【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
カズイはそのまま、トノムラの居室に連れられ──
再び、サイと顔を合わせた。
部屋の隅で粗末な汚れた毛布を被せられ、サイはずっと横になっていた。
ぱっと見て分かるほど衰弱しており、毛布から覗く手首は痩せこけている。ずれた眼鏡の奥から、やや飛び出し気味になった眼球がぐるりとこちらを向いた。
その眼には既に嫌悪も優しさも、何の表情もない。
ふとカズイがサイの手に視線を移そうとすると、彼は素早くその手を引っ込めた。
ちらりと見えたものは、包帯だらけの指。
「カズイ・バスカーク。手短に行く」
トノムラは机を挟んでカズイの真向かいに立ちはだかり、言い放った。
「再度の質問になるが──
貴様は民間船・アマミキョの基幹システムについて、何か知っているか」
先日と、ほぼ変わらない質問だった。違うのは──
質問をしながら、トノムラがカズイの額に、真っ直ぐに拳銃を突きつけている点だけ。
その銃を見た瞬間、サイの右手と視線が、僅かに動いた。
唇が何かを言おうと動きかけたが、体力の消耗もあってか、発声もままならないようだ。
ただカズイは、その様子に横目で何とか気づくことが出来ただけで――
あとは多少の失禁をしつつ震えあがる以外に、出来ることはない。
そんなカズイを前に。
そしてサイを背後に、トノムラは続ける。
「もう一つ──
キラ・ヤマト及びラクス・クラインの所在について、何らかの情報を知っているか」
「し、知るわけありませんよ」
あまりの恐怖で、ひどくどもりながら早口で答えるしかないカズイ。
「お、おおお、俺が、知るわけ……ない。
キラはゼミの友だちだったけど、あ、あいつはもう、俺のことなんか忘れてるし。
俺だってそんな、話なんかしたことない。
俺は、俺はいつだって、サイとかトールとかと一緒につるんでたけど、あいつは何か違ってて……俺は、うまく話なんて」
「昔ではない。今を聞いている」
「い、今のキラなんか、知るはずないでしょ!
ましてやラクスクラインとか、トノムラさん、アンタ何考えてんだ!」
両手両足、身体全体をがくがく震わせながら、カズイは叫ぶ。
「サイだってそうだよ!
いつだって俺には何も知らせずに、自分で何でもためこんで……
俺には、俺には何も!」
何で今、キラのことなんか。俺なんかが、何かを知っているはずがないじゃないか。
コーディネイターの上にモビルスーツまで軽々と操って、ザフトのモビルスーツまで蹴散らしてしまう。しかも自分の古い友達まで。
俺にキラの、何が分かるってんだ。
何もかも悟った風をして、戦いは嫌だと言いながら戦っていくあのキラを、俺が分かるはずないじゃないか。
「……言ったでしょう、軍曹。
こいつは何も知らない、……知ろうともしない奴ですよ」
息も絶え絶えのサイの侮蔑。
それもトノムラは一顧だにせず、ただカズイに銃を向けたままだ。
「では、アーガイル。
貴様に尋ねる」
彼は石より硬い表情を微塵も崩さず、呟いた。
「キラ・ヤマト及びラクス・クラインの動向について。
及び、アマミキョのシステム構成について、分かっていることを全て……」
「ですから!
それは、お話した通りですっ!」
サイの枯れた声が裏返る。
「アマミキョについては、俺たち末端にゃ何も知らされちゃいないまま、コトは進んでいた。
常駐していた連合軍でさえ、詳細は何も知らなかった。
知っているのはフレイたちアマクサ組と、社長ぐらいのもんです。
キラたちのことだって、俺たちは何も知らない。そいつの言うとおり、俺たちは……」
「では、この男をここで処分しても問題はないわけだな」
「……は?」
サイの表情が一瞬固まるのを、カズイは見逃さなかった。
トノムラはさらに畳みかける。
「この男は我々に抵抗し、軍務遂行を妨害した。
通常なら、その場で射殺しているところだ」
カズイの身体中の血管が、ざわざわと蠢きだす。
やたらと甲高い耳鳴りまでが始まった。
サイ。俺やっぱり、ここで死ぬのか?
うっかり、慣れないことしちまった俺がいけなかったのか?
俺、やっぱりこんなトコで死にたくはないよ。どんなに嫌われようと、俺、死ぬのは嫌だ。
こんな時代に、こんな処で生きるのはつらいけど……
でも、死ぬのは嫌なんだ!
「貴様もこの男をあそこまで嫌悪しているならば、ちょうどいいだろう。
学生時代のよしみで、死にざまぐらいは見てやるといい」
あそこまでって……
サイ、トノムラさんに一体何を言ったんだ。トノムラさんのこの軽蔑の眼……
お前どこまで、俺を罵ったんだ。
――いや。もうそんなこと、どうでもいい。
とにかく、死ぬのは嫌だ。
あの子たちみたいに、あんなに呆気なく死ぬのは嫌だ。あの母親もきっと、殺されてしまった。
俺も同じなのか?
いつのまにか、世界から消されるのか!?
「……無駄です」
俯いたままのサイの呟きは、ともすれば消えそうなほどか細い。
だがその言葉は、完膚なきまでに否定した。カズイの、心の絶叫を。
「そいつを殺したところで……俺からは、何も出ませんよ」
「俺が、やらないとでも思っているのか?」
トノムラは拳銃を構え直し、サイとカズイの二人を静かに威嚇する。
「アーガイル──
人には、出来ることと出来ないことがある。
2年前、貴様は知ったはずだと思っていたがな」
「俺は心のままを言っただけですが」
サイの頭は完全に伏せられ、カズイもトノムラも見ようとはしていない。
「いつまで意地を張るつもりだ?
アスハ代表の救援を待っているのだろうが、1カ月やそこらの時間では済まんぞ」
「それは事実ですが、俺は意地なんか張っちゃいない」
「アーガイル、何度も言わせるな。
自虐も悔悟も、何の感情もない言葉がその場に突き刺さったが──
カズイはふと、頭を上げる。
トノムラは銃を構えたまま、全く瞬きすら許さないほど無表情を保っていた。
しかし──今の言葉は、どういう意味だ?
サイは相変わらず、地べたに伏せたまま動かない。
その瞬間だった──
収容所全域に、けたたましい警報が鳴り響いたのは。
収容所上空では既に、国籍不明のダガーLもどきが群れを成して出現していた。
曇天を覆い尽くすように。
「空襲! 空襲ーーーーーーッ!!」
絶叫しながら駆けずり回る連合兵。どうしようもなく逃げまどう収容者たちを、軍用犬が追い立てる。
そして、所長たるトノムラの居室では。
「──分かった。
監視所からの報告は?」
カズイへの尋問を強制中断させられたトノムラは、それでも殆ど動揺することなく、有線通信機で外部からの報告を受け取りつつ指示を出す。
「警備中のウィンダムが3機残っている筈だ、出撃を急がせろ。
……何? レイダーだと?」
その言葉に、サイがぴくりと肩を震わせた。
すんでの所で命拾いしたカズイだったが、そんなサイの変化を見逃しはしなかった。
レイダー?
2年前オーブを襲った連合の後期GAT-Xシリーズの一つ、レイダーガンダムが?
何故? あれは、戦争でなくなったはずじゃなかったのか?
カズイが疑問を感じている間にも、耳をつんざくほどのサイレンに混じり、微かな爆撃音が雷の如く空気を震わせてくる。
いつのまにか近づかれていたんだ、敵に。
この地域は、ニュートロンジャマーが非常に効いている場所だ。
だからすぐそばに迫った危機も、誰も分からなかったというわけだ──
見捨てられた地の果てに相応しく。
トノムラはカズイたちには何も言わず、敏捷に外へ飛び出していく。しっかりと施錠の音が聞こえた。
ここが元から見捨てられた場所なのか、それともニュートロンジャマーが大量投下された為に、捨てられた地となったのか。
そんなことは、今のカズイにはどうでも良いことだった。
とにかく──
やっとこれで、もう一度サイと二人きりになれた。
爆撃の恐怖に慄きつつも、カズイはサイににじり寄る。
「サイ。
──逃げよう」
恐る恐る、サイに手を差し伸べるカズイ。
だが彼は俯いたまま、答えない。
ワイシャツもズボンも、この間の事件で泥まみれになったものを少しばかり洗ってそのまま着ているらしく、ボロボロだ。
緩んだネクタイの結び目には、乾いた泥のかけらがこびりついている。
襟の間から浮き出している鎖骨が、青白く見えた。こけた頬には若干無精ひげが見え隠れする──
2年前、アークエンジェルの独房から出てきた時も、こんなだったな。
そんなサイがやっとのことで紡ぎだした言葉は、警報に掻き消されるほど小さい。
「……行けるかよ」
何言ってんだ。この期に及んで!
カズイは思わず、サイの両手首を掴んだ。
「このままここにいたら、二人とも死んじまう!
トノムラさんの目的が何か分からないけどさ。とにかく、俺たちは逃げなきゃ!」
だがサイは、その手に応えようとしない。
黙ったまま、視線を合わせようとしない。
畜生。
そこまで俺が嫌いだったってのかよ、サイ!
──カズイがそんな絶望に囚われたその瞬間、キィンと耳の奥で何かが鳴った。
空気が、一息に膨張する。
こいつは、いつかヘリオポリスでもオーブでも感じた、あの──
カズイが、そこまで考えた時。
「カズイ! 伏せろっ!!」
久しぶりに聞いた気がする、サイの絶叫。
凄まじき爆発音と共に、カズイは身体ごと吹っ飛ばされた。
「どう? 久しぶりの地上は」
ルナマリアは車椅子を押しながら、戦艦ミネルバJrの甲板に出た。
車椅子での移動を余儀なくされている少年──ナオト・シライシを見やりつつ、彼女は溌剌さを装う。
「やっぱりプラントとは違うわね~、この海の匂い!
潮の感じってなかなか慣れなかったけど、少し前から、悪くないって思えるようになってたのよ」
ナオトの両手両足は抵抗を抑える為、車椅子にがっちり拘束されている。がんじがらめに縛られ、車椅子を動かす者が他にいなければ、何も出来ない状態だ。
その両目は開いてはいるものの、何処も見ていないのは明らかだった。
「ほら、ナオトも久しぶりの太陽でしょ?
降下中も特に事故はなかったんだし、元気出してよ」
抜けるような青空、どこまでも広がる大海。
カーペンタリアを目指して地球に降りたミネルバJrは、オーストラリア東沿岸近くの大洋に着水していた。
元々はローレシア級の母艦で、シンたちミネルバ隊を一時的に乗せていた艦ではあったが──
ミネルバ隊の活躍の賜物か。アーモリーワン到着前とは違い今は改修につぐ改修が為され、大気圏内や地上での運用までが可能になり、新造艦と見まがうばかりの船となった。
規模自体はミネルバに及ばないものの、武装もミネルバと同等のものとなっている。それに伴い高エネルギー収束火線砲トリスタンや、副砲たるイゾルデも搭載された。さすがに主砲たるタンホイザーまでは不可能だったようだが。
潮風に髪を乱されながら、ルナマリアは海を眺める。
「──ねぇ、ナオト。
私がこんなこと言っても、仕方ないかも知れないけど……
ヨダカ隊長の処にお世話になるの、ありだと思うのよ」
ナオトの肩がびくりと揺れる。明らかな拒絶で。
「……そりゃ、嫌だろうけど。
でも、貴方に帰る処がなくなったわけじゃないのよ。
ヨダカ隊長、見た目はああだけど、実は結構話せる人みたいだし。
貴方みたいなハーフの子でも、ちゃんと受け入れてくれると思う。
あの人、子供いないし」
ナオトは無言ながら、何度も首を横に振る。
ザフト自体が、嫌で嫌でたまらないのだろうが──
「でもこのままだと、また貴方は、ティーダのパイロットとして酷い目に遭う。
ヴィーノたちが徹夜で解析してるけど、まだ、ティーダのパイロット登録が解除出来る見込みはないし。
その点、ヨダカ隊長がついていれば安心かも知れない。
よく言われてる非人道的な行為は絶対反対な人だし、貴方を危険な目に遭わせることはないはず……」
彼女がナオトの前髪を撫でかけた、その時──
「ルナ!」
背後からの声。
ルナマリアが振り返ると、そこには赤服に身を包んだ紅い眼の少年が、怒ったように立ち尽くしていた。
「シン──
貴方、射撃訓練中だったんじゃ」
彼女とナオトを交互に見やりながら近づいてくると、シンは冷たく告げた。
「カーペンタリアから入電だ。
南チュウザンの海域から、国籍不明の大型艦船が移動中らしい。
戦艦で間違いないってさ」
ずかずかとルナマリアとナオトの間に割り込むと、シンは車椅子の操作権限をルナマリアの手から奪い取る。
「ちょっと、シン!
私はまだ、ナオトと話が……」
「そんな話、まだ聞ける状態じゃないだろ」
シンはあくまで素っ気ない。
「それに、ヤバイ数の艦船が南チュウザンを出たらしい。
ヨダカ隊長とトライン艦長が呼んでる。早く行けよ」
「分かったわよ……」
シンとは目も合わせられないまま、ルナマリアは言葉に従うしかない。
背を向ける彼女に、シンはさらに声をかけた。
「それともう一つ、ヴィーノからだ。
インパルスの修理はまだだけど、ルナもティーダのパイロット登録をしといた方がいいとさ」
「え? もう直ったの、ティーダが?」
「直ったっていうか、アレは……
とりあえず、サブパイロットの再登録はようやく可能になったらしい」