【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
病院のロビーで──
メイリン・ホークはアスラン・ザラと共に、天井に据え付けられたテレビモニターを、何となく眺めていた。
ちょうどニュースの時間らしく、まだ混乱のおさまらないプラントの様子が映し出されている。
アスランを挟んで一つ隣に、アークエンジェルで仲良くなれたミリアリア・ハウがいる。
サイ・アーガイルを見舞いに来たキラたちと、メイリン一行は待ち合わせをしていた。
サイは数日前にやっと目を覚ましたが、まだ立ち上がるのがやっとの状態だそうだ。
「お疲れさま」
背後からマリュー・ラミアスに声をかけられ、メイリンは振り返る。
彼女はちょっと性格の軽そうな、金髪の男性と一緒だった──
ムウ・ラ・フラガ。先の戦いで、奇跡的な再会を果たしたという彼女の仲間であり、恋人。
それ以外のことは、メイリンもあまりよくは知らない。
メイリンたちから少し距離を置いて、カズイ・バスカークが座っていた。
キラたちの旧友と聞いていたが、まるで自分とアークエンジェルは関係ないと言いたげに無関心を装い、ミリアリアにすら話しかけようとしていない。サイとは縁が深い人物のはずなのに。
メイリンは思う──
やっぱり自分やアスランは、本質的にナチュラルとは相容れないのか。
ミリアリアやマリューと話をしているだけなら、そうは感じないのだけど。
お姉ちゃん、大丈夫かな──
メイリンは、もう戻れるはずのないプラントをテレビ画面で見つめながら、ふとため息をつく。
オーブに来て、アスランと一緒に街を歩いていても──
差別というほどはっきりしたものではないけれど、人がメイリンたちを見る目は明らかに変化する。コーディネイターというだけで。
デパートの化粧品売り場で、自分はプラント出身のコーディネイターだと明かした時もそうだった。
「優秀でいらっしゃるのですねぇ」と、店員は何気なく笑っていた。
アスランには怒られたが、肌の状態を正確に伝える為には、コーディネイターである事実は伝えておく必要がある──メイリンはそう判断したのだ。
女の肌はデリケートなものなんだから。ナチュラル用のローションを渡されて、肌が荒れたら大変だろう。そもそもプラントとオーブ、つまり宇宙と地上とでは、身体が成長する環境も大きく違う。肌に合う化粧品も違ってくる。
これは差別でも何でもなく、正当な、女としての判断だ。
なのに──
あの店員の態度が、どことなくメイリンには引っかかった。
オーブは、ナチュラルとコーディネイターが共存出来る国のはずだ。だからこそメイリンも、アスランと共にオーブで暮らすと決めたのだし──
ミリアリアもマリューもキラも、そして首長のカガリ・ユラ・アスハも、同じ志を持っているはずだ。
なのに、何だろう? 人々から感じる、コーディネイターに対する、妙な──
憎悪や嫉妬というほどはっきりしたものではないが、単なる羨望と片づけるにはどうにももやもやする、感情は。
違和感。
そう――この言葉が最もしっくりくる。
どうも、自分は他とは違うと見られているような。
シンが再びオーブに戻ろうとしなかった理由は、分かる。彼にとって、つらい思い出が多すぎるからなのだろう。
だが姉のルナマリアが、自分と一緒にオーブで暮らすと言ってくれなかったのは──
実際に暮らせるかはともかく、そのことに触れてもくれなかったのは、何故なんだろう。
この違和感の正体を、瞬時に理解出来たからなのか。それとも、シンやプラントが心配だったからなのか。
アスランにしてもよくよく観察してみると、普通に会話をしているナチュラルはカガリにミリアリアぐらいのものだ。
キラの友人だというサイに対しては分からないが、マリューやフラガにですら、仕事以外で積極的に話をしているのを見たことがない。2年前の戦いで、果たして本当に連携が取れていたのか怪しくなるくらいだ。
メイリンはそっと、アスランを見上げる。
サングラスの奥に見え隠れするエメラルドの瞳は、自分をちゃんと見てくれたことがあっただろうか──
あの雷雨の夜以降、何もかも捨ててここまでついてきた自分を、アスランはちゃんと見てくれているだろうか。
自分が感じている不安を、同じように感じているだろうか。
だが同時にメイリンは、こうも思う。
ミネルバである程度開花した、自分の能力。
特に情報処理――というかハッキングの才能は、自分自身さえも驚愕するレベルのものだった。
それはオーブで、どれだけ通用するだろうか。これからは自分の力で、オーブでも生きていく必要があるのだから。
アスランに頼るのではない。逆に、彼の力になれるように――
その時、メイリンの心を見透かしたかのように。
眼前のテレビモニターが突如、乱れた。
ニュース速報を伝える、緊迫したアナウンサーの声がロビーに響く。
『──これが、先ほどから南チュウザンより公開されている映像です。
宗教の復活を宣言して以降、沈黙を守っていたタロミ・チャチャに、再び動きが見られました。
この映像は、地球全土とプラントに向けて配信されております──』
メイリンのみならず、ロビー中の殆どの視線がモニターに一斉に注がれた。
そこでは──
青い満月の下、収容人数7万人はあろうかという巨大なスタジアム然とした建造物が輝いている。
屋根はないが、降りそそぐ照明と月光で、グラウンドの芝生が金色に光り輝き波打っている。
その中心に――
まるで天空の月を目指すかのような、巨大な階段が備え付けられていた。
天空への階段はアナウンサーの言葉を借りると、どうやら「祭壇」らしい。
月に照らされ銀色に煌く壇上に、今──
一人の少女が背を伸ばし、決然と立っていた。
カメラはまっすぐに、その少女を捉えている。
長い紅の髪。白い肌。
スタジアムの光を映すその瞳は、月と同じ銀に輝く。
スタジアムは少女を中心として、その美しさを讃える観衆で満員だ。歓声が満ち満ちているのが、画面ごしでも分かる。
その圧倒的な群衆の声を全くものともせず、少女は肩に落ちた髪を払う。
彼女が優雅に右手を挙げると、さらに観衆は昂ぶった。
ザフトの赤服に形状がよく似た軍服を纏ってはいるが、大きく違う点が一つ──
ベースとなる色が、真っ黒という点だ。
ちょうど、赤服の赤と黒を逆にしたような軍服。
明らかにザフトを模倣している一方で、まるで自分はザフトとは絶対に違うと主張しているかのように、メイリンには思えた。
壇上の少女一人を守るように、彼女の周囲には無数のモビルスーツが傅いていた。黒くカラーリングされたダガーLがやたら多いが、それ以外の機体もちらほら見える。
ウィンダムに、ジンに、ゲイツ――連合とザフトの量産機がごっちゃになっており、正直意味が分からない。
そしてちょうど少女の背後に立つ、とあるモビルスーツを見て──
メイリンは息をのんだ。
あれは、ストライクフリーダムじゃないか。
色こそ真紅に染められてはいたが、あれは確かにストライクフリーダムだ。
キラ・ヤマトの愛機の。
メイリンは思わず、キラとミリアリアを振り返ったが──
その二人は完全に、別のことに目を奪われていた。
少し後ろで見守るマリューにしても、動揺を隠せていない。その横で、フラガが静かに唇を噛んでいる。
キラが幽霊のように、ふらりと立ち上がる。まるで画面の少女に引き付けられるように。
今にも倒れそうになるキラ・ヤマトなんて、メイリンは初めて見た。
アスランが慌てて、そんなキラを支える。ミリアリアが呟く──
「どうして?
……どうして、フレイが?」
そうか。あれが皆の言っていた、フレイ・アルスターか。
サイ・アーガイルの元婚約者で、キラの元恋人で、2年前亡くなったはずの。
そしてつい先日、またサイと共にアークエンジェルに現れて、キラに心身共に大ダメージを与えたという──
その彼女が今更、一体何をしようというのだろう?
「あれは偽りのはずだ。
お前がそう言っていたじゃないか、キラ!」
アスランが叫んでいる。
だがキラはその瞳を画面に釘づけにしたまま、言葉を発せない。
彼らの動揺を見透かすが如く、画面の少女は不敵に微笑んだ。
月の下、風に靡く紅の髪。
その背後で、血染めのストライクフリーダムの、双眸が煌く。
少女は、歌うように語り始めた。
自分の意思を。自分の存在を。
《この映像を見聞きする、全ての人々よ。
突然の無礼を、許していただきたい。
私は、
元連合事務次官・ジョージ・アルスターの娘。
3年前の戦争で父を亡くし、連合軍に志願し、偶像として祀り上げられかかった女だ。
──だが、運命に翻弄されるだけだったフレイ・アルスターはもういない。
今の私はタロミ・チャチャの第三王妃として、南チュウザン軍を率いている。
神の復活が成り、人類が進化の曲がり角に至った現在だからこそ──
こうして公共の電波を使用して、話をさせていただくこととした》
世界中に響いていく、彼女の言葉。
そしてその言葉は、
――第三王妃? タロミ・チャチャの?
フレイ……
一体君は、何を言ってる?
《有史以来、人は絶え間ない進化を続けてきた。
人より強く、人より多く。
人より早く、人より長く。
どれだけ技術が進もうと、どれだけ美しい芸術が生み出されようと──
人が歩みを止めることは、なかった。
遂に人は人自身を進化させ、はるか宇宙における生活を実現させるまで至った。
AD時代の終わり、人は神をも凌駕し、神を忘れ去った。
その結果が──
極限まで破壊された、現状だ》
《大地は削られ、海も空も汚れ、おびただしい血が流され。
幾多のコロニーが宇宙の塵と化した。
これが、人の望んだ未来か?
コーディネイターの始祖たる、ジョージ・グレンの望んだ未来か?
誰もがそんな疑問を抱きながら、どういうわけか、戦うことをやめられなかった》
《人より優秀であれ。
そんな人の業こそが、人類をここまで進歩させてきたことは否定しない。
だが──
もう、いいのではないか?》
もう、いいって?
どういう意味だ、フレイ?
人が生きるために必死になるのは、当たり前のことだろ?
俺だって、君から見たら駄目な奴かも知れないけど、それでもここまで……
《人がなぜ、業苦を重ねながらも進化を続けてきたか。
なぜ、人より優秀であろうとするのか。
究極には──
平穏に、他者を愛し、他者を敬い、ゆったりとした時間の中で……
貧困にも病にも災いにも、争いにも飢えにも悩まされることなく、ささやかな夢をもち、子を産み育て、芸術を尊び。
つつましくも幸せに、暮らしたいからではないのか?》
そういえば──君はどこかで、同じことを言っていた気がする。
俺は──なんて答えた? あの時。
《なのになぜ、これほど進化しても、人は自ら業苦を選ぶ?
戦わなければ、生き延びられないからか。
戦わなければ、飢えるからか。
戦わなければ、自我を保てぬからか。
戦わなければ、愛する者を守れぬからか?》
そうだよ。
俺だって君だって、戦わなきゃアマミキョを守れなかった。
──戦ったところで、結局、このていたらくだったけどな。
《人は何故か、争いをやめられない。
人類史上でも極めて稀な、戦争なき平和な時代においてさえ――
人は絶えず上を目指し、勤勉に勤勉に働き続けてきた。
自らの暮らしのために。
自らの理想のために。夢のために。
人とは常に上を目指し、争うもの。
人とは常に優秀なものを妬み、劣悪なるものを蔑むもの。
それが人の業だと──
当然の如く言われ、人は常に戦いを、変化を、成長を強いられた》
《だがその、進化を望む心こそが――
戦いばかりの現状をもたらした。
考えてみてほしい。もう、いいのではないか?
老若男女、酷暑の中も酷寒の中もあくせく働き続けて、そこに平穏はあったか?
必死に働いて、どうにか生きるだけの金を得ても、それに見合うだけの安寧はあったか?
生きるために働くのか。働くために生きるのか。
AD時代からこれまで、手段と目的が逆転している人間がほとんどであった!!》
《その究極が、戦争だ。
この、互いが互いを殲滅しあう戦争だ。
生きるために戦うはずが、戦うためにのみ生きる人間が大量に生み出されていく。
人の宿業の究極が、最悪の形で現れた!
憎しみが憎しみを呼ぶ、従来の戦争ではありえなかった殲滅戦が行われ、多くの人命が淘汰され──
もはや地表にもコロニーにも、安寧の場所はなくなった!》
《だから私はこれより、その業を取り去る!
もう人は、進化する必要はない!
もう人は、ありもしない幻想を目指す必要はない!
地獄の労働も、業苦の競争も、その果ての戦争も、もうたくさんだ!
ただ、平穏のみを求めればそれでよい!》
昂ぶる少女の声と共にどよめき、熱狂する観衆。
《デュランダル議長の提案したディスティニープランは、理想に近いものではあった。
だが彼は、最も重要な点を見落としたがゆえに、失脚した。
それは、人の業。
上へ行きたいと願う、人の業。
他者より優越でありたいと望む、人の業。
それは、「自由」を望む人の願い。
その願いが人を滅ぼすというのならば、我々は──
人の業を、取り去る。
人は業から解き放たれ、真の自由を取り戻す!
忘れ去られた神の復活によって、それは可能となった。
人の世界から戦いを消す技術を、タロミ・チャチャは生み出した!
神は人の罪を、宿命を全て赦し、平穏を与えられる!》
それが出来ないから、今までみんな苦労してきたんじゃないか。
戦いを消す技術? 馬鹿なことを。
君なら出来るってのか? 人の願いまで操作するなんて。そんなの、ファンタジーでしかありえない。
それに、忘れちゃいけないだろ。
君が業だっていう、人の願いを取り去ったら、人は……
《誰も戦わず、誰も傷つかない世界を望むか。
土を耕し、自然に感謝して豊かに生き、寿命をまっとうする世界を望むか。
ならば──私に続け!
人がまことの平和を取り戻すため、最後の革命を、私が起こす!》
そうだ──同じことを、俺は聞かれた。
同じ選択を、俺は迫られた。
あの時、俺の願いを叶える力があると、君は言った。
一体、どうやって……?