【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
まさか、自分がプラントに来るなんて、思わなかった。
軍施設のガラス張りの回廊に映し出された、星々が輝く宇宙。
それを見ながら、ナオト・シライシは思う。
今彼がいるのは、リハビリ用も兼ねたザフトの実験棟だ。
砂時計型のプラント、その中心にあたる港湾部を囲むように建設されたリング状の実験棟。
それはまるで、巨大砂時計の真ん中を囲んで浮かび上がるガラスの指輪だった。
プラントは彼が収容される直前に凄まじい攻撃を受けたが、今ナオトのいる場所からでは何も見えない──
それもその筈で、一見ガラス窓のように宇宙を映し出しているのは、全て映像モニターだった。擬似的に作成された宇宙の星々の風景が回廊全面に映し出されているだけで、その向こうは分厚い1万枚以上もの防御壁で覆われている。
そして、さらにその向こうは──
ナオトは考えたくもなかった。
今でも恐らく、破壊されたプラントの残骸がそこかしこに漂っているはずだ。
ナオトはこの、久々の無重力空間の中で、誰ともまともな会話を交わせぬ日々を過ごしている。だが──
「よぅ! まーた部屋から脱走かよ?
ルナにあれだけどやされた癖に、意外と度胸あんな~」
整備士の制服を着て、茶色い前髪をケチャップのように赤く染めた少年が、リフト・グリップを伝ってガラスの空間を泳いでくる。
ナオトは急いで病院服の懐からメモ帳を出して、少年──ヴィーノ・デュプレに押しつけた。
「はぁ……
また、か?」
それを見て、もううんざりという顔でヴィーノはナオトに答える。
「ティーダ見せろとか、絶対無理なんだって。
もうアレは、俺らのもん。民間人には見せられないの」
ナオトはさらに、ヴィーノの眼前にメモを突き出す。
乗れない、僕、しか。マユが。
──何とかそこまでは解読可能な、乱雑な文字。
それを一瞥したヴィーノの表情が、少しばかり曇った。
「やっと、ここまで書けるようになったんだな。
それは褒めてやるよ。でも駄目だ」
気さくではあるが断固としてきっぱり拒否するヴィーノの態度に、ナオトは肩を落とす。
マユがまだ、助けを待っているのに。
「だから言ったろ? マユって娘については、ルナや俺よりシンに話せって。
まーだ何もしてないのかよ」
ナオトは首を振るしかない。
シン・アスカとは未だに直接、話が出来ていないのだ。
もとより他人との会話など、ルナマリアやヴィーノを介してしか出来ないナオトだったが、シンに対してはそれに加えて、恐怖があった──
ギガフロート・シネリキョで広瀬少尉から教えられた秘密を、勿論ナオトは鮮明に覚えている。
ナオトの知るマユ・アスカは、いわゆるコピーに過ぎず――
本物、つまりシン・アスカの妹であるマユは、とっくの昔に死亡していることも。
ナオトの知るマユは、チグサ・マナベの魂を覚醒させる為の媒介にすぎなかったことも──
でも、マユは、いる。
僕を待ってる。
確信があった。
シネリキョからの脱出時、彼が最後に聞いたのは、確かにマユの声だった。
──まだ、私は、ここにいるから。
分かってる。
だから助けに行くんだ、もう一度ティーダに乗って。
サイさんたちと一緒に。
祈りにも似たその確信と願いが、何もかもを失いザフトに囚われた今のナオトを生かしている全てと言えた。
だからこそ恐かった──
シン・アスカに真相をただし、どんな答えが返ってくるか、分からなくて。
煌く宇宙の映像に囲まれ、目の前で肩を落とす少年を、ヴィーノ・デュプレはじっと見つめる。
――やっぱり俺らのこと、まだ完全には信用してないんだな。
ここがプラントだと知った時の、こいつの暴れっぷりは凄かった。
腕力体力は殆どなかったものの、出ないはずの声を無理矢理に振り絞って叫ぼうとして、喉が破れかけて血を吐いたくらいだ。
ルナと俺が取り押さえたから、大事には至らなかったけど。
無理もない――と、ヴィーノは思う。
――思えば俺たちは、こいつにとってはずっと、敵だった。
俺たちがナチュラルやアークエンジェルを嫌っているのと同じくらい、こいつは俺たちを毛嫌いしてきたはずだ。ハーフとはいえ、ずっとナチュラルと一緒だったんだものな。
ルナが必死に介抱したおかげで、大分ここまでコミュニケーション出来るようにはなったけど、それでも、俺たちがやったことは──
ヴィーノは勿論、ルナマリアもシンもアーサーも誰も、ナオトにはアマミキョの件を話せていなかった。
仲のいい兄貴分がいて、大好きな女の子がいて、たくさんの仲間がいた場所。
いつも胸元のお守りを手放そうとしないナオトを見れば、あの船がどれだけ大切な場所だったかは──
特に俺たちには、すぐ分かる。
俺たちだって、帰る場所を失ったんだから。
「部屋に戻れよ、ルナの雷が落ちる前にさ。
もうすぐまた地球に降りるんだ、リハビリもちゃんとやらなきゃだぞ!」
つれなくヴィーノはそう言うと、リフト・グリップで逆方向に身体を流し始めた。
ついてきやしないかと振り返ってみると──
漆黒の宇宙で青く輝く地球を見つめながら佇む小さなナオトの姿が、遠ざかっていくのが見えた。
ここ数週間、やっとのことでナオトから聞き出した情報によると──
アマミキョを離れてから、あのギガフロートの海域で発見されるまでに、ナオトはマユも、母親も、助けてくれた仲間も、次から次へと失ったらしい。
アマミキョにいる最中にも、元々一緒にいたテレビクルーの仲間を失い、父親を失い。
助けようとした女の子を失い、船の仲間も度重なる戦闘でいなくなっていったという。
その事実を思いながら、ヴィーノは唇を噛んだ。
そんなナオトが、アマミキョ沈没の事実を知ったら──
どうなってしまうか、俺には責任が持てない。
元々、帰る場所なんてないハーフコーディネイターだ。保護してやりたいというヨダカ隊長の気持ちは分からないでもないが……
多分、今のナオトに俺たちザフトを受け入れるのは無理だ。
俺たちが、ナチュラルを受け入れがたいのと同じように。
オーブを理解出来ないのと同じように。
現に、俺は──
メイリンを奪い、レイを見捨て、ミネルバを墜とし。
しまいにはヨウランまでも、あんな目に遭わせた──
それだけでも、あのアスラン・ザラとアークエンジェルを許せない。
メイリンは死んだわけじゃない。ミネルバの仲間だって、全員がいなくなったわけじゃない。
シンだってルナだって、戻ってきた。
ヨウランだって、まだ生きている──生きている、だけだが。
それなのに、俺は絶対にアスランとアークエンジェルを許せない。
だから分かる。多分、シンもルナも分かっているんだろう。
ナオトは、決して俺たちを許さないだろうってことが。
その頃――
サイは再び、悪夢を見ていた。
海水が流れ込み、炎上するカタパルト。
黒く燃える水の上を、のそのそ這いずるようにして動く男。
背中に刺さっている鉄の破片。
炎に照らされ、黒く輝く水の上にその破片が影を落とす。
それはまるで、揺れ動く十字架。
──あれは……
さっき、俺とカズイを庇ったせいで。
ほぼ真っ黒焦げになった男に両腕で抱きかかえられながら、サイは何とか頭を回す。
行く先には、ほぼ沈みかけている無重力作業用カプセルが見えた。
数時間にも思える時間をかけて、男は流れる炎と破片を掻き分けてカプセルに辿りつき、ハッチを開く。
怒鳴り声。
後ろからやっとのことでついてきたカズイが、ネズミのように慌てふためいて乗り込んでいく。
その直後、男は最後の力でサイをカプセルに横たえた──
というより、投げ込んだと言ったほうが正しかったが。
幸い、すぐ下に備え付けの簡易ベッドがあったおかげで、それほどのダメージはなかった。
男の血まみれの右腕が、何かを掴みながらサイに伸ばされる。
数分前まで、あらゆる機器の内部を自由自在に操っていたはずのその指は、中指から小指までがちぎれて消失していた。
血みどろの手がサイの胸元に押しつけられる。口元だけでニヤリと笑って見せる男。
鼻からも唇の端からも、血が噴き出している。
「頼む
──ロゼを」
瞬間、空気音と共にハッチは閉じられ、周囲が闇に閉ざされる。
永遠に見えなくなる、男の血まみれの笑顔。
「ハマーさん!」
汗だくになりながら、サイは飛び起きた。
キラたちと話している最中、アマミキョの動向が気になって、暴れかけたところまでは覚えている。
その後、情けないことにどうやら気絶したらしい。興奮しすぎて。
窓の外は、もうすっかり夜だった。
月の光と枕元のライトだけがサイを照らしている。キラもカズイもミリアリアも出て行って──
「あれ?」
その時、サイは気づいた。
すぐそばにまだ、ラクス・クラインが腰かけていることに。
「落ち着かれました?」
思わず絶叫しかけてしまい、サイは慌てて息を止める。
ラクスは相変わらず、静かに微笑んだままだ。
「大事なものを、託されたのですね」
今の、俺の夢まで覗いてたってのかこの人は。
その驚愕を見透かすように、ラクスは言い添える。
「あ……違いますよ?
ずっと、それを握りしめていらしたので。目覚められる前から」
言われて、サイは初めて気づく──
ギプスが嵌められ、包帯だらけの左手に握られたものを。
それは、小指の大きさぐらいのガラスの小瓶。
古びたコルクで栓がされている。重さはなく、振るとかすかにカラカラと寂しげな音をたてた。
それをゆっくり、月の光に翳してみる。
黒い血痕が大量にこびりつき、3分の2が煤けているガラス瓶だが、確かにその中には見えた──
オーブでよく目にするヒマワリ。その、小さな種子が3、4粒。
それは、ロゼの種。
ハマーの娘、その唯一の形見。
ハマーさんは、自分の魂も同然のこれを──
俺なんかに託したのか。
俺が一緒に、種を植える場所を探す──
ずっとハマーさんは、そんな俺の言葉を信じていたのか。
遂に俺は、約束を果たせなかったのに。
「その種子の意味を、私は問いません。
貴方自身が、よくご存知のはずですから」
ラクスはふとサイから視線を外し、窓の外の空を見上げる。
月の光に照らされる、白い横顔。
「ただ……
一つだけ貴方にお尋ねしたくて、参りました」
「……何でしょうか」
どう答えたものか分からず、サイはつい恭しい言葉を使ってしまう。
だがラクスは、気にするそぶりもなく続けた。
「キラから聞きました。
貴方がたは、アークエンジェルと遭遇する直前に、ある海底基地へ行かれたということですね?」
オギヤカのことか。そんなこともあったな──
あの時はナオトもマユもネネも、ハマーさんもオサキも風間少尉も、みんな元気だった。
10年以上も昔のことのように思える。
「そうです。
俺ではないですが、そこでナオトが、貴方と会ったと……」
「そこにいたのは、私ではありません」
断言するラクス。
その顔に、もう笑みはない。
彼女の醸し出す静かな凄味に、サイは少し圧倒されながらも答える。
「ですから、俺じゃなくて、会ったのはナオトです。
しかも朦朧としていたっていうから、どこまで正しいか。
でも確かに、歌を聴いて、顔を見たらしいんですよ」
そのことに関して、彼女がここまで拘る理由は何だ?
ミーア・キャンベルの件があるからか、それとも……
戸惑うサイに、ラクスはさらに尋ねた。
「教えてください。
私は恐らく、彼女に会う必要があります」
あまりに唐突すぎる。
所在も分からない自分の偽物の情報を聞いて、俺にどうしろというのか。
「ミーアさんと同じ存在を生みたくないという気持ちは、俺にも分かるつもりです。
ただ、俺はこのことに関してはそれ以外に、何も……」
「そうではありません。
そしてある意味で、それは正解なのです」
何を言っているのか、さっぱり分からない。
2年前、ラクスと言葉を交わしていた時もそうだった。
彼女の言葉の意味が分からず、こっちの話を聞いているのかどうかもよく分からず、戸惑うことがしばしばあったものだ。
でも後になって考えると、実は彼女はちゃんと話を聞いた上で、自分の結論を出していることが分かる──
だからこそ恐い。
音もなくラクスは立ち上がる。
白いワンピースが、月光の下で揺れた。
「そろそろ──始まります」