【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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※ここから2パートほど、全話通して鬱度が最も高いかも知れないエピソードです。
念のためご注意ください。




part5 塀の中

 

 

「……今はどうにか、薬で落ち着いています」

「落ち着いたぁ? 無理矢理眠らせただけだろうが!」

 

 内から外から、厳重にロックされたナオト・シライシの病室。

 その扉の前で、ルナマリアはヨダカ・ヤナセに事情を説明していた。

 説明しながら、怒鳴られていた。シン・アスカも一緒に。

 

「分かっているんだろうな。

 彼は貴様らのオモチャではない!」

 

 シンは既に、ヨダカから2発ほど修正を喰らっている。

 赤く腫らした頬を庇いもせず、彼は呟いた。

 

「分かってます。

 大事なティーダのパイロット、でしょ」

「シン!」

 

 慌ててルナマリアがたしなめる。

 この物言いに呆れたか、畳みかけるようにヨダカは告げた。

 

「青春ごっこで他人を傷つけるな。

 ミネルバJrは12時間後、出発する。準備を怠るなよ」

 

 それだけ言うと、ヨダカはさっさと大きな背中を返して立ち去った。長い金髪の女性を連れて──

 その女はふとルナマリアを見やりながら、彼の後を追っていく。

 

 ──何だろう。彼女から感じる、奇妙な冷たさは? 

 

 ルナマリアは彼女を気にしつつも、自分の置かれた状況に落ち込まざるをえなかった。

 

 

 

 シンもルナマリアも、そしてナオトも──

 正直、最悪な精神状態だ。

 ナオトは鎮静剤を打たれこんこんと眠りつづけ、ルナマリアはあの事件以降、シンともろくに話が出来ないでいた。

 二人は揃って廊下のシートに腰かけているが、その手と手は繋がらない。

 触れられもしない。

 張られた頬を気にもせず、ルナマリアの額を覆うガーゼも見ないようにしながら、シンはふと呟いた。

 

「あいつ……知ってたのか。

 マユのこと」

 

 動かないままの横顔。

 もうこれは──話すしかない。

 

「ずっと、一緒にいたそうよ」

「……!

 何だよ、それ!?」

 

 瞬間、シンは腹の底から叫んだ。

 何故言わなかったなどとルナマリアを責めるより先に、意味が分からないという感情が、真っ先に顔に出る。

 紅い瞳が、まじまじとこちらを凝視してくる。

 

「だって、マユは──」

 

 死んだ筈だとシンは言いかけたが、一瞬だけ俯いてしまう。その言葉を口にするのは彼自身、未だに抵抗があるらしい。

 シンの言葉を遮るように、ルナマリアは呟く。

 

「知ってる。

 だけど確かにナオトは、マユと一緒にいたのよ。そう言ってた」

「ワケ分かんねぇ……」

 

 そりゃそうだろう。

 自分だって、メイリンとアスランが生きていると知った時、ワケが分からなかった。

 ましてやシンは、目の前で妹の──

 マユの死を、見ていたのに。

 

「最初は、同姓同名の別人だと思ってた。そんなはずないと思ったわよ。

 でも──ナオトがあのケータイを見た時、そうじゃないんだって……」

「やめろ!」

 

 シンは思わず立ち上がり、そのまま駆けだそうとする。

 駄目だ、こんなシンを放っておくわけにはいかない。

 こんな状態で、モビルスーツに乗るなんて──

 

「ごめんなさい。シン、待って!」

 

 ルナマリアは思わずシンの袖を掴む。

 だが彼は、その手を敢然と振り払った。

 

「離せよ! 

 ルナに俺の気持ちなんか、分かるわけないだろ!」

 

 彼女に絶対に言ってはいけない決定的な一言を、シンは吐いた。

 それこそが今のルナマリアにとって、シンに対する最大の負い目だったから。

 ──大切な存在を永久に失った者と、そうでない者。

 

「シン、何を……」

「いい加減、俺への同情はやめてくれっ! 

 ナオトにだってそうだ。お前は傷ついた奴を見つけて慰めることで、自分を慰めてるだけだ! 

 本当はまだ、アスランが好きな癖に!」

 

 

 なんで。

 どうして、シン? 

 どうしてナオトも私も、みんな遠ざけるようなことを言うの? どうして? 

 

 

 あまりのショックに、ルナマリアは次の言葉が出てこない。

 シンはさっさと駆け去ってしまい、彼女は独り、取り残された。

 

 ──確かに私、メイリンを失ったと思った時、シンの傷が少しでも分かると思った。

 でもそれは、結局思い上がりにすぎなくて。

 メイリンも、アスランも生きていた。私は何も失くしていない。

 何も失くしていないが故に──

 今、シンを失いかけている。

 

 

 

 

 

 

「俺たち、どうなるのかな……」

 

 黙ったままのサイにくっついて震えながら、カズイは呟いた。

 今、二人はトラックの荷台に乗せられ、ひたすら揺られ続けている。

 軍の旧式の補給用トラックに、無理矢理詰め込まれたのだ。

 周囲には同じように連れてこられたと思われる人間が、ざっと20人ほどもいる。

 乗降口には、銃を所持した連合兵が二人待機。

 乗客たちの顔は皆一様に、絶望の底に沈んでいるように見えた。

 

 

 オロファトのホテル前から突然、サイと一緒に車に詰め込まれ。

 次は何も言われないまま、船に詰め込まれ。

 そこから30時間ほど経過した挙句が、この状態だ。

 窓は通風孔程度の小さなものしかなく、ご丁寧にもその小窓にも金網が張られている。

 

 

 ──自分たちが、どこへどう運ばれているのか。

 一体何故こうなっているのかすら全く分からないまま、カズイは酷い揺れに吐きそうになっていた。

 実際嘔吐している者もおり、兵士らがそれを片づけるわけもなく、車内は異臭で満ちている。

 

 

 そんな中、サイは何も言わないまま、状況を静観している──ように見える。

 アマミキョ復活の為にあれだけ奔走していたのに、もう一歩というところで、いきなりこんな場所に入れられるとは。

 今、サイは何を考えているんだろう。何を感じているんだろう。

 

 

 ──いや、それよりも。

 そもそも、俺たちは一体どうなるのか? 

 

 

 体育座りで座らされ、パーソナルスペースなどという言葉が存在ごと消し飛ばされたかのように、人で詰め込まれた空間。酸素を吸うだけでも精一杯だ。

 景色は何も見えず、小窓からの光で、今が昼か夜かを判別するしかない。

 何とか隣の中年男から聞き出せたのは──

「連合の収容所」という単語。

 

 

 心当たりはカズイにも勿論ある。

 

 

 ――2年前、俺たちは連合の脱走兵という扱いになってしまったんだ。

 アラスカ基地でサイクロプスと共に犠牲になるはずだったアークエンジェルは、すんでの所で罠から脱出して逃げのびた──ザフトに背を向けて。

 オーブへたどり着いたアークエンジェルは、それ以降連合に反旗を翻した。

 俺はオーブでアークエンジェルを降りたけど、サイたちは連合軍と戦う選択をして……

 だけど、戦後自分たちの身には何もなかったから、アスハ代表が守ってくれたんだと思っていた。

 チュウザンに行っても、連合軍と遭遇しても、何もお咎めはなかった──

 そのはずなのに。

 

 

「何で、今なんだよ……」

 

 カズイは両膝の間に頭を埋める。俺たちは一生、収容所で強制労働なのか。

 横にいるサイは、何も答えてくれない。何やら腹を決めているように静かだが、カズイには何も読み取れない。

 

 あの喫茶店でミリアリアを怒鳴った時から、正直カズイには、サイの心情が分からなくなっていた。

 あんな風に、女の子を怒鳴る奴じゃなかったのに──

 

 と、不意にカズイは手首を掴まれた。

 ほの暗い月光しか射さない闇の中、サイの青い瞳が眼鏡の奥からカズイをじっと見つめ、光っている。

 突然のことにカズイは声を上げそうになったが、彼は自分の唇にそっと指を当てた。

 何も言わず、その指でカズイの手のひらをなぞる。

 何やら文字を書きつけているようだが、カズイは何が何だか分からない。

 それでもサイは辛抱強く、幾度か同じ言葉をなぞる──

 

 

 やっと分かったのは――『何があっても、俺を信じろ』

 そんな言葉。

 

 

 カズイが意味を掴んだと察したらしいサイは、その手をぎゅっと一度握る。

 それきり何も言わず、横を向いて黙り込んだ。

 信じる。信じてるから、ここまで来た。

 だけど──

 釈然としない思いを抱えながら、カズイはトラックに揺られているしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 数十時間にも及ぶ移動の末に、ようやくサイたちはトラックから降ろされた。

 こちらを圧し潰すようなどす黒い曇り空の下、枯れ果てて色を失くした草原が眼前に広がる。

 申し訳なさげに生えた林、その向こうに──

 地平線の端から端まで続く高い塀と、鉄条網が見えた。無機質な灰のコンクリ。

 どこからか川の音も聞こえたが、すぐにトラックの轟音で掻き消された。

 今トラックが走ってきたであろう道路はあの塀の中へと続いているように見えたが、カズイは気づいた──

 

 

 ここは、塀の中だ。

 俺たちはもう、塀の中に入れられた。

 

 

 次々に塀の向こうから入ってきては、止まるトラック。

 そこから降ろされる人々の列、列、列。

 それを、銃と軍用犬で原始的に追い立てる連合兵。

 塀に通じている道路という道路は連合兵によってくまなく塞がれ、アリ一匹も逃がさない構えだ。

 そして立ち塞がる塀の、こちら側に広がる景色を眺めてみる──

 見るからに粗末な、バラックの建造物の集合体。ちょうど、アレに似たものを避難民用に建てたことがあるが、それよりも数段見劣りする。

 今俺たちは、そのバラックに向かっている。

 カズイは身震いしながら、必死でサイを見上げた。

 

 

 もう俺には、サイしかいない。

 こんなところに来てしまった以上、もう俺には──「サイ!」

 

 

 だがサイは、全くカズイを振り向きもしない。じっとバラックの小屋や人々を眺めているだけだ。

 どうしたんだ。俺の声、聞こえてないのか? 

 もう一度呼びかけてみるが、サイはやはり答えない。

 カズイなど、そこに居もしないかのように。

 

 

 その時──

 連合兵二人を乗せたサイドカーつきのバイクが、こちらに爆走してきていきなり停止した。

 

「サイ・アーガイル。それと……

 カズイ・バスカークだな」

 

 サイドカーに乗っていた連合兵が、てきぱきとした動作でサイの傍らに降り立つ。

 この声は──どこかで? 

 

「貴方は……!」

 

 サイも同じことを気づいたのか、ふと表情をわずかに緩め、声の方向を振り返る。

 だが、相手を見た時──

 

 その横顔からあっという間に、感情が消えた。

 メットを目深に被ったその兵士には、確かに見覚えがあった。

 カズイにとっては、人生最悪の思い出の中に存在している人物ではあったが。

 この男は──

 

 

「トノムラ軍曹……ですか」

 

 

 アークエンジェルにおいてはCICで索敵担当をしていた、目立たないが仕事の出来る男。

 ノイマンやチャンドラと並んで、アークエンジェルの危機を何度も切り抜けてきた男。

 そういえば、サイクロプスの罠にかかった時に激昂したサイをあえて殴り、諌めたのもこの人物だった──

 ジャッキー・トノムラ元軍曹。

 

 だがその茶色い瞳に、かつての優しさと気弱さは微塵も見られない。

 久しぶり、などという言葉ひとつもかけず、単刀直入に彼は切り出した。

 

「二名には、戦争犯罪者への支援及び情報漏えいの容疑がかけられている。

 アーガイルには3時間後、1800より尋問を行なう。第三ブロックに所長室がある」

 

 サイやカズイには、返答の余裕すら与えられず──

 戸惑う彼らを、トノムラは一瞥もしない。

 カズイが思わず呻くより先に、トノムラはやがて、走ってきた兵士に呼び止められた。

 

「所長! トノムラ所長ッ」

「第1903番トラックから、感染症患者が出ました」

 

 兵士二人が続けざまに報告する。

 トノムラは表情を崩さぬまま、すぐに尋ねた。

 

「何……症状は?」

「咳・発熱以外に既に下痢、嘔吐の症状が出ています」

 

 するとトノムラはサイたちには目もくれず、兵士たちと共に即座に動いた。

 

「すぐに1903番トラックの人間を車に戻せ! 

 全員、素早く動けッ」

 

 寒空の下、よく通る声で命令するトノムラ。

 ひどく機敏に兵士たちは動き、カズイとサイたちのいたトラックのすぐ2、3台後ろの車輛に吸いついた。

 ようやく閉鎖空間から降ろされたばかりの人間たちが追い立てられ、また元のトラックに戻される。

 ──倒れかかっている女性や、子供まで。

 

「よし、連れていけ」

 

 全ての人間が再びトラックに詰め込まれると、そのトラックはカズイたちの来た道とは別の分かれ道を走り、林の向こう側へ消えていく。

 サイとカズイはお互い黙ったまま、急き立てられる人々と共に歩き出すしかなかった。

 

 

 その数分後──

 突然、地鳴りにも似た爆発音が響きわたる。

 見ると、林の向こう──トラックが走り去ったあたりから、轟々と音をたてて火柱と黒煙が上がっていた。

 カズイは思わず、すぐ隣にいたサイを見上げてしまう。

 

 

 何だ? 何があったんだよ? 

 トノムラさんは今、一体何をしたんだよ!? 

 

 

 兵士たちは特に動揺する様子もなく、淡々と消火作業に向かう。

 サイはトノムラを見ながらぐっと奥歯を噛みしめていたが、決して何も言わなかった。

 

「さすが所長だ。

 病原菌の予防には、早めの駆除が一番だな」

 

 こともなげに言い放ったのは、傍らでトノムラを補佐していた兵士だった。

 

 

 そんな──まさか、そんなこと。

 カズイは眩暈が抑えられない。

 

 

 彼は──トノムラは、アークエンジェルで最後まで戦った、誇りある戦士じゃなかったのか。

 地味だったけど、気弱そうな人だったけど、いざという時には頼りになる優しい人だった。

 俺なんかと違って、逃げ出すことなく最後まで戦い抜き、生還した。

 それが、それが……

 今のは、一体何だ? 

 

 

「なぁサイ、どうしよう……

 俺たち、どうしたらいいんだよ」

 

 兵士の眼を盗みながら、カズイはこそこそとサイに早口で喋りかける。

 だがサイは、全くカズイに反応しない。ただ黙りこくり、すたすたと歩いていくだけだ。

 すぐ近くにいるはずなのに、はるか遠くへサイが行ってしまう──

 ブラウンのスーツの背中が、明らかにカズイを拒んでいる。

 

 

 俺の声、聴こえてないのか? 

 俺が分からないのか? サイ! 

 

 

 急激に胸を満たしてくる悪寒。

 カズイは思わず、サイの左腕に縋った──が。

 

 

「離せよ!」

 

 

 突如雷のように鳴りひびく怒声とどもに、カズイの手が叩き払われた。

 そこにいたのは、確かに、サイ・アーガイルには違いない。

 だがカズイが全く知らない、想像すらしなかったサイが、そこにいた。

 眼鏡の奥からこちらを見下げる、ゴミを見るような冷たい視線。

 

 

 何だ? 何が起きた? 

 どういうことだ。どうしてサイは、俺を? 

 

 

 カズイは全くもって、訳が分からない。

 そんな彼に向けて、サイの唇から発された言葉は──

 

「ずっと前から、鬱陶しかった。

 もう、いい加減にしろよ」

 

 兵士たちにも聞こえるような大声で一言一言、ゆっくりとサイは言い放つ。

 

「ずっとずっと俺にまとわりついて、一人じゃ何も出来なくて。

 何も判断出来ずに、何でもかんでも人まかせで! 

 どうでもいいことばかり心配している癖に、自分では何もしない! 

 お前のこと、ずっと前から大っ嫌いだったよ」

 

 

 

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