【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
「アムル・ホウナ。
あのもの言いはどうかと思うぞ」
母艦に帰るなり、ヨダカはアムルを諌めた。
刻々と変わる艦内エレベーターの表示を眺めつつ、ヨダカは整えた黒い髭をいじる。
「例え自らの正義に則ったとはいえ、君の行動は他者から見れば裏切り行為だ。
かつて仲間を裏切った者と行動を共にすることを、快く受け入れる人間は少ない」
だがその言葉にも、軽く束ねた金髪を揺らしながら、アムルは微笑んだ。
「私は裏切りとは思っていませんが。
それに、私の行動を後押しして下さったのはヨダカ隊長ですよ」
「裏切りでなければ、何だね?」
「自分を貫く為です。
私は自らの道を、ザフトに見つけました。アマミキョやオーブは、その道探しの過程にすぎなかった。
自分の場所を見つけた今、アマミキョもオーブも私にとっては無用のもの。
切り捨てて当然では?」
そこまで言い放つか。
ヨダカは彼女の微笑みを見ながら、思い出す──
あの惨劇の時、アマミキョに最後まで留まろうとしていた彼女を。
ヨダカが間一髪でブリッジに飛び込んで彼女を救い出さなければ、アムルはアマミキョと共に、海の藻屑と化していた。
――あの時。
激戦の中で自機を失いヨダカ自身も負傷していたが、アムル・ホウナとアマミキョのデータだけは、絶対に逃すわけにはいかなかった。
半死半生で彼がブリッジにたどり着き、目撃したものは──
血みどろのフレアスカートもそのままに、拳銃を構えたアムル。
彼女に銃口を向けられている、いかにも気弱そうな青年。
その彼を全身でかばっていた、これまた血みどろで身体のあちこちに穴を空けられた、眼鏡の青年。
──俺はこの女に、渡してはいけない武器を渡してしまったのではないか。
そんな悪寒がしたのを覚えている。
「お聞きにならないんですね、あの時のこと」
ヨダカの思考を読んだかのように、アムルがそっと尋ねる。
「聞かれたいのか、聞かせたいのか」
「いいえ。
ただ、ちょうどよいタイミングで助けていただけて、隊長には感謝しているんです──
本当ですよ」
一体、どのぐらい経っただろうか。
炎と騒乱の収容所を、サイを引きずるようにして脱出したカズイ。
彼らは広大な収容所敷地内の森の中に潜み、ダガーLの襲撃から逃れていた。
そして今、二人が身を潜めているのは──
濁流の渦巻く、河の中。
つい先ほど、見張りの連合兵たちを乗せたジープが、すぐ頭上の古い橋を通り抜けていった──
その直後、先に水中から頭を出したのは、カズイだった。
「ぶっはぁああああっ!!
だ、大丈夫か? サイ」
カズイに支えられるようにして、サイはようやく頭を起こす。
水が滴り続ける唇は完全に紫に変色し、全身ががくがく震えている。
にも関わらず、カズイが触れたその手は、猛然と熱を帯び始めていた。
──少しでも早く、どこかで休まなければ。
粗末な包帯に覆われたサイの手を取り、カズイは重くなった身体を何とか引きずるようにして、橋の下から岸辺にたどり着いた。
砲撃音はまだやむ気配がなく、雷鳴のような紅の閃光が空を染める。
しとしとと、雨まで降ってきた。
道は泥でぬかるみ、雨はいっそう強くなる。
それでもカズイとサイの二人は、何度も転んでは起き上がり、互いの肩を借りて歩き続けた。
──どこへ?
カズイはふと考える。
この収容所は、当初の予想よりもよほど広大なものだった。
開墾用の土地を、10キロ平方メートル単位で丸ごと囲っているのである──
勿論、この森まで含めて。
それを考えると、混乱を利用してここから脱出するなど、至難の業のように思えた。
「だけどもし、あいつらが収容所を全壊させてくれりゃ……」
サイを半分背負うようにして歩きながら、カズイは河から少し離れた窪地にある洞穴を見つけた。
爆撃音と雨から逃れるように、二人はほの暗い穴に潜り込む。
入口の狭さに反して中は意外と広く、人が5人ほどは休めるスペースがあった。
「とにかくここで休もう、サイ」
洞穴の壁にサイを降ろすと、彼はそのままぐったりと壁に凭れこんでしまった。
その肩を支えるようにして、なけなしの励ましの言葉をかけるカズイ。
「もう少しすれば、奴らだって行っちまう。
収容所も機能してないかも知れない。なら……」
二人とも、手持ちの荷物は何もない。そもそも収容所に来た時に、殆どの荷物は奪われてしまっていた。
どこかで車でも手に入れて、出来る限り遠くの町に移動出来ないだろうか。
カズイがそこまで、考えを回した時──
呻き声が、暗い穴に響いた。
地の底から漏れ出るような、怨嗟にも似た呻き。
穴の奥に幽霊でもいるのかとカズイは一瞬ぎょっとしたが、すぐに違うと気づいた。
それは──
目の前にいる、サイが漏らしていた嗚咽。
「サイ?
……どうしたんだよ」
泥の塊のようになってうずくまり、顔を両膝の間に埋めたまま。
その背中が、二度三度と、大きくしゃくり上げる。
明らかに泣き声だった。
──こんなサイを、見ることになるなんて。
俺の知っているサイは、いつでもしっかり者で、何があっても折れなくて。
物理的な力は弱いかも知れないけど、それを軽々と乗り越えていくほど心が強くて。
いつだって、周りを気遣って励まして。
そんな彼はどんな時でも頼もしかったし、それに、そんなサイに──
俺は嫉妬までしていたってのに。
今、子供のように膝を抱えて泣いている男は、本当にサイなんだろうか?
カズイを見もしないまま、彼は呻き続ける。
やっと聞き取れたのは──
「ごめん」。その一言。
ひたすら泣きじゃくりながら、彼はカズイに謝り続けていた。
「……ごめん、カズイ。
本当に、すまなかった」
「聞こえねぇよ、サイ。
泣いてばっかじゃ分かんねぇし、今どき女子供でもそんな泣き方さぁ……」
カズイはほとほと困って頭を掻きながらも、心のどこかで大きな安堵を隠せない。
「最初に、サイが伝えてくれたじゃないか。
何があっても、自分を信じろって」
その言葉で、サイはようやく頭を上げる。
涙でぐちゃぐちゃになった頬に、壊れかけた眼鏡がどうにか引っかかっている。
だがその奥の青い瞳は、カズイの手に必死で言葉を伝えたあの時と、何も変わってはいなかった。
それからサイはぽつぽつと、カズイに少しずつ話し始めた。
自分が収容所に入ってからこれまで、一体何を考えて行動していたのか。
「リンドーさんに会った時、言われたんだよ。
俺は確かに、誰とでもそこそこ仲良くなれるかも知れない。
だけど、今のこの状況じゃ、それは
「何で……」
「思い当たることなら、いくらでもある。
オサキやハマーさんも、俺を助ける為に死んでしまった。
俺はナオトもマユも、ネネも助けられなかった。風間さんを撃った。
アマミキョのクルー全員を危険にさらした。
フレイたちだって……あんな状況だ」
ゆっくり息を継ぎながら、サイは一旦唇を噛む。
「キラとのこと思い出したら、分かるだろ。
俺には一時的に人をかき集める力はあっても、ずっと惹きつけて、なおかつ守り切る力なんてない。
お前が羨むほどの力なんて、ありゃしないんだよ。
人に好かれる力は、周りを守る力じゃない。逆に傷つけてしまうこともある」
「そう……言われたのか?
リンドーさんに」
サイはこくりと頷く。
「あの人の言葉は、意外と単純だったよ。
引き寄せてもどうせ守れないなら、突き放すのも手だ──
ってね」
「それ、真に受けたのかよ!? サイは」
そんな馬鹿な。
何の意味があって、あのクソ爺はサイにそんなことを。
思わず呆れ声を出してしまったカズイを見て、サイは自嘲するように寂しく笑った。
「あの人が俺たちを欺いていたのは、許せることじゃないけど。
言ってたこと自体はいつも、そこまで間違っちゃいなかっただろ?
お前にとっちゃ最も忌避したい行動だろうが、敢えてやってみるのも手だ。本当に、仲間を守りたいのならば。
たとえ大失敗したとしても、そこから学べるものが必ず何かあるはずだ
──って、リンドーさんは言ってたんだよ」
カズイは気づいた。いつのまにか、サイのリンドーへの呼称が「副隊長」ではなくただの「さん」になっている。
最早リンドーに肩書きなどないからか。それでもサイはずっと、リンドーのことは副隊長と呼んでいたはずなのに。
「でも、俺には出来なかった。
カズイを守るどころか、傷つけることしかね」
言いながらサイは肩をすくめて、おどけたふりをしてみせる。
「びっくりしたろ?
ずっといい子ぶってた俺が、いきなりあんなこと言い出してさ。ははっ」
折れそうな心を押し隠すかのように、サイは笑い続ける。
低い笑い声が、虚しく洞窟に反響する。
カズイはその笑顔がどうにも非常に痛々しく、つい言ってしまった。
「でも……
ある程度、少しは、本心もあっただろ」
「え?」
「ずっとサイにまとわりついて、一人じゃ何も出来なくて、何も判断出来ずに、何でもかんでも人まかせで。
確かにそうだよ。それが俺なんだよ」
──お前のこと、ずっと嫌いだったよ。
あの時、自分に叩き付けられたサイの言葉。
眉間に寄せられた怒りの皺。嘲笑にも似た口もと。
今でも忘れられない。
――たとえそれが、自分を守る為のサイの演技だったと分かった、今でも。
サイの表情から、笑みがふっと消える。
「……それは違う」
「違わないよ。まさに俺そのものを的確に表現してた。
あれ聞いた時はびっくりしたけど、よくよく後で考えて、気づいたんだ。
初めてサイの本音が聞けたんじゃないかって」
そんなカズイの言葉を聞きながらも、サイはゆっくり首を横に振った。
「……違う。
カズイ、やっぱり違うんだ。
いや、一部は合ってるけど、一部訂正しなきゃならない」
「何だそれ」
いつの間にか、サイの傷だらけの手が、ぎゅっとカズイの腕を握りしめている。
熱にうなされかかりつつも、その眼は真っ直ぐに彼を見据えていた。
「確かにあの時、俺はカズイに酷いことを言った。それが本心じゃなかったなんて、今更弁解する気はないさ。
客観的に、第三者の目から今までのカズイの行動を見た場合、ひねた奴らならどう取るかって考えて出した言葉だった──
でも、全く本心がなかったなんてことはないよ。これは正直に言う」
カズイはそれを聞いて、思わず俯いてしまった。
自覚はしていても、他者から実際にこう言われると、やっぱりへこんでしまうものだ。
「やっぱ、そーだよな。
誰だってそう思うよ。俺のやったこと考えりゃ、サイにああ言われて当たり前……」
「待てよ。待てって!」
顔を膝に埋めかけたカズイに、サイは言い放つ。
「言ったろ、一部訂正しなきゃって。
俺は決定的に間違ったことを、一つ言っちまったんだ」
「……え?」
「カズイが何も自分で判断出来ないなんて、そんなこと、あるわけないんだ。
2年前だって、お前は自分の意思でアークエンジェルを降りたじゃないか。
今だってこうして、カズイがいたから、俺はここまで逃げられた」
膝をかかえようとしたカズイの手首を、サイの右手がそっと掴み直した。
包帯にくるまれたその指先は、茶色く乾いた血で染まっていたが、それでも。
「あの時、俺だってお前を見送ったもんな。
その俺が、お前を何の判断も出来ない人間だなんて、言えるはずがないって──
見抜かれていたよ。トノムラ軍曹には、見事に」
え?
あのトノムラが? もはや、鬼か悪魔と成り果てたあのトノムラが?
「何も見ていないようで、ちゃんと見るとこ見てたんだ──あの人は。
あの人、俺を助けてもくれたんだよ」
「サイを助けた?
アークエンジェルにいた頃のこと、言ってんじゃないだろうな?」
サイはカズイの問いに、また首を横に振った。
「違う。
ここに来てから。ついこないだ──
俺、殺されるトコだったんだぜ」