【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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PHASE-35 動き出した時間
part1


 

 

「ほら、あーんして、あーん。

 大丈夫よ。もう怖くないでしょう?」

 

 清浄な空気が保たれた病室の中で、ルナマリア・ホークはそっとベッドの上の少年に手を貸し、いつも通り食事を丁寧に口に運んでやっていた。

 少年が恐る恐る、ルナマリアが冷ましたスプーンから粥を口にすると、そのたびに彼女は笑顔で頬を撫でる。

 

 無邪気そのもの。

 だが僅かな恐怖をまだ隠し切れず、こちらを一心に見つめてくる大きな瞳。

 頬のガーゼはまだ取れないが、可愛くてたまらない。一日中見ていても飽きない。

 まるで、シンに代わる弟分が。メイリンに代わる妹が出来たみたいだ――

 

 少年を見つめながら、ルナマリアはふとそう思う。

 

 口は一切きけない上、何かを書かせようとしても言葉がなかなか出てこないらしい。

 また、やっとのことで書きとめた単語も、全く意味をなしていないことすらあった。

 何とか分かったのは──

 彼の名が、ナオト・シライシであること。

 ガンダム・ティーダのパイロットだったこと。

 オーブでレポーターをやっていたこと。

 そして、自分たちが追い続けていたアマミキョに乗っていたこと──

 せいぜい、この程度だ。

 

 

 それでも──

 否、だからこそ、ナオトは今のルナマリアにとって、貴重な心の支えだった。

 

 

 メサイア戦役で自分たちは敗北し、ミネルバは墜とされた。

 上官であったタリア・グラディス、そして仲間のレイ・ザ・バレルを失い、妹のメイリン・ホークとも離れ離れになり。

 失意のうちにプラントに戻ったルナマリアを待っていたのは──

 

 何も出来ない仔犬同然の、この子供だった。

 

 ヤヌアリウスとディセンベル、合計6基のコロニーの崩壊。

 それによる大混乱から、全く立ち直る兆しのないプラント。

 そんな中、ザフト施設内の病院に収容され、ほぼ監禁に近い状態で治療を受けていたナオトに、ルナマリアはどうしようもない庇護欲を感じたのである。

 

 メイリンが自分の元を離れ、オーブへ行ってしまい。

 弟のように思っていたシンが、いつの間にか自分より遥かに実力をつけ──

 二人とも、自分が守るべき存在からかけ離れてしまったせいかも知れない。

 

 ナオトの頭を撫でながら、ルナマリアは自己分析をする。

 素性もよく分からない。頼る者は誰もいない。

 しかも伝達手段をほとんど持たず、大怪我をしてプラントに放り出された子供──

 

 ルナマリアは、そんなナオトを放っておくことが出来なかった。

 赤服の特権を行使して、彼女はシンをお供に、毎日のようにナオトの見舞いに来ていた。勿論名目としては、ガンダム・ティーダの情報を探るということにしていたが。

 最初こそ、ナオトはルナマリアの接触を極度に嫌がっていた──

 

 

 無理もない。私たちザフトはずっと、この子の船を攻撃していた。

 私なんて、この子の船を──

 ――絶対に撃ってはいけなかった船を。

 

 

 それでもルナマリアが手をさすり、動かない脚を診てやり、頭を撫で、全身で抱きしめたりするうちに、ナオトの表情からは次第に嫌悪が消えていった。

 尤もそれは彼女に対してだけで、シンに対してはまだ殆ど心を開こうとしてはいなかった。

 そしてシンの方も、ナオトを可愛がろうなどという気持ちは微塵もないようだった。

 仕方がない──

 シン自身、心の余裕が全くない状態なのだから。

 

 

 

 

 

PHASE-35  動き出した時間

 

 

 

 

 

「ずっと、あんな調子なのか」

 

 病室内のルナマリアとナオトの様子を、シン・アスカとアーサー・トラインは、ただじっと見ていることしか出来なかった。

 ロックのかかった重い扉。

 目の高さあたりに申し訳程度につけられた小さなガラス窓ごしに、アーサーはルナマリアを見やる。

 そういえば、結構長い間、副長と話をしていなかった──

 そう思いながらも、シンは視線をルナマリアから逸らさないまま続けた。

 

「はい。

 会話は全く出来ないし、筆談も未だにうまくいかないことも多くて……」

「彼だけじゃない。

 ルナマリアも、かい?」

「はい?」

 

 思わぬアーサーの問いに、シンは生返事になりつつも顔を上げる。

 ルナマリアは相変わらず、ナオト・シライシの頭を撫でながら、朗らかに笑っていた。

 それを見るたびに、今まで経験したこともないざわついた気持ちが生まれていく。シンの胸に。

 いつの頃からか、自分にはなかなか向けられなくなった、ルナマリアの屈託のない笑顔──

 

 

 いつからだろう。ルナが俺に笑わなくなったのは? 

 アスランがメイリンを連れて、ザフトを裏切った時から? 

 レイがいなくなった時から? 

 ミネルバが墜ちた時から? 

 アスランに月面で助けられた時から? 

 俺が、キラ・ヤマトと会った時から? それとも──

 俺がアスランとメイリンを振り切って、プラントに戻った時から? 

 

 俺には、女心なんか分からない。

 だけどルナは、そのへんの女の子とは違う。一緒にいれば心強い娘だと思っていたのに。

 

 

「いずれにせよ、君たちはザフトに戻ってきた。

 ミネルバは沈み、グラディス艦長を始め、多くの仲間を失った──

 君たちの気持ちは、よく分かっているつもりだ。しかし……」

 

 アーサーはその先を言いづらそうに、言葉を濁す。

 だが、シンがその真意をただそうとするよりも早く――

 アーサーの背後から不意に、黒い髭面の大男がぬっと現れた。彼らの逡巡を見透かすように。

 

「しっかりしたまえ、トライン艦長。

 我々ザフトがこのプラントでやるべきことは、山ほどあるのだからな」

 

 予想だにしなかったその声に。

 シンは驚きのあまり、思わず素っ頓狂な大声をあげてしまう。

 

「貴方は!? 

 ご、ご無事だったんですか?」

 

 ちょうどその時ルナマリアも病室から出てきて、彼らと鉢合わせする形となった。

 

「え? 

 まさか! ヨ……ヨダカ、隊長!?」

「やれやれ。どう生き延びたか説明しろと言わんばかりだな」

 

 彼らの前に久々に現れたヨダカ・ヤナセ。黒さの目立つ肌も唇も、濃い髭もそのままだ。

 白い歯を見せ、豪快に笑うのも変わらない。

 

「残念だが、その時間はあまりない。

 君たちミネルバJr組には、新たな任務があるのでね」

 

 そう言いつつヨダカは、背後に控える女性が差し出したメモ帳を取り上げ、当然のようにナオトの病室に入ろうとする。

 ルナマリアは慌てて、その前に立ち塞がった。

 

「よ……様子をご覧になりたいということであれば、徒労と思われます!」

「彼の状態にろくな変化が見られないのは知っているさ。

 ただ、ずっと追い続けた者としては気になってね……」

 

 軽口を装いながらも、ヨダカはルナマリアの肩ごしに、小窓を通してナオトの姿を目ざとく確認していた。

 何も知らないまま、小窓の向こうの少年はヨダカをぽかんと見つめている。

 一目見て、ヨダカの顔から笑みが消えた。

 

「酷いもんだ……」

 

 背後の女が、その背をそっとつつく。

 それに気づき、ヨダカはアーサーらに向き直った。

 

「トライン艦長。私より君が直接伝えるべきことだろう。

 ミネルバJrは問題ない、何をためらう?」

「は……はぁ」

 

 アーサーは咳払いと共に、ようやく吹っ切ったという顔でシンとルナマリアに向き直った。

 

「君たちには、ミネルバJrで再び地上に降りてもらう。

 彼──ナオト・シライシと共に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何処からか、声が聞こえる。

 自分を激しく呼ぶ声が。同時に、自分を拒絶する声が。

 

 

 

 ──しっかりしなさいよ! 

 あの船のみんなを放っといて、私を放っといて、私のところに来ようなんて……

 そんなの、許さない! 

 

 ──ナオトだってマユだって、みんな貴方を待ってる! 

 早く起きなさい。貴方は強い人なんだから! 

 

 ──そうよ。貴方はキラより、ずっと弱い癖に……

 キラより誰より、ずっと強いんだから! 

 

 

 

 声はどんどん、頭の中で大きくなる。

 耳を塞ごうとしても、両腕は動かない。身体中に少女の声が響きわたる。

 

 

 

 フレイ、駄目だ。

 行かないでくれよ……俺のそばに、ずっといてくれよ。

 どうして君は、どこにもいないんだ? 

 どうして君は、また、俺から離れた? 

 やっとまた会えて、やっと話せたと思ったのに。

 フレイはフレイじゃなくて。

 しかも俺からまた、離れて……

 君が俺から、みんなから離れたせいで、俺はまた全てを失ってしまった。

 ネネも、風間さんも、オサキも、ハマーさんも、メルーも、ナオトも、マユも、カズイも、船のみんなも──

 

 

 

 そこへ、別の声が割り込む。

 少女と同じ声だが、少女とは違う声。

 

 

 

 ──何を言っている? 

 貴様はまだ、全てを失ったわけではない。

 全てを失うなどと、軽々しく口にするな。それ以上の苦しみを味わったこともない分際で! 

 

 

 

 ……それ以上の、苦しみ? 

 今のは、君か? 

 君なのか? フレイ? 

 だったら……! 

 

 

 

 思わず手を伸ばそうとする。

 動かないはずの右手が、凄まじい重さを伴って、ようやく動きだし──

 

 

 

 

 

 

 サイ・アーガイルは戻ってきた。

 現実へ。

 

 

 

 

 

 

 目覚めた瞬間に視界に映っていたものは、少女の大きな瞳。

 紅の長い髪。

 

「フレ、イ……?」

 

 何日ぶりに発されるかも判然としない言葉を、思わず呟いていた。

 目の前で、自分を見つめる少女に向かって。

 

 

 視界は非常にぼやけている。

 目の前のこの少女は誰なのか。紅に見えた髪の色は、思ったよりもだいぶ色素が薄い。

 淡い空色の瞳──

 フレイでは、ないのか? 

 

「あらあら? 

 大変。びっくりさせてしまったようですわね」

 

 少女が少し慌てたように、額に手を当ててくる。

 ひんやりとした感触。身体は相変わらず殆ど動かない。

 全身を鋼鉄の鎖でがんじがらめにされ、縛りつけられているかのようだ。

 

「どうしましょう……

 少し、落ち着いてくださいな」

 

 少女の指の柔らかさを感じながら、サイはようやく気づいた。

 自分が全身、包帯とギプスとチューブまみれでベッドに寝かされていることと──

 目の前の少女が、フレイ・アルスターではないことに。

 

 あぁ。俺は脳みそまでどうかしたらしい。

 よりにもよってこの人と、フレイを間違えるとは──

 

「あ……

 貴方、ひょっとして!?」

 

 やっと気づいたのですねと言いたげに、少女の笑顔が揺れる。

 淡い桜色のふわりとした髪、トレードマークとも言える三日月の髪飾りと共に。

 

「ラクス……さん?」

 

 少しばかり明瞭になってきた視界の中で、ぱちん、と軽い音をたてて少女は手を叩いた。

 

「えぇ。お久しぶりです、サイ・アーガイルさん。

 私は、ラクス・クラインですわ」

 

 

 

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