【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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part5 二人だけの逃走劇

 

 

「アムル・ホウナ。

 あのもの言いはどうかと思うぞ」

 

 母艦に帰るなり、ヨダカはアムルを諌めた。

 刻々と変わる艦内エレベーターの表示を眺めつつ、ヨダカは整えた黒い髭をいじる。

 

「例え自らの正義に則ったとはいえ、君の行動は他者から見れば裏切り行為だ。

 かつて仲間を裏切った者と行動を共にすることを、快く受け入れる人間は少ない」

 

 だがその言葉にも、軽く束ねた金髪を揺らしながら、アムルは微笑んだ。

 

「私は裏切りとは思っていませんが。

 それに、私の行動を後押しして下さったのはヨダカ隊長ですよ」

「裏切りでなければ、何だね?」

「自分を貫く為です。

 私は自らの道を、ザフトに見つけました。アマミキョやオーブは、その道探しの過程にすぎなかった。

 自分の場所を見つけた今、アマミキョもオーブも私にとっては無用のもの。

 切り捨てて当然では?」

 

 そこまで言い放つか。

 ヨダカは彼女の微笑みを見ながら、思い出す──

 あの惨劇の時、アマミキョに最後まで留まろうとしていた彼女を。

 

 

 ヨダカが間一髪でブリッジに飛び込んで彼女を救い出さなければ、アムルはアマミキョと共に、海の藻屑と化していた。

 ――あの時。

 激戦の中で自機を失いヨダカ自身も負傷していたが、アムル・ホウナとアマミキョのデータだけは、絶対に逃すわけにはいかなかった。

 半死半生で彼がブリッジにたどり着き、目撃したものは──

 

 血みどろのフレアスカートもそのままに、拳銃を構えたアムル。

 彼女に銃口を向けられている、いかにも気弱そうな青年。

 その彼を全身でかばっていた、これまた血みどろで身体のあちこちに穴を空けられた、眼鏡の青年。

 

 ──俺はこの女に、渡してはいけない武器を渡してしまったのではないか。

 そんな悪寒がしたのを覚えている。

 

 

「お聞きにならないんですね、あの時のこと」

 

 ヨダカの思考を読んだかのように、アムルがそっと尋ねる。

 

「聞かれたいのか、聞かせたいのか」

「いいえ。

 ただ、ちょうどよいタイミングで助けていただけて、隊長には感謝しているんです──

 本当ですよ」

 

 

 

 

 

 

 一体、どのぐらい経っただろうか。

 炎と騒乱の収容所を、サイを引きずるようにして脱出したカズイ。

 彼らは広大な収容所敷地内の森の中に潜み、ダガーLの襲撃から逃れていた。

 

 そして今、二人が身を潜めているのは──

 濁流の渦巻く、河の中。

 つい先ほど、見張りの連合兵たちを乗せたジープが、すぐ頭上の古い橋を通り抜けていった──

 その直後、先に水中から頭を出したのは、カズイだった。

 

「ぶっはぁああああっ!! 

 だ、大丈夫か? サイ」

 

 カズイに支えられるようにして、サイはようやく頭を起こす。

 水が滴り続ける唇は完全に紫に変色し、全身ががくがく震えている。

 にも関わらず、カズイが触れたその手は、猛然と熱を帯び始めていた。

 

 ──少しでも早く、どこかで休まなければ。

 粗末な包帯に覆われたサイの手を取り、カズイは重くなった身体を何とか引きずるようにして、橋の下から岸辺にたどり着いた。

 砲撃音はまだやむ気配がなく、雷鳴のような紅の閃光が空を染める。

 しとしとと、雨まで降ってきた。

 

 

 

 

 

 

 道は泥でぬかるみ、雨はいっそう強くなる。

 それでもカズイとサイの二人は、何度も転んでは起き上がり、互いの肩を借りて歩き続けた。

 

 ──どこへ? 

 

 カズイはふと考える。

 この収容所は、当初の予想よりもよほど広大なものだった。

 開墾用の土地を、10キロ平方メートル単位で丸ごと囲っているのである──

 勿論、この森まで含めて。

 それを考えると、混乱を利用してここから脱出するなど、至難の業のように思えた。

 

「だけどもし、あいつらが収容所を全壊させてくれりゃ……」

 

 サイを半分背負うようにして歩きながら、カズイは河から少し離れた窪地にある洞穴を見つけた。

 爆撃音と雨から逃れるように、二人はほの暗い穴に潜り込む。

 入口の狭さに反して中は意外と広く、人が5人ほどは休めるスペースがあった。

 

「とにかくここで休もう、サイ」

 

 洞穴の壁にサイを降ろすと、彼はそのままぐったりと壁に凭れこんでしまった。

 その肩を支えるようにして、なけなしの励ましの言葉をかけるカズイ。

 

「もう少しすれば、奴らだって行っちまう。

 収容所も機能してないかも知れない。なら……」

 

 二人とも、手持ちの荷物は何もない。そもそも収容所に来た時に、殆どの荷物は奪われてしまっていた。

 どこかで車でも手に入れて、出来る限り遠くの町に移動出来ないだろうか。

 カズイがそこまで、考えを回した時──

 

 

 呻き声が、暗い穴に響いた。

 地の底から漏れ出るような、怨嗟にも似た呻き。

 穴の奥に幽霊でもいるのかとカズイは一瞬ぎょっとしたが、すぐに違うと気づいた。

 

 

 それは──

 目の前にいる、サイが漏らしていた嗚咽。

 

「サイ? 

 ……どうしたんだよ」

 

 泥の塊のようになってうずくまり、顔を両膝の間に埋めたまま。

 その背中が、二度三度と、大きくしゃくり上げる。

 明らかに泣き声だった。

 

 

 ──こんなサイを、見ることになるなんて。

 

 

 俺の知っているサイは、いつでもしっかり者で、何があっても折れなくて。

 物理的な力は弱いかも知れないけど、それを軽々と乗り越えていくほど心が強くて。

 いつだって、周りを気遣って励まして。

 そんな彼はどんな時でも頼もしかったし、それに、そんなサイに──

 俺は嫉妬までしていたってのに。

 今、子供のように膝を抱えて泣いている男は、本当にサイなんだろうか? 

 

 

 カズイを見もしないまま、彼は呻き続ける。

 やっと聞き取れたのは──

「ごめん」。その一言。

 ひたすら泣きじゃくりながら、彼はカズイに謝り続けていた。

 

 

「……ごめん、カズイ。

 本当に、すまなかった」

「聞こえねぇよ、サイ。

 泣いてばっかじゃ分かんねぇし、今どき女子供でもそんな泣き方さぁ……」

 

 

 カズイはほとほと困って頭を掻きながらも、心のどこかで大きな安堵を隠せない。

 

「最初に、サイが伝えてくれたじゃないか。

 何があっても、自分を信じろって」

 

 その言葉で、サイはようやく頭を上げる。

 涙でぐちゃぐちゃになった頬に、壊れかけた眼鏡がどうにか引っかかっている。

 だがその奥の青い瞳は、カズイの手に必死で言葉を伝えたあの時と、何も変わってはいなかった。

 

 

 

 

 

 

 それからサイはぽつぽつと、カズイに少しずつ話し始めた。

 自分が収容所に入ってからこれまで、一体何を考えて行動していたのか。

 

「リンドーさんに会った時、言われたんだよ。

 俺は確かに、誰とでもそこそこ仲良くなれるかも知れない。

 だけど、今のこの状況じゃ、それは(あだ)となることがあるって」

「何で……」

「思い当たることなら、いくらでもある。

 オサキやハマーさんも、俺を助ける為に死んでしまった。

 俺はナオトもマユも、ネネも助けられなかった。風間さんを撃った。

 アマミキョのクルー全員を危険にさらした。

 フレイたちだって……あんな状況だ」

 

 ゆっくり息を継ぎながら、サイは一旦唇を噛む。

 

「キラとのこと思い出したら、分かるだろ。

 俺には一時的に人をかき集める力はあっても、ずっと惹きつけて、なおかつ守り切る力なんてない。

 お前が羨むほどの力なんて、ありゃしないんだよ。

 人に好かれる力は、周りを守る力じゃない。逆に傷つけてしまうこともある」

「そう……言われたのか? 

 リンドーさんに」

 

 サイはこくりと頷く。

 

「あの人の言葉は、意外と単純だったよ。

 引き寄せてもどうせ守れないなら、突き放すのも手だ──

 ってね」

「それ、真に受けたのかよ!? サイは」

 

 そんな馬鹿な。

 何の意味があって、あのクソ爺はサイにそんなことを。

 思わず呆れ声を出してしまったカズイを見て、サイは自嘲するように寂しく笑った。

 

「あの人が俺たちを欺いていたのは、許せることじゃないけど。

 言ってたこと自体はいつも、そこまで間違っちゃいなかっただろ? 

 お前にとっちゃ最も忌避したい行動だろうが、敢えてやってみるのも手だ。本当に、仲間を守りたいのならば。

 たとえ大失敗したとしても、そこから学べるものが必ず何かあるはずだ

 ──って、リンドーさんは言ってたんだよ」

 

 カズイは気づいた。いつのまにか、サイのリンドーへの呼称が「副隊長」ではなくただの「さん」になっている。

 最早リンドーに肩書きなどないからか。それでもサイはずっと、リンドーのことは副隊長と呼んでいたはずなのに。

 

「でも、俺には出来なかった。

 カズイを守るどころか、傷つけることしかね」

 

 言いながらサイは肩をすくめて、おどけたふりをしてみせる。

 

「びっくりしたろ? 

 ずっといい子ぶってた俺が、いきなりあんなこと言い出してさ。ははっ」

 

 折れそうな心を押し隠すかのように、サイは笑い続ける。

 低い笑い声が、虚しく洞窟に反響する。

 カズイはその笑顔がどうにも非常に痛々しく、つい言ってしまった。

 

「でも……

 ある程度、少しは、本心もあっただろ」

「え?」

「ずっとサイにまとわりついて、一人じゃ何も出来なくて、何も判断出来ずに、何でもかんでも人まかせで。

 確かにそうだよ。それが俺なんだよ」

 

 

 ──お前のこと、ずっと嫌いだったよ。

 

 

 あの時、自分に叩き付けられたサイの言葉。

 眉間に寄せられた怒りの皺。嘲笑にも似た口もと。

 今でも忘れられない。

 ――たとえそれが、自分を守る為のサイの演技だったと分かった、今でも。

 

 

 サイの表情から、笑みがふっと消える。

 

「……それは違う」

「違わないよ。まさに俺そのものを的確に表現してた。

 あれ聞いた時はびっくりしたけど、よくよく後で考えて、気づいたんだ。

 初めてサイの本音が聞けたんじゃないかって」

 

 そんなカズイの言葉を聞きながらも、サイはゆっくり首を横に振った。

 

「……違う。

 カズイ、やっぱり違うんだ。

 いや、一部は合ってるけど、一部訂正しなきゃならない」

「何だそれ」

 

 いつの間にか、サイの傷だらけの手が、ぎゅっとカズイの腕を握りしめている。

 熱にうなされかかりつつも、その眼は真っ直ぐに彼を見据えていた。

 

「確かにあの時、俺はカズイに酷いことを言った。それが本心じゃなかったなんて、今更弁解する気はないさ。

 客観的に、第三者の目から今までのカズイの行動を見た場合、ひねた奴らならどう取るかって考えて出した言葉だった──

 でも、全く本心がなかったなんてことはないよ。これは正直に言う」

 

 カズイはそれを聞いて、思わず俯いてしまった。

 自覚はしていても、他者から実際にこう言われると、やっぱりへこんでしまうものだ。

 

「やっぱ、そーだよな。

 誰だってそう思うよ。俺のやったこと考えりゃ、サイにああ言われて当たり前……」

「待てよ。待てって!」

 

 顔を膝に埋めかけたカズイに、サイは言い放つ。

 

「言ったろ、一部訂正しなきゃって。

 俺は決定的に間違ったことを、一つ言っちまったんだ」

「……え?」

「カズイが何も自分で判断出来ないなんて、そんなこと、あるわけないんだ。

 2年前だって、お前は自分の意思でアークエンジェルを降りたじゃないか。

 今だってこうして、カズイがいたから、俺はここまで逃げられた」

 

 膝をかかえようとしたカズイの手首を、サイの右手がそっと掴み直した。

 包帯にくるまれたその指先は、茶色く乾いた血で染まっていたが、それでも。

 

「あの時、俺だってお前を見送ったもんな。

 その俺が、お前を何の判断も出来ない人間だなんて、言えるはずがないって──

 見抜かれていたよ。トノムラ軍曹には、見事に」

 

 え? 

 あのトノムラが? もはや、鬼か悪魔と成り果てたあのトノムラが? 

 

「何も見ていないようで、ちゃんと見るとこ見てたんだ──あの人は。

 あの人、俺を助けてもくれたんだよ」

「サイを助けた? 

 アークエンジェルにいた頃のこと、言ってんじゃないだろうな?」

 

 サイはカズイの問いに、また首を横に振った。

 

「違う。

 ここに来てから。ついこないだ──

 俺、殺されるトコだったんだぜ」

 

 

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