【完結】機動戦士ガンダムSEED Revelation ~紅蓮のフレイ~ 作:kayako
※直接ではありませんが今回、同性同士の性的暴行を示唆する描写があります。
苦手なかたはご注意ください。
口元に笑みすら浮かべながら、サイは言ってのけたが。
カズイは初めて知る事実に、驚かずにいられない。
まさか、その事件というのは。
「もしかして、俺が変な二人組につかまった時の──!?」
何があったのか、ずっと疑問だった。
あの後、あの二人の姿はどこにも見当たらなかったし。
ただ印象に残っていたのは、全身泥まみれでトノムラに拘束された、サイの姿だけだったから。
「……死んだよ、あの二人は。
トノムラ軍曹が撃ったんだ」
全く意味が分からずカズイがぽかんとしていると、サイは少しずつ話し始めた。
あの時起こっていたことを。
「あの二人は、元々連合の軍人。上官と部下だったらしくてね。
ヤキンの戦いで、モビルスーツで参加していたそうだ」
「じゃあ……」
「あの二人は部隊の中で、唯一の生き残りだったらしい。
何で、生き残ったと思う?」
カズイには、さっぱり分からない。
「運が良かった?」
「そう。『運が良かった』──
二人は、キラに助けられていたんだ。
正確には、キラの戦い方によって。話しただろ? それについては。
彼らの部隊のモビルスーツは全て、キラの攻撃で武装を剥がされ、それ以上戦うことが出来なくなった」
カズイは思わず身を震わせる。
「まさか……」
次に来たサイの言葉は──
キラの戦い方を聞かされた時から、カズイが懸念していたこと、そのものだった。
「お前の思っている通りだよ。
それ以上戦えなくなった彼らの部隊は、ザフトのいい餌食も同然だったそうだ。
次々に撃墜されていく部下を見ながら、自分も何も出来ないまま、見ていることしか出来ない。
一体、どんな心境だったろうね」
「母艦に帰れば、それでも──」
「もう、なかったそうだ。彼らの母艦は」
カズイはそれ以上、何も言えない。
では、もしや、彼らを待っていた運命は──
「救出部隊が到着したのは、行動不能になってから200時間をとっくに経過した後だったらしい。
その時生存していたわずかな部下たちも酸欠状態に陥り、静かに死んでいったそうだ。
唯一残っていたのがあの大男だけど、彼も酸欠及び恐慌状態のまま救出され──
完全に頭が狂っていた」
あの巨漢の異様な風体は、そのせいか。
口元から流れ落ちる滝のような涎といい、別々の方向を向いた眼球といい、赤い鼻先といい、忘れられない。
「それで、部下たちの復讐のためにサイを?
おかしいだろ。狙うならキラじゃないか」
「キラの居場所はそう簡単にはバレないよ。キラとラクスさんたちは、オーブによって完全に保護されてる。
なら、キラにそういう戦い方をさせるに至った……
もしくは、キラが戦う原因を作った奴に恨みが向くのは自然なことだ。
その為に彼らは、キラとアークエンジェルについて調べ上げた。そしてようやく、ヤキンの時にアークエンジェルに乗っていたトノムラ軍曹を見つけ出して、わざわざここに潜り込んだ。
彼らの本来の狙いは軍曹。俺はたまたま、そこに居合わせたに過ぎない──
だけど俺が来ちまったから、彼らは軍曹の前に俺を殺そうとした」
カズイは思い出した。
あの時、あの元軍人風の、彫りの深い顔の男が何と言ったか。
──二年前、貴様はアークエンジェルに乗っていたか。
──オーブ解放戦前か。ならばいい。
「俺が解放されたのは、ヤキン戦にはいなかったから……か?」
サイはかすかに頷く。
声のトーンはいつの間にか、酷く落ちていた。
「ずっと心配だったんだ、お前のこと。
あいつらに、何もされてないよな?」
「一発殴られた以外は、特に何も……
オーブで降りたって言ったら、すぐ解放されたよ」
「そうか……良かった」
サイは心底ほっとしたように大きくため息をつくと、身体をちぢこまらせた。
ずぶ濡れになったワイシャツがその身にぴったりと貼りついて、左腕に刻まれた黒く深い銃創が、暗がりの中でも透けて見えた。
「皮肉なもんだよな。
俺たちを守ろうとしたキラの行為が、回り回って俺を殺そうとするなんてさ。
──俺、生き埋めにされかけたよ。
しかもあの大男、イカレてるなんてもんじゃなかった。
頭が幼児に戻っただけじゃなくて、誰かれ構わず襲いかかるとかね……
全く、もう。しばらくナマモノ食えねぇよ……畜生」
努めて明るく言おうとしていたが、どうしても震えるサイの声。
カズイはその言葉の裏の意味が、何となく読み取れてしまった。
そういえば、サイの右袖が肩から大きく破れているのは──
ボタンも、幾つか飛んでいるのは──
単に、トノムラから拷問されたもんだとばかり思っていたが、違ったのか。
「襲いかかるって、まさか……その」
「ごめん。
これ以上は、ちょっと俺も説明出来ない。無理だ」
「いや、いいよ! 分かったから……
その、ええと」
顔を伏せてしまったサイを見ながら、カズイもおろおろとそれだけ言うしかない。
「大丈夫。
本当にヤバくなる前に、軍曹が助けてくれたから」
透けたワイシャツに、異様に映える黒い傷跡。すっかり露わになっている身体の線。
今でも痛みをこらえるように歪む、横顔。
同性異性問わずこのようなシチュエーションに欲情を覚える人間が少なからず存在するという事実は、カズイも知っている。ましてやフダ付きの狂人ともなれば──
彼の言動とあの日の状況から考えて、恐らく、単純な死の恐怖以上のものがサイを襲ったのは間違いない。
でも──
「トノムラ……さんが? サイを?」
「一瞬だったよ。
二人とも、額に一発ずつ喰らってお陀仏だった」
無感情に答えるサイ。
そんな彼を気遣いつつもカズイは、最早この世にいない二人組を思わずにいられない。
彼ら二人は──
その上官は、狂った部下を引き連れながら、一体どれだけ迷走したんだろう。
キラばかりではなくアークエンジェル一派を恨みに恨みはしたが、やっとたどり着いたのはトノムラとサイと、俺だけで。
ようやくサイを手にかけて少しでも復讐を遂げるその寸前に、同じ仇のトノムラに、あっけなく殺されるとは。
だが、二人組についてはもう触れたくないとばかりに、サイはトノムラについて話し始める。
「俺は、ずっと不思議だったよ。
軍曹は厳しいけど、優しい人だった──カズイも知ってるだろ?
どうしてあそこまで変わっちまったのか。
でも、その後から軍曹と一緒にいて、少しだけ理由が分かった気がするんだ」
「そういえば、家族を人質に取られたっていう話を聞いた。
それなのか?」
「家族の件は、確かに事実みたいだな。
だけど多分それは、単なるきっかけにすぎない」
サイはじっと自らの左腕と、透けた傷跡を眺めながら話し続けた。
「家族を守る為に、敢えて冷酷な連合の手先を演じているうちに──
いつのまにか、偽物が本物になっちまった、ってトコだろうな。
死がぶちまけられたような収容所にいるうちに、あの人は変わっちまったんだよ」
偽物が、本物に。
その言葉の意味を、カズイはじっと噛みしめた。
つまり、偽悪者の皮をかぶったはずが、自らその皮に取り込まれて――
「朱に交われば、ってヤツか……」
「でも、俺はまだ信じたい。
あの人の中には、昔の軍曹がちゃんと残ってるって。
だって尋問の時、軍曹は俺の傷跡に、ひとつも触らなかったんだ。
俺を助けた時、腕の傷も胸の傷も全部バレたのに、あの人は絶対にそこには触らなかった。
そのかわり、爪が酷いことになったけど」
サイはまた乾いた笑いを見せながら、包帯だらけの右手を目の前に翳す。
「トノムラ軍曹と話し合いながら、俺はずっと、ここから出る方法を考えてた。
今のアークエンジェルやアマミキョについて、知ってる限りのことは全部伝えたつもりだ。
だけど、軍曹は納得しなかった──
その結果が、さっきのザマだよ。
俺はカズイを守る為に、何も出来やしなかった。それどころか、多分軍曹には、全部お見通しだった。
さっきも聞いたろ、あの人の言葉」
──出来ないはずのことが出来てしまった結果が、この俺だ。
何の感情もこめられずに放たれたあの言葉は、トノムラなりの自虐だったのか。
「俺のそばにいたら、またアマミキョのようなことが起きる。
俺は南チュウザンから狙われてる。だから……
でも、やっぱり俺には、偽悪者なんて無理だった」
再びサイは小刻みに肩を震わせ、顔を伏せる。
その頬は次第に紅潮し、言葉が奇妙に早くなっていた。
「フレイの狙いは俺なんだ。
だからみんなを巻き込まないように、俺は副隊長として、みんなを突き放さなきゃならなかったんだ。
半端な優しさなんか振りまかずに最初からそうしていれば、ナオトもマユも、ネネだってオサキだって風間さんだって、ハマーさんだって……
まだ、元気だったかも知れないのに!!」
「えっ?
サイ、おい……」
「悪者になってでも船をまとめるってのは、フレイもやってたことだ。
そんなこと俺には無理だって分かってたけど、でも、今のカズイを、みんなを守るにはそれしかないって……」
「サイ?」
慌ててカズイは、伏せられたサイの顔を覗き込む。
「意味、分からない。
何でフレイが、サイを?」
サイはその問いには答えず、ただただ感情を吐露していく。
「結局、駄目だった。
カズイ一人も守り切れなかった。無駄に傷つけた上、危うく死なせるトコだった!
この襲撃で、また人が死んじまう。
俺のせいで……俺がいたせいで、みんな!!」
激しく嗚咽を始めるサイ。
驚いたカズイがその肩に触れてみると、酷い熱を感じた。口調も次第に、呂律が回らなくなってきている。
「サイ!」
これは──明らかにまずい、非常に。
長期にわたる拘束と尋問が、傷の癒えたばかりの身体を酷く痛めつけていたのは明白だった。
半ば無理矢理に顔を上げさせてみると、激しい発熱で顔じゅうが真っ赤に染まっていた。
それでもサイは、うわ言のように呟く──
「怖かった。
カズイを拒絶していくうちに、俺は本当にお前を嫌いになるんじゃないかって!
軍曹は完全に、俺の演技なんか見抜いてたんだよ。
付け焼刃の偽悪な演技なんか、軍人に通じるわけない! だから軍曹はカズイを!!」
「サイ、暴れんな!
大丈夫、俺だって分かってたさ!」
「何を分かってるってんだよ!
おかげで俺は、お前を傷つけて傷つけて……」
なおも喋ろうとするサイの口を、カズイは無造作に右手で塞ぐ。
そして左腕で思い切り、両肩を抱きしめた。
「大丈夫だって……
よく言うだろ。
こういうのって、傷つけられるより傷つける方が、一番痛いんだって」
「……え?」
カズイの突然の行為が理解出来ないというように、サイは戸惑いの声を上げる。
「俺だって、サイに酷いこと言っちまった。
覚えてるだろ」
そう──カズイは今でも鮮明に覚えている。
アムルに拒絶された自分に、助けの手を差し伸べようとするサイを、これでもかと拒んだあの日のことを。
──お前なんか、大っ嫌いだ。
二度と、俺の目の前に現れるな!!
あの時の扉越しの罵倒を、一体どんな思いでサイは聞いていたのだろう。
今なら分かる。あの時、一番痛かったのは自分だ。
だからサイだって、俺を見捨てなかったんじゃないか。
あの時、嫉妬に任せて酷い言葉を吐いた俺に、サイは何と言ってくれたか。
「それでもサイは、俺を気遣ってくれた。
俺なんかがいてくれて良かったって、言ってくれたんだ。
アークエンジェル降りた時だって、そうだ。
どんなにお前自身が、自分の言葉を否定したって。
いくら偽善と言われたって……
その言葉だけで、救われる奴がいるのも事実なんだ!」
――そう。サイとずっと一緒にいて、分かったんだ。
例え偽善だろうと、その偽善が誰かを救うこともあるってことを。
「だから……
だから、それをわざわざ投げ捨てるような真似はやめてくれよ。
リンドーさんの言ったことは、多分間違いじゃない。
でも、別の方法でみんなを守ることだって出来るはずだ!」
思わず涙声になっていくカズイ。
そんな彼の体温を確かめるように、サイの右手がカズイの二の腕にそっと触れる。
「……そうだな。
やっぱり、俺、駄目だな……ただ、カズイを傷つけることしか出来なくて」
「まだそんなこと言うのかよ。
それに、サイがやったことも多分、間違いじゃない。
もしサイが俺を突き放してくれていなかったら、ここまで時間稼ぎも出来なかったかも知れない。
俺なんかが一緒にいたら、余計なことして二人とも殺されたかも知れないし……」
カズイがそこまで言いかけた、その瞬間──
雨音と砲撃音に混じって、銃声がどこからか響きわたった。