界は再び紛糾する

 各々が迷い、選び取った答えは果たして──

 

 

 次回、機動戦士ガンダムSEED Revelation

「動き出した時間」

 

 彼らの決意は、何を齎す。フリーダム! 

 

 

 

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