【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「少し、落ち着いた?」
ぜぇぜぇ息を弾ませながら病室に戻ったナオトを、ルナマリアはようやくベッドに座らせることに成功した。
先ほどのチュウザンの映像は、この子にとっては相当の衝撃だったに違いない。
ただでさえ壊れる寸前の心に叩き込まれた、あの破壊と殺戮の洪水。
そして、フレイ・アルスターの存在。
ナオトは彼女と、その背後にいたモビルスーツを見た瞬間、痙攣まで起こしかけていた。
あの、真っ赤なモビルスーツ──
シンの宿敵・ストライクフリーダムによく似た形状の、上から下まで血を浴びたような赤い機体。
ナオトはルナマリアの上着の裾をぎゅっと握りしめ、くいくいと軽く引っ張る。
メモが欲しい時の仕草だ。スカートを引っ張るような馬鹿な真似はしないあたりが、可愛らしい。
ルナマリアがメモを手渡すと、少年は震える手でペンを握りしめ、書きつける。
──サイさん、は、どこ。
瞬間、絶望と諦念がルナマリアの胸を駆け巡る。
あぁ──ついに、この時が来てしまった。
アマミキョが、乗員がどうなったか。私たちが何をしたか。
私はまだ、何も話していない!
──アマミキョ、は、どこ。
ルナマリアでなければ殆ど読めない文字で、ナオトは必死に問い続ける。
──マユ、は?
「……ナオト、ごめん。
よく聞いて」
ルナマリアは彼の真正面に座り直したが、その先を続けられない。
アマミキョは――
私が、潰してしまったんだ。
何度もナオトのメモに出てきた、サイ、マユ、カズイ、オサキ、ヒスイなどの言葉。
皆、アマミキョで行動を共にした人物なのだろう。
その中には、フレイという単語も勿論あった。
フレイやマユと一緒に、ナオトはアマミキョを離れ、例のギガフロートに移り、そしてティーダの実験に使われた──
ギガフロートで、ナオトは母親を失い、仲間を失った。
そこまでは、ナオトのメモ経由の情報でルナマリアも理解している。
だが幸か不幸か、マユについての話をシン・アスカは全く耳にしていなかった。
シンはナオトに殆ど触れようともしなかったし、ルナマリアもまた、今のシンにマユの話をするのは、いささか危険な気もしていたからだ。
──サイさん、は。
マユは。
みんな、は?
ルナマリアの臍下あたりが、ぎゅっと縮こまる。
戦闘でも、こんな思いをしたことはなかったのに。
「ナオト。
あのね……」
――だが、その時。
ひどい逡巡を続けるルナマリアの思考を、突如断ち切る声が響いた。
「言う必要ないぜ、ルナ」
いつの間に病室に入ってきたのか。
シン・アスカが白い壁にもたれ、腕組みをしたまま突っ立っていた。
うっかり、ロックを忘れていた。
慌ててルナマリアは立ち上がるが、シンの言葉の方が早かった。
燃えたぎる紅い瞳。
「アマミキョは沈んだよ。
俺が撃ったからな!」
一体全体、シンは何を言い出したのか。
元々白かったナオトの頬が、一気に蒼白を超えて灰色すら帯びてくる。
大きな目が、痛々しく見開かれる──
白目に走る毛細血管から、血が噴き出しそうだ。
シンはそんなナオトにつかつかと歩み寄り、ルナマリアまで見降ろしながらさらに言い放つ。
「誰も言わないから、言ってやるよ。
お前の大事な船も、仲間も、全部俺が殺った。
仕方ないだろ、戦争なんだからな!」
ルナマリアは何がなんだか分からない。
これは、本当にシンの言葉なのか?
こんなことをシンが言うはずがない。彼が一番嫌うはずの言葉じゃないのか──
「戦争だから、仕方ない」なんて!
「シン!
いい加減にしてっ! 何を言っているか分かってんの!?」
「分かってるさ。こいつに事実を教えてるんだ!
言っとくけどな、俺たちはアマミキョを最初から撃とうとしたわけじゃない。
偽善だろうが民間船だ、撃てばお咎めは当然だからな。
むしろ、守ろうとしたんだぜ? あの、フレイ・アルスターたちから!」
そう──
シンもルナマリアも、薄々気づいていた。ヨダカ経由の情報もあったからだが。
あの紅のストライクに乗っていたのは、ついさっきまで堂々と演説を行なっていたフレイ・アルスターであることは、間違いない事実だと。
最初は大軍を率いてアマミキョに襲いかかり、途中から何故か船を守ろうとした、あの不可思議なモビルスーツ──
その矛盾がシンの怒りを買い、ルナマリアを惑わせた。
――そしてレイ・ザ・バレルは、何故かほぼ全てを見抜いていた。
あの後、レイは言ったのだ。あの女は、フレイ・アルスターだと。
一体何のことだか、その時のシンたちには意味がさっぱり分からなかったが。
「だがな、あんな戦闘中には何があったっておかしくない。
しかもアマミキョは、俺たちを攻撃してきた!
結局俺は、あの紅い機体と戦ってる最中に、船を撃った」
「シン!」
違う、違う、違う。
アマミキョを撃ったのはシンじゃない。アマミキョは反撃なんてしてない!
だがナオトを見ていると、どうしてもルナマリアの喉からその一言が出てこない。
シンは構わず、彼女の声を叩きふせる。
「うるさい!
過去はさっさと忘れりゃいい、そうアスランだって言ってたじゃないか!
花が吹き飛ばされたら、また植えりゃいいんだろう!」
ルナマリアはようやく理解した──
シン自身の傷が、全く癒えていないどころか、さらに深くなっていたことを。
メサイア戦の後。
シンはルナマリアを伴いアスラン、メイリンと再会した──
オーブの、全てが破壊された浜辺で。
そこでシンは、キラ・ヤマトと会った。
シンが仇と信じていた、フリーダムのパイロット。
ごくごく普通の、ちょっと内向的にも見える柔和な青年だった。
キラはシンに手を差し伸べ、こう言ったのだ──
花が吹き飛ばされても、僕たちはまた植えると。
そしてシンは、その手を取った。
一緒に戦う。そう誓った。
──と、思っていたのに。
結局シンは、納得なんかしていなかった。
キラの言葉も、アスランの想いも、シンには何も届いていないんだ。
何なのよ。
何だったのよ、一体!
ルナマリアは叫ぼうとしたが──
ずっと腕の中で震えていただけだったナオトが突如、彼女を振り払った。
思いがけず突き飛ばされ、ルナマリアはベッドに倒されてしまう。
「――!」
次の瞬間にはもう、ナオトはそこにはおらず──
点滴スタンドを両手に槍の如く構え、真っ直ぐシンを睨みつけている、包帯だらけの小さな獣がいた。
眼球が飛び出しかねないほど目を見開き、歯が剥かれる。
恐ろしい歯ぎしりが、叫びの代わりに漏れていく。
シンを噛み殺さんばかりの勢いで、包帯の巻かれた細い両脚が、床を蹴った。
何も言葉を発さなくても、全身で少年は叫んでいた。
許さない。
許さない、許さない許さない許さない許さない許さない許さない!!
溢れんばかりの憎悪が部屋中を満たし、一気にシン一人に襲いかかる。
それでもシンはまっすぐに相手を見据えたまま、動かない。
紅の瞳はじっと、狂犬となったナオトを凝視したままだ。
――シン。
一体、何を考えているの?
ルナマリアには、さっぱり理解が出来なかった。
「ねぇ。
あのフレイは、何?」
「ラクスさんも大概だけど、お前もお前だな。だしぬけに……
俺が聞きたいよ」
「タロミ・チャチャの第三王妃だなんて、君は知ってたの?」
「知るわけないだろ。俺は……」
婚約まで復活させたのに──と言おうとして、サイは黙った。
衝撃の演説を見せられた、その数十分後。
何とか薬で落ち着いたばかりのサイの病室に、キラはアスランを伴いやってきた。
尤も、アスランはキラの背後で話を聞いているだけで、サイとは話そうともしていなかったが。
そういや、ニコルたちの前で気絶して以来の再会だったな。何故か全く、彼らのことを聞いてこないが。
「サイはずっと、一緒にいたんだよね?」
尋ねてくるキラの瞳には、感情らしきものが全くない。
そんな彼に、アスランでさえも若干戸惑っているようだ。
「肝心なことは、何も聞けてない」
ぶっきらぼうにそう言い放つと、サイは毛布を被った。
畜生、何だって『王女』じゃなくて『王妃』なんだ。俺はまた、婚約者をぶんどられたってのか。呑気に気絶している間に。
「サイ!」
キラの手は無造作にサイの右腕をつかみ、毛布へ逃げ込ませようとしなかった。
「僕はもう分かってるんだ。君だってもう、分かっているんでしょ?
あのフレイは、フレイじゃない。
フレイを利用して、何かしようとしてる。それは絶対、許せることじゃない!」
許せない──か。
ずっと一緒にいなかったから、お前はそう言えるんだろうな。
お前はただ一人、本当のフレイ・アルスターしか愛さない。
俺みたいに、偽者にまで惚れてしまう方がどうかしてるんだろう。
「お前はやっぱり、純粋なんだな。
俺はもう誑かされちまったよ……結果、このザマだ」
「話して」
キラはぴくりとも笑わない。
「知ってることを、全部話して。
ラクスが……怯えてるんだ」
一撃、二撃、三撃。
点滴スタンドの支柱部分が、棍棒となってシンの両肩を打つ。
さらに打撃は続き、激しく振り回される点滴袋で、左の頬が打たれた。
あぁ――
アスハやアスランに噛みつく俺って、こんなだったのかな。
痛みに耐えながら、シンは思う。
俺、一体何してんだ。自分の行動が分からない。
当たり前だが──あの浜辺での、キラ・ヤマトやアスランの言葉に納得したわけじゃない。
するわけがない。
納得してしまうことは、傷ついたミネルバの皆、死んでいった家族、ステラ、レイ、艦長、議長――
何より、自分に対する裏切りだ。
後から考えたら、実に腹ただしかった。
あの時キラ・ヤマトに手を差し出してしまった自分が。
何であんな言葉に、俺は──!
だから、ぶつけてみた。自分と同じ傷を持つ、小さな子供に。
見せつけたかったのかも知れない。あの時の自分に。
同じ言葉を、仇と言える相手からぶつけられた時、本来はどういう態度になるのか。
結果として俺は──
今、殴られるままになっている。
キラやアスランをこういう目に遭わすべきだったのか、俺は?
思う存分、殴ればよかったのか?
そう思った瞬間、側頭部に鈍い一撃を喰らった。
同時に腹に蹴り。
さすがにこいつも、モビルスーツである程度訓練されただけはある。今のは意外にキツかった──
しかし、シンは絶対に反撃をしなかった。
馬鹿なことを、と自分で思う。
――殴るだけ殴らせたって、こいつの恨みが消えるわけじゃなし。
俺がそうだったように。
次いでまた、頬に何撃かを喰らう。
いつの間にかキス出来そうな距離まで近づいてきたナオトに、ガーゼだらけの拳をこめかみに喰らう。
充血した白目が見えた。
大きく喉が開かれ、激しい擦過音らしきものが聞こえる。
声を出されていたなら、恐らくそれだけで鼓膜が破壊されただろう。
襟ぐりを掴まれ、そのまま壁ぞいにずるずると倒される。
それでもシンは叫んだ。
「忘れろって言ってんだよ!
恨みなんて、持ってるだけ損だっ!」
自分の言葉とも思えない単語が、次から次へと出てくる。
こいつを傷つけて何をしたいんだ、俺は。
八つ当たりなのか、結局──
最低だろ、俺。
一旦そこで、ナオトは引き下がる。
勿論攻撃を止めたわけじゃない、次の攻撃に備える為だ。
倒れたまま、それでも身構えるシン。
点滴台を持ち上げるナオト。二つの点滴袋を支える五又の脚部、その先にある小さな車輪が、空中でカラカラ音を立てて回っている。
多分、次に来るのはあの車輪の一撃。
アレ喰らったら、さすがに結構ヤバ――
その瞬間、シンのすぐ横から紅いものが飛び込んだ。
叫びと共に。
「ナオト!
……駄目ぇっ!」