【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
ミネルバJr・ハンガーにて。
「いやぁ、デスティニーもインパルスも、何とか月面から回収出来て助かりましたよ~!」
ミネルバJr艦長として就任したアーサー・トライン。
彼はヴィーノとヨダカ、そしてどうにか一時的に修理を終えたデスティニーガンダムを前に、単純に喜んでいた。
「とはいえ、左腕部は破損したままだし。
両脚部の接合もうまくいかないんで、関節がろくすっぽ動かないですが──
ま、カーペンタリアまで行きゃ、何とかなるでしょ」
紅い前髪をくしゃくしゃ掻きむしりつつも、呑気なヴィーノ。
そんな彼に、ヨダカは告げた。
「いや……早くに動いてもらわねば困る」
ヴィーノの言う通り、未だに傷だらけで、左肩部から防護用カバーがすっぽり被せられているデスティニーガンダム。
その威容を見上げつつ、ヨダカは言う。
「先の情報通り、南チュウザンは今も動いている。
場合によっては、カーペンタリアでは最低限の補給のみで出発してもらうこともありうる」
「えぇ!? そんなぁ」
逸るヨダカに、仰天するヴィーノ。
そんな彼らを必死で制しつつ、アーサーは話題を切り替えた。
「いやいや、それほど性急にしすぎることは……
あ、そうそう。ティーダはどうなってる、ヴィーノ?」
「今、ルナマリアにサブパイ登録を依頼中です。
ただ、機体そのものはすっかり変わっちまったけど」
「機体そのもの?」
ヨダカは不審げに、格納庫奥を見定めようとする。
ティーダが改修されているであろう奥の防護扉は固く閉ざされたままで、ヨダカすらも確認が出来なかった。
「艦長、遅れました!」
そこへ、息せき切って走りこんできたルナマリア。
「本当ですか。タロミが動いたって……」
「やっと来たか。また、何処ぞで油売ってたか?」
彼女を見て、早速愚痴るヨダカ。
それを苦笑で制しつつ、アーサーは告げた。
「ルナマリア、ブリッジで話そう。ここではちょっと……
ヨダカ隊長もどうです、ご一緒に」
するとそこへ突然、アーサーの言葉を遮るように、女の声がハンガーに響く。
「隊長!」
長い金髪を揺らしつつ、ザフトの緑服にその細身を包んだ若い女性が、アーサーたちに近づいてきた。つかつかとキャットウォークを軍靴で鳴らしながら。
「あぁ、紹介が遅れたな。
申し訳ない」
ヨダカは髭をさすりつつ、女性の背をさりげなく押し、彼女を前に出した。
「アムル・ホウナ──先日ヨダカ隊に配属された、新米パイロットだ。
出身はオーブだが、純然たるコーディネイター。しかもモビルスーツ操縦の資質もかなりのものでな!
実地試験の結果、新型の搭乗権までかちえた程だ」
「ほぅ! ミネルバJrにも優秀な女性は多いですが……
これはまた、頼もしい助っ人が現れたものですなぁ!」
アーサーは満面の笑みで、アムルと握手を交わす。
「よろしくお願いします、トライン艦長」
彼女も慣れたように笑顔でアーサーに接していたが、何故かルナマリアには分かってしまった──
その笑顔が、完全に営業用のものであることを。
「よろしく、ホークさん。
可愛い赤服さんね」
変わらぬ笑顔で、アムルはルナマリアにも手を差し出す。
彼女も戸惑いつつも、つられてその手を握る。冷たい感触がした。
「あ、あの……」
ルナマリアはアムルの薄く塗られた口紅を見ながら、おずおずと尋ねる。
眼を見るのは怖い――そんな気がした。
「オーブにいた時は、どちらへお勤めだったんですか?
やっぱり、オーブ軍に?」
一度は敵に回した相手だ、出来れば軍人であってほしくはない。
しかしそれを見透かしたかの如く、アムルは笑顔を剥がすことなく答えた。
「アマミキョよ──貴方たちが、撃ってくれた」
「!?」
場の空気が、一気に凝固する。
アーサーの笑顔が凍りつき、ルナマリアはあまりのことに、思わず手を振り払いかけてしまった。
ヨダカがすかさず諌める。
「アムル! その話は追い追いにと言ったろう!」
「いえ、隊長。話して困ることではありませんし」
相変わらず、アムルは笑顔のままだ。
やや白目の面積の広い眼が、笑いながらルナマリアを眺めている。
握られた手はゆるりと離れたが、その冷たさの感触は何故かいつまでも残りそうな気がした。
すると何か?
彼女は自分の船を撃った相手と今、平気で握手を交わしたというのか?
仲間を殺した人間と?
反射的にルナマリアは、キラ・ヤマトとシンのことを思い出す。
キラに手を差し出そうとした瞬間の、シンの胸中を。その躊躇いを。
シンは──あそこまでの境地になるのに、どれほど悩み抜いたか知れないのに。
そんなルナマリアの心も知らず、アムルはとうとうと語る。
「あの船は偽善の塊であるだけでなく、タロミ・チャチャの実験台でもあった。
こうして脱出して、ザフトに少しでもデータの提供が出来たこと、誇りに思っています。
元々ザフトは、私の憧れだったんですよ」
その言葉に偽りはないと、ルナマリアは感じた。
彼女は自分が否と断じたものであれば、仲間であろうと何の容赦もなく撃てる女なのか。
──アスランが、そうだったように。
「ヨダカ隊長、そろそろミーティングです。
艦に戻りましょう──カオス
「おぉ、カオスγ! 早速試乗してみたか!」
ヨダカの声を背に、アムルは長い髪を押さえながらカタパルトへ視線を向けた。
開放されて青空が眩しいカタパルトデッキには、やや暗めの桃色にこげ茶を混ぜたようなモビルスーツが着艦している。
「あれは?」
ルナマリアにはその形状に、はっきり見覚えがあった。
かつてミネルバに配属されるはずだったのに、コロニー・アーモリーワンでおめおめと連合に奪われ、敵となって自分たちを苦しめ続けた新型──
カオス・ガンダム。
「カオスですか!?
あれは、ベルリンで撃墜されたものと思っていましたよ」
アーサーが素っ頓狂な声を上げると、ヨダカは補足した。
「あれとは別物でな。
勿論、意匠や設計はカオスのそれを引き継いでいるが、まず乗り手が違う」
「嫌だ隊長、当たり前でしょう」
アムルはヨダカの冗談に笑った。
「機体の基本色も、僭越ではありますが私好みに変えさせていただきました。
新人たる私が、出過ぎた真似かとも思ったのですけど」
その色は、かつてのアスランの機体・セイバーガンダムの紅よりもさらに暗い。
終わりかけの月のものがこんな感じか──
何故かルナマリアは、そんな発想をしてしまった。
気がついた時、カズイはサイの身体の下にいた。
いつかアマミキョでサイがそうした時と全く同じに、崩落してくる天井からサイはカズイを全身で庇っていた。
ぽかりと大きく開いた天井の穴。
崩れかけている建物。
穴から見えたものは、暗い曇天。
黒に近いグレーに染まった空に現れたものは――
空より更に黒いダガーL、その編隊。
「あれは……!」
アマミキョを襲った、あの漆黒のダガーLだ。
「どうして、あいつがここに?」
サイの微かな呟きが、響く。
「──フレイだ。
来る」
カズイを庇っていたサイの背中には、幾つも細かい破片が降り注いでいたが、幸い二人とも大した外傷はない。
そして──
爆撃で崩れたのか、建物が余程脆いのか。
閉ざされたドアとは反対側の壁にも、笑ってしまうほどに巨大な穴が開いていた。
二人が軽く脱出出来そうな穴が。
「サイ。行こう!」
一も二もなく、カズイは決断した。
逃げろ。逃げるんだ。生き延びる為に。
こんな場所で、あんな形で、人生を終わらせない為に。
心まで破壊されない為に。
──あの時だって、2年前だって、俺はそうしたじゃないか。
その背中を押してくれたのが、サイだった。
例え、あの言葉が偽りだったとしても──
痩せ細ったサイの手首を、カズイはぎゅっと掴む。
「走れるか?」
サイは一瞬両目を大きく見開きながら、まじまじとカズイを見つめていたが──
やがて意を決したように、こくりと頷いた。
──良かった。
良かった、良かった!
サイが……やっとサイが、戻ってきた。
戻ってきたんだ!
カズイは大きな確信と共に、安堵のあまり涙が出かかった。
ただ──
今は、走らなければ。逃げなければ。全力で。
「走れ!」
カズイはサイの手を掴んだまま、走り出す。
瓦礫を飛び越え、崩れた壁の先に見えたものは、燃え上がるバラック。
血まみれになって倒れている連合兵に、収容者たち。
この機に乗じて脱出しようとする者も多いようで、炎の中で鍬を振り上げ、連合兵と揉みあっている者までいる。
煙と血の匂いが鼻孔を激しくついたが、それでもカズイは走ろうとあがく。
ひたすらに、サイを助ける為に。
──不思議だな。
いつもなら俺が、こうして引っ張られる方だったのに。
空から灰混じりの雨が降ってくる。その時──
ふとサイが立ち止まり、カズイもつられて止まってしまった。
炎と瓦礫の向こうをぼんやり眺めながら、サイは呟く。
「トノムラ軍曹は……」
何言ってんだ、こんな時に!
「いないなら、ちょうどいいさ。
行こう!」
上空をかっ飛んでくる、漆黒のダガーL。
次々と地上を爆撃してはいるが、その目的がカズイにはまるで見えない。
ここは軍需工場でもないし、軍の基地からも遠く離れているはずだ。
哀れな収容者と連合兵と、開墾しかけの荒地しかない、地の果てなのに。
その疑問に答えるように、サイが呟く。
「間違いない。
あれは、南チュウザンの黒ダガーだ……
だから、あれだけ言ったのに……お前は!」
「何? 何言ってんだよ、サイ!」
「あいつらの狙いは、多分俺だ。
俺だけを殺す為に、アマミキョは沈んだんだ!」
「お前が何言ってんだか、分かんねぇよ!」
俯くサイをカズイは思わず怒鳴り散らすと、再びその手を取って駆け出す。
サイもつられて、転がるようによたよた走り出した。
崩れた鉄骨に挟まれ、切断された腕らしきものを踏み越え、二人は炎と雨の中を、ひたすら走っていく。
背後で制止の声と発砲音が聞こえたが、もうカズイもサイも振り向かなかった。
「サイ。
俺は──死にたくないだけなんだ」