【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~   作:kayako

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※直接ではありませんが今回、同性同士の性的暴行を示唆する描写があります。
苦手なかたはご注意ください。




part6 透ける傷跡

 

 

 口元に笑みすら浮かべながら、サイは言ってのけたが。

 カズイは初めて知る事実に、驚かずにいられない。

 まさか、その事件というのは。

 

「もしかして、俺が変な二人組につかまった時の──!?」

 

 何があったのか、ずっと疑問だった。

 あの後、あの二人の姿はどこにも見当たらなかったし。

 ただ印象に残っていたのは、全身泥まみれでトノムラに拘束された、サイの姿だけだったから。

 

「……死んだよ、あの二人は。

 トノムラ軍曹が撃ったんだ」

 

 全く意味が分からずカズイがぽかんとしていると、サイは少しずつ話し始めた。

 あの時起こっていたことを。

 

 

「あの二人は、元々連合の軍人。上官と部下だったらしくてね。

 ヤキンの戦いで、モビルスーツで参加していたそうだ」

「じゃあ……」

「あの二人は部隊の中で、唯一の生き残りだったらしい。

 何で、生き残ったと思う?」

 

 カズイには、さっぱり分からない。

 

「運が良かった?」

「そう。『運が良かった』──

 二人は、キラに助けられていたんだ。

 正確には、キラの戦い方によって。話しただろ? それについては。

 彼らの部隊のモビルスーツは全て、キラの攻撃で武装を剥がされ、それ以上戦うことが出来なくなった」

 

 カズイは思わず身を震わせる。

 

「まさか……」

 

 次に来たサイの言葉は──

 キラの戦い方を聞かされた時から、カズイが懸念していたこと、そのものだった。

 

「お前の思っている通りだよ。

 それ以上戦えなくなった彼らの部隊は、ザフトのいい餌食も同然だったそうだ。

 次々に撃墜されていく部下を見ながら、自分も何も出来ないまま、見ていることしか出来ない。

 一体、どんな心境だったろうね」

「母艦に帰れば、それでも──」

「もう、なかったそうだ。彼らの母艦は」

 

 カズイはそれ以上、何も言えない。

 では、もしや、彼らを待っていた運命は──

 

「救出部隊が到着したのは、行動不能になってから200時間をとっくに経過した後だったらしい。

 その時生存していたわずかな部下たちも酸欠状態に陥り、静かに死んでいったそうだ。

 唯一残っていたのがあの大男だけど、彼も酸欠及び恐慌状態のまま救出され──

 完全に頭が狂っていた」

 

 あの巨漢の異様な風体は、そのせいか。

 口元から流れ落ちる滝のような涎といい、別々の方向を向いた眼球といい、赤い鼻先といい、忘れられない。

 

「それで、部下たちの復讐のためにサイを? 

 おかしいだろ。狙うならキラじゃないか」

「キラの居場所はそう簡単にはバレないよ。キラとラクスさんたちは、オーブによって完全に保護されてる。

 なら、キラにそういう戦い方をさせるに至った……

 もしくは、キラが戦う原因を作った奴に恨みが向くのは自然なことだ。

 その為に彼らは、キラとアークエンジェルについて調べ上げた。そしてようやく、ヤキンの時にアークエンジェルに乗っていたトノムラ軍曹を見つけ出して、わざわざここに潜り込んだ。

 彼らの本来の狙いは軍曹。俺はたまたま、そこに居合わせたに過ぎない──

 だけど俺が来ちまったから、彼らは軍曹の前に俺を殺そうとした」

 

 カズイは思い出した。

 あの時、あの元軍人風の、彫りの深い顔の男が何と言ったか。

 

 

 ──二年前、貴様はアークエンジェルに乗っていたか。

 ──オーブ解放戦前か。ならばいい。

 

 

「俺が解放されたのは、ヤキン戦にはいなかったから……か?」

 

 サイはかすかに頷く。

 声のトーンはいつの間にか、酷く落ちていた。

 

「ずっと心配だったんだ、お前のこと。

 あいつらに、何もされてないよな?」

「一発殴られた以外は、特に何も……

 オーブで降りたって言ったら、すぐ解放されたよ」

「そうか……良かった」

 

 サイは心底ほっとしたように大きくため息をつくと、身体をちぢこまらせた。

 ずぶ濡れになったワイシャツがその身にぴったりと貼りついて、左腕に刻まれた黒く深い銃創が、暗がりの中でも透けて見えた。

 

「皮肉なもんだよな。

 俺たちを守ろうとしたキラの行為が、回り回って俺を殺そうとするなんてさ。

 ──俺、生き埋めにされかけたよ。

 しかもあの大男、イカレてるなんてもんじゃなかった。

 頭が幼児に戻っただけじゃなくて、誰かれ構わず襲いかかるとかね……

 全く、もう。しばらくナマモノ食えねぇよ……畜生」

 

 努めて明るく言おうとしていたが、どうしても震えるサイの声。

 カズイはその言葉の裏の意味が、何となく読み取れてしまった。

 そういえば、サイの右袖が肩から大きく破れているのは──

 ボタンも、幾つか飛んでいるのは──

 単に、トノムラから拷問されたもんだとばかり思っていたが、違ったのか。

 

「襲いかかるって、まさか……その」

「ごめん。

 これ以上は、ちょっと俺も説明出来ない。無理だ」

「いや、いいよ! 分かったから……

 その、ええと」

 

 顔を伏せてしまったサイを見ながら、カズイもおろおろとそれだけ言うしかない。

 

「大丈夫。

 本当にヤバくなる前に、軍曹が助けてくれたから」

 

 透けたワイシャツに、異様に映える黒い傷跡。すっかり露わになっている身体の線。

 今でも痛みをこらえるように歪む、横顔。

 同性異性問わずこのようなシチュエーションに欲情を覚える人間が少なからず存在するという事実は、カズイも知っている。ましてやフダ付きの狂人ともなれば──

 彼の言動とあの日の状況から考えて、恐らく、単純な死の恐怖以上のものがサイを襲ったのは間違いない。

 でも──

 

「トノムラ……さんが? サイを?」

「一瞬だったよ。

 二人とも、額に一発ずつ喰らってお陀仏だった」

 

 無感情に答えるサイ。

 そんな彼を気遣いつつもカズイは、最早この世にいない二人組を思わずにいられない。

 

 彼ら二人は──

 その上官は、狂った部下を引き連れながら、一体どれだけ迷走したんだろう。

 キラばかりではなくアークエンジェル一派を恨みに恨みはしたが、やっとたどり着いたのはトノムラとサイと、俺だけで。

 ようやくサイを手にかけて少しでも復讐を遂げるその寸前に、同じ仇のトノムラに、あっけなく殺されるとは。

 

 だが、二人組についてはもう触れたくないとばかりに、サイはトノムラについて話し始める。

 

「俺は、ずっと不思議だったよ。

 軍曹は厳しいけど、優しい人だった──カズイも知ってるだろ? 

 どうしてあそこまで変わっちまったのか。

 でも、その後から軍曹と一緒にいて、少しだけ理由が分かった気がするんだ」

「そういえば、家族を人質に取られたっていう話を聞いた。

 それなのか?」

「家族の件は、確かに事実みたいだな。

 だけど多分それは、単なるきっかけにすぎない」

 

 サイはじっと自らの左腕と、透けた傷跡を眺めながら話し続けた。

 

「家族を守る為に、敢えて冷酷な連合の手先を演じているうちに──

 いつのまにか、偽物が本物になっちまった、ってトコだろうな。

 死がぶちまけられたような収容所にいるうちに、あの人は変わっちまったんだよ」

 

 偽物が、本物に。

 その言葉の意味を、カズイはじっと噛みしめた。

 つまり、偽悪者の皮をかぶったはずが、自らその皮に取り込まれて――

 

「朱に交われば、ってヤツか……」

「でも、俺はまだ信じたい。

 あの人の中には、昔の軍曹がちゃんと残ってるって。

 だって尋問の時、軍曹は俺の傷跡に、ひとつも触らなかったんだ。

 俺を助けた時、腕の傷も胸の傷も全部バレたのに、あの人は絶対にそこには触らなかった。

 そのかわり、爪が酷いことになったけど」

 

 サイはまた乾いた笑いを見せながら、包帯だらけの右手を目の前に翳す。

 

「トノムラ軍曹と話し合いながら、俺はずっと、ここから出る方法を考えてた。

 今のアークエンジェルやアマミキョについて、知ってる限りのことは全部伝えたつもりだ。

 だけど、軍曹は納得しなかった──

 その結果が、さっきのザマだよ。

 俺はカズイを守る為に、何も出来やしなかった。それどころか、多分軍曹には、全部お見通しだった。

 さっきも聞いたろ、あの人の言葉」

 

 ──出来ないはずのことが出来てしまった結果が、この俺だ。

 

 何の感情もこめられずに放たれたあの言葉は、トノムラなりの自虐だったのか。

 

「俺のそばにいたら、またアマミキョのようなことが起きる。

 俺は南チュウザンから狙われてる。だから……

 でも、やっぱり俺には、偽悪者なんて無理だった」

 

 再びサイは小刻みに肩を震わせ、顔を伏せる。

 その頬は次第に紅潮し、言葉が奇妙に早くなっていた。

 

「フレイの狙いは俺なんだ。

 だからみんなを巻き込まないように、俺は副隊長として、みんなを突き放さなきゃならなかったんだ。

 半端な優しさなんか振りまかずに最初からそうしていれば、ナオトもマユも、ネネだってオサキだって風間さんだって、ハマーさんだって……

 まだ、元気だったかも知れないのに!!」

「えっ? 

 サイ、おい……」

「悪者になってでも船をまとめるってのは、フレイもやってたことだ。

 そんなこと俺には無理だって分かってたけど、でも、今のカズイを、みんなを守るにはそれしかないって……」

「サイ?」

 

 慌ててカズイは、伏せられたサイの顔を覗き込む。

 

「意味、分からない。

 何でフレイが、サイを?」

 

 サイはその問いには答えず、ただただ感情を吐露していく。

 

「結局、駄目だった。

 カズイ一人も守り切れなかった。無駄に傷つけた上、危うく死なせるトコだった! 

 この襲撃で、また人が死んじまう。

 俺のせいで……俺がいたせいで、みんな!!」

 

 激しく嗚咽を始めるサイ。

 驚いたカズイがその肩に触れてみると、酷い熱を感じた。口調も次第に、呂律が回らなくなってきている。

 

「サイ!」

 

 これは──明らかにまずい、非常に。

 長期にわたる拘束と尋問が、傷の癒えたばかりの身体を酷く痛めつけていたのは明白だった。

 半ば無理矢理に顔を上げさせてみると、激しい発熱で顔じゅうが真っ赤に染まっていた。

 それでもサイは、うわ言のように呟く──

 

「怖かった。

 カズイを拒絶していくうちに、俺は本当にお前を嫌いになるんじゃないかって! 

 軍曹は完全に、俺の演技なんか見抜いてたんだよ。

 付け焼刃の偽悪な演技なんか、軍人に通じるわけない! だから軍曹はカズイを!!」

「サイ、暴れんな! 

 大丈夫、俺だって分かってたさ!」

「何を分かってるってんだよ! 

 おかげで俺は、お前を傷つけて傷つけて……」

 

 なおも喋ろうとするサイの口を、カズイは無造作に右手で塞ぐ。

 そして左腕で思い切り、両肩を抱きしめた。

 

「大丈夫だって……

 よく言うだろ。

 こういうのって、傷つけられるより傷つける方が、一番痛いんだって」

「……え?」

 

 カズイの突然の行為が理解出来ないというように、サイは戸惑いの声を上げる。

 

 

「俺だって、サイに酷いこと言っちまった。

 覚えてるだろ」

 

 

 そう──カズイは今でも鮮明に覚えている。

 アムルに拒絶された自分に、助けの手を差し伸べようとするサイを、これでもかと拒んだあの日のことを。

 

 ──お前なんか、大っ嫌いだ。

 二度と、俺の目の前に現れるな!! 

 

 あの時の扉越しの罵倒を、一体どんな思いでサイは聞いていたのだろう。

 今なら分かる。あの時、一番痛かったのは自分だ。

 だからサイだって、俺を見捨てなかったんじゃないか。

 あの時、嫉妬に任せて酷い言葉を吐いた俺に、サイは何と言ってくれたか。

 

 

「それでもサイは、俺を気遣ってくれた。

 俺なんかがいてくれて良かったって、言ってくれたんだ。

 アークエンジェル降りた時だって、そうだ。

 どんなにお前自身が、自分の言葉を否定したって。

 いくら偽善と言われたって……

 その言葉だけで、救われる奴がいるのも事実なんだ!」

 

 

 ――そう。サイとずっと一緒にいて、分かったんだ。

 例え偽善だろうと、その偽善が誰かを救うこともあるってことを。

 

 

「だから……

 だから、それをわざわざ投げ捨てるような真似はやめてくれよ。

 リンドーさんの言ったことは、多分間違いじゃない。

 でも、別の方法でみんなを守ることだって出来るはずだ!」

 

 思わず涙声になっていくカズイ。

 そんな彼の体温を確かめるように、サイの右手がカズイの二の腕にそっと触れる。

 

「……そうだな。

 やっぱり、俺、駄目だな……ただ、カズイを傷つけることしか出来なくて」

「まだそんなこと言うのかよ。

 それに、サイがやったことも多分、間違いじゃない。

 もしサイが俺を突き放してくれていなかったら、ここまで時間稼ぎも出来なかったかも知れない。

 俺なんかが一緒にいたら、余計なことして二人とも殺されたかも知れないし……」

 

 カズイがそこまで言いかけた、その瞬間──

 

 

 

 雨音と砲撃音に混じって、銃声がどこからか響きわたった。

 

 

 

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