【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
part1 蒼と紅の『自由』
スカイグラスパー搭乗中のトール・ケーニヒは、軽く操縦桿を押して機体バランスを調整しつつ、状況を静観していた。
彼の眼前には、太陽を映して輝く、蒼のストライク・フリーダム。
そしてその蒼とは対照的な紅蓮で塗られた、ストライク・フリーダム・ルージュ。
やはり、フレイの言ったとおりだ──
あそこまでやれば、必ずキラ・ヤマトは動く。いや、御方様の勘と言うべきか。
トールは受信機の感度を最大まで上げ、両機から響く声を拾う。
既に吹っ飛ばされたルージュの左腕はうまいこと、人のいそうにない山中に落下していた。
《君は……誰?》
《アタシはチグサ・マナベ。
ずうっと、あんたを待ち望んでたよ》
《どうして、こんなことをしている? チュウザンを……!》
《カンタンだよ、この時を待ってただけ。
アタシたちには、あんたが必要なんだ》
《やめてくれ。こんな風に人をおびき出すやり方は!》
《だったら、来なけりゃいいじゃん。
そうなったら暴れ続けるだけだけどねー、ふふ》
チグサが笑った瞬間、蒼のフリーダムは素早く体勢を整える──
武装全開放。いわゆる、ハイマットフルバーストモードに突入する気だ。
ルージュの手足をもぐつもりか。紅のフリーダムの関節部と武装が瞬時にロックオンされていくさまが、何も見えずとも手に取るように分かる。
だけど、そうはいかない──
トールが軽く唇を舐めた、その時。
《ちょーっと待ったぁああ~!!》
場にそぐわない、チグサの素っ頓狂な声が響いた。
《下、見てみなよ。
ここは市街地だよぉ?》
山に囲まれてはいるが、両機体の直下には、寄り添うように家々が密集している。
天空で突然起こったこの騒ぎで、おそらく今頃は──
この事実に、フリーダムの動きが一瞬、止まった。
《アタシの手足をもぐのは勝手だけどさ。
腕も足も全部、街に落ちるよ?
言っとくけど、このあたりって早期警戒システムとか、殆ど機能してない。
軍もろくに駐留してないから、多分今頃みんな、逃げ惑ってるよ~?》
通信の向こうで、チグサがくすりと笑う。
トールは少しため息をつきつつも、状況を静観していた。
卑劣は卑劣だが、仕方ない。
恨むなら、中途半端な覚悟をした自分を恨むんだな。
PHASE-37 オギヤカ浮上
「やはりそう来たか……
タロミめ」
鬱蒼と茂る森。
木陰から切れ切れに覗く空を見上げつつ、アンドリュー・バルトフェルドは舌打ちした。
その横から、地味な灰色のフードを目深に被った少女が呟く。
「キラ……」
山の中腹。少し高台となった位置にあるその場所からは、青々と成長していく新緑の葉に遮られつつも──
まだ、ストライクフリーダム同士の対峙が肉眼で確認できた。
「ラクス、ここは危険だ。
ダコスタたちにも誘導させているが、どこまでもつか」
――だからそもそもの最初から、こんな所に来るのはよせと言った。
バルトフェルドはその言葉をぐっと喉元で呑みこみ、フードの少女──
ラクス・クラインを見つめる。
「『あの方』の目的は恐らく、私とキラです。
ならば……」
「その真相を知る為にも、引くわけにゃいかないか」
フードとその横顔を見ていると、ふと2年前を思い出す。
プラント中のお尋ね者として追われる身となった彼女を匿い、戦い続けた日々のことを。
――自分は、ラクスにより命を拾われたようなものだ。
あの時以来、自分は彼女によって生かされている。
だからバルトフェルドにしてみれば、彼女を護る為に戦うのは当然のことだった。だが──
自分は、ラクス・クラインをどこまで知っている?
自分は、ラクスがどうしてここまでわざわざ足を運んだかすら、正確には分からない。
――ラクスが幼いころに亡くなったはずの、母親を探す。
それしか知らされてはいなかった。
ただ、彼女を護る為には自分が必要だ。だから自分はここにいる。
それは、上空で戦うキラ・ヤマトも同様のはずだった。
「しかしなぁ。
こんなに大勢、引き連れてくることもあんめぇだろが」
バルトフェルドは呆れたように、ラクスの背後を見る。
そこには何十人もの女子供が着のみ着のまま、彼女に連れられて町から避難してきていた。
「言い出したら聞かんからな、ラクスは」
「思ったのです。サイさんの姿を見て……」
ラクスは空中のストライクフリーダムを凝視しつつ、呟き続ける。
「私はこれまでずっと、市井の人々のもとに寄り添って考えることをしませんでした。
本当の平穏とは何かを考えることもせず、ただ漠然と平和を望みながら。
今そこにある戦いを止める為に、自ら武器を手に取り、戦うばかりでした。
私も、キラも」
「だから今、武器捨てて人を助けるって?」
戦場じゃこんな連中はごろごろしてるんだ。そいつらみんな、拾って歩くわけにゃいかないだろうが──
バルトフェルドも指揮官である以上、無駄に人命を損耗する戦闘は避けてきたつもりだ。
だがどうやっても、民間人の犠牲が避けられない時はある。こんな時代であればなおさらだ。
「んなもん、それこそアーガイル達みたいな救助隊に……」
そこまで言いかけて、バルトフェルドは気づいた。
ラクスの視線が、いつの間にかストライクフリーダムから離れ、あさっての方向──
森の奥の闇を見つめていることに。
「ラクス?
……おい、どうしたっ」
彼女はバルトフェルドには目もくれず、突然走り出す。
──「お母様!」という、聞いたこともない痛ましい叫びを残して。
「ラクス!?
……ダコスタ、そっちは任せた!」
この地域が、ニュートロンジャマーの有効範囲から少しばかり外れていて幸いだった。
通信機に怒鳴りつつ、バルトフェルドはラクスを追って駆け出す。
通信機の向こうにいる彼の腹心・ダコスタは今、市街地でM1アストレイを操りつつ住民を誘導中だった。後方には例の、ドムトルーパーの3人組も待機させてある。
人を助けたい。
そして、消えた母の真実を知りたい。
そんなラクスの願いを叶える為の、バルトフェルドの準備。
抜かりはない──はずだった。
だが今フード姿のラクスは何かに導かれるように、深い闇へと消えようとする。
見失ってはいけない、見失っては!
一体、何が起きた?
こんなラクスを、バルトフェルドは知らない。
ラクスはいつでも、何が起こっても、冷静さを絶対に失わない女性だ。
どんな過酷な状況に陥っても、彼女は俯瞰の視点を忘れたことがない。何が最善かを常に見極める眼力を持つ、稀有な存在──
だからこそこれまで、多くの人間がラクス・クラインに追従してきた。バルトフェルドもその一人だ。
なのに今、ラクスは取り乱している。
ありえないことだった──今まで彼女を見守ってきたはずの、自分にとっては。
ラクスは一体何を見た。お母様?
こんなところに母親が現れたというのか。どう考えても罠じゃないか!
ラクスの母親は、随分前に亡くなったはずだ。
ラクス本人から、母親が生きていると断言され――
しかもチュウザンの騒ぎの中心にその人物がいる可能性まで示唆された時は、さすがのバルトフェルドも面食らった。
だがこれまで、彼女の勘が外れたことはない。
あのディスティニープランのノートを発見した時もそうだった。ノート一つでデュランダルの企みを見抜いた彼女の怜悧な頭脳には、内心驚愕したものだ。
それに最近、死んだはずなのに蘇った奴らの話をよく耳にする。
マリュー・ラミアスの隣をまんまとぶんどってくれた、あのハゲタカ野郎然り。
サイ・アーガイルが話していた、あのフレイ・アルスターも然り。
かつてアスランのお仲間だったという、死んだはずのザフト兵の話もサイから聞いた。
もしや、ラクスの母親もか──
そう思ったから、堂々と反対も出来なかった。
だが、幾らなんでもこの状況はあまりにも迂闊すぎる。見えている地雷を踏みに行くも同然だ。
血を分けた母親だからといって、ずっと会えなかった母親だからといって、あのラクスがこうも易々と心を乱されてしまうものか。
バルトフェルドは走りながら、ふと木々の向こうの空を仰ぎ見た。
と──
「まさか、ドラグーンかっ!?」
ルージュの背部から、全周囲攻防システム・ドラグーンに酷似した形状のミサイルが、次々に発射される。
有線式のようではあるが、6つに分離して機体を中心に直径1キロほども大きく円を描くように浮遊したそれらは――
次第に異様な光を帯び始め、中心に光が収束していく。
紅蓮の炎を纏い輝き始める、ストライクフリーダム・ルージュの装甲。
「まずい!」
バルトフェルドは一目散に、ラクスに向かって駆け出す。
彼女の灰色のフードが、やっと見えたか見えないかのところで──
全ては光と熱に包まれ、爆ぜた。
《しょーがないじゃん。アンタ、ちょこまかとすばしっこいんだから。
ま、このドラグーンXを壊さなかったのは正解だね。これ、一つでも壊したらこんなモンじゃ済まない。
アタシも死ぬけど、アンタも死ぬよ》
ストライクフリーダム・ルージュの決戦用必殺兵器とも言える『ドラグーンX』が、遂に炸裂した。
その威力が、どんなものかというと──
ルージュの前方の地表を、幅は約1キロ以上、距離数十キロにもわたって光と熱に変化させて吹き飛ばしてしまう、およそ規格外のシロモノであった。
そしてチグサも言うとおり、作動中にドラグーンXを壊そうとすればそれ以上の破壊力をもって、ストライクフリーダム・ルージュは自爆する。当然、敵機も含めた周囲を巻き込んで。
全くもって、御方様考案らしい発狂兵器と言える──
実戦では初めて目にするその威力に、トール・ケーニヒは苦笑を貼りつけつつも、かすかな身震いを自覚せざるを得なかった。
しかも、虎の子のチグサをそんなものに乗っけてるんだから、ますますもってあの人は狂っている。
ただ、対キラ・ヤマト専用武装としては、これ以上を望めないシロモノだ。
命を奪うことを最も忌み嫌う彼に対してだけなら、非常に有効な兵器だ。
《何故──……
君……は、──こんな……どうして──》
発生した膨大な電磁波のおかげで切れ切れになる通信から、ようやく微かなキラの呟きが聞き取れる。
まさにキラ・ヤマトの為に実装されたが如き、鬼の決戦兵器。それが、このドラグーンX。
トールは素早く状況を確認した。
──ラクス・クラインは。
彼女の現在位置は。
ニュートロンジャマーの影響が少ないとはいえ、流石に今、センサーは使えない。
トールは肉眼で左手、山の中腹を眺めた。
「……ふぅん。
何とか、うまくいったか」
予定通り、スカイグラスパーからでも確認可能な程度に、大きな青の旗が掲げられている。
実際に彼女がいたと思しき場所を見ると、相当ぎりぎりの所までドラグーンXの熱波が来ていたようだが。
危ない危ない。あれは、100メートルも離れちゃいないんじゃないか?
「まさかホログラムに騙されるとはねぇ。
所詮、ラクス・クラインも人の子か」
先ほどまで眼下に見えたはずの市街地は、全てが灰燼と化している。
――街から出ようと、慌てふためいていた人々も含めて。
《アンタが強い力を持ったら、こっちもそれを超える力を持たなきゃいけない。
撃ったのはアタシだけど、撃たせたのはアンタ。戦うって、そういうことだよ。
この倍々ゲームは、いつまでも終わらないよぉ~?
それこそ、人が進化を諦めない限りはね》
《──僕は……戦いたくない、だけ──
……それでも》
まだキラの声は切れ切れだ。
それに苛立ったのか、チグサは畳みかける。
《あ・の・さぁ!
多分アンタは、世界中から争いをなくしたい。そう思ってるんだよね?
だけど、んなこと、無理なんだよ。
そもそもアンタの存在そのものが、そいつを証明しちゃってんじゃん。
アンタ一人作る為にさ、どんだけ血が流れたと思ってんの?》
キラは答えない。ノイズがさらに高まるだけだ。
逆にチグサの声はよく通る。
《優秀な人間がいれば、それを超えようって人は努力する。
それが人の進化を促す。
その欲望が極端になっちまったのが、今なんだ。今のアンタ》
《人は、そんなものじゃない……》
《そんなものだよ。だからアタシだって、ここにいられるんだ。
ホントなら、とっくに死んでるはずなのにね》
ノイズの向こうから、キラのかすれた声が届いてくる。
明らかに動揺していた。
《え……?
君は、一体──》
《ねぇ、それよりさっ。
心配じゃーないの? ラクス様のこと!》