【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
時間は、少し遡り──
アマミキョが沈み、アフロディーテがデスティニーに撃墜された、およそ3時間後。
カズイ・バスカークは、ふと我に返った。
そこは、ひどく薄暗く狭い空間の中。
血と潮水と油の臭いが、あたりに充満している。
激流に投げ出された樽のように、ひっきりなしに揺れている──
そんな脱出用カプセル内部に、カズイはいた。
──俺たちは、何とか逃げのびられた。
あの炎の地獄から……
だけど。
頭をゆっくり回してみる。
カズイのすぐ正面、1mと離れていない場所に簡易ベッドがあった。
そこには、血みどろの包帯だらけの青年が寝かされている。揺れで落ちないように、何重ものベルトでベッドに縛りつけられている状態で。
全身ずぶ濡れで、出血もじわじわ続いている。つい先ほど、炎のど真ん中を通過した為か、カズイと同様に顔は煤で真っ黒だ。
それでも彼は、ガーゼで半分覆われた唇の間から──
かすかにだが、苦しげな呼吸を続けていた。
「サイ……ごめん。
ごめん」
もう何度繰り返したか知れない呟きを、カズイはまたも反芻しながら膝の間に頭を埋めてしまう。
「結局、俺……
サイを、助けられない」
脱出時の衝撃で方向指示器が壊れたらしいこのカプセルは、今や荒海を漂う一枚の落ち葉にすぎなかった。
外の戦闘音と爆発音の狂想曲は、脱出後1時間ほどしてようやく静まったものの――
カズイにとってその1時間は、1週間にも1か月にも思える長さだった。
いつ撃たれても蒸発させられて沈められても全く不思議ではない、その恐怖の中。
カズイは必死で青年の──
サイ・アーガイルの手当てを続けていたのである。
襲いくる自分のパニックを、ようやく抑えつけながら。
戦闘がようやく終わったと分かった今でも、絶望的状況がそれほど変化したわけではなかった。
居住空間がおおよそ直径2.5m、長さ4mほどしかないこの小さなカプセルは、既にウルマ沖10数キロの地点まで流されている。
海上は、季節柄の暴風雨。
元々宇宙用に作られたカプセルは、ほぼ沈みながら海流に流されていくままだ。どこへたどり着くのかもさっぱり分からない。
アホみたいに大量の救難信号を打ち続けてはいるものの、いずれのチャンネルからも応答はない。
結局、俺はダメだ……
何も出来ない。
苦しげなサイの呼吸だけが満ちる閉鎖空間の中、カズイはどんどん心を閉じ込めていく。
サイは、俺なんかの為にアムルさんに立ち向かい、ここまで酷い怪我をしてしまった。
そんなサイと俺を助ける為に、ハマーさんまで……
なのに、俺は。
目の前で死んでしまうだろう友達を、眺めていることしか出来ないなんて。
サイの呼吸に、わずかに呻きが混じる。
カズイはのろのろと彼ににじり寄るようにして近づき、包帯の具合を見た。
煤で汚れた頬に浮かぶ、玉のような汗。血の気のない唇。
腫れ上がった頬にはガーゼを当てているものの、そのガーゼも血まみれだ。
腹部と左肩の傷は、血と潮水まみれになったワイシャツを切り裂いて手当てをし、包帯を巻いている。
だが未だに出血は止まらず、包帯をじわりと紅く染めていく。
サイの命の残りを示すように、包帯の白い部分はどんどん血の赤に浸食されていた。まだ息があるのが不思議なくらいだ。
カズイは無気力ながらも、サイの左腕の包帯を替える作業にとりかかった。
もうこの包帯もガーゼも使い物にならないが、カプセルにあった救急用品は、早くもサイ一人の手当てで底を尽きかけている。
それでもカズイは、ガーゼをそっと外した──
乾ききらない血の塊がぽろぽろ落ちて、両手を汚す。
そのままカズイは、傷口に消毒液を少しずつ注ぐ。
琥珀色のビンから液体をガーゼに浸し、傷口を拭いていく。鼻をつく強烈な薬品臭はもう慣れた。
真っ黒に腫れ上がり、血の噴火口のようになっている傷に触れるたびに、サイの息づかいが乱れた。
「うぐぁっ!
……う……はぁっ、うぅ……」
左肩と腹を傷つけられたサイの上半身は、左側がほぼ赤黒く変色していた。
おまけに右足の銃創もある。皮膚は激しく熱をもっていた。
唇から漏れる、微かな呟き。
「さむい……
フレ、イ……」
カズイは、裂かれてぼろぼろになったサイの制服の左半分を、そっとかけてやる。
このぐらいしか出来ない自分が歯痒く、悔しさで涙が溢れた。
──どうしてこんな俺を、サイは助けたんだ。
こんな酷い思いまでして。
溢れ出た涙は押さえられず、カズイの頬を濡らしたばかりかサイにも落ちていく。
しかし何滴目かが、彼の煤だらけの頬を洗った時──
ふと、サイは瞼をうっすらと開いた。
久しぶりに見る気がした。眼鏡を外した青い瞳を。
視点は定まらず、目の下は死の兆候を示すどす黒い隈に侵食されているが、それでもカズイはその深い青を、きれいだと感じた。
「カズ、イ……?」
弱くなる息の中で、それでもサイは懸命に言葉を発する。
思わずカズイは、覆いかぶさるように彼を見つめた。
「サイ!
大丈夫なのか」
「……ハマーさん、は?」
それは今のカズイにとって、最も答えたくない種類の問い。
「……覚えて、ないのかよ」
カズイはふと、サイの右肩にかかっている制服の胸ポケットを見た。
その視線に気づき、サイはまだ動く右手で、そっと胸ポケットに触れる。
乾いたガラス瓶の軽い音が、ごく小さく響いた。
「……そうだった。
バカだな、俺。こんな……大事なこと」
カズイはただただ、うなだれるしかない。
涙が次々に、頬を伝う──
ぐしゃぐしゃになったその頬に、不意に触れたものがあった。
それは、ゆっくり持ち上がった、サイの右手。
「カズイ。
良かった。お前が無事で」
「何、言ってんだよ……
どうしてサイは、そんな風に……人のことばかり」
「違う。
俺は、幸せ者だなと思って」
カズイはその言葉に、思わず顔を上げる。
どこまでも優しい空の青が、そこにあった――サイの眼差しが。
「いつだったか……フレイはさ。
メンデルのあたりで、同じようにして、戦闘中にこうやって、カプセルで投げ出された。
宇宙空間の中をだ。
その時、フレイはたった一人だったって……キラが言ってたよ」
それはカズイが全く知らなかった、フレイの顛末。
今、こんな時に聞くなんて――
「キラだってそうだ。
たった一人で、いつ死ぬか分からない戦いの中を……
俺たち守って、一人で戦ってた。
フレイやキラの苦しみに比べたら、俺、すごく幸せだよ。
だってカズイが……ここに、いてくれる。
俺は……一人じゃない」
発声すら苦しいはずなのに、サイは激しい息の中で、しっかりと一言一言、カズイに語りかけた。
声は相当掠れてはいたが、言葉ははっきりしている。
「サイ。今、そんな状況じゃ……
お前、自分がどういう状態か!」
カズイは涙ながらに訴えたが、サイはゆっくり首を振った。
「分かってる。
ごめんな。こんなところまで、付き合わせちまって。
ありがとな……助けてくれて。
アムルさん傷つけてまで……俺のこと、助けて、くれて。
俺、それだけ、言いたかった」
最後のあたりは、殆どかすれ声にしかなっていない。
息も絶え絶えにサイはそれだけ言うと、そっと右手でカズイの頬を撫でる。
カズイは思わず、その手を両手で握りしめる。氷のように冷たかった。
それでも、相手の体温に触れて安心したのか。
サイはその瞼をゆっくり閉じた。
何かを呟きながら──
「サイ!
馬鹿野郎、何言ってんのか分かんねぇよ!」
カズイは爆発したように叫びながら、サイの頭を抱きしめる。
──はやく、みんなのところへ。
カズイには、やっとそれだけしか聞き取ることが出来ない。
どんなに耳をこらしても、サイの言葉はその命と共に、消えていく。
どうしよう……
どうしよう。どうすればいいんだよ、俺。
このままじゃ、サイが死んでしまう……
さっきはハマーさんがいてくれたのに、今はもう誰もいない。
ここじゃ、逃げ出すことも出来ない。
二年前もずっと俺を支えてくれて、退艦する時も俺を励ましてくれて、最後まで俺を見守ってくれてたサイが……
今度こそ、いなくなってしまう!
弱くなっていく息。
焦げた髪からは、まだ火の臭いがする。
カズイの両手が、サイの血でまた汚れる。
アムルさんを止められなかった。
サイを疑ってしまった。
こんな矮小で卑劣な俺なんか、もうどうなったっていい。
俺なんか生きていたって、何もいいことなんかない。
アマミキョにいたって、何もなかった。
サイと一緒にアマミキョに行けば、こんな俺でも、何か出来るかも知れないと思ってた。
だけど結果は──
何一つ出来ないどころか、サイに致命傷を負わせてしまった!
なぁ……誰か、サイを助けてくれ。
頼むから、サイを──
祈るような、涙まじりの呟き。
答えのない深海。
波に揺られるだけの閉鎖空間。
血が流れるままの友の身体。
猛烈な血と潮の臭い。
情けない自分の涙。
俺なんか、こんな世界で生きていたって、仕方ない。
たった一人、俺を信じて認めてくれて、守ってくれた。
そんなサイすら助けられないような俺なんか……
生きていたって、仕方ないんだ。
閉じられていくサイの瞼を見つめながら、カズイが今度こそ完全に心を閉ざしかけた、その時──
不意に、空間全体が大きくガコン、と音をたてて揺れた。
何かに抱きとめられたように。
「!?」
ずっと続いていた、荒波による不快な揺れがそれきり止まる。
次に来たのは、自分たちが急速に上方へ移動させられている感覚。高速エレベーターに乗せられた時のように。
戦闘音は一切しない。
溺れていた小鳥が、やっとのことで親鳥に助け出された──
そんな安堵が、何故かあった。
しばらくの逡巡の後、カズイは恐る恐るハッチに手をかける。
モニターの位置表示を見る限り、少なくとも海水が流れ込んでくることはないはず。
サイを助けるにはどっちみち、開くしかない扉だ。
開いた途端、撃たれる運命だったとしても──
それでも、この中でサイが死んでいくのを眺めているよりは、ずっといい。
重い空気音と共に、ハッチが開く。
暗闇に慣れきったカズイの目に、痛みすら伴うほどの強烈な光が差し込んだ。
視界に飛び込んできたものは──
チュウザン特有の晴れ晴れとした美しい青空と、太陽。
そしてその空よりも、素晴らしく青く輝く、8枚の翼を持つ巨神。
「あれは──」
カズイは思い出す。
――二年前もそうだった。
俺たちが完全に死を覚悟して、俺なんかはあの場から逃げ出そうとまでしたあの時。
救世主のように「アイツ」は天空から降り立ったじゃないか。
だいぶ形状が変化してはいるが、今俺たちを救ったのは──
あれは間違いなく、「自由」の名を持つ「アイツ」のモビルスーツだ。
燦々と降りそそぐ光の中、サイもまたうっすらとその瞼を開く。
そして、薄れゆく意識の中でやっと呟いた──
二年前のあの時と、同じ言葉を。
「キラ……だ」
~~~~~~
次回予告
全ては終わり、サイはキラに真実を告げる
そして蒼き月の下、決起するフレイ
それは大義の為か、己の希望の為か
彼女の手により、世界は再び紛糾する
各々が迷い、選び取った答えは果たして──
次回、機動戦士ガンダムSEED Revelation
「動き出した時間」
彼らの決意は、何を齎す。フリーダム!