【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part6 紅の瞳と荒れ狂う少年

 

 

「少し、落ち着いた?」

 

 ぜぇぜぇ息を弾ませながら病室に戻ったナオトを、ルナマリアはようやくベッドに座らせることに成功した。

 

 先ほどのチュウザンの映像は、この子にとっては相当の衝撃だったに違いない。

 ただでさえ壊れる寸前の心に叩き込まれた、あの破壊と殺戮の洪水。

 そして、フレイ・アルスターの存在。

 

 ナオトは彼女と、その背後にいたモビルスーツを見た瞬間、痙攣まで起こしかけていた。

 あの、真っ赤なモビルスーツ──

 シンの宿敵・ストライクフリーダムによく似た形状の、上から下まで血を浴びたような赤い機体。

 

 ナオトはルナマリアの上着の裾をぎゅっと握りしめ、くいくいと軽く引っ張る。

 メモが欲しい時の仕草だ。スカートを引っ張るような馬鹿な真似はしないあたりが、可愛らしい。

 ルナマリアがメモを手渡すと、少年は震える手でペンを握りしめ、書きつける。

 

 

 ──サイさん、は、どこ。

 

 

 瞬間、絶望と諦念がルナマリアの胸を駆け巡る。

 

 あぁ──ついに、この時が来てしまった。

 アマミキョが、乗員がどうなったか。私たちが何をしたか。

 私はまだ、何も話していない! 

 

 

 ──アマミキョ、は、どこ。

 

 

 ルナマリアでなければ殆ど読めない文字で、ナオトは必死に問い続ける。

 

 

 ──マユ、は? 

 

 

「……ナオト、ごめん。

 よく聞いて」

 

 ルナマリアは彼の真正面に座り直したが、その先を続けられない。

 

 アマミキョは――

 私が、潰してしまったんだ。

 

 何度もナオトのメモに出てきた、サイ、マユ、カズイ、オサキ、ヒスイなどの言葉。

 皆、アマミキョで行動を共にした人物なのだろう。

 その中には、フレイという単語も勿論あった。

 フレイやマユと一緒に、ナオトはアマミキョを離れ、例のギガフロートに移り、そしてティーダの実験に使われた──

 ギガフロートで、ナオトは母親を失い、仲間を失った。

 そこまでは、ナオトのメモ経由の情報でルナマリアも理解している。

 

 だが幸か不幸か、マユについての話をシン・アスカは全く耳にしていなかった。

 シンはナオトに殆ど触れようともしなかったし、ルナマリアもまた、今のシンにマユの話をするのは、いささか危険な気もしていたからだ。

 

 

 ──サイさん、は。

 マユは。

 みんな、は? 

 

 

 ルナマリアの臍下あたりが、ぎゅっと縮こまる。

 戦闘でも、こんな思いをしたことはなかったのに。

 

「ナオト。

 あのね……」

 

 ――だが、その時。

 ひどい逡巡を続けるルナマリアの思考を、突如断ち切る声が響いた。

 

「言う必要ないぜ、ルナ」

 

 いつの間に病室に入ってきたのか。

 シン・アスカが白い壁にもたれ、腕組みをしたまま突っ立っていた。

 

 うっかり、ロックを忘れていた。

 慌ててルナマリアは立ち上がるが、シンの言葉の方が早かった。

 燃えたぎる紅い瞳。

 

 

「アマミキョは沈んだよ。

 俺が撃ったからな!」

 

 

 一体全体、シンは何を言い出したのか。

 元々白かったナオトの頬が、一気に蒼白を超えて灰色すら帯びてくる。

 大きな目が、痛々しく見開かれる──

 白目に走る毛細血管から、血が噴き出しそうだ。

 

 シンはそんなナオトにつかつかと歩み寄り、ルナマリアまで見降ろしながらさらに言い放つ。

 

 

「誰も言わないから、言ってやるよ。

 お前の大事な船も、仲間も、全部俺が殺った。

 仕方ないだろ、戦争なんだからな!」

 

 

 ルナマリアは何がなんだか分からない。

 これは、本当にシンの言葉なのか? 

 こんなことをシンが言うはずがない。彼が一番嫌うはずの言葉じゃないのか──

「戦争だから、仕方ない」なんて! 

 

 

「シン! 

 いい加減にしてっ! 何を言っているか分かってんの!?」

「分かってるさ。こいつに事実を教えてるんだ! 

 言っとくけどな、俺たちはアマミキョを最初から撃とうとしたわけじゃない。

 偽善だろうが民間船だ、撃てばお咎めは当然だからな。

 むしろ、守ろうとしたんだぜ? あの、フレイ・アルスターたちから!」

 

 

 そう──

 シンもルナマリアも、薄々気づいていた。ヨダカ経由の情報もあったからだが。

 あの紅のストライクに乗っていたのは、ついさっきまで堂々と演説を行なっていたフレイ・アルスターであることは、間違いない事実だと。

 

 最初は大軍を率いてアマミキョに襲いかかり、途中から何故か船を守ろうとした、あの不可思議なモビルスーツ──

 その矛盾がシンの怒りを買い、ルナマリアを惑わせた。

 

 ――そしてレイ・ザ・バレルは、何故かほぼ全てを見抜いていた。

 あの後、レイは言ったのだ。あの女は、フレイ・アルスターだと。

 一体何のことだか、その時のシンたちには意味がさっぱり分からなかったが。

 

 

「だがな、あんな戦闘中には何があったっておかしくない。

 しかもアマミキョは、俺たちを攻撃してきた! 

 結局俺は、あの紅い機体と戦ってる最中に、船を撃った」

「シン!」

 

 違う、違う、違う。

 アマミキョを撃ったのはシンじゃない。アマミキョは反撃なんてしてない! 

 

 だがナオトを見ていると、どうしてもルナマリアの喉からその一言が出てこない。

 シンは構わず、彼女の声を叩きふせる。

 

 

「うるさい! 

 過去はさっさと忘れりゃいい、そうアスランだって言ってたじゃないか! 

 花が吹き飛ばされたら、また植えりゃいいんだろう!」

 

 

 ルナマリアはようやく理解した──

 シン自身の傷が、全く癒えていないどころか、さらに深くなっていたことを。

 

 

 メサイア戦の後。

 シンはルナマリアを伴いアスラン、メイリンと再会した──

 オーブの、全てが破壊された浜辺で。

 そこでシンは、キラ・ヤマトと会った。

 シンが仇と信じていた、フリーダムのパイロット。

 ごくごく普通の、ちょっと内向的にも見える柔和な青年だった。

 

 キラはシンに手を差し伸べ、こう言ったのだ──

 花が吹き飛ばされても、僕たちはまた植えると。

 そしてシンは、その手を取った。

 一緒に戦う。そう誓った。

 

 

 ──と、思っていたのに。

 結局シンは、納得なんかしていなかった。

 キラの言葉も、アスランの想いも、シンには何も届いていないんだ。

 

 何なのよ。

 何だったのよ、一体! 

 

 ルナマリアは叫ぼうとしたが──

 ずっと腕の中で震えていただけだったナオトが突如、彼女を振り払った。

 思いがけず突き飛ばされ、ルナマリアはベッドに倒されてしまう。

 

「――!」

 

 次の瞬間にはもう、ナオトはそこにはおらず──

 点滴スタンドを両手に槍の如く構え、真っ直ぐシンを睨みつけている、包帯だらけの小さな獣がいた。

 眼球が飛び出しかねないほど目を見開き、歯が剥かれる。

 恐ろしい歯ぎしりが、叫びの代わりに漏れていく。

 シンを噛み殺さんばかりの勢いで、包帯の巻かれた細い両脚が、床を蹴った。

 何も言葉を発さなくても、全身で少年は叫んでいた。

 

 

 許さない。

 許さない、許さない許さない許さない許さない許さない許さない!! 

 

 

 溢れんばかりの憎悪が部屋中を満たし、一気にシン一人に襲いかかる。

 それでもシンはまっすぐに相手を見据えたまま、動かない。

 紅の瞳はじっと、狂犬となったナオトを凝視したままだ。

 

 ――シン。

 一体、何を考えているの? 

 

 ルナマリアには、さっぱり理解が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

「ねぇ。

 あのフレイは、何?」

「ラクスさんも大概だけど、お前もお前だな。だしぬけに……

 俺が聞きたいよ」

「タロミ・チャチャの第三王妃だなんて、君は知ってたの?」

「知るわけないだろ。俺は……」

 

 婚約まで復活させたのに──と言おうとして、サイは黙った。

 

 衝撃の演説を見せられた、その数十分後。

 何とか薬で落ち着いたばかりのサイの病室に、キラはアスランを伴いやってきた。

 尤も、アスランはキラの背後で話を聞いているだけで、サイとは話そうともしていなかったが。

 そういや、ニコルたちの前で気絶して以来の再会だったな。何故か全く、彼らのことを聞いてこないが。

 

「サイはずっと、一緒にいたんだよね?」

 

 尋ねてくるキラの瞳には、感情らしきものが全くない。

 そんな彼に、アスランでさえも若干戸惑っているようだ。

 

「肝心なことは、何も聞けてない」

 

 ぶっきらぼうにそう言い放つと、サイは毛布を被った。

 畜生、何だって『王女』じゃなくて『王妃』なんだ。俺はまた、婚約者をぶんどられたってのか。呑気に気絶している間に。

 

「サイ!」

 

 キラの手は無造作にサイの右腕をつかみ、毛布へ逃げ込ませようとしなかった。

 

「僕はもう分かってるんだ。君だってもう、分かっているんでしょ? 

 あのフレイは、フレイじゃない。

 フレイを利用して、何かしようとしてる。それは絶対、許せることじゃない!」

 

 許せない──か。

 ずっと一緒にいなかったから、お前はそう言えるんだろうな。

 お前はただ一人、本当のフレイ・アルスターしか愛さない。

 俺みたいに、偽者にまで惚れてしまう方がどうかしてるんだろう。

 

「お前はやっぱり、純粋なんだな。

 俺はもう誑かされちまったよ……結果、このザマだ」

「話して」

 

 キラはぴくりとも笑わない。

 

「知ってることを、全部話して。

 ラクスが……怯えてるんだ」

 

 

 

 

 

 

 一撃、二撃、三撃。

 点滴スタンドの支柱部分が、棍棒となってシンの両肩を打つ。

 さらに打撃は続き、激しく振り回される点滴袋で、左の頬が打たれた。

 

 あぁ――

 アスハやアスランに噛みつく俺って、こんなだったのかな。

 

 痛みに耐えながら、シンは思う。

 

 俺、一体何してんだ。自分の行動が分からない。

 当たり前だが──あの浜辺での、キラ・ヤマトやアスランの言葉に納得したわけじゃない。

 するわけがない。

 納得してしまうことは、傷ついたミネルバの皆、死んでいった家族、ステラ、レイ、艦長、議長――

 何より、自分に対する裏切りだ。

 

 後から考えたら、実に腹ただしかった。

 あの時キラ・ヤマトに手を差し出してしまった自分が。

 何であんな言葉に、俺は──! 

 

 だから、ぶつけてみた。自分と同じ傷を持つ、小さな子供に。

 見せつけたかったのかも知れない。あの時の自分に。

 同じ言葉を、仇と言える相手からぶつけられた時、本来はどういう態度になるのか。

 

 結果として俺は──

 今、殴られるままになっている。

 

 キラやアスランをこういう目に遭わすべきだったのか、俺は? 

 思う存分、殴ればよかったのか? 

 

 

 そう思った瞬間、側頭部に鈍い一撃を喰らった。

 同時に腹に蹴り。

 さすがにこいつも、モビルスーツである程度訓練されただけはある。今のは意外にキツかった──

 しかし、シンは絶対に反撃をしなかった。

 馬鹿なことを、と自分で思う。

 

 ――殴るだけ殴らせたって、こいつの恨みが消えるわけじゃなし。

 俺がそうだったように。

 

 次いでまた、頬に何撃かを喰らう。

 いつの間にかキス出来そうな距離まで近づいてきたナオトに、ガーゼだらけの拳をこめかみに喰らう。

 充血した白目が見えた。

 大きく喉が開かれ、激しい擦過音らしきものが聞こえる。

 声を出されていたなら、恐らくそれだけで鼓膜が破壊されただろう。

 襟ぐりを掴まれ、そのまま壁ぞいにずるずると倒される。

 それでもシンは叫んだ。

 

「忘れろって言ってんだよ! 

 恨みなんて、持ってるだけ損だっ!」

 

 自分の言葉とも思えない単語が、次から次へと出てくる。

 

 こいつを傷つけて何をしたいんだ、俺は。

 八つ当たりなのか、結局──

 最低だろ、俺。

 

 一旦そこで、ナオトは引き下がる。

 勿論攻撃を止めたわけじゃない、次の攻撃に備える為だ。

 倒れたまま、それでも身構えるシン。

 点滴台を持ち上げるナオト。二つの点滴袋を支える五又の脚部、その先にある小さな車輪が、空中でカラカラ音を立てて回っている。

 

 多分、次に来るのはあの車輪の一撃。

 アレ喰らったら、さすがに結構ヤバ――

 

 

 その瞬間、シンのすぐ横から紅いものが飛び込んだ。

 叫びと共に。

 

「ナオト! 

 ……駄目ぇっ!」

 

 

 

 

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